AWC  ぶら下がった眼球 第四章 スティール


        
#2864/3137 空中分解2
★タイトル (RJM     )  93/ 2/15   0:39  (138)
 ぶら下がった眼球 第四章 スティール
★内容
         第四章 『 契 約 』


 その次の日、バビロン計画に参加するという、正式な契約を、私は、大佐と交わ
した。そこでの話し合いで、私が、ノア6号をローンで買い上げ、そして、そこで、
独りで、開発に従事することになった。
 大佐の部屋で、私は、何通かの契約書に、サインをした。細長い葉巻に火を点け
ながら、大佐は言った。

『ヘンリー、君は、煙草を、まったくやらないのかね?』
『いま、煙草なんかを吸っているのは、軍人か、植民星の荒くれ男くらいのもので
すよ、大佐』

 大佐は、笑いながら、うなづき、そして、言った。

『そうだな、だが、君も、いちおう軍人だろ。IDの上ではな』

 大佐は、机の上に置いてあった本を持ち上げながら、陽気に言った。

『君の本は、読んだ。もっと早く、君に、声をかけるべきだったな』
『過分に評価していただいて、光栄です』

『それで、思考プログラムのほうは、三ケ月で、本当に、大丈夫なのか? もっと、
時間をかけてやってもいいんだぞ』

 足元に置いてある、アタッシュケースよりも、少し大きい機械を軽く叩きながら、
私は、大佐に、自信たっぷりに言った。
『私の、このDOGには、ぎっしりと、データが詰まっていますから、おそらく、
間に合わせることができるだろうと思います』

 大佐の顔は、期待と、そして、満足に満ち満ちていた。大佐は、プラスチックの
カードを、私に手渡して、言った。

『そうか、それでは、期待して、連絡を待っている。何かあったら、そのカードに
書いてある研究所のほうに連絡してくれたまえ。自分は、普段は、そこにいて、こ
こには、ほとんど居ない』

 私は、大佐に礼を言い、部屋の外に出た。こなさねばならないことが、山のよう
に、たくさんあった。ノア6号に載せる機材を選定し、それを、大佐に要求しなけ
ればならない。それから、食料や、その他の生活物資も・・・。こんなところで、
ぐずぐずしていていられるほど、私は、冷静ではなかった。私は、頭の中で、これ
から、自分がしなければならないことを整理しながら、廊下を早足で、急いで歩き
始めた。

 それから、二週間後には、私は、すべての準備を終え、ノア6号に移り住んでい
た。大佐は、約束どおり、私が指定した最高級のマシンを、すべて、集めてくれた。
最新のデータが詰まった最新鋭コンピューター。3Dビジョン。光化学レーザー。
宇宙のどこにでも行けるオートパイロット。最高級のキッチン、リビングなどの住
生活システム。欲しい物は、全部揃えてもらえた。あと、足りないものは、バビロ
ン計画で創り出される人間くらいのものだろう。私は、ノア6号の窓から、外を見
た。ここは、宇宙空間だが、しかし、ここは、地球の衛星軌道で、充分すぎるほど
の、地球の生活空間であった。私は、窓から、地球を見下ろした。キッチンに行き、
シャンペンを出して、そして、窓のそばに戻った。私は、シャンペンの栓を抜いた。
シャンペンをラッパ飲みしながら、私は思った。そう、もう、後戻りはできないの
だ、と。

 宇宙空間で、一人ぼっちだったが、不安はなかった。それは、おそらく、正確に
いうと、一人ではなかったためだろう。私には、DOGという強い味方がいた。D
OGとは、私が子供の頃からの長い付き合いだった。そう、バベル博士の発明の中
でも、最大のヒット商品であったDOGを発明された頃からの・・・。もともと、
DOGは、コンピューターの操作を補助するために、バベル博士が創り出したマシ
ンであった。その大きさは、アタッシュケースよりも、少し大きめで、大型のワー
ドプロセッサーといったところで、その便利さのわりには、誰にでも、容易に持ち
運ぶことができた。DOGの一番の利点は、持ち主が、コンピューターに関して、
行った操作を媒介し、その操作を覚え、学習し、その次からは、持ち主の操作を補
助してくれるのだ。何年も使っていると、ほとんどの操作をDOGがこなしてくれ
るようになる。人間の個性というものを重視した、バベル博士ならではの発明だっ
た。いまでは、女子供を問わず、ほとんどの人が、大なり小なり、なんらかのDO
Gを持っていた。いま現在、成人のDOG普及率は、100%に限りなく近くなり、
もう、それなしでは、社会がなりたたなくなっているといっても、過言ではなかっ
た。

