#2916/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 93/ 2/24 23:25 (144)
『ぶら下がった眼球』 第十一章 スティール
★内容
第十一章 『目眩(めまい)』
地表に着いたショックで、目が覚めた。いつの間にか、眠ってしまっていたらし
い。私の体は、汗びっしょりになっていた。頭が、痛い。やはり、過労気味で、い
くらか、体力が消耗しているようだ。
私は、滑走路の上に降りたった。辺りの、無気質な色彩は、まさに、軍港そのも
のであった。ずっと遠くに、管制塔のようなものが見えた。その管制塔らしきもの
に向かって、私は、滑走路の上を歩き始めた。到着する日時を知らせたわけでもな
いし、民間の空港のように、親切に迎えに来てくれるとは、思えなかった。
寒かった。まさか、地空を歩くとは思わなかったので、季節のことをうっかり忘
れていた。枯れ葉が落ちていることや、芝の色から察して、いまは、どうやら、秋
のようだ。寂しく冷たい風の中で、私は、少し、足を早めた。飛行機が二、三機飛
んではいたが、見渡すかぎり、人の姿はなかった。私は、少し、不安になった。管
制塔までは、まだまだ、距離があった。あそこに、本当に、人がいるのだろうか?
昔、誰かが『時間の流れは相対的で、楽しいときは早く時間が流れ、不愉快なと
きは遅く時間が流れる』と、言ったらしいが、『それは、本当だな』と、私は、実
感した。秋の日差しが、私に、容赦なく、降り注いでいた。皮膚ガンになりそうだ。
その感覚を、ほとんど、いや、まったく、体験していないはずなのに、私は、それ
を感じた。寒い太陽だ。前の太陽は、もっと、暑かったはずだ。待てよ、前にも、
一度、ここに来たことが・・・。
かなり管制塔が近くなってから、私の姿に気付いたのか、誰かが出て来た。大佐
だった。私は手を挙げて、彼に近づいた。二人は握手をした。大佐は、白い息を吐
きながら、歓迎の言葉を、大声で言った。そのとたん、耳をつんざくような轟音が
した。さすがに、ここは、かなり、うるさい。
『やあ、ヘンリー! よく来てくれた。なかなか、ADAMの検査がうまくゆかな
くて、困っていたところだ。歓迎するよ!』
『いやいや、あいさつは、抜きにして。さっそくですが、これまで、ADAMにし
た検査について、聞かせてください』
『ADAMの頭部を中心にして、損傷・腫瘍などを調査したが、カビひとつ、生え
ていなかった』
私は、その言葉にあきれた。大佐のことをバビロン計画の責任者としては無能で
はないかとも、疑いたくもなった。大佐は、そのことに、まったく、気付かない様
子で、さらに、続けた。
『そこで、精神病の権威を、何人も呼んで、診察してもらったが、まったく、異常
はないということだった』
私は、ADAMの脳神経や、それらの神経の細部について、調査したのかどうか
を、大佐に聞いた。だが、彼は、怪訝そうなそうな顔をして、『何のことか?』と、
私に聞き返した。そのとき、私は、この研究所では、ADAMの記憶の解析はでき
ないと、直感した。大佐も、私の気持ちを、少しは、察したようだ。大佐が、AD
AMの、あの発言について、触れないので、私は、こっちから、聞いてみることに
した。
『それで、ADAMが、あの発言をした点について、何か分かりましたか?』
『いやっ、そこのところが、どうも、分からないんだ』
『ADAM本人は、なんと、言っているんですか?』
大佐は、珍しく、口ごもった。
『ADAMは・・・、あの、言葉の通りだと・・・』
『ADAMが、自分一人の考えで、そんなことをいうわけがない。断じてない。あ
りえないことだ』
大佐は、私の顔をじっと見据えて、言い返した。
『それは、あなたが一番よく知っているんじゃないんですか?』
『馬鹿な! 私がやったと言うのか!』
私は、声を張り上げ、ヒステリックに絶叫した。
『何を言っているんだ、君は! ADAMがダメになれば、私のミスになりかねな
いんだぞ! なんで、私が!』
こんなことで、喧嘩をしても仕方がないと思ったのか、大佐は、慌てて、私をな
だめにかかった。
『まあ、そんなに怒らないで、これからは、あなたの指示に従いますから』
