AWC  風に溶けた彼女 TOMO


        
#139/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XFG     )  87/ 2/25  19:54  ( 46)
 風に溶けた彼女           TOMO
★内容

 暑い日が続いていた。僕がツーリングに出かけてから4日が経っていた。そ
の朝は少し早く起きて、オートバイに跨った。朝の何処となく冷っとした空気
が体にまとわりそして遠く後方へ飛び去っていった。左手には、海が朝日を反
射してキラキラと輝いている。1時間ほど走ると、そろそろ他のツーリングラ
イダー達が目だち始めた。擦れ違う彼らと無言のピースサインを交わしながら、
僕はひたすら移動を続けている。それにしても今日の風は良い、じめっとし
た湿り気がなくとてもさらさらしている。
 今日の目的は、ある岬にたどり着くことだった。ずっと前に、何かの雑誌で
その岬の写真を見たことがあったからだ。真っ青な海と空をバックに白い燈台
が、見事に浮かび上がっていた、そしてその光景は僕の頭にしっかりと焼き付
いている。あまりに強烈な印象だったので、いつか自分の眼で見てやろうと決
心していた。そのためには、今日一日の時間の大半をオートバイでの移動とい
う孤独な作業に費やさなければならない。しかしそれは苦痛ではなかった、エ
ンジンはアクセルの動きに合わせて、正確な振動を返してくれ、風は驚くほど
優しかった。
 午後4時。僕は、念願の岬に到達していた。岬の駐車場では、これから帰ろ
うとするライダー達が出迎えてくれた。彼らと軽く言葉を交わし、彼らを見送
って、僕は燈台への道を歩き始めた。そのとき僕は、後ろから声を掛けられた。
ふりかえるとそこには、オートバイに跨った女の子がいた。僕はオートバイの
音に全く気が付かなかったのだ。
「今から燈台へ?」
彼女はヘルメットを脱ぎながら尋ねた。
「そうだけど。よかったら一緒にどお。」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んで、
「何日も一人で走ってきたの、段々人恋しくなっちゃって。嬉しい。」
といって無邪気に喜んだ。
彼女も雑誌に載った写真に引かれてここへ来たのだという。東京から来たのだ
と言っていた。僕達はそんな世間話をしながら岬を見てまわった。別れぎわに
彼女は、
「やっぱり私、オートバイで来れば良かったのね。」
と、何処となく悲しそうにうつ向いた
「なに言ってるの、ちゃんとここまでオートバイで走って来たじゃない。」
そう言うと、彼女は少しばかり微笑みを取り戻し、お別れの握手を求めた。
 その夜僕は、久しぶりのビジネスホテルに泊まった。ツーリングでは野宿か
ビジネスホテルと決めているのだ。熱いシャワーを浴び、汗を流した後ビール
片手にテレビのスイッチを入れた。いつもと様子がおかしいのは、すぐに判っ
た。そこでは、旅客機墜落のための特番が組まれていた。アナウンサーが読み
上げる乗客名簿の中に、僕は、今日岬で合った彼女の名前を見つけた、そして
旅客機は、羽田発。

 今でも僕は、あの日の様なさらさらとした風に出会うと彼女の事を思い出す。
海の見える場所で、いつまでも遠くを見つめていたいような気持ちになるのだ。

                              END





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