AWC 長篇散文詩 魔の満月6   直江屋緑字斎


        
#162/1850 CFM「空中分解」
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長篇散文詩 魔の満月6   直江屋緑字斎
★内容
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     長篇散文詩 魔の満月    直江屋緑字斎
              昭和52年9月書肆山田刊 改訂版
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2   (*1)

世界創造説コズモガニーの窈窕(ようちょう)な原理によれば 端
初には大地と暗黒と愛とが鍋底を形成する  無花果(いちじく)
の成熟する二つの季節のように投擲(とうてき)された夜は戻らな
い  夜の卵から生まれし者  汝の矢筈(やはず)と炬火(たい
まつ)を用い生命と歓喜のバラッドを織り出そう  息子らを喰う
巨大なる神クロノスの掌で 肉の筒は葬られるべき運命に従い記憶
のレトルトに転身する  おびただしい眩暈(げんうん)  光暉
(こうき)あふれる朝が生贄(いけにえ)を健康な緑の海洋に曳航
する  朱塗りの船団が穏やかな入江に碇泊(ていはく)している
眩(まばゆ)い白砂が黄色の頭花を散状に開いたハマニガナの叢
(くさむら)を優しく抱く  幾星霜もの波に洗われすっかり丸味
を帯びた流木や壊れて薄く塩を吹いた貝殻や所帯道具や玩具が散乱
している  いかなる砌(みぎり)が青史を彩っているのだろう
ルーン文字を眺め 年老いた遺跡監視人は幸福な民族の住める北の
王国ヒュペルボレナスの伝説を反芻(はんすう)しているのだろう
か  ピトスと称ばれる大甕(おおがめ)に海洋文明は九十の諸都
市を封じる  出納帳に記されたヒエログリフや線文字に強い陽射
が照りつける  広袤(こうぼう)とした天空を仰ぐがいい  自
然の美しさよりも峻厳(しゅんげん)な時の器  神々の摂理がう
ら若い乙女を破滅させるさまを  処女懐胎とは女学生の自己分析
に因む  眼球の中で焔(ほのお)が躍り 幼児の頭脳は殺人事件
を再現する  衍文(えんぶん)を粉飾し アンスリウムの肉穂花
序のように仏縁を願おうか  母なる漆黒(しっこく)の象が長い
鼻から夜を吐く  両性具有の守護神はひとときの慰安を口遊(く
ちずさ)む  ボウの魔術の中枢をなす催眠の大通りに聳(そび)
える拝殿  そこには微かな光を帯びると伝説の神託の紫色の文字
を浮かび上がらせる魔鏡が匿されている  聖地ラドルの高敞(こ
うしょう)な景観 なによりも至るところを妖艶な気配で充たす七
色の叢(くさむら) それに没薬(もつやく)に浸されたかのよう
な芳香漲(みなぎる)る空気  そして典雅な旋律を奏でる清洌
(せいれつ)な微風  だが甘美な祝福に包まれた建物の中になん
という不吉な呪いが蔵われているのだろう  魘(うな)されるよ
うな熱気の只中でエルドレは悲憤の暗礁にのりあげ 葬られた記憶
の波間を漂う  “……神々の理によれば在位中の王の胤裔(いん
えい)が栄光ある宮殿で晨暉(しんき)を迎えたとき 永(とこ
し)えの繁華を約束されていた都に恐ろしい不幸が見舞うであろう
ボウの豊沃(ほうよく)な生命は失われ黄金時代が瞬くうちに鉄の
時代へと転変する  なぜならばそのとき神々の御世は……”
