AWC 「邪狩教団」序&第1章          リーベルG


        
#2207/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/10/ 1  22:52  (138)
「邪狩教団」序&第1章          リーベルG
★内容

                   序

 人類が、いまだ歴史も伝説もその遺産として築きあげていない時代、地球の支配者で
あった種族は大いなる戦いの果てに破れ去り、あるものは幽閉され、あるものは追放さ
れ、地球の支配権を放棄することとなった。しかし、<旧支配者>の下僕たちは、その
多くが逃亡に成功し、自らの主君の解放と統治の再来を願い、闇の中で邪悪な活動を開
始した。
 地球の新たなる支配者たる人類は、<旧支配者>の戦いを種族的な記憶の片隅に追い
やり、文明と歴史を形成し始めた。しかし、その影に<旧支配者>の下僕たちの暗躍は
続いた。文明社会の裏側に住み着いた下僕たちの儀式や祭祀によって、幾多の人々や村
落や都市が、<旧支配者>復活の生贄として捧げられた。
 次第に暗黒の勢力の存在に気付いた人類の小数の賢者たちは、<旧支配者>の下僕の
おぞましい活動を妨害する同盟を結成した。2つの影の勢力の戦いは、決して歴史に記
述されることなく、しかし確実に影響をあたえつつ、秘かに続いた。
 星の位置が変わり、時は流れる…

                                      1

 木下玲子は寮の自室で、提出期限が翌日に迫っているレポートに必死で取り組んでい
た。彼女はN総合大学の2年生であり、文学部に所属している。専攻はインド文学。
 「…以上の仮説から推論を行うと、『マハーバーラタ』における日本神話、および古
典へトフ影響は驚くべき広範囲に及んでいる。『太平記』における帝釈天と修羅のト戦いは
明らかにディーヴァとアスラとの戦いの投影であるし…」
 玲子はキーボードを叩く手を止めて、まとめたノートを参照した。わずか10枚の侯
ポートではあるが、担当教授のチェックは非常に厳しい。特に玲子は学生生活の他に副
業があり、講義への出席日数不足を補うためにもレポートは万全を期さねばならない。
 電話が鳴った。玲子は無視した。いまはそれどころではない。
 留守番電話機能が作動し、玲子の声が話し始めた。
 「はい、木下玲子です。ただいま留守にしております。御用の方は発信音のあとにメ
ッセージをどうぞ」
 電子音が聞こえ、相手の話す声が続いた。
 『ハミングバード?いるんだろう。さっさと電話にでないか』
 玲子はピタリと手を止め、親の仇でも見るような目でコードレスホンを見た。
 『ハミングバード。早く出なさい』電話の向こうの声は執拗にせかした。
 玲子は一瞬、居留守を使おうかと考えた。だが、思い直してため息ひとつついて、受
話器をとりあげた。
 「明日レポート提出なんです」開口一番、玲子はまくしたてた。「大宮教授はとても
厳しいし、それでなくても私は出席日数が足りないんです。そこらの女子大生みたいに
デートやコンパで足りないんじゃないですよ。出張の多いこの仕事のせいで学生の本分
たる勉強の時間が割かれているんです。私の短い青春時代の貴重な一日をなんだって邪
魔するんですか?」
 『30分後にいつもの場所で待っている』玲子の魂の叫びなど何も聞かなかったよう
に電話の相手はいった。
 玲子は絶句した。ようやく声を絞り出す。
 「さ、さんじゅっぷんご?だって、レポートが…」玲子は言葉を切った。すでに通話
は切れており、電子装置の発する空しい音が聞こえてくるのに気付いたからである。

