AWC 【留守番電話】          コスモパンダ


        
#505/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/11/23   8:43  (116)
【留守番電話】          コスモパンダ
★内容

【留守番電話】          コスモパンダ

 ルルルルル、ルルルルル、ルル・・・
「あっ、もしもし、恵子?」
「こちらは内藤です。ただいま外出しております」
 エッ? 留守番電話? 恵子の奴、いつのまにそんなもん入れたんだろう。
「御用の方は信号音が鳴り終わりましたら、お名前、御用件、連絡先の電話番号をお伝
えください。折り返しこちらから御連絡致します。ピーッ」
「あたし、美加。なんで来なかったのよ! 一時間も待ったんだぞ!」
 ガチャン。あたしは奮然たる思いを胸に秘め、受話器を置いた。
 思いきりとっちめてやろうと思って電話したのに、留守番電話とは・・・。出端を挫
かれてしまった。
 恵子の奴め、この頃、よく約束をすっぽかす。彼氏ができたって喜んでたけど、最近
付き合いの悪いこと。当分口なんかきいてやんない! 馬鹿!
 ソファの上にあったクッションに八つ当たりした。
 クッションは部屋の中を飛んで、あっ、まずい! ガチャン。やっちゃった。
 カラーボックスの上に立ててあった写真ケースが落ちた。
 カーペットの上から写真を拾った。おーっ、よしよし、痛かったでしょ? 御免ね、
淳くん。チュッ。写真のあっちゃんにキスした。
 バカ恵子、あたしにだって、彼氏くらいいるんだ。
 ミニコンポに付いた時計を見る。九時を少し過ぎた頃。あいつ、バイトから帰ってき
たかな。電話しよっと。
 ルルルルル、ルルルルル、ルル・・・
「あっ、あたし、あっちゃん?」
「はい、富田です。ちょっと出掛けてます。後で電話するから、名前と用件、電話番号
を教えといて。ピーという音が鳴ったら、喋ってください。はいっ、ピー」
 エーッ! 淳も留守番電話にしたんだ。
「えーと、えーと、あたし、美加。あのーっ、留守番電話って、照れちゃうね。あの、
用件って程のもんじゃないんだけど・・。今度の日曜日、ひま? 映画でも行かない?
連絡待ってます。あなたの恋人より」
 なあんて恰好つけて電話を切る。
 あいつ、電話してくるかな? いい加減な奴だもんね。かけてくるかなぁ・・・。
                *  *  *
 ルルルルル、ルルルルル、ルルルルル。
 ドアを通して、廊下に微かに電話のベルが聞こえている。
 ルルルルル、ルルルルル、ルルルルル、ルルル・・・
 待って、待ってよ、今出るから。ガチャン、開いた、開いたっと、よいしょっと。
 ルルル、ルルルルル、ル。受話器を取る。
「はい、河野です」
「やっと、かかった。わたし。御免ね」
 いつもの早口、バカ恵子だ。
「御免じゃないわよ。あなたいい加減にしてよね。この前も」
 文句を言おうとすると、恵子がたたみかけるように話し出した。
「昨日の約束、忘れてたんじゃないの。急に逢いたいって彼が言うもんでさ」
「彼、彼って、なにさ。やっとこ、できたんじゃないの。自慢そうに言わないでよ」
 あたしは断然、許せなかった。今日こそとっちめてやる。決戦だ。
「彼ってさ、言い出したらきかないんだもん。おとといの夜、連絡したんだけど、あな
た、留守らしくて何度もかけたんだけど、とうとう連絡できなかったのよ」
 あっ、いけない。そういえば、おとといはゼミの仲間と飲んだんだっけ。午前様で昨
日の朝は頭が痛かったんだ。それに昨日は一時間目があったんで、いつもより早く部屋
を出た。それじゃ恵子の奴、昨日の朝も連絡できなかったんだ。
「そうか、そうか、じゃあ、あたしも少しは悪いんだ。だけど、それでも何とか連絡と
ってくれてもいいでしょ。夜中に電話してくれたっていいのよ」
 あたしは自分が居なかったのが悪いんだと反省して、怒りを押さえようとした。
「今度さ、お詫びのしるしに彼が食事にあなたも誘えって。都合のいい時を教えて頂戴
