#1758/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF ) 89/ 8/ 8 21:20 (101)
大型リレー小説(第5話)「天国への道は地獄への道」 舞火
★内容
喜三郎に連れられ、手児奈は古めかしい玄関をくぐった。
手児奈にとって、始めての喜三郎の家だ。
玄関の奥は、暗く、人の気配がない。
「暗いわね。誰もいないの?」
「いや。ここは、仮の玄関だからね・・・」
「え?」
手児奈は首をかしげた。
喜三郎は、そんな手児奈の手を取り、ぐいぐいと引っ張る。靴は履いたままだ。
「どこ行くの?」
「僕の家だよ」
「だって、ここは・・・」
「ほら、この部屋に入って」
と言って連れ込まれた部屋は、暗く狭い畳の部屋だった。
「ち、ちょっと・・・。あの、わたし・・・」
手児奈の脳裏に、喜三郎に押し倒される自分の姿が映る。
「駄目だよ。動いちゃ」
部屋を出ようとした手児奈の腕を、喜三郎の手が掴んだ。
「え!・・・あ、あの・・・」
振りほどこうとした時、手児奈と喜三郎の体が虹色の光に包まれた。
「何?どうしたのっ!」
「僕の家に行くんだろ」
喜三郎は面白そうに言った。
奇妙な浮遊感を味わい、必死で喜三郎の体にすがりつく。
「大丈夫だよ」
喜三郎は、優しく手児奈の体を抱きながら言った。「これはね、空間転移装置だよ」
「空間・・・何?」
「空間転移装置。あの家は僕の家までの近道なんだ。ほんとは僕の家、とっても遠くて
。だから、使ってるんだ」
その言葉が終わると共に、ふっと体に重さが戻ったように地に足が着く。
「さあ、着いたよ」
そう言って喜三郎は目前の扉を開けた。
明るかった。
喜三郎に導かれ、一歩踏みだした手児奈の瞳に、きらびやかなまでの部屋の装飾がと
びこむ。
「ここが、喜三郎君の家、な、の・・・」
呆然と周囲を見渡す手児奈に、喜三郎は諾いてみせた。
「喜三郎様。お帰りなさいませ」
落ち着いた低い声が、背後から聞こえた。慌てて振り向いた手児奈に、タキシードに
包まれた紳士−−−執事が頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました。ごゆっくりおつくろぎ下さいませ」
慌てて頭を下げた。
側で喜三郎がくすくす笑っている。手児奈は、にらみつけた。
「さあ、僕の部屋へ行こう。「およげ鯛焼きくん」のテープ、聞くんだろ」
「え、ええ」
喜三郎の後に付いていきながら、手児奈は、(せめて、シューベルトとかにしてもら
うんだったわ)と後悔していた。
案内された、喜三郎の部屋は、さすがに立派だった。
広々とした室内はふっかふかのじゅうたんが敷き詰められ、大きなソファは本物の毛
皮張り。1セット、ン万円のコーヒーカップに入れられた香り高いコーヒー。
「喜三郎君て、いつもこんな生活してるの?」
「そうだよ」
喜三郎は、家について説明した。
つまり、松本コンチェルンの御曹司だと言う訳で、ここは、彼の別荘の一つを通学用
に使っているのだと言う。
手児奈は卒倒しかけた。よく正気でいたと思う。
松本コンチェルンと言えば、西側のみならず東側にも経済力を持つ、世界第一位のコ
ンチェルンだ。その会長の一言が世界の運命を握るとさえ言われている。
この目前にいる、三本松高校野球部部長は、その直系。第一位の継承権を持つ人。
手児奈は、まだ信じられない思いがした。
喜三郎は、誰にもばれないようにしていたのだ。
「よく合宿生活に耐えられたわね」
「あれは、あれで面白かったよ。違った体験ができたからね。もっともあの「じゃんけ
ん」というのには、困ったけどね」
軽くウィンク。
学校では、それ程いい男には見えなかったが、こんな場所だと、そんなウィンク一つ
に体がかあっと熱くなる。
(これは、やっぱりベートーベンの「運命」位がB.G.Mであるべきよ!)
しかし、かかっているのは「およげ鯛焼きくん」であった。
コンコン
ノックがした。
「松井でこざいます」
インタフォンを通して、先程の執事の声が聞こえる。
「お入り」
慣れた口調で、喜三郎は答えた。
「失礼致します。喜三郎様、不法侵入者でございます」
「ふーん。映像に出してくれ」
「かしこまりました」
どこをどう操作したのか、松井が壁の一面をひとなですると、天井からスクリーンボ
ードが降りて来た。
それまで、事の成り行きに唖然としていた手児奈の目が大きく見開かれた。
「す、杉野森君!」
映し出された映像は、金属バットを持った杉野森の姿だった。喜三郎いわく、「仮の
玄関」に入った杉野森は、転移装置を何とか操作した所だった。
「嫌!彼、わたしを追ってきたんだわ」
恐怖と嫌悪感が背筋を走り、手児奈は知らず知らずの内に、自らの体をかきい抱く。
「どうしたんだ?」
驚いて理由を問う喜三郎に手児奈はバスの中での事を話した。
「なるほど。でも、心配することはないよ。奴は絶対ここまでこられないからね」
喜三郎はきっぱりと言いきり、松井に合図した。と、松井は一礼して出ていく。
「どうしたの?」
不安そうに聞く手児奈の涙をそっとぬぐってやりながら、喜三郎は答えた。
「あの転移装置はパスワードを入れない限り、この家には着けないんだ。奴には、適当
な場所をこちらで選んで、行ってもらうよ」
「適当な場所って?」
「そうだね。君を泣かした罰だ。エイリアンに取り囲まれ、ターミネーターの待ってい
るカイロン島にでも島流しにするか」
そう行って喜三郎は手児奈を抱き寄せた。
近付く喜三郎の顔に気付いた手児奈はそっと目を閉じた。
互いの唇があわさる。
手児奈は、甘美な衝撃に身を震わせながら、全てを喜三郎にまかせた。
<つづく>