ラドルの王位は世襲を宗とはしない  神々との取り決めに準じ
ボウが二度蘇るごとに催される大祭典の競技会で四度連続して勝利
の月桂冠を戴(いただ)くつわものを後継者とする  王位継承者
はラドル第一の美人にして最高の巫女(ふじょ)である王妃を王と
の共有の配偶者として娶(めと)り 即位するまでの期間を王の良
き息子として振る舞い 王に与えられた快楽をともに頒(わか)た
れる  王妃は義子を第三の夫とする  なぜならば王妃は神々の
正妻であり 彼女を通じて王は神々の恩恵に浴し 後継者は神々と
王との恩恵と歴史に与(あずか)るからである  ラドルの民はこ
れを王家の三位一体と称す  ああエレーア  最愛の恋人よ
ナクソスの市民ティサンドロスのように 晴々しい誇りと昂(たか
ぶ)る希望に充ちて四度にわたる勇猛のあの苦い杯を戴(いただ)
くことがなかったならば  胸はり裂けんばかりの非情な宿運の鏃
(やじり)に突かれ エルドレは熱病のごとき出産の悪夢から這
(は)い上がる  勿忘草(わすれなぐさ)の瑠璃(るり)色の花
のように破滅は栄光の兄弟である  純白の雪が平らな野を蔽(お
お)う  アルカディアの地に踊る獣神のように  舞台装置は降
雪を止め 頭上に真っ青な空を映じる  骸骨の踊りと名称けられ
た無垢(むく)な雪原はいま燦々(さんさん)と輝き迸(ほとば
し)る一条の真紅の帯によって二分される  巨大な岩の据えられ
ていた避難所からエルドレの運ばれてきた北の際まで 小川のよう
に産褥(さんじょく)の血がおびただしい  あの入口と出口とを
兼ね備えたアストロラビウムはすでに妖婆たちの棲む深いクレヴァ
スに転げ落ちたのだろうか  もう跡形もない不思議な巌を通じ
エルドレにいかなる変化が齎(もたら)されたのだろうか  夢の
効果は生理作用にまで及ぶのか  凪(なぎ)の時刻に潮の香が仄
(ほの)かに寄せる  潮下帯の岩場で海老刺網を用いて獲られた
海老やザリガニの種属である体長数メートルの巨大な蟹を真っ赤に
茹(ゆ)で 大味を加減するためにタルタルソースや甘酢また酢醤
油(すじょうゆ)で食す  海の羊肉といわれる鮑(あわび)や海
藻(かいそう)を化粧品として摂る栄螺(さざえ)を殻から取り出
す  柔らかな鰍(いなだ)を味わい こりこりした鯵(あじ)を
頬ばる  茗荷(みょうが)を箸休(はしやす)めに添えるのもい
い  辛口の美酒をたらふく呑(の)んで酩酊(めいてい)した高
所恐怖症の男が千鳥足で浜辺を散歩の途中ズボンを破る  熟した
柿は烏(からす)の格好の餌(えさ)だ  山道には風に飛ばされ
た蜜柑(みかん)が散らばり その中を杖(つえ)に縋(すが)る
中風病みの百姓爺がゆっくり登ってゆく  晴天の薮(やぶ)に蹲
(うずくま)り詩人は年毎の錘(おもり)を垂らす  蘭の奇怪な
花弁から発せられるくらくらする匂いの中で 青い蝶の標本が見世
物小屋の轆轤首(ろくろくび)の女に重なる  漆喰(しっくい)
でできた飛天のように 風呂場で転倒する盲目のモーモスは八方睨
(にら)みだ  釣鐘のような巨根に幸あれ  ポルボイ・アポロ
ーンの馭(ぎょ)するチャリオットの轍(わだち)を残した蒼穹
(そうきゅう)には苦行が待つのだから  薮睨(やぶにら)みの
狂犬に出会えば運命の女神モイラの鋏(はさみ)に追い駈(か)け
られる  呼鈴が鳴れば毒入りのコーヒーが待つ  ええい 栄光
