AWC テーマ1>酒と男とお年玉     KARDY


        
#653/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (UCB     )  88/ 1/ 5   1:17  ( 91)
テーマ1>酒と男とお年玉     KARDY
★内容


 松もいまだ取れない町外れの居酒屋で、旧友と出会った。 後ろ姿に見覚えがあっ
たのだが、そいつというのが、けっこう「とんだ」奴で、いや、「とんでもない」奴
で、まあどっちでもいいんだが、要するに、そういう奴なのだ。

 なんで、こんな所で飲んでいるのか分からなかった。 だって奴はバリバリの銀行
員のはずだ。
「よう、三隅じゃないか。 どうしたい、こんな所で。 一人で飲んでるなんて、お
まえらしくないなあ。」
 俺は、三隅の隣に座った。 奴は、なぜか、顔を向こうに向けた。
「江島か。 久しぶりだなあ。 元気か、と言いたいところだが、そういう心境じゃ
ないのさ。」
 そんな事は、見れば分かった。 そして、これはただごとではなかった。 この陽
気な、というか、飲んだらアホの化身みたいになっていた男が、しょぼくれているの
だ。

 明日、浜潮町を雪崩が襲うんではないかしら、と俺は思ったが、口から出て来たの
は、
「どうかしたのか? 仕事で失敗でもしたのか。」
 という、およそ現存する、どんなワープロをもってしても変換不能な、美しい言葉
だった。
「うるせえな。 黙って飲ませてくれよ。」
 友情に満ちた答えが返ってきた。 こいつは重傷だ。

「あのなあ、おまえ、普通、旧い知り合いと出会ったら、久しぶりに顔を拝みたいと
いうのが人情だろうが。 何があったかは知らんが、こっちを向いてくれないか。」
「ああそうかい。 そんなに俺の顔がいいなら、取り換えてやってもいいぜ!」
 そう叫んで、三隅は顔をバッとこっちに向けた。 しかもその時、俺は彼の言葉を
無視して、ビールをグビリとやったところだったからたまらない。 俺は、彼の顔面
を視野に写したとたん、驚愕の表情をしようとして失敗し、急速に頬をゆるめ、笑お
うとしてさらに失敗し、莫大な精神力を消費して、やっとビールを咽の奥に押しやっ
て、一息つこうとして結局失敗し、はでにむせ返ってしまった。

 三隅の顔は、傷まみれだった。 擦り傷やら切り傷やら良く分からないが、何やら
ペンか何かで線を引いた様に、細かい傷がたくさん刻まれていたのだ。 その姿は、
おせじにも悲惨とはいえず、情けないというか、COTTENもとい滑稽だった。 奇面フ
ラッシュ顔負けである。
 俺は笑うまいと努力したが、口の両端が努力を裏切った。
「いやその…何というか…。」
「笑えよ。 別に、無理するこたあねえよ。 僻地に左遷させられるハメになっちま
った。 今更、もう一つぐらい不幸が重なったって、どうって事あ無え。」
 俺の笑いの衝動は、急停止した。 そりゃそうだ。

「話せよ。 おまえ、一体どうしたんだ。 話してもどうにもならんかも知れんが、
とにかく話せよ。」
「悪酔いするだろうぜ。」
「とっくに覚めちまってるよ。 早く話せ。」
「せくなよ。 その前に乾杯だ。 再会を祝して…。」
 俺は、精神的にずっこけたが、礼儀として笑って杯を交わした。 いや、今の状況
なら、三隅がたとえ「うおー!魚ではありません」などというジョークをたれたとし
ても、俺は笑って(許して)やることが出来るだろう。

「発端はよ…。 浜潮で、やっぱり飲んでたんだ。 何年かぶりに、学部のみんなで
さ。 それで、騒ぎ過ぎちまったんだよな…。 イイ気になってわめいてたらよ…傍
で飲んでた兄ちゃん達が、因縁を付けてきたんだ。 で、オモテへ出ろって事になっ
て、俺達も酔っ払ってたから、『ヤルかあ、テメーらあ!』てなもんさ。 もみ合い
になって、勢いで勝っちまった。」
「凄いじゃん。」
「ここまではな。 で、俺達ゃ、また飲み直してたんだ。 今日はやったなー、とか
言って店を出たら、やつら待ち伏せていやがったんだな。」
 ここで彼は、ほっぺたに指で線を引いて、
「それも今度はコレの兄ちゃんを連れて来やがった…。 こうなりゃ酒もどこへやら、
逃げたけど俺だけ捕まってコテンパンさ。 それだけじゃ無え。 あれがあるだろ。
あの、とんがった葉っぱの草。 アレの草むらの中を引き回されたんだ。 その上傷
口に小便をひっかけられちまった。 で、ご覧の通り。 非道えもんさ。」

 …何てこったい。 こいつは、たしかに非道い話だ。 こいつの言う通り、体の中
をアルコールがいやな回り方をしてきたようだ。
「それで、おまえ、翌日その顔で出勤したのか?」
 三隅の口が、三日月の形になった。 笑ったのだ。
「餅のロン。」
 そして、また彼は、ほっぺたに指で線を引いて、
「そしたらよ、コレの兄ちゃんが、翌日、ウチの支店に、貯金しに来たんだよ! は
っはっは!」
 俺は、ビールを吹き出した。
「…で、どーしたんだ? おまえは。」
「そんな事あ決ってる。 カウンターを踏み越えて、その兄ちゃんに向かって、『て
めえかあー!』とか言って殴りかかって、支店長がまっ青ンなって飛んで来る、とい
うパターンさ。」
「はっはっはっはっは。」

 俺は大声で笑ってやった。 とんだお年玉だ。 こいつはやっぱりとんだ奴、いや
とんでもない奴、まあどっちでもいい、そういう奴だ。 俺は笑いが止まらなかった。
 別にかまわんさ、と思った。 今となっては、その方が三隅にとっては救いになる。

 三隅も笑いだす。 店内に、虚しい笑い声が響いた。 いま思いだしても、それは
それは虚しい笑い声だった。







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