AWC 詩篇 空中の書11     直江屋緑字斎


        
#304/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ     )  87/ 9/ 2  14:42  ( 37)
詩篇 空中の書11     直江屋緑字斎
★内容
<古い砂 37行>

   古い砂

砂上の皺(しわ)に数十億の蜜蜂が群っている 独り涸(かわ)
いた丘陵を駈けたのは瞬時の眩惑(げんわく)であったのだろう
か はじめのうちは黝(くろ)い眼窩(がんか)の底から徐々に
湧き上がる妖気に怖気づいていたが、輪郭の透明な曲線が肉の色
を帯びていくのを知ってからは、魂のこがれるような戦慄にいつ
しかうちふるえていた 鼻梁の欠落した首ははにかむような微笑
を漏している 爪の間に入り込む砂粒の多くは硝子質の光沢をも
っていたが、掘り進むうちに塩のように重い物質に変じてゆく
子供のころに海岸で犬の白骨をみつけた記憶が掠める たしかに
爆竹を鳴らしながら走り廻った当時には、何もかもが神秘で優し
かった 蜜蜂は管を伸して塩の谷間を埋めつくしている 匣(は
こ)の中にモザイクの縫い取りをした布がたたみ込まれていた
紫の地に黄と白の糸で縁取りし、中央にかすかな王家の紋章が刺
繍されている その首は犬のものではなかった  前頭葉の巨大
さを物語る額の広さが不吉な印象をもたらしている 砂に同化せ
ずに過ごした、考えることのできぬ永遠の時よ 砂漠の齢を超え
た空想の古代よ ある田園詩人はその奇跡を書きとどめる術はな
いと断言する、解明できない自然は言葉の矩(のり)を越えてい
るからと いま机上に鎮座するその首は遠い謎を語っている、精
神の奥深さというよりももっとも原始の底から慰安をもたらすも
ののごとくいまその首は流れるような声で語りかけてくる もは
や寸秒の夢 夢に巣くう夜 そして彼方から押し寄せる危険 王
家とは生成そのもの、破滅そのものの源をなす邪悪な波頭 蜜蜂
の一匹を指でつぶしてみると黄金の砂よりも硬く冷たい液体がこ
ぼれでる 骨の粉が崩れおちずに光っているのだ 睡りに就くこ
とは禁じられている 死の床は星々の距離で測ることはできない、
死の床は、死の床は…… 妹の寝台にあふれた胃液が妹の影のよ
うに貼りついていた 二十数年を経て話してみると、当時と変わ
りのない喋り方で、抱いてくれとせがまれる いま十数世紀を経
ようとも、抱いて離さぬ夜は暮れない 重たい塩の地の果てよ
涙の中に原始の塩もあり儚(はかな)い古代の氷もある 死の床
につづく愛すべき首よ 罌粟(けし)の花びらに満たされてあれ、
永劫(えいごう)の期待を蔵うために




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