などは名工ヘーパイストスの造る拍手係に任せておけ  六芒星章
(ろくぼうせいしょう)の北端に位置する未踏の帝国  その屹立
(きつりつ)する山巒(さんらん)の頂を仰ぎ エルドレは身を切
るような颪(おろし)に裸体を晒(さら)している  寒さなど微
塵(みじん)も感じていない  あの生体実験によって与えられた
新生の肌サドラの聖なる力が雪原の底冷えを遮断している  貧寒
とした古代樹木の裸木が鬱蒼(うっそう)と生い茂るさまを左に俯
瞰(ふかん)し右側の峡谷を覗(のぞ)くと 丸々と肥え太った灰
色の小動物が所狭しと駈(か)け廻(まわ)っている  二つの川
の合流している谷底がエルドレの直下に見える  そこには北壁に
向って人口の水路のように青い水が湛(たた)えられ 対岸に抉
(えぐ)られている小さな嵌谷(かんこく)から金色のきらきら耀
(かがや)く光が水路に射し込み 漣(さざなみ)がその波長に応
じて小刻みに燦(きらめ)いている  そこはコーキュートスやレ
ーテーの河のように忘却と嘆きの岸辺なのか  また老衰寸前の国
家間における紛争の膠着(こうちゃく)状態が生んだ運命の糸口に
至る汀(みぎわ)なのか  エルドレは此岸(しがん)に霞のよう
に朧気(おぼろげ)で脆(もろ)い小舟が繋(つな)がれているの
を見る  疾風が疾る  剽忽(ひょうこつ)にして冷気が背筋を
噛(か)む  木立を根こそぎ揺るがす烈風  エルドレは切り岸
を降りようと決める  青銅の衛士から奪った剣 あの幾多の幻を
血に染めた短剣を取り出し 胸や太股の表皮を薄く剥(は)ぎ そ
れで長い紐(ひも)を作る  サドラは強靱(きょうじん)なコス
ティに変貌(へんぼう)する  槓杆(こうかん)に鷲の姿が彫ら
れ大粒の真珠が象嵌(ぞうがん)された短剣を 風化層の固い岩に
渾身(こんしん)の力を罩(こ)めて突き刺す  紐(ひも)を柄
にしっかり結えつけると 確かな足場を定めながら徐々に岩棚へと
降りる  そこから水路に向って突き出た庇(ひさし)にさらに紐
(ひも)を巻きつけ小崖の底に辿(たど)り着く  きりたつ断崖
(だんがい)の険しい岩肌にへばりつき崖下(がいか)に達するの
にどれほどの擦傷(すりきず)を要したろう  血はつきものだ
流せるだけ流した方が得策である  情を知らぬ渡し守のカローン
ならば百年の流血も渡し賃にはならぬというに相違ない  エルド
レは自ら剥奪(はくだつ)した肌が瞬間の微熱のうちに再生してい
るのを知る  海藻(かいそう)を甲羅(こうら)に植えた磯屑蟹
(イソクズガニ)が驚いて転石の下から這(は)い出し緑色の足を
忙(せわ)しく動かす  潮溜りに棲息するガンカゼや刺胞に猛毒
を匿すイラモに用心しながら波食溝や溶食穴を跨(また)ぎ越える
オオアカフジツボがまだ濡(ぬ)れている波食棚の一帯をリトマス
紙のように赤変させる  水中には甘海苔や袋海苔などの紅褐藻類
(こうかっそうるい)が揺らめき ウミノトラウオやクロソゾが樹
木のように黒い枝を強調し さながら大森林だ  岩に固着しとぐ
ろ巻く白い大蛇貝や 岩蔭(いわかげ)に貼(は)りつく灰色の斑
(まだら)模様のある雲形海牛  エルドレはこの水路が入江の延
長であることに思い当たる  するとあの洞窟(どうくつ)は海に
通じているのか  小舟は波食残丘の尖った岩に繋(つな)がれて
いる  貪欲(どんよく)なニセスナホリムシや長い触角をぶら下
げたフナムシが舳先(へさき)からすばしっこく鎖を伝い岩礁に這
