#335/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KYC ) 87/ 9/14 1: 8 ( 99)
鉄十字章 4
★内容
かつての活気はもうどこにも見られなかった。シュミットは彼らを通して,数年後の敗戦を見抜いていたといっても過言ではないだろう。
「酷すぎる。あまりにも酷すぎる。彼らをまだ幾年も戦わせなければならないのか。」
シュミットは自問自答するかのごとくつぶやいた。
「私には,彼らを、将来のドイツを担う彼らを死地へと赴かせる権利はない。一体どこの人間にそんな権利があるのだ。彼らがその義務を負っているというのか。」
シュミットは今,それを狂える指導者の前でぶちまけることができたらと痛切に思った。彼はいつもその思いを祖国防衛のためと自分に偽ってきた。だが軍という気違いじみた機構の中なら,祖国防衛という大義名分のためなら人間が他人に死をも意味することを強制できるのであろうか。そこに今日までの世界史の悲しい出来事に通ずる恐ろしい罠がないだろうか。
シュミットは考えるのをやめた。
「一度戦争という機構に歯車として組込まれたなら,もはや自分の意志では逃れることは出来ない。今のわしにできるのは新しいドイツのために人材を残しておくことだけだ。そのときにこそドイツは全世界に君臨するのだ。」
シュミットは目を閉じて心地よいとは言えない振動に身をまかせた。
シュタイナ−は眠っていた。夢の中で誰かの呼ぶ声がする。
「シュタイナ−...シュタイナ−。どうした,うれしくないのか。念願の鉄十字章じゃないか。シュタイナ−..シュタイナ−。」
ミュ−ラ−がノイマンの声で喋っている。
「シュタイナ−。起きろよ,シュタイナ−。」
シュタイナ−は眼を覚ました。近くにノイマンが立っていた。
「どうした。」
「斥侯に行ってくれだとさ。」
「ああ,分かった。」
「くじ引きで5名決めといたからな。C地区だ。」
ノイマンはそれだけ言うと,野営用のテントから出て行った。
シュタイナ−は起き上がって,外に出た。天気もそれほど良くはなく,雨が今にも降りだしそうだった。ルガ−をホルスタ−に差し,シュマイザ−を肩に掛けて,シュタイナ−は歩きだした。
「ホッファ−,クライバ−。用意はできたか。すぐ出発だ。」
「シュタイナ−,ちょっと待ってくれ。新兵の奴が手間取りやがって。」
「おい,急げよ。俺までとばっちりをくらうのはごめんだからな。」
「クライバ−、子供相手に八つ当りするもんじゃないぜ。」
「てめえは黙ってな。こいつは俺が仕込むことになってるんだ。」
クライバ−は昨日の晩の賭けカ−ドで負けてから機嫌が悪い。
「いつまでも,前のことを根に持つもんじゃねぇよ。それこそ,子供みたいだぜ。」
「ふん,てめぇが敵の弾にあたって,くたばりかけてても俺は知らぬ顔で残して行くからな。勘弁しろよ。」
「あぁ,そいつはよかった。でも,置いていかれるのはお前の方だぜ。」
「ったく,口の減らぬ野郎だ。たまには,『はい,分かりました。』と言ってみろ。」
「今の言葉,そっくりてめぇにお返しするぜ。」
「お前って奴はあぁ言えばこう,こう言えばあぁ,だ。」
「おい,何やってるんだ。」
互いに睨み合っている2人を見かねてシュタイナ−が言った。
「置いてけぼりにされるのは,お前たち二人ともだ。喧嘩はそれからにするんだな。あれ見ろ。少尉さんがこわい顔してやって来るじゃねぇか。まったく,てめぇらと付き合ってると,ついさっき上った太陽があっという間に沈んじまうよ。」
「すまねえ,シュタイナ−。こいつと話してるとつい,むきになっちまうもんでな。」
6人は縦隊になって歩きだした。遠くで機関銃の音がする。聞き慣れてくると,鳥の囀りぐらいにしか思わなくなるから,不思議だ。とは言っても,比較的近くなら警戒するのかもしれないが。シュタイナ−たちは連隊の位置する盆地の前方の丘を上っていた。丘を上り切って,向うを見下ろしてみると森と荒地が広がっていた。限りなく,広く。
「こいつはすげぇぜ。で,シュタイナ−,俺たちの目的地区は?」
「ここから,東に1KMほどの範囲だ。ハンス,いつまで突っ立ってるんだ。敵に見つけて欲しいのか。」
「すみません。軍曹。」
「分かったら,気をつけろ。一人の無責任な行動は全員の危険につながるんだ。」
また,再び歩きだした。
「おい,ハンスの無線機、誰か手伝ってやれ。子供には大変だ。」
「大丈夫です,軍曹。このくらい一人でも持てますから。」
「無理して落とすんじゃねぇぜ。故障でもしたらそれこそ大変だ。」
ホッファ−が言った。
「無線係のヨハンはどうしたんだ。あいつがいつも無線機運んでたんじゃないのか。」
クライバ−が誰かに尋ねるように言った。
「奴は怪我して,重い物が運べねぇんだ。この子がその代りってわけさ。そうでしょう,軍曹。」
「あぁ。」
シュタイナ−は生返事をした。彼の注意は既に,前方に広がっている森に注がれているようだった。
<続>