ADAMの異常に対する調査に関しては、私に、選択の余地はないようだ。自分
に責任があるかどうかも、分からないのに、バベル博士のようには、なりたくなかっ
た。調査の件に対しての、私の腹は決まったが、しかし、大佐の態度に対する、私
の怒りは、収まらなかった。
『こっちにだって、言いたいことはある! 軍では、研究者や技術者を、何百人も
集めているそうじゃないか! いったい、どういうことなんだ! 私は、そんな話
しは聞いていないぞ! 何かを企んでいるのは、そっちのほうだろう!』
大佐は、相変わらず、私をなだめながら、この質問に即答した。あらかじめ、私
に聞かれるのを予想していたようであった。
『これは、本当は、第二十三号に該当する極秘事項ですが、あなたは関係者ですか
ら、特別に教えましょう。ADAM型は、すでに、何十体か、培養に入っています。
軍のハードウェアに関する技術は進んでいますから、いずれは、半日ほどで、製造
工程を終えることが可能になるはずです。工場と技術者さえ揃えば、あとは、量産
に移る予定だったのですが・・・』
(そうか、それで、ADAMの、あの発言に、こんなに神経質になっているんだな)
と、私は、納得したのだが、新しい疑問が、また一つ、出てきた。
『いったい、何のために、ADAM型の量産を・・・、その目的は?』
大佐は、煙草に、ゆっくりと火を点け、それを吸いながら、軍人の顔で答えた。
『それは、第十五号に該当する極秘事項ですから、私の権限では、お答えすること
はできません』
私は、大佐の横っ面を張り倒してやろうかと、思ったが、やめた。しかし、その
とき、私の頭の中で、何かが閃いた。(第十五号?)私の口が、私の意志に反して、
勝手に動いた。
『人口減少のためか?』
ちょうど、バベル博士が死んだころから、出生率が下がり始め、最近では、十分
の一か、二十分の一にまで、落ちていた。人類全体の人口は、人が死ぬ分だけ、減っ
ているといっても、過言ではなかった。そのことで、政府が、なんらかのプロジェ
クトチームを作っていることは、誰でも知っていた。
大佐は、私の問いに対して、沈黙して、何も、答えなかった。だが、大佐の、そ
の態度が、かえって、私に、きっと、そうに違いないと確信させた。大佐は、自分
の部屋まで、ついてくるようにと、私に言った。私は、黙って、彼の後に、従った。
管制塔の入り口から入ると、外観からは、想像できないような、綺麗なロビーが、
目の前に拡がっていた。大佐は、一番奥の壁にあるエレベーターに向かって、まっ
すぐ、歩いていった。おそらく、研究所は、地下にあるのだろう。最近、作られた
軍の施設は、ほとんどすべてが地下に拡がっているという雑誌の記事を、前に読ん
だことがあった。大佐は、一番奥の壁に着いても、エレベーターには乗らず、その
横にあった階段を降りていった。こっちの方が近いと、私に言いながら。
そのとき、ふと、思い出した。そういえば、前に、一度、この場所に来たことが
ある。バベル博士と一緒に・・・。しかし、いつ来たんだろうか?
私が記憶の糸を、手繰るよりも早く、私たちは、大佐の部屋に着いた。彼の部屋
は、資料や部品が、ゴミ捨て場のように散乱していて、とても、汚かった。その雰
囲気から察するに、大佐は理論的な学者というよりも、どちらかといえば、生物エ
ンジニアに近いようだ。大佐は、机の上を大ざっぱに片付けながら、私に言った。
『いつものは、もっときれいにしてるんですが、ADAMが来てから、こんなになっ
てしまって』
私は沈黙したままだった。大佐は不機嫌そうなというか、普段とは違う、真面目
な顔をして、煙草に火を点け、深く吸った。その深く吸い込んだものを吐き出しな
がら、彼は、おもむろに、話を切り出した。
『あなたの、ご想像通り、このバビロン計画には、確かに、出生率の低下が、関係
しています。ですが、きっと、あなたが考えているより、事情は、もっと、複雑で
しょう。私は、バビロン計画の責任者として、あなたに、その事を納得してもらっ
た上で、協力を要請したいと思っています』
目眩のような不快感とともに、私の頭の中で、悪夢のようなものがよぎった。だ
が、これは、たぶん、夢ではないだろう。大佐の態度は、紳士的だったが、脅迫め
いているように、私には、感じられた。