AWC 【展示会】     コスモパンダ


        
#463/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  87/11/ 7   8:15  ( 99)
【展示会】     コスモパンダ
★内容

【展示会】     コスモパンダ

「アドバンス・テクノロジー・ショー、ついに開催さる!」
「世界初の超伝導パソコンHCU−1000。当社が今世紀最後の偉業に挑戦! アド
バンス・テクノロジー・ショーの当社ブースでお待ちしています。○○電気」
 VANでのこのメーカの記事を見て私は居ても立ってもいられず、このメーカの最新
式パソコンを調査しにやって来たのだ。
 私の会社は一流とは言えないが、世間の動向を気にする社風は社長の声の威力の現れ
に違いない。社長や幹部連はやたら最新技術の動向などとのたまう。私も調査室という
名の職場に配属されて早五年、全国で開催されるあらゆる産業界の展示会に調査の名目
で派遣されてきた。
 データショー、オーディオショー、モーターショー、ビジネスショー、マイコンショ
ー、カメラショー、などなど・・・。ショーと名の付く産業展示会は一年三百六十五日
の内、約三百日になる。
 こんなに展示会を見て回っていると目が肥えて、どこの展示会のブースもマンネリ化
してつまらない。ピリッとした感じのあるブースや、斬新、画期的、世紀の大発明など
という賛辞に値する製品にも技術にも、ここ暫くお目にかかっていない。
 その私でも久々に期待してやってきたのが、超伝導パソコンである。
 しかし、期待は大きく裏切られた。
 超伝導パソコンのコーナーには「お詫び」の看板が一つ。
「超伝導パソコンは冷却装置の故障により、写真展示のみとさせていただきます。あし
からずご了承ください。なおご質問等ございましたら、当社の赤い背広の説明員にご遠
慮無く、お尋ねください。」
 私は狐に摘まれたような気がした。
 その看板の隣には何の変哲もないパソコンの写真が一つ。私の前にそのパソコンを見
に来たと思われる男性が数人。
「馬鹿にしてるなー」、「なんやねん」、「嘘付き」、「アホーッ」
 彼らは考えられる限りの罵詈雑言で罵っていた。
 説明員はパソコンの説明よりも平謝りの応対ばかりしていた。
 私もその何の変哲もないパソコン写真の前に立った。ふと見るとその写真の隣にもう
一つ看板があった。
(第一回目のデモ開始時間は十時三十分です。)
 とすると、あと数分でデモがある。物は無いが紹介ビデオくらい上映してくれるだろ
う。何かニュースネタを仕入れて帰らねば、会社に申し訳ない。
 待つこと暫し、デモ時間になる頃には他のブースを見に行っていた連中が集まって来
た。予想通り、本物は無くても人気はある。
 派手な音楽が鳴ると、ブースの中の一段高いステージの上に一人の女性ナレーターが
登場した。白いブラウスに真っ赤なスカーフとミニスカート、白いブーツ姿。
 私は呆れた。なんてまあセンスの無い。これでは四半世紀前のファッションショーで
はないか。しかし、そんなコスチュームで魅力を損なうような女性ではなかった。
 私の周りの男達の間にざわめきが広がったのも無理はない。
 彼女はショートカットで少しボーイッシュで、目は切れ長で理知的、人間離れした美
貌の持ち主だった。足はカモシカのようにすらりと細く長く、非常にスタイルもいい。
この子を雇うのにはモデル会社に随分と契約料を請求されることだろう。
 さて、いよいよデモが始まった。実機が無いのでやはり、大型のマルチスクリーンを
使用したビデオに合わせて女性が話し始めた。
「みなさま、ようこそ私共、○○電気のブースにいらっしゃいました。さて早速ご紹介
といきたいのですが、最初にお詫びしなければいけません。展示を予定しておりました
ハイパーパソコンHUC−1000は、超伝導の冷却装置が故障しましたために展示を
中止いたしました。あらかじめご了承ください。実機はありませんが、こちらのスクリ