ね。彼のおごりだから、うんと美味しいもん食べようよ」
 くそっーっ、また彼だ。甘ったるい声で、彼、彼ってわめくな! なんでいちゃつい
てる盛りのついたメスと一緒に食事ができるもんですか。あったまに来た。やっぱり決
戦だ。
「あっ、時間だ。彼と待ち合わせしてるんだ。じゃあ、またね」
「ちょっと、待ちなさいよ。ふざけんじゃないわよ。何だと思ってんのよ、恵子。彼、
彼って、そんなに彼が好きなら、できもしない約束をあたしとしないでよ!」
 ところが、恵子の声は一向に変化なし。どこ吹く風といった調子。
「あっ、そうそう、この電話、実は録音なんだ。自動発信の留守番電話。電話をかけた
相手が話中や留守の時に相手へのメッセージを録音しとくと、電話がかかるまで、自動
的に相手に電話して、録音メッセージを伝えてくれるんだ。便利でしょ。だって、あな
たって、いつも留守なんだもん。こうでもしなきゃ、通じないんだもん。それじゃ、何
か、伝言あったら、例のピーッの後にメッセージを入れてね。じゃあ、ピーッ」
「バカーッ、自分で電話してきなさいよ。でも、かけてきたって、あんたなら絶対、口
きかないから、もう二度と御免よ。さよなら!」
 ガ、ッチャーン・・・。
 あたしは肩の震えが止まらなかった。もちろん、怒りのためだ。
 そして、その夜、結局、あっちゃんも電話してこなかった。
                *  *  *
「まいど、ありがとうございました」
 工事の愛想のいいおにいさんが帰って行った。
 電話台の上に乗っているピンクの可愛い電話。買ったんだもんね。また親にねだって
しまった。親父、お袋、御免なさい。電話が壊れたってのは、方便です。嘘も方便と舌
を出しながらも、一応、心の中で謝っとく。
 恵子の奴。来るなら来い! 目にものみせてくれよう。
 ルルルルル、ルルルルル、ルル。
 さっそく、きたきた。
「はい、河野です」
「あっ、わたし、恵子。御免、御免、怒ってる?」
 せっかちな奴だ。留守番電話のスピーカを通して恵子の猫撫で声が聞こえる。
「只今出掛けております。御用の方は、お・・」
「御免ね。彼があなたに悪いことしたから、丁寧に謝れって」
「・・番号、御用件をピーッという信号音の後・・」
 恵子の奴、留守番電話と話してる。ざまあみろ。
「彼の頼みだもん、しょうがないよね。御免ね」
「・・・てください。後ほど、こちらから御連絡致します。ピーッ」
「これも実は録音なの。また連絡するわ。メッセージはピーッの後ね。ピーッ」
 そして電話のスピーカは沈黙を守った。どちらの電話も相手のメッセージを待ってる
んだ。いつまでこのままかな。恵子め、道楽するからよ。
 電話を掛けてきたのは、恵子の方だもん。電話代は恵子持ち。市街電話だもん、請求
書、見た時の恵子の顔が楽しみ。
 電話は三十分ほどで切れた。恵子の留守番電話の録音テープが終わったんだろう。
                *  *  *
 ルルルルル、ルルルルル、ルル。
「はい、河野です」
 例によって、留守番電話が応える声がスピーカから聞こえてくる。
「只今出掛けております。御用の方は、お名前、お電話番号、御用件をピーッという信
号音の後に入れてください。後ほど、こちらから御連絡致します。ピーッ」
「俺だ、俺、淳。御免な、連絡遅れて。トライアルの新人選手権大会が・・」
 いけね、あっちゃんだ。あたしは慌てて受話器を取った。
「あっちゃん、美加よ。御免、留守じゃないの。ちょっと手を放せなかったの」
「だからさ、しばらく部屋を開けてたんだ。やったぜ、三位入賞だぞ」
 あっちゃんは、あたしの声を聞いても、反応しない。
「あっちゃんってば」
 あたしの声が聞こえないのかしら?
「祝勝会をやるんだ。美加も来いよ。場所は・・」
「あっちゃん」
「じゃあ、美加。メッセージがあったら、ピーの後にね」
 ピッー
                  おわり




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