AWC 【遙かなる流れの果てに】(3)    コスモパンダ


        
#1737/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  89/ 8/ 5   7:30  (100)
【遙かなる流れの果てに】(3)    コスモパンダ
★内容
               (3)ターゲット

 毒々しい色の巨大な木星をバックに、黒い小惑星が浮かんでいる。
 その小惑星から木星に延びる見えないコース上に点々と配置された誘導衛星群。そ
こでは数十人の銀白色のスペーススーツ姿の人間が作業をしていた。
「気を付けろ! ガイダンス・システムはデリケートなんだぞ。もっと丁寧に扱え」
「はいはい、気を付けますよ」
 本社から派遣された作業員を手伝いながら、ボーイは呟いた。
 浮遊鉱山KLS9023Bから発射された鉱石はコースに沿って配置された衛星の
間を通過する。二つの衛星の間の強力な磁場を鉱石が横切る時、鉱石のコース微調整
が行われる。
 アニタが持参した新型のマスドライバー・ガイダンス・システムは、この衛星群に
装備され、一度に五百トンパケット数十台分の鉱石を、地球への最短コースに乗せる
働きをする。
「おい、それは何だ?」ヘルメットの中で、ロンの声がした。
「これは、磁界の強度を調整できる単極子結晶体だ。見たことがないのか?」
 直径五メートル,長さ十メートルの円筒型の衛星外部に一辺が一メートルに満たな
い六角柱の物体を装着していたベンソンがロンに答えた。
「ない。噂には聞いたことがある。かなり強力な磁界を発生するらしいな。しかし、
鉱石のコース修正なら、普通の超電導マグネットで充分だと思うが?」
「ああ、このシステムは元々もっと木星の引力圏に近い所で使用されるために開発さ
れた。ここでうまくいけば、全浮遊鉱山でこのシステムを採用することになる」
「けっ! テストか。貧乏くじだな」
 ロンと作業員の会話を聞いていたボーイは、露骨に言った。
「無駄口を叩かないで。時間が勿体ないわよ」
 作業ライトに浮かび上がった真紅のスーツが、声の主に違いなかった。
 視察団長かなんか知らないが、女はこんな宇宙まで出てくるんじゃない。地球で子
供でも育てていればいいんだ。ボーイは気に入らなかった。

「パケット一号から六号まで準備完了。辺境航路管理局から、コース最終確認結果。
航路パターンJQ61200上には障害物、及び航行中の船舶なし」
 部下のゴードンの報告に、ロックは軽くうなずいた。ちらっと走らせたロックの視
線が、満足そうに立つアニタとルヲを捉えた。
 ごますりルヲめ!
 ロックの側に立っていたアニタの部下のベンソンが、アニタに報告した。
「グレイ団長、準備完了しました。発射ボタンを押せば、コース算定、発射角、発射
速度、コース微調整の全ての処理が自動的に行われます」
「それでは、発射しましょう。ベンソン、あなたが発射して。デリケートなガイダン
ス・システムに間違いがあっちゃ大変だわ」
 つまらん女の意地か。ロックは平静に努めた。
 ベンソンはコンソールに歩み寄ると、コンソール上のキーの幾つかに触れた。
「五……、四……、三……、二……、一……、発射!」
 鉱山全体のガクンという揺れは、一度だけだった。六台のパケットは同時に発射さ
れた。
 従来のように、一本づつマスドライバーで鉱石を発射すると、鉱山に揺らぎが発生
し、姿勢制御ロケットでこれをを抑えるため、発射間隔が長くなっていたのだ。
 新システムでは、KLS9023Bの細長い軸線に沿って配置された全マスドライ
バーで同時に鉱石を発射することで、浮遊鉱山全体の軌道の揺らぎを防ぐ。
 同時発射は一度に大量の鉱石を発射すると同時に、浮遊鉱山の揺らぎを防ぎ、結果
として次回の発射までの時間を大幅に短縮できるのだ。
「コース微調整も良好。全弾、航路パターンJQ61200に乗っている。予定通り
二十日後、木星周回軌道に到達する。次回発射タイミングは、六千八百秒後」
 マスドライバー・ガイダンス・システムのコンピュータが報告した。
「素晴らしい。今までの二分の一の時間間隔で発射できる」
 ルヲがお世辞抜きで褒め称えた。

 鉱石はきっかり六千八百三十秒間隔で発射されていった。
 新型システムが始動してから十数回、既に四万トンの鉱石が発射された。まさに驚
異のシステムだった。制御爆破で採掘されている大量の鉱石は、従来から積み残し状
態にあり、輸送システムの見直しを迫られていたのだ。
 今やKLS9023Bは、太陽系屈指の生産輸送体制を誇る浮遊鉱山になった。
 その代償として、使用頻度が高まったマスドライバーのパケットやレール、超電導
マグネット、あるいは誘導衛星の点検保守作業が増えた。
 赤く輝く木星光の中、細長いラグビーボールの形をしたKLS9023Bの壁を走
る一本のレールに、二人の人影が写っていた。
「やれやれ、こりゃレールの磨耗が激しいな。今までの十倍以上の量を輸送している
んだから無理もないが……」
 ヘルメットの中でロンがぼやいた。それにボーイが応える。
「レールだけじゃない。全ての装置の消耗が激しくなっている。ロックが点検してい
る誘導衛星もそうらしい」
「なんだって! ロックが誘導衛星の点検だと? 奴は管制室勤務だろうが」
「管制室じゃ、人は不要になったんだとさ。今や女団長アニタが持ってきたマスドラ
イバー・ガイダンス・システムが、管制室を取り仕切っている。ロックを始め、元の
輸送責任者は全員くびにされたも同然さ。あそこにいるのは、ルヲだけだ」
「おやおや、結局、ごますりルヲだけが残ったか」
「しかし、とてつもないシステムだ。アニタは大成功に小踊りしてるんだろう」
 急にロンは自分のスペーススーツのヘルメットを、ボーイのそれにくっつけた。
「ボーイ、そうでもないぜ。ちょいと奇妙な噂を仕入れたんだ」
 通信ではなく、ロンの声がヘルメットを通し直接聞こえてきた。
「勿体つけずに言えよ。俺は短気なんだ」
「へっへっへ、『チークダンス』でないとやばい話だ」
 スペースマンの通信は全て記録されている。記録されたくない時、彼らはヘルメッ
トどうしをくっつけて、直接会話をする。これを「チークダンス」と呼んでいた。
 ロンがヘルメットのバイザーごしに、にやりと笑う気配をボーイは感じた。
「航路パターンJQ61201からJS89011が流星雨警報で封鎖されたのは、
省報で知ってるな? だから、このKLS9023Bのマスドライバーが発射した鉱
石群は流星雨を避けて、JQ61200を飛行している……はずだ」
「?」
「その鉱石群のコースが少しずつ内惑星公転方向にずれているらしい。そうすると、
鉱石はどの航路に乗る?」
「JQ61199か、61198かな?」
「そうだ。ところで、JQ61199には何があると思う?」
「俺は短気だって言ったろ」
「辺境航路管理局からの連絡じゃ、ソル標準時間、0189・2309時、ある船団
が木星圏イオ近辺からJQ61199の航路パターンで外惑星へ航行する」
「なんだと!」
「エリダヌス座のイプシロン星に向かう総勢五隻の五千万トンクラスの恒星間移民船
団だ。俺達のマスドライバーは、この移民船団を狙っているらしい」

−−−−−−−−−−−(TO BE CONTINUED)−−−−−−−−−−




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