#1578/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (UMC ) 89/ 5/28 13:58 ( 99)
春のなごり (鎌倉−金沢街道) 野水
★内容
春のなごり 一九八九/四
鎌倉の八幡宮と金沢八景をむすぶ古い街道を、色濃い春と共にくだる。
多くの幟(のぼり) 、おおいかぶさる若葉にかこまれた杉本寺の石段は、茅ぶき
くぐる。鎌倉の最も古い名刹の本堂に向かう石段は、もはやすり減り深く苔むして人を
通さず、今は唯ひと時を安らう。
踏みへりし苔むす段のやすらいて
堂内の香を重ねた暗さに、十一面観音のひかりがひろがる。堂脇の小さな御堂にぬか
ずいて、観音経を一念に読む中年の女(ひと)の姿にあわれをもよほす。
左手の山道をのぼれば南に向かい視界が開き、衣張山や釈迦堂が谷(やつ)の春を
思いおもいに叫ぶ若葉の色に、遅い桜がなだらかな山谷を埋め、鈍色(にぶいろ)
に模様をなしてさざめいている。遠く谷間を風の流れとなって花びらが宙をただよい、
そのひらめきに空(くう)のかぎりない分厚さと、透明な春の深さが感覚の琴線を
宙(おおぞら)に花ひらめける深みかな
街道を浄妙寺へと一歩入れば、参道の桜並木は春の名残りに息もつかせず、花びら
の滝しぶきを流しちりかかる。
器官ひそめ花びらの中 立ちつくす
本堂のおおらかな屋根の曲線、時をまつぼたんの蕾、世の喧騒を外にして、境内は
清閑の中にある。
滑川(なめりかわ) に沿う古い格式の民家には、反りの入った大屋根をはや
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ゆたりとおよぎ屋根越しに尾をくゆらせる。
古き屋根越えてゆたりとまごひかな
清流はかるい音たて花びらを帯に、たもとにとどめたわむれ流れ、その中を野太い真鯉
か細い緋鯉、そしてめだか達がゆきかう。目をあげ見れば北の方、胡桃山(くるみ)
山桜か、薄白い花が高く連なり若葉のはざまに光る。
境内は、竹を住人に竹庭、禅をあるじに石庭の陰陽二庭を配し、報国寺は、午後の
日ざしをあびていた。竹林のざわめきから眼をうばい、闇の静寂に心をさそう竹薮の
小道は、ゆるく曲って二股に分れる。盲目のひとはふりあおぎ竹の葉がくれに見る
青空も我れに返れば、竹の間に燈篭の灯が先を導き、足もとに地蔵様さへ見守っていて
くれる。
青空に燈篭の灯や竹の庭
竹の茂みを鋭くぬって斜めの光が音もなく切り込むと、黒ぐろぬれて竹の子に映え鋭
角に曲る。
竹庭や光さだかに切り込めり
太くたくましい竹のひともとに両手をふれて心を開けば、緑の鼓動とかそけくかわす
竹のささやきが、掌(たなごころ)からたしかに聞え 伝わってくる。
太き竹掌(て)にささやきぞ伝えくる
竹林を左に出れば、古い茶店に紅い敷物。 小さく開けた庭の向うは、小さな滝が白
しぶきをあげている。先客に憩いもならず、右の路をとればここにも一層小さな茶店
一本の桜をそえて、散る花びらを楽しむ人たちに満ちている。
小路沿いに竹林を抜けると光の庭にいざなわれ、目の前の足利氏のゆかりの墓は、手
入され刈り込んだ庭木は、立ち入るを許さない。
右に折れ本堂の裏手に出ると、白砂に竹影と日光が描く岩石と丈の低い青松を配した
明るい庭園が待つ。
報国寺の表には、若い桜が西日をすかし淡い舞い姿をみせ、次から次へ地に降りしき
る。小さな池の面をすでに花びらは、やり水の落ちるわずかな空(くう)をうつす
ふたぎ染めつくす。
遣(や)り水のしずく残して花ふたぐ
石段下の小さな石庭、花びらはあるとも知れぬ風に遊び、いつか寄りそい砂紋に和し
て、くっきりと波立ちのさまをあらわす。
石庭の波だち著(しる)し花寄せて
見あげると寺の大屋根の垂木の下に、羽虫がむれとび薄い光に花びらと競って乱舞し
短い時を命のかぎり美しく燃やしている。
散り残る桜の下や羽虫の舞い
街道を更に下って泉水橋を曲れば、明王院の質素な冠木門(かぶきもん) に
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第四代将軍、頼経創建の寛喜寺五大堂の跡とか、今は往時の面影さへも留めない。参
道の右手には立春の稔りを枝に 青い梅の実がはじけるような楕円のさまに、ころこ
と固くひきしまっている。
梅の実やラグビーボール蹴る瞬間
正面にひなびた二軒の茅ぶき屋根が、夕方の大気のぬるみにひっそりと佇み、あとは
目にたつものもない。住む僧も無いかに深閑とした境内は、春の日永を惜しむように
石燈篭の脇に紫大根の花と幼い桜をかざし、かすかな竹の葉の音が時とたわむれ、ふき
去ってゆく。古いかざり気のない、それでいてやわらかなたたずまいの、特別何と云う
こともない美しさに身をゆだねる。
五大明王、観音像、小じんまりした弁天祠と水掛不動尊に囲まれる堂内は、静寂のうち
にただよい、薄い西日に微笑んで遠い昔の哀しい想いも、なつかしむように柔らかくつ
つむ。
金沢街道をもどる道すがら家なみの高くなった影ごしに、夕日をあびた八幡宮の裏山
は、若い命を万緑に輝き色濃い春のなごりのさまは、古い鎌倉の社(やしろ) と
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むき深く息きづいていた。
長い歴史を秘めた街に時はながれ、新しい自然はかわりなく訪れ、寺社も心もまた生れ
つぎ流れてゆく。人の世の美しさは、育くまれよろしさを伝えるやさしい心が、脈々と
湧き、伝統の春は、暖かいやすらぎをいつまでも変わりなく送ってくれる。
鎌倉や山春色に変わりなし
帰る電車の窓をよぎる景色は、夕日も落ちて一面の赤に染まり箱根山と丹沢山塊の間
から、遠く影富士が、春がすみの上に浮かび流れ去るものの内に、不動の姿をとどめて
いる。連なる峰の空もようやく暮色に青み、すべてが春のおぼろの内になごりをおしみ
つつ暮れていった。
夕日落ち不二の峰たつ春がすみ
完
ID:UMC62826 野水 淳