#203/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 87/ 6/12 20:34 (122)
『Z−NETは今日も晴れ』(3)旅烏
★内容
そう言って、背広の胸ポケットに手を入れると小切手帳を取りだし、サラサラと金額を
入れて、タバコの焼け焦げだらけのテーブルの上に置いた。
金額は50万円という数字が入っている...
「これは当座の費用です..残りは書類が見つかったら、即刻支払いますが」
冬野所長が「いや、書類が見つかってから全額..」と言い掛けたとたん、玉井礼子が
側にきて、小切手をうやうやしく受け取ると、「有難うございます、確かにお預かりい
たしました...すぐ預り証を書きますので」といって、所長の足をギュッと踏んづけ
てから事務机のほうに行った。
(本当に、分っちゃいないんだから..この事務所のどこにタクシー代や電話代が
あるって言うのよ..)
「では今日の夕方にでも現場..いや、平野さんのオフィスにお邪魔します」
「お待ちしています」
という会話を残して預り証を受け取ると、来たときと同じ様に階段をギシギシ言わせな
がら、平野依頼人は帰って行った。
迎えの車は丁度来たところらしく、白のクラウンがちらっと窓から見えた...
それから、冬野所長は足をさすりながら玉井礼子のほうを振り返ると文句を言った。
「タマちゃん、前受金なんか受け取っちゃいかんよ..この事務所がそんなアコギな
真似をしないのは、知っているだろう?」
「でも所長、調査費用がどこにあるって言うんですの?タクシー代だって、
電話代だって掛かりますわ...背に腹はかえられませんもの」
冬野所長は以外と簡単に「そんなもの、先月の報酬が15万ばかり銀行の当座に入って
いただろう?あれを...」と言い掛けた時、目の前の玉井礼子が、急に目尻をつり上
げて恐ろしい顔になったのに気が付いた。
「所長!一体、事務員をなんだと思っていらっしゃるんですか!あれは今月分の私の
お給料じゃ有りませんか!先月も、その前も私の少ないお給料を2回にわけてしまっ
て今月もなんて...冗談じゃないわっ!」
冬野所長は玉井礼子の剣幕に驚いた...手を突き出してなだめながら...
「ま、まぁ..そう興奮しないで..ね、タマちゃん..分ったから..
機嫌をなおしてくれ...君の給料は引き出しゃしないから」
玉井礼子は興奮して頬を染めていたが、銀行から引き出さないと聞いて少し落ち着いた
ようだ。
「分っていただけば、よろしいんです..今月は、必ずお給料を全額頂きますからね
それから、前受金が返せなく成りますから、調査は必ず成功させて下さい。
100万ですよ100万!それだけあれば、少しはボーナスだって期待できるし、
そうしたらワンピースも欲しいし...今年の水着だって買えちゃうわ..」
冬野所長はため息をついた...
近くのラーメン屋から出前を取って昼食を済ませ、礼子が銀行に行って小切手を現金に
換えて来るのを待って冬野所長は出かけた。
名鉄の駅までバスに乗り、平野依頼人のオフィスまでは名鉄で、ほんの二駅だった..
もちろん駅からはタクシーなのだが...
「あっ、すまん領収書くれないか?」
冬野所長はタクシーから降りるとき、玉井礼子に言われた通り運転手に頼み込む。
「ええっ!お客さん勘弁して下さいよ、たった470円じゃありませんか..
ひとメーターですぜ」
「いやあ..会社で経理がうるさくてね..頼むから..」
このケチ野郎!という運転手の顔を、まともに見ないようにして領収書を受け取ると、
ヨレヨレのハンカチで冷汗を拭いた...
「ほらみろ、やっぱり文句を言われたじゃないか!あの娘もいいんだが、所帯持ちが
良すぎるのと、男をなめとるのがイカンな..」
玉井礼子に言ったら「すべて、この会社と所長のせいですっ!」とタンカを切られる事
は分っている事ではあるが...
ブツブツ言いながら、立派なビルの入口を観察した。
ここは多くの会社が集まっていて、商業団地を構成している場所であり、出口は一つで
終夜勤務の門衛が管理していた。
これなら、事件のあった夜も門衛が何かを見ている筈である。
まず警備会社の門衛に当ってみることにした..
初老の門衛は、眼鏡をかけ直すと冬野所長に人の良い笑顔を見せて、気軽に答えた。
「三日前に起きたSYN−SYSTEMの盗難事件ですか?あれは何度も警察が
来ましたから、はっきり覚えています...
あの時間帯は、丁度この団地にある3交替の工場が交替時間に当っていまして、
3台の自動車が入ってきました...
それから、いつも平野さんを迎えに来る白の自動車も来ましたね..」
「その3台の車の持主は調べたんですかね?」
「充分調べたらしいけど、一人だけ怪しい人物が居たと聞いてます...でも結局、
何も出てこず、警察も諦めたかっこうですな」
「それは誰なんですか?」
「SYN−SYSTEMの隣の鉄工所の従業員で、近藤智彦という22才の男ですが、
未だに逮捕されないところを見ると、関係無いんでしょうね..
なんでも、ここには車で入ったんですが、会社には行ってなかったらしいんですよ」
「会社に行かずに何をしていたか、警察には話したんですか?」
「そのへんは、私には分りませんが...それに、その事件が起こった時間帯に
出て行った車は1台も無いのが不思議なんですよ..」
「ほう!それは興味のある事実ですな..」
大体のあらましが分ったので、冬野所長はSYN−SYSTEMのビルに向かった..
門からビルの玄関までは、かなりの距離のアプローチになっていて、両側には背の低い
植木が植えてある...
立派な6階のビルで、玄関を入るとカウンターには受け付けの若いOLが一人いて、
反対のフロアの壁際には赤電話があった。
平野氏は、多分ここから警察に電話を掛けたのだろう..
フロアの奥には、犯人と平野氏が使った二つのエレベーターが見える。
玄関から車の駐車場は見えないが、エンジンの音だけは充分聞くことは出来そうである
ビルの回りは、広いアスファルト舗装の駐車場になっていて見通しは大変良く、
隣の会社との境界は高いフエンスで仕切られているので、出口は玄関前の通路だけに
なっている。
と言うことは、玄関に人が居れば出て行く車は必ず見えるわけだ。
「ふーーむ、なるほど...これでは...」