 私のDOGには、人間の精神と脳に関しての豊富なデータが蓄積されていた。こ
の分野では、おそらく、世界一、いやっ、宇宙一かもしれない。私は、これから、
それらのデータを、うまく組み合わせて、脳のプログラムを造り上げようとしてい
たのだ。ひとつひとつの呪縛・行動パターンを、それぞれ、まとめあげるところま
では、これまでの二週間で、DOGが独りでやってくれていた。後は、できあがっ
た、それらの呪縛・行動パターンを、ひとつひとつチェックし、補足修正を加え、
それから、プログラムの一部分として、それらを組み込むだけでよかった。その程
度の作業であれば、私にとっては、ひどく簡単で、容易なことのはずだった。しか
し、それは、簡単であり、かつ、容易であっても、やはり、神経を使い、気力を擦
り減らす、慎重を要する作業であった。ある呪縛は、『裸は、恥だ』という本能で
あり、ある呪縛は、『死ぬのは、苦しみ』であり、また、ある呪縛は、『性は、快
楽である』ということだった。精神的な恐怖や苦痛、そして、快楽を、うまく、植
え付けるのが、この作業の大きなポイントだった。これで、我々とまったく同じ人
間ができあがれば、これらの呪縛こそが、人間の本質だという証明にもなるのだ。
考えてみれば、この作業は、学術的にも、かなり、価値のある研究でもあった。だ
が、そのためには、超高層の構築物のように、全体を設計し、積み上げねばならな
い。いいかげんなものを造るつもりであれば、作業は、すぐに済んだろう。しかし、
どんな嵐にも耐え、どんな地震にも、そうそう簡単に崩れない、強い人間を、私は
造らねばならない。針の穴ほどの、小さな欠陥でも、そこを突かれれば、そこから
崩れてしまう恐れがあった。この世に、そんな弱い人間は、そうそう、いない。私
の勘に頼った構造計算で、どれだけ強い人間を造れるだろうか? 呪縛や欠陥を持
ちつつも、全体としては、強くなければならないという矛盾。だが、本当の人間ら
しさ、人間の本質とは、そんなものなのかもしれない。善と悪、光と闇、海と山、
対極するいろいろな想念が、私の心に浮かんでは消えた。この作業は、専門の私に
とっても、まったく未知の分野であり、かなり神経を使わねばならなかった。この
プログラムを創る作業には、意外に、時間がかかりそうなので、私は、創り出され
る人間の容姿を設定する作業も、並行して、行うことにした。

 遺伝子を創りだすマシンは、大佐自らの手によって、ほぼ完璧に仕上げられてい
た。私のDOGと、そのマシンの生産工程を接続するだけで、生物そのものには、
ほとんど無知の私にも、データさえインプットすれば、自動的に、自分の思い通り
の遺伝子を作り出すことができた。私がプログラムした脳の設計図は、遺伝子レベ
ルの段階で、人間に組み込むことができた。素人目にも、このマシンの完成度は、
かなり、高いように見受けられた。文字どおりの完璧、(大佐は、この分野ではス
ペシャリストなのかもしれない)と、そのとき、私は、このマシンに触れた肌で、
感じた。
 地球で調達していた、イメージ・スキャナーの、いくつかの端子を、私は、頭に
付けた。私は、自分自身のイメージから、自分の理想どおりの、外見の女性を創り
出そうとしていた。性格は、思考プログラムの植え付けで決まる。もしも、プログ
ラムがうまくいっていて、普通の人間を創り出すことに成功していればの話だが。
外観はわかっていても、性格を、事前に知るということは不可能なのだ。データと
しては、いくらでも出せるが、確認方法はないのだから。それは、今回、生み出さ
れた人間を検査して、確かめなければならない項目のひとつだ。場合によっては、
今回、創り出された人間を廃棄して、新しく、創り直さねばならないかもしれない。
しかし、それなりのプロトタイプさえ造っておけば、あとは、大佐が、修正を加え
て、完成に導いてくれるだろう。我々人類の性格のばらつきぐあいから考えても、
人間の性格は、両親の遺伝子の影響を受けたうえで、ある程度自由度が残されてい
たほうが望ましい。その自由度の部分は、育った環境や、外的な事象によって、ア
トランダムに決定されたほうが、より人間らしいというものだ。今回、創り出され
た人間にも、自由度は存在する。しかし、いくら、設計したといっても、しょせん
は、闇の中で、線を引いたような設計図だ。実際に造ってみてから、どのような欠
陥が出て来たとしても、決して、おかしくはないのだ。
 前もって、性格は設定できなくても、容姿のほうは、遺伝子レベルで、設定でき
た。自分の思い通りに人間を創り出すことができるという、そのことに魅かれて、
私は、このバビロン計画に参加したのだ。私が子供のころから、ずっと、持ち続け
ていた夢は、理想の女性と出逢うことだった。年を取り、私の、その切なる願いが、
本当の夢になりかかっていた今になって、思わぬ幸運で、私は、バビロン計画を携
わることができた。まさか、バビロン計画が潰れずに残っていたとは、思ってもみ
なかった。いまこそ、私は、自分の理想の女性を、自分の手で、創り出すのだ。私
は、いま、自分の夢・願望を実現するために、バビロン計画を利用している。自分
自身の手で、高貴な理想の女性を創りあげるという夢を叶えることが、とうとうで
きるのだ。私の心は、喜びに満ち、また、感動に打ち震えていた。ただ、私の心に
は、一抹の不安があった。私の夢は、ひとつだけではなく、もうひとつ、あったの
だ。おそらく、そのふたつめの夢が、私の心に、かすかで、おぼろげな不安を抱か
せていたに違いなかった。私が長年抱いていた、ふたつめの夢とは、その理想の女
性と、二人きりで、いつまでも、幸せに暮らすことだった。




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