ーンでご紹介をさせていただきます」
 大抵の展示会の女性ナレータは難しい単語と不慣れな言い回しの文章(彼女らにとっ
てはお経のようなPRナレーション)をホテルに一週間ほど缶詰になって丸暗記する。
彼女らが自分の言葉としてナレーションを暗記していなければ説明に迫力も説得力も無
い。当然の話だ。彼女らは自分が何を説明しているのか理解していないのだ。が、それ
は彼女らの責任ではなく、出展者側の指導にも問題があるのだ。
 ところが、この女性ナレーターはナレーションを自分のものにしているようだ。
「超伝導は絶対零度付近で起こる異種金属間の伝導現象のことです。例えば、絶対零度
四度近くに冷却したニオブ系の物質は電気抵抗が零になります。これが超伝導です。こ
の超伝導物質で作った輪に電流を流すと、電流源をその輪から取り除いても永久に電流
が流れ続け、その電流により永久磁界が発生します。この輪をコイルにすれば、超伝導
メモリが作れます。更に超伝導は電気抵抗が無いので導体の抵抗分の電圧降下による消
費電力は理論的には零に近くなりエネルギー効率が上がります」
 女性ナレーターはスクリーンに映る超伝導を説明した絵を指し示しながら説明した。
彼女の言葉はよどみなく、すらすらと流れる。聞いていても不自然さは無い。かなり練
習を積んだか、もともと頭の切れる女性か、ひょっとしたら女性ナレーターではなく、
女性エンジニアの可能性もある。
「更に電気抵抗が無いため電子の動きも高速になります。この物質でICやLSIを作
れば、その動作速度は通常のICの動作速度比べ、桁外れに速くなります。この超伝導
LSIでマイクロプロセッサを作れば、従来の超大型高速コンピュータを凌ぐ、スーパ
ーコンピュータ、いえハイパーコンピュータが誕生します」
 長々と超伝導の話ばかり。くだらん、いつになったらハイパーパソコンの本題の説明
に入るんだ。私はいらいらしだした。
「今回○○電気ではこの超伝導LSIを世界で初めて実用化しました。しかも最新の人
工知能つまりAI技術も導入したのです。本日展示予定でしたハイパーパソコンHCU
繧P000にもこの超伝導AIチップが使用されています。ただし絶対零度近辺まで冷
却するための冷却装置が必要でした」
 ステージに一人の男が登場すると、女性ナレーターの側まで歩いて来た。今度は彼が
説明を始めた。
「さて、超伝導の弱点である極低温。○○電気の技術陣は絶対温度ではなく、常温での
超伝導素子を完成させました。常温の超伝導AIチップが新しい世界を広げます」
 私の後ろの男が、「本当にできたのかな、そのLSI」と呟いていた。
 絶世の美女の横に立った長身の男が慣れ慣れしく彼女の肩に手を廻した。
 集まった観客の間にオヤッという空気が漂った。私も含めて、皆、何をするんだろう
という一種の期待感が高まっていた。
「ハイパーマイコンは従来の常識の壁を一つ超えたのです。人間に匹敵するコンピュー
タ。長年の人類の夢がここに実現しました」
 そう言うなり、その男は隣の女性ナレーターの首を両手で引き抜いたのだ。
 ブース内の観客の中には女性も多かったが、悲鳴と阿鼻叫喚で一瞬の内にパニック状
態になった。
「みなさん、お静かに願います。私は常温の超伝導AIチップのハイパー・マイクロ・
プロセッサを組み込まれたヒューマノイドです。初めまして」
 男が高々と抱えたショートカットの首が口を開いた。
 ストロボが一斉に光り、小型レコーダを持った記者連中が説明員に駆け寄り、周りの
ブースや通路からも人が押し寄せ、ブース内は騒然となった。
 こいつは近来ないデモだ! しかも常温の超伝導AIマイクロ・プロセッサ!
 私は慌てて右目のカメラで二、三枚写真を取り、自分の胴体からマイクを引き出すと
他の記者連中に負けじとステージにローラーダッシュで向かった。




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