AWC 雑談風景 バベッティ


        
#1597/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (PKJ     )  89/ 6/ 2  15: 1  ( 68)
雑談風景                    バベッティ
★内容
  十二月上旬の下関。駅前通りと呼ばれている、小さな歓楽街。その
人ごみの中を、ひとりの青年が、早足で歩いていた。名前を坂口とい
う。彼は急いでいた。友達幾人かと、酒を飲む約束をしているのだ。
彼は或る古臭い居酒屋の前で立ち止まり、その扉を押し開いた。
  店の中はほとんど客が居らず、ただひとつのテーブルに、青白い顔
をした男が一人、ぽつりと座っていた。大塚だ。坂口の、友人である。
  「やあ。遅いじゃないか。と言っても、まだ僕ひとりしか来ていな
いのだ。まあいい。早く座れ」少しは酔っている様であった。
  坂口は大塚の正面に席を陣取り、早速、水割りを一杯注文した。
  「馬蔑は来るだろうか。しばらく会っていない」坂口が口を開いた。
  「なあに、来ないなら来ないでいいじゃないか。あいつは、どうも
陰気臭くていけねえ」
  「うむ。奴は、世の中の全ての事が気に入らないらしいから」
  水割りが運ばれて来た。坂口はそれを手に取りながら、
  「ところで、作家容貌論というの、知ってるか」
  「何だ、それは」
  「随分前、馬蔑が、僕に見せて呉れた。何日もかかって書いて、そ
うして結局どこにも発表出来なかったそうだ」
  「なるほど。また、馬鹿々々しいものなんだろう」
  「うむ。少し読んで見たんだが、概要としては、確か、作家は常に
美貌であらねばならぬ、ことに私小説家の場合ばそうだ、とか」
  「どういう根拠で?」
  「それは、作家の容貌が世間にさらされる機会は、新聞の広告欄と
か、そういうものだけで、だからこそ、白黒の写真がよく似合う様な、
美貌の持ち主でないといけない、もし醜悪な顔写真が新聞に載れば、
その宣伝されている作品の価値まで落ちる、と」
  「面白いな。確かに、吉OばOな とかいう女流作家の新聞広告は、
まずかった。実際、買って読んでみようという気持ちは半減する」
  「うむ。OO龍なんかも同じ事が言える。少なくとも、僕はいやだ」
  「それにね、君たち」いつの間に入って来たのか、馬蔑が背後に立
っていた。「その本を買って読み始めてからも、作家の容貌は影響す
るのだ」
  「やあ。遅いぞ。来ないかと思っていた。座って、詳しく話してく
れよ。作家容貌論」坂口と大塚が大声で迎えた。
  「うむ。だから、例えば、不細工な顔つきをしているくせに、哀愁
のただようキザな事をかいても、ちっとも様にならないだろう。しか
し、それでも、無名のうちはいい。新聞に肖像が載る事もないからな」
  「それでは、結局、醜い顔の人物は、かっこいい事が書けない、書
いてはいけないという事かね」大塚はにやにやして言った。
  馬蔑は席に座り、
  「その通りだ。もちろん、いくつかの例外はあるが」
  「その話しはもうこれくらいにしよう」坂口も少し酔ってきた。彼
は荒っぽくグラスをあおって、「それより、こんな男を知ってるか。
その男は、自分をものすごい教養家だと思ってやあがる。奴の書いた
文章は、無駄な熟語がやたらと使ってあって、下手な比ゆが全体を覆
っていて、一度読んだだけじゃあさっぱり解りやしない。結局、自分
はこれだけ論理的でお役所めいた固い文章が書けるんだぞ、という事
を、人に知らせたくて仕方がないんだな。虚勢なんだが、ご自分はそ
れを虚勢だと気づいていない。我のみが高きにありの妄想だ。例えば、
”実質的に不可解な観点に直立し、創造的な言語との遭遇を諦観する
事実は ”という様な具合でね、まったく、馬鹿にしてやがる」
  「誰だね。それは」大塚が尋ねた。
  「いや。名前なんてどうでもいいのだが」坂口の酔い方はもう普通
ではなかった。「名前は忘れた。それより、水割りをもう一杯」そう
言ってテーブルに伏せ崩れた。
  「おい。飲み過ぎだ。オレンジジュースの水割りでも、たくさん飲
めば下痢をするぞ」大塚がさとす。
  「その通りだ。君はまだ十二才の筈だろう。我々と同じ、小学六年
なんだから。こんな喫茶店で薄めたオレンジジュースを飲むなんて、
馬鹿らしくないか」馬蔑も言う。
  坂口も起き上がって、
  「それでは、そろそろやめて、どこかに遊びに行くか」
  「うむ」
  「それがいい」
  「おじさん、いくら」大塚が財布を出して言った。

  最近の小学生は高級な遊びをするのだ。





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