#2871/3137 空中分解2
★タイトル (AKM ) 93/ 2/17 1: 9 ( 87)
【軍艦島は接吻の彼方に】その8 ワクロー3
★内容
《20代おんな心の謎》8 軍艦島の結末
かつて人がたくさん住んでいたところに今は誰もいない。そんな
状況と言うのは、意外に気色が悪い。人々の生活の痕跡が、そこい
らじゅうに残っているのにどこを訪ねてみても、誰もいないのです。
ベランダの物干しの陰からは、主婦たちの笑い声が聞こえるよう
な気がしますし、長いコンクリート製の階段からは、子供たちが声
をあげて駆け降りてきそうな気がするのです。
ともかくも僕と「画学生」は、恐怖から抜け出して、外部に脱出
しました。途中、彼女と長いキスをするというハプニングがあった
ので「とくしたなあ。好きなタイプだしなあ」なんか、思っていま
した。
けれど、明るい太陽のしたに出た「画学生」は、そんな記憶がま
ったくないかのように、快活になっていたのでした。
「外はこんなにいい天気なのにね」
「そう、恐がっとったのが夢みたいやね」
言ってしまってから、なんかしまったなあ、そう思いました。彼
女とキスしたことが夢の彼方に葬られるようで、さみしい気持ちに
なったのも事実です。
そして、岸壁にやってくるとなんと「写真美女」と友人Sが、す
でにそこにいるではありませんか。船が来る夕方までかなり時間が
あります。恐怖心にとりつかれた僕らはともかく、彼らがここに来
ている理由はないはずです。
「どうしたと?」
「うん」
Sは、はっきりと答えず、代わりに「写真美女」が答えました。
「なんか怖くなったと。二人でうろうろしてたら、初めは好奇心
がたくさんあったんだけど、どこを開けても誰もいない部屋ばかり
でしょ。なんかもう、気味が悪くなって」
「まだ、島に来てから2時間もたってないのよ」
「迎えが来るのは夕方4時だぜ」
僕らは、それからえんえん岸壁で船がくるのをひたすら待ち続け
ました。写真を撮ろうとか、絵を描こうとか、探検しようとか、も
う誰も言い出しませんでした。
軍艦島の探検から数年が経過した年のことです。その後どういう
縁でそうなったかは分かりませんが、あの時僕がキスをした相手
「画学生」は、友人Sと結婚したのでした。
結婚披露宴で、Sの大学時代の友達が、友人代表としてスピーチ
したには、「こいつらは、軍艦島に探検旅行に行ったときに初キス
をしまして。。。。。」
僕はそのスピーチを聞いて「そりゃ、わしのことや、あはは」と
優越感にひたったのですが、帰りぎわに金屏風を背景に新婦「画学
生」とたたずむ新郎Sに直接。
「あの話ほんと?おまえと画学生はキスする時間なんてなかった
やろうもん(わてはあったけど)」と尋ねたら
「ほんと。写真美女がトイレ行きたい、ちゅうんで、おまえ病院
の廃虚まで二人でいったろう。あのとき二人になって」と答えが返
ってきて驚きました。
見つめるだけで、胸がきゅううううううぅっとなってしまった、
当時の「画学生」も、今は6つになる娘を育てているお母さんです。
ときおりSに招かれてかつての「画学生」の手料理をご馳走になる
こともあるのですが、「画学生」はそんなとき、何事もなかったか
のように優しく微笑んで、料理をもっと食べろ、そう勧めるだけな
のです。
彼女はあの日、いったいどんなつもりで二人の男性とキスをして
いまったのか。今となっては全くの謎です。
僕にはかつての「画学生」本人に尋ねるあつかましさがないので、
どなたか本人に成り代わって女心の謎を分析してくれる人がいない
ものか。あてにしながらパソコン通信に書き綴ったわけなのです。
(以上完結)