AWC 「転がれ! ラッキースター」(7)    悠歩


        
#2925/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  93/ 2/26  22:45  (146)
「転がれ! ラッキースター」(7)    悠歩
★内容
「あーあ」
 思わず溜め息が出る。
 内気な真奈美が、せいいっぱいの勇気を振り絞った健治への告白。それをあんな形
で拒まれたことは真奈美にとって、人生最大のショックであった。
 学校へと向かう足取りは、極めて重かった。
「やっぱり学校、さぼっちゃおうかな」
 しかし、それを知ったときの母さんの顔を思い浮かべると、真奈美にはそんなこと
は出来ない。
 どんな顔をして健治と顔を合わせればいいのだろう。きっと、健治が近くに来ても
無視してしまうだろう。今までの様に、遠くから見つめることも出来ない。
「こんな事なら……」
 打ち明けなければ良かった、真奈美は心からそう思った。
「どうしたの? 南川さん。元気がないわね」
「あっ、お早うございます。先生」
 真奈美に声を掛けたのは、生徒たちの間で子どもっぽい事で評判の、しかし人気も
ピカ一の百合香先生だった。
「何か心配ごとかしら、先生で良かったら相談にのるわよ」
 そうは言っても、簡単に言えることじゃない。
「別に心配ごとなんてありません」
「そう、それならいいんだけれど。何だか落ち込んでいたみたいだから、せっかくの
かわいい顔がもったいないな、って思ったの」
「……………」
「そうだ、南川さんにいいものあげる。かなえ先生、覚えてるでしょ?」
「かなえ先生」
 忘れるはずがない。真奈美が一年生の担任の先生だ。真奈美はこの先生に良く懐い
ていて、去年隣の学校に行ってしまったときには心底悲しく思ったものだ。
「かなえ先生に貰ったの。『幸せを呼ぶ御守り』だって」
 百合香先生の手から真奈美の手へ、小さなビー玉が手渡された。なんの変哲もない
ビー玉が。
「いいんですか、そんな大事なものを」
 それ程対したものとは思えなかったが、かなえ先生が『幸せを呼ぶ御守り』として
百合香先生にあげたものを貰ってしまうことにためらって真奈美は言った。
「いいの。先生は今のところ幸せだから。だから、この幸せは南川さんにあ・げ・る。
だから、そんな顔してちゃだめよ。
 それじゃ、先生は急がなくっちゃ」
 そう言って、百合香先生は走って行ってしまった。
「幸せを呼ぶ御守りか……」
 やっぱり百合香先生って、子どもっぽいな。そう思いながら真奈美はビー玉を見つ
めた。
「あっ」
 なんの変哲もないビー玉、そう思っていた物の中に小さな星があるのに気付いて真
奈美は声を上げた。
「ラッキースター?!」
 真奈美は、健治たちがビー玉をそう呼んでいたことを思い出した。


§高城健治U

 いつも遅刻ぎりぎりで学校に来る健治が、その日は誰よりも早く教室に着いていた。
 健治の目は真っ赤に晴れ上がっていた。昨夜は真奈美のことを思い、ほとんど寝て
いない。うとうととしては、真奈美の泣き顔が思い出されて目が覚める。そんな事を
幾度と無く繰り返した。
「やっぱり謝ろう!」
 朝になり、そう決心した健治は朝御飯もそこそこに、学校へ急いだのだ。
 真奈美はいつも三番目くらいまでには教室に入って、本を読んでいる。滅多に早く
来ることのない健治だったが、そう云った情報は確りとチェックしていたのだ。
 健治は誰もいない教室と、廊下の間を行ったり来たりしていた。
 真奈美が来るのが待ち遠しい反面、彼女に会うのが怖い。
「真奈美ちゃん、早く来ないかな」
 出来れば真奈美と二人きりで話がしたい。そう思えばこそ、こうして朝一番で教室
に入ったのだ。
 しかしその日、真奈美は珍しく学校に来るのが遅く、結局健治は謝ることが出来な
かった。

