#2928/3137 空中分解2
★タイトル (RDF ) 93/ 2/27 11:24 ( 67)
天奏のものがたり・「小さな事始」 月境
★内容
頭のなかに霧でもかかったみたいだ。
ぼんやりとした頭で僕は考える。
もうすこしですべては終わる。まあ、長くもってあと半刻ってとこ・・。
枕元で母様が幼子のようにわあわあ泣いているのがわかる。父様は無言。もう、目を
開くことさえできないから、父様がどんなお顔をなさっているかわからない。 僕が
死んだら、そのお顔を涙で濡らしてくださるだろうか。それとも、あの浮かれ女のう
んだ異母兄をさっさと世継の君にしたてあげ、あっさりと僕のことなどお忘れになら
れるだろうか・・?
ああ、もうすべて忘れてしまいたい。考えれば考えるほど悔しさと得体の知れない
恐怖で心がぼろぼろになっていく。最期のときくらい穏やかな気持ちでいたい。
・・ニゲルナヨ・・
・・・声・・?
・・・ダレ・・?
僕は心で問いかける。
ココデシンダラ、アノ、ウカレメフゼイガウンダ、ノウナシガ、ヨツギノキミノチ
イニ、ツクンダヨ。ソレデモイイッテイウノ?
夢と現つの狭間に声の主はいた。よく見慣れた顔。もう随分前、母様の不可解な態
度から存在を知った、もう一人の自分。・・双子の弟。
「ともか・・智可だね?」
智可は頷いてみせる。
「そうだよ、智可。兄上の声が聞こえたから気になって来てみれば・・これだ・・」
「・・・」
僕はだまってうつむいた。
「まだ息のある兄上の枕元で、浮かれ女どもや、あの馬鹿息子どもが世継の君の地位
を争いはじめたときは、正直、殺意さえわいてきたよ。あの神月って男がなんとかし
なかったらまだ続いていたな、きっと」
苦々しく智可は言う。
「被沙?」
僕の反応がないのを不思議に思ったのか、智可は小首をかしげた。
「どうかしたの?」
「おまえさ・・」
おそるおそる僕はたずねる。
「うん?」
「僕を現つの世界にかえしたら、さっさと戻ってしまうのか?」
智可はきょとんとして僕をみた。
「当たり前だろ。僕、浮遊霊になんかなりたくないもの」
「じゃあ・・」
僕は真っ正面から智可をみた。
「あいつらの思惑どおりになるのは不本意だけど、やっぱり僕は戻りたくない」
すうっと智可の顔が青ざめたのがわかった。
「このままここにいたら、兄上、死ぬんだよ!わかってる?!」
「けど、ここで別れたらまたいつ会えるのかわからないじゃないか」
目頭があつくなった。
涙が堰をきって溢れた。
ここで別れてしまったらもう、永遠に会えなくなるかもしれないのに・・!
「やっと会えたのに・・そんなのいやだよ。たった一人きりの弟なのに・・!」
「兄上・・、かずさ・・なかないでよ・・」
心底困ったような声で僕の弟は訴える。
「それなら約束するから。五年後にまた会おう?そしたら今度はずっとそばにいるか
ら・・だから・・」
・・・ナカナイデヨ・・・
風が・・吹き抜けた。
「智可っ!」
反射的に僕は飛び起きていた。
そして、
まわりの異変にはじめて気がついた。
父様がいた。
母様がいた。
けれど。
僕の弟は、もう、いない。
父様や母様、まわりに控えていた家臣たちが喜びの歓声をあげるのを聞きながら、僕
はぼんやりと虚空に弟の面影をおっていた。
無駄なことは百も承知で。 あの風が智可のさよならのかわりだと、何となく気づい
てはいたけど。
それでも。
−終−