(は)い上がる  エルドレは舟に乗り込み金色の光の洩(も)れ
る窟穴(くっけつ)に向って漕(こ)ぎ始める  小舟はいま入海
の水路を辷(すべ)りエルドレを外海へ連れ出そうとしている
透明な水底には鮮紅色の鰓冠(しかん)を拡げる茨簪(イバラカン
ザシ)や沙蚕(ゴカイ)が戯れ その頭上を擬死した黒海鼠(クロ
ナマコ)が白濁した粘液質のキュービェー管を排出したまま流れて
いる  アナアオサの群体が柔らかな葉を拡げ岩盤の全体を緑の草
原に化す  小舟は静かな波の下に棲む生物たちの上を音もなく辷
(すべ)り洞戸にさしかかる  成長した牝猿の尻のように 穴の
上辺を境に水分を含んだ焦茶と乾いた赤い岩が露出する  満潮の
ときにこの通廊は海水で閉ざされるのだろうか  エルドレはひん
やりした冷気をおぼえ 暗い穴の向うに明るい光と青い海が続いて
いるのを知る  してみればシュプレーガデス あの打ち合さる岩
のごとく ウェヌスの愛する鳩を捧げねばならぬのか  三日月湖
でボート遊びを楽しむ恋人に帰還を命じる拡声器の声は オールド
ミスの預金通帳のように深刻である  ヒマヤラ杉の樹皮には亡霊
の顔写真が貼(は)られている  貸自転車で沼沢を一周する
乳房と尻の区別がつかない  森の彫刻館で炎の舌が水晶を舐
(な)める  少年たちは弁当を食う合間に薄暗い木蔭(こかげ)
でキュロットから青白い性器を取り出し自慰に耽(ふけ)る  青
春の青っちろさを犯すのは格別の快楽である  猿たちも衆人環視
の縄張りでは極度に神経過敏だ  赤ん坊が放り投げられる  熱
帯植物園の不透明な円蓋(えんがい)の中で 尾の長い鳥や王冠を
戴(いただ)いたけばけばしい鳥が布を裂くような悲鳴をあげる
だが船酔いしない者は航海の間中ひどく退屈だ  夜汽車に揺られ
酒を呑(の)んで眠ると 目的地の真夏の炎暉(えんき)が疲労と
頭痛をからからに乾燥させる  山の中腹に立つ朝市は雨の恩恵に
よって幻の文体をもつ  浜辺で襤褸(ぼろ)を纏(まと)った漁
夫が蝿(はえ)のたかるにまかせた新鮮な幸を大きな包丁で叩き割
る  ぽっかり口を開けた洞窟(どうくつ)を抜けると エルドレ
の眼前に感銘すべき自然の造形が現れる  おお 瞠目(どうも
く)すべき絢爛(けんらん)な光の饗宴(きょうえん)  海は望
郷の如くエメラルドの華麗な夢を擁(いだ)くのだろうか  虹の
ように変化する波はゆるやかな優しい稜線を描き小舟を迎える
弓なりに海洋を支える高い陸地はオリーブやオレンジの果樹に埋も
れ 水平線と交わる所まで明るく豊かな緑を燦(きらめ)かす
飛沫(ひまつ)に洗われる鋸(のこぎり)状の岩壁  屹立(きつ
りつ)する黒い巌  飛石のように連なる小島  サッフォーが美
しい裸体を投げ出したレスボスの険しい断崖(だんがい)  彼女
の歌はセイレーンの甘美な咽喉(のど)を介して何処へ流れてゆく
のだろう  三叉(みつまた)の戟(ほこ)に掻(か)き回され純
白の潮を吐く渦が無数  翼をつけた少年の失墜した海よ  琥珀
(こはく)のように滑らかな沖合はありとある愛の悲劇を呑(の)
み込み 静かなうねりを永劫(えいごう)の涯まで繰り返す  う
ねりに抉(えぐ)られた水晶球に世界の歴史は封入されているのだ
ろうか  波頭に勢いよく首を突っ込んだ海鳥が笛のような音を発
し 青い空に舞い上がる  太陽は中天に座し燦々(さんさん)と
