AWC 『雲』2 (1)&(2)     舞火


        
#2181/3137 空中分解2
★タイトル (CGF     )  92/ 9/21  23:22  ( 78)
『雲』2 (1)&(2)     舞火
★内容
                『雲』

               (1)
 冷たい風。
 澄み渡り、音のするような大気。
 空は、どこまでも高い。
 白い雲。
 延ばした真綿のように、浮かぶ。
 秋の初めの、澄んだ朝。
 まだ、早い。
 その時。
 一軒の家の玄関が、音を立てて、開かれた。
 一見して、家自体、古くはない。しかし、はっきりと判る、立て付けが悪くな
った音を立てて。
 澄んだ大気に無粋に響きわたり、鳥達に大気にふさわしい声で鳴かせるのを止
めさせるのに十分な、音。
「行ってきます」
 若い声。それに覆いかぶさるように、別の声。
「そんなもの、さっさとすませて早く帰って勉強するのよ、恵。来月にはテスト
があるのよ!」
 いらいらした、憤りの声。母親の声。
「宿題だからしかたないけど・・・・・・。美術なんて選択しなきゃよかったのよ。音
楽にしとけば、宿題なんかなかったんでしょ」
「そう、だけど・・・・・・」
「だいたい、進学校なんだから、受験の邪魔になるような教科なんかに宿題出さ
せないような、配慮ってもの、してもらってもいいと思うわ・・・・・・」
「だから、朝早く行ってきて、できるだけ早く終わらすから」
「当然よ。本当ならそんな宿題しなくたっていいんだけど、でも内申書が悪くな
っても困るからね。点が貰える程度の絵が描けたら、いいのよ!」
 延々と続きそうな小言を振り切るようにして、恵がもう一度、最初と同じ言葉
を繰り返した。
「行ってきます!」
 スケッチブックを抱えた恵は、音を立てて玄関を締め、逃げるように門を出
る。

 恵の起こした風は、新聞からはみ出したちらしを、わずかに揺らした。
 新聞受けの上には、表札。
 『佐藤』

 佐藤 恵は、一度も振り返ることなく、早足で歩き続けた。

                (2)
 早朝の道。
 ほとんどの人はまどろみの中。
 恵は、歩いていた。
 A3サイズのスケッチブックと、絵の具のセットを抱えながら。
 行き先は、町外れの神社。
 家の前の道を歩けば200メートル位の道のり。
「おはようございます」
 5軒分ほどの道のりを歩いた所で、恵は一人の男性を見つけて挨拶をした。
 寝ぼけた様子。
 ぼうっとしたように、恵を見、そして、やっと自分が何を言われたか判ったの
か、慌てて笑いながら挨拶を返した。
「おはよう」
 彼は新聞受けから新聞を取り出しながら、恵に問いかけた。
「こんな朝早くから、どこへ?」
「学校の宿題で写生をしに、神社まで」
「そう。写生か・・・・・・」
 空を見る。
 雲が浮かんでいる。
 そのまま、考え込むように、動かなくなった。
 何かを思い出しているように。
 その表情は悲しげで、つらそうだった。
「・・・・・・気をつけて、行ってらっしゃい・・・・・・」
 ちょっと息を継ぎ、そして、言った。
「負けないで」
 恵は驚いたように瞬きをし、そして、にっこりと笑った。
 その笑いに彼は驚いたように、恵をまじまじと見つめた。
「私、負けません。何にも」
 恵ははっきりとそう告げて、軽く会釈をして、その場を通り抜けた。

 門には表札。
 白地に黒く、横書きで、
 『加藤』

  加藤 強は、去っていく恵の後ろ姿を見つめながら、じっとたたずんでいた。

******************************続*****




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