「おーい、健治。何モタモタと給食喰ってるんだよ。早く、ビー玉やりに行こうぜ」
 誠に声を掛けられたとき、健治はまだ給食の三分の一を残していた。修ですら、食
べ終えていたのに。
「ごめん。今日は気分が悪くてさ。パスするよ」
「ふーん、そう言えばお前、朝から元気なかったもんな」
 何のことはない。ただの寝不足なのであるが。
 みんながビー玉遊びをしに、教室から出て行ったあとも、健治はゆっくりと給食を
食べながら真奈美の様子を伺っていた。
 やがて給食を食べ終えた真奈美は、トレイを片付けたあとに本を持って教室を出て
行った。真奈美の持った本には、図書室のシールが張ってある。
「図書室か!!」
 うまくすれば、真奈美と二人きりになるチャンスがあるかも知れない。健治は慌て
るようにして、真奈美の後を追った。

「み、南川さん」
 真奈美が階段に差し掛かったのを見計らって、健治は声を掛けた。
 図書室を始めとする特別教室へ続く階段は、人影も少なく健治の目論み通り二人き
りで話をするのには、絶好の場所だった。
「高城君……。何か私にごよう?」
 振り返った真奈美の声はどこか事務的で、とても冷たく感じられた。それは昨日の
ことを怒っているというよりも、健治に対して一切の感情を持ち合わせていないよう
であった。「あ…あの、昨日のこと……怒ってる……よね?」
「………」
「許してくれないかも知れないけど……ごめん! ごめんなさい」
 健治は体を90度に折って頭を下げた。
「どうして」
「えっ?」
「どうして、こんな所で謝るの」
「あっ……えっ…だって」
「高城君は人の見ているところでは、私と話しもできないの? 昨日だって鈴木君が
見てなかったら、チョコレートを受け取ってくれたんでしょう?」
 健治は何も答えられなかった。
「私、急ぐから……」
 真奈美はくるりと向きを変え、図書室に急ごうとした。
「お願い!! 待って」
 健治の声に、真奈美は振り向かずに足を止める。
「本当に僕が悪かったと思ってる。もし……もし、南川さんが許してくれるなら、僕、
人のいるところでも恥ずかしがったりしない。今更、遅いかも知れないけど……」
 もし、この時健治が真奈美の顔を見ることができたなら、どう思っただろう。
 真奈美は健治の言葉を聞いて、いたずらっぽく舌を出していた。
「あんまり分かっていないみたいだけど……いいわ、許して上げる」
 真奈美は振り返り健治に手を差し出した。その手には、可愛らしいリボンを掛けた
チョコレートが握られていた。真奈美はそれを本の後ろにして、隠し持っていたのだ。
「あっ……」
「二日遅れのバレンタインデーだけど、今度は受け取ってもらえるわよね」
「あ、ありがとう」
「それから……」
 チョコレートを渡すと、真奈美はポケットからビー玉を取り出して、健治に手渡し
た。
「これ、健治君の『ラッキースター』でしょう」
 そう、健治の手のひらで輝くビー玉は紛れも無く、なくしたはずの「ラッキースター
」だった。心なしか傷が増えているように思えるが、間違い無い。
 「ラッキースター」は真奈美を連れて、健治の元に帰ってきた。今、ビー玉の中の
星が一段と輝いて見える。
「百合香先生が持ってたの。『幸せを呼ぶ御守り』だって言ってたわ。あの先生、子
どもっぽいところがあるけど、もしかすると本当かもね」
「そ、そうさ、『ラッキースター』は幸せを呼ぶ御守りさ」
 チョコレートを持ち変えようとして、健治は謝ってラツキースターを落としてしまっ
た。
「あっ」
 健治と真奈美が同時に声を出す。
 階段を転げ落ちようとするラッキースターを、真奈美が寸前のところで拾い上げる。
「やだ、健治君たら、せっかく戻ってきたビー玉なんだから……あれ?」
「どうしたの? 真奈美ちゃん」
「星が……」
「えっ」
 ビー玉を見つめながら茫然としている真奈美に不審なものを感じ、健治は素早くビー
玉を覗き込んだ。
「ない!」
 ラッキースターから星がきえていた。いや、星が消えてしまっては、ラッキースター
とは呼べない。真奈美の手にあるのは、何の変哲もない水色のビー玉だった。
「どうして……」
 まだ信じられないと云った様子で、真奈美が呟く。
「きっと……」
 何かを悟ったように、落ち着いた口調で健治は踊り場の窓から空を見上げて言う。
「きっと、ラッキースターは役目を終えて、空に帰ったんだよ」
「えっ」
 真奈美は健治の横に立ち、一緒に空を見上げる。
 まだ青く明るい空に、二人は星を見たような気がした。

                      終わり





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