 10分後、玲子は空色のパンタロンスーツに着替えると寮を出た。タクシーをつかま
えると市内のシティホテルの名前を告げた。運転手は何もいわなかったが、好色な笑い
がバックミラーに写った。まあ美人といってよい玲子が、そのような場所で何をするの
か充分察しがついたのだろう。玲子は誤解を正してやりたい気持ちをぐっとこらえた。
 道路が渋滞で目的地についたのは15分後だった。指定の時間まであと5分足らずし
かない。玲子は紙幣を2枚放ると釣り銭を受け取る手間を省いて飛び出した。
 フロントに寄らず、直接エレベータに乗る。ルームナンバーは決まっているのだ。
 エレベータが4Fで停止した。玲子はルームナンバーを示す表示など見向きもせずに
歩きだした。405号室の前で足を止める。時計を見た。
 3分前。
 ぎりぎりまで待たせてやろう。そう思った瞬間にドアが開いた。
 「早く入れ」見事なバリトンが廊下にもれた。
 ドアを開けたのは見事なくらい身体にフィットしたスーツを着こなした男だった。1
80センチ近い身長と筋肉質の身体がスポーツ選手のようである。年齢は20代後半か
ら40までなら、どこにでもあてはまりそうである。黒髪と黒い瞳は日本人に見えるが
実はそうでないことを玲子は知っている。
 「まいどまいど思うんですけどね」玲子は室内に入ってドアを閉めながら抗議した。
「もう少し他の場所にしてもらえませんか。誰かに見られたら完全に誤解されます」
 「座ってくれ」男は玲子の抗議を無視して椅子をすすめた。部屋の中央のキングサイ
ズのダブルベッドの脇にソファがある。玲子はそこに腰を降ろした。
 「ミッションを説明する」男がいった。絨毯の上においてあったブリーフケースを開
くと、中の何かをどうかした。機械の作動音が小さく聞こえた。
 「これを見ろ」開いたブリーフケースを玲子の方に向ける。蓋の部分がカラー液晶デ
ィスプレイになっている。
 そこに映っている映像を玲子は見た。うっ、とうめいて目をそむける。
 「7時間前の映像だ」男の無機質な声がいった。
 どこかの農村だと思われる。遠くない背後に山が見える。舗装されていない道路と、
大根の葉が青々しい畑。青空には雲ひとつない。のどかな風景はそれだけだった。
 画面の中心に一軒の農家があり、その前に一人の少女がいた。
 「ひ、ひどい」玲子は吐き気をこらえながらうめいた。
 少女は全裸で、左肩から右の腰までを無惨に引き裂かれていた。右手は根元からちぎ
りとられ、真っ赤な窪みしか残っていない。鎖骨の中央を折れた鍬の柄が貫いており、
少女を農家の土壁に縫い止めている。両足の太股とふくらはぎの肉が食いちぎられてい
る。幼い顔には断末魔の恐怖がくっきりと刻み込まれていた。
 「北海道の十勝岳のふもとのS−村だ。人口は42人。農業の村だ。いかなる観光ル
ートにも組み込まれていない」男の声は淡々と続いた。キーボードを叩く。映像が切り
替わった。畑に倒れている中年の農夫の姿が映った。背中が大きく切り裂かれ、折れた
肋骨が飛び出している。キーが打鍵されるたびに、同様な凄惨な光景が映った。空から
の、おそらく低空で飛行するヘリからの映像のスチールだろうと思われた。
 「電話が通じないのを不審に思ったS町の警察が警官2人を送った。朝の5時だ。2
人の警官は村人全員が殺されていることを無線で連絡してきた。ただ、派出所で駐在の
警官がかすかに息があったが、何も伝えられずに息絶えた。しかし、そのことから考え
ると、犯行のあったのは朝の4時過ぎだろうと思われる。
 S署の署長は直ちに2人の警官に引き返えすよう命じたが、了解の応答があったきり
連絡が途絶えた」
 「やられたんですか?」玲子は訊ねた。男は頷いた。
 「S町の警察署長はすぐに問題のS−村を包囲下に置き、札幌署に連絡した。札幌署
ではヘリを飛ばして、S−村の映像をとった。この映像はそのコピーだ」
 玲子はどうやって警察の機密であるフィルムを手に入れたかなどと訊ねて時間を無駄
にはしなかった。代わりにこう訊ねた。
 「我々の仕事なんですね?」
 「まちがいない。<従者>だと思われるが」
 「でしょうね」玲子はほとんど冷たいといってもよい口調で同意した。「おそらくは
<旧支配者>にささげる生け贄…」
 「そうだ。しかもそこから恐ろしい推論が導き出される。<旧支配者>のどれかの復
活が近いのかもしれん。少なくともこれをやった奴はそう思っているのだ」男の声に初
めて微かな恐怖が混じった。
 「どれでしょうね」玲子は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 「わからん。クトゥルフやヨグ=ソトホートでないことを祈ろう。何に祈ればよいの
かわからんがな」男は邪神の名前をわざと不正確に発音した。
 「それで私は何を?」玲子は訊ねた。
 「現在、S−村は機動隊で包囲されている。この村に出入りする道路は1本。四方は
山に囲まれている。村人を殺した奴はまだ包囲の中にいるはずだ。包囲を抜ければ、機
動隊員に必ず犠牲者が出ているだろうからな。
 現在の所、警察の見解は脱走した猛獣か、武装した狂人といった常識的な線で止まっ
ている。本州から、機動隊の増援を待って村に突入するつもりだろう。自衛隊の援護を
求めるかもしれん。
 しかし、突入すればおそらく機動隊員全員が死人になるだろう。そうすれば警察もこ
の事件に常識でははかりきれない側面があることに気付き始める。そうなる前に奴を消
すのだ」
 「タイムリミットは?」
 「明日の夜明けまでだ」
 「明日?夜明け?つまりいますぐにでも北海道に行かないと…」
 「そのとおり。輸送は手配してある。すぐに発ってもらう」
 「そうじゃなくて、私のレポートはどうなるんですか!」玲子は悲鳴に近い声をあげ
た。
 「誰かに代筆させてやる。テーマと粗筋をメモしていきたまえ」
 「大丈夫なんでしょうね。タイラント長官」玲子は美しい眉をしかめて、男を睨みつ
けた。          ジャカリチャーチ
 「心配するな。邪狩教団にはすぐれた研究者が大勢いる。大学生のインド文学レポー
トなど片手間にやってのける」タイラントはそっけなくいった。
 「あまりきっちり書かせないでください。かえって変に思われます」
 「わかった、伝えておく。帰って支度をするんだ。45分後に迎えを差し向ける」
 「私一人ですか?」答はわかっていたが、きいてみた。
 「他のメンバーを呼んでいる時間がない。現在、日本にいるのは君だけだ」
 「わかりました。では失礼します」玲子はドアに向かった。
 「ハミングバード」タイラントが玲子のコードネームを呼んだ。玲子は振り返った。
 「頼んだぞ」少なくともその声には人間らしい暖かみがあった。玲子は微笑み返して




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