豊かな恵みを注ぐ  緑の海洋はディオニューソスの祝福を浴びま
ろやかな歓びにあふれている  一筋のリボンのようにしか見えぬ
赤道が生命の鮮血を与えるように  あの百人の武将が乗り組んだ
アルゴー号のごとく豪快な檣(ほばしら)に銀箔(ぎんぱく)の帆
をはためかせ 三層に及ぶ櫓(ろ)の並び 船首にユーピテルの雷
霆(らいてい)を銜(くわ)える大鷲を装飾したガレー船が沖の方
に碇泊(ていはく)している  威風堂々たる船に向って両手を差
し伸べ合図を送るが何の反応もない  エルドレは勇ましい船に向
って小舟を進める  だが近くには大きな渦が巻いている  徐々
に渦の力に呑(の)まれてゆく  小舟はぎしぎし軋(きし)む
筋肉はいまにも千切れ心臓も破裂寸前である  小舟は落葉のよう
に渦の周りを回り始める  エルドレは抵抗を止め 力を抜いて深
呼吸する  大きな弧を描く間に力を蓄えるのだ  ほぼ一周して
小舟の舳先(へさき)がガレー船に向いたとき 思いきりよく躯
(からだ)を渦の外側に乗り出させ 渾身の力で素早く櫓を操る
すると小舟は渦の求心力の範囲からするする抜け出て もの凄い速
度で目標へと直進するのである  禍いの渦巻は呪いの赤い泡を吐
く  エルドレは小舟を舷側(げんそく)に漕(こ)ぎ寄せ大声で
到着を告げる  叫びは海洋の静かな拍動の中に吸い取られる
いかなる返答もなく あの生命の動悸(どうき)すらない  赤ん
坊と三人の女が見当たれば紛れもなく幽霊船であろう  エルドレ
は甲板に上がり檣頭(しょうとう)や艫(とも)のあたりに人影を
捜す  艙口(そうこう)をあけて埃(ほこり)や黴(かび)の臭
いのする船室にも首を突っ込む  この船は無人なのだろうか
船艙(せんそう)に降りると崩れかけた灰色の骨が散乱する  薄
暗い船腹は棺桶のように不吉な空気が澱(よど)んでいる  おお
千年の時間とともに朽ち果てた密室  上甲板の船橋の奥に船の全
貌(ぜんぼう)を見渡せる部屋がある  くすんだ玻璃(はり)窓
が四方に繞(めぐ)らされ 中央に据えられた上等の黒檀(こくた
ん)製の文書机の上には古い羊皮紙に記された地図が展げられてい
る  上方にコの字型の陸地があり下方に細長い島が横たわり そ
れらに囲まれた海には無数の群島が描かれている  エルドレは東
方の陸地の小さな入江から南方の細長い島の中央に向って朱線が画
かれているのを見出す  始点は“ペルガ××”と読み取れる
あの古代の港  アテーナの像を奉じた大祭壇と二十万巻の蔵書を
誇る図書館 なによりも黄や淡紅色の可憐(かれん)な花パピルス
草の短い茎を羊の背に植え文明の爛熟(らんじゅく)を謳歌(おう
か)した都  部屋の四隅に白木造りの吊棚がある  そこに鋭い
輪郭をもつ灰色のミニアス陶器や格子文棘文(いばらもん)の上に
純白の花飾りを咲かせたクラテルが並ぶ  清楚なコンソールテー
ブルの上に双耳杯や家鴨(あひる)を擬した水晶の水差しが置かれ
ている  エルドレは甲板に戻ると 海洋との長い交渉で赤く腐蝕
(ふしょく)している錨(いかり)を引き揚げる  するとどのよ
うな力が作用したのだろう  三層の櫂(かい)が勢いよく海面を
叩き 舷窓(げんそう)から船乗りたちの歌が溢(あふ)れ 白い
帆は風を一杯にため込み 素晴しい船足でこの船を運ぶのである
(つづく)




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