#599/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (UCB ) 87/12/18 1:27 ( 98)
リレーB>第15回 別の戦い KARDY
★内容
いつしか夜になっていた。 雲ひとつ無い空を、真珠を打ち砕いてばらまいたよう
な星の輝きが飾っていた。
カラモラはふと立ち止まり、空を見上げた。 何かが空をよぎったような気がした
のである。 気のせいかと思いきや、また一つ。 針で突いたような光が、長くもな
い尾を引いて地平線へと消えていった。
「ナガレボシ…確か、日本語ではそう呼んだのだな。 願いをかなえる幸運の星だ
と…。」
彼は、芳岡の事を思いだしていた。 金は無いが、いい奴だった。 あの貧乏人も
今、やはりこうして星空を眺めているのだろうか。
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芳岡を、不思議な感覚が支配していた。 夢でも見ているのだろうか? 自分が自
分ではないようだ。 ここはどこだろう。 ここは…ここは、鬼門の門…門はくぐっ
たのだろうか。 いや、まだだ。 怪物と戦って、それで…。
「はっ!」
浮遊感を、いきなり現実が襲った。 同時に体を激痛がくぐり抜けて、芳岡は跳ね
起きると同時にへたり込んだ。
器用な男だ、とはさすがに口にせず、ジャンとパームはゆっくりと彼を助け起こし
た。
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モニターから三人の姿と三振りの剣が姿を消した。
「ババ様、どうやら情報のヤリトリは切断されたようです。 会話もこれ以上は聞
けますまい。 いつ回復するかの予想はまったくつきません。」
機械の発する音もやみ、静寂が部屋の中を満たし始めた。 老婆は、手をあごに当
ててじっとしていたが、微かなため息に続いて、最小限の指示だけを行った。
「ふむ…。 これまでの記録はとってあるな。」
「ハッ!」
「ならよい。 お前達も、少し休むがよかろうて。」
そして、その部屋を出ると、自分の私室のみに通じる廊下を歩いていった。
「この男の能力…私をしのぐかも知れんのう。」
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「少し安んだ方がいいと思うわ。」
「これしきの傷が…うっ、ぐぐ!」
「無理を通すのは良くないな。 村に戻ろう。」
「な、何でですか!? せっかく、ここまで来たのに!」
文字通り血を流す思いまでしてここまで来たというのに、この人は戻ろうと言うの
か。 今これまでの努力はいったい何だったのだ! 冗談じゃない、もうチャンスは
訪れはしない。 こんな所ででじたばたしていたら、啓子とは二度と巡り会えないか
も知れないではないか。
彼女の手紙を読んで以来、芳岡は焦りに焦っていた。 もう彼女は、僕の手の、そ
して足の届く範囲には存在してないのかも知れない。 思い浮かべるだけでもおぞま
しいその考えは、幾度彼の胸と瞳を焼いたことか。 毎晩の涙を抑えるのに、どれ程
の精神的重労働を強いられたことか。
「いつかも言っただろう。 急ぐ旅じゃないんだ。 戦いはいつ終わりを迎えるか
分からない。 体が資本なんだ。 ここは一旦村に帰って傷の手当てを…」
ジャンが、何かをしゃべっている。 芳岡の事を心配してはいるんだろうが、その
時の彼は、感銘を受けたりはしなかった。
「…いやです。 ここまで来ながら、引き返すのはいやです。」
「見上げた根性だ。 大和魂というやつかな。」
一時的にせよ、目に写らない溝が二人の間に掘られた。 その溝に足を取られたパ
ームは、暑くもないのに汗をかいた。
「ちょ、ちょっとさあ、二人とも疲れてンのよ。 どう? 一息ついたんだし、食
事にでもしない?」
芳岡は、首を横に激しく振った。 薄汚れた髪が踊って風を起こす。
「村に帰れば、何があると言うんです。 啓子に会わない限り、僕には帰り道など
ありはしません。 啓子は鬼門の門をくぐった。 だから僕もくぐる。 くぐらなけ
ればならない。 でなければ、僕は納得出来ないんです。」
我ながら、ちょっとかっこうをつけ過ぎたかな、と芳岡は思ったが、はにかんで時
間をつぶす気にもならない。 痛む背中を延ばしつつ、洞窟の奥へと歩き始めた。
ジャンは制止しなかった。 パームはなすすべがなかった。 かわりに心の内でた
め息をつく。 先が思いやられる、と。
薄暗い中、やがてジャンは苦笑いを浮かべて肩をすくめ、芳岡の後を追った。 パ
ームも歩きだした。
ババがほくそえむ事態は、介入者なしに回避しえたようである。
ジャンの呟きは、並んで歩くパームにも聞こえない程、小さなものだった。
「それでいい。 そうして自分をどんどん苦境へと追い込んでいくのだ。 それこ
そが、“劣等感”を取り戻す一番の近道なのだから…。」
彼らが去ったその場には、賢者の剣でずたずたに切り裂かれて体液と内臓をぶちま
けた怪物達の、何とも形容しがたい姿が残された。 その内の一匹は、いまだ死にき
れずにのたうち回っている。 ここで食事をとらなかったのは正解だった。
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ババが椅子に座って、壁を見つめている。 さして明るくもない部屋の装飾はごく
質素なものである。
彼女の眼前に、星空が出現した。 監視カメラに捕らえられた外の映像が、スモー
クスクリーンに映し出されたのである。 黒い紙に無数の針を刺し、裏から明り
を当てたような、愛想に乏しい星空。 それに生気を加えるものと言えば、か細くも
美しい、二本の流星くらいのものだ。
「奴らが来る…。」
芳岡が、影が。 もうすぐここにやって来て、戦いを挑む。 ババは予知したので
はない。 流星を見た、という事からの連想が、口をついて出たにすぎない。
不吉きわまる連想であった。
戦ってもよい。 勝てるかどうかは分からないが、負ける事はないだろう。 彼ら
の目的は、それぞれ全く別の方角を向いているからだ。
だが、両者が手を結んだら…。 不吉な連想は、さらに不吉な推測に膨れ上がった。
気づかせてはならない。 両者が手を結んだ時、ババの思惑は砕け散って原子に還
元してしまうかも知れない。 気づかせてはならない。
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芳岡。 ババ・チビル。 そして、「影」と呼ばれる存在。
それぞれがそれぞれの存在を、理性抜きで感じ始めていた。 みつどもえの戦いが
始まろうとしている。
嵐の前の静けさをいだき、地球が回転する。
つづく