AWC 「野良犬」  4.


        
#120/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (TCC     )  87/ 2/16  16:28  (104)
「野良犬」  4.
★内容
                (7)

 どれくらいの時間、ベンチに寝転んでいたのかわからない。ずいぶん長い時間
そうしていた。やたら歩き回っても腹が減るばかりである。
 吾郎は金を得る手段を考えていた。

〈もうそろそろ登校時間だな。例の手でいくか〉

 吾郎は起き上り、ブラブラと歩き出した。
 児童公園を出て少し行くと、地下鉄の駅の前にきた。忙しそうに通り過ぎてい
く会社員や学生たち。その中から気弱そうな中学生を選ぶと、吾郎は足早に近付
いた。

「ちょっと、待てよ」

 呼び止められた中学生は、振り向くと吾郎の顔の傷や青あざを見て、怯えたよ
うに立ちすくんだ。

「な、何でしょうか」

「ちょっと怪我しちまってよ。医者に行きたいんだが、持ち合わせがないんだ。
貸してくれねえかな」

 吾郎は精一杯の凄みをきかせて言った。中学生はビクビクしながら、カバンの
中から財布を取り出した。吾郎はそれをひったくると、お札だけを全部ポケット
にねじこんで、空の財布をつっ返した。

「よし、行っていいぜ」

「は、はい」

 そういうと、中学生は後ろも見ないで走り去った。

〈五千円か、まあまあだな〉

 吾郎は金の感触を楽しむように、ポケットに手をつっ込んだ。

〈さてと、まずは腹ごしらえだ〉

 吾郎はすぐ前の喫茶店に入り、モーニングセットを注文してやっと一息ついた。
 ふと、店のテレビを見上げると、朝のニュースが始まったところだった。
『では、火災現場から中継でお送りします』というアナウンサーの声に、吾郎は
食い入るように画面を見つめた。

                (8)

 「本日、午前四時三十分ころ、新宿区新宿五丁目の三好一雄さん宅が全焼しま
した。灯油をまいた形跡があることから、捜査本部では、最近新宿区で頻発して
いる放火事件と同一犯人の犯行という見方を強めています」

 吾郎は、運ばれてきたコーヒーとトーストを喉に流し込むようにして食べてい
たが、急にその手が止った。大きく見開いた目は、まばたきするのも忘れたよう
に画面を凝視していた。

 そこには『三好一雄(52)死亡』という文字があったからだ。
 レポーターが、焼け跡の回りにいる野次馬たちに状況を聞いている。

「こちらの方が火災発生時の目撃者です。お話しを伺ってみます」

 マイクを向けられた中年の主婦が緊張して答えている。

「・・・・それで、三好さんが煙の中から寝間着のまま飛び出してきて、ああ、
よかった助かったなあと、私たちも思ってたんですけどね。その後、燃え盛る火
を見ていたと思うと、急に何かわめきながらまた火の中につっこんでいったんで
すよ。私はもうびっくりしたの何のって・・・・」

「えっ、一度家の外に出たのに、また入っていったんですか?」

「そうですよ。『中にまだ・・・・行ってやらなきゃ・・・』とか、訳のわから
ないことをわめいてね。うちの人が止めたんですけど、すごい力で振り払って行
ってしまったんです」

「中に誰か残っていて、助けに行ったんでしょうか?」

「だって、三好さんは一人暮らしだったんですよ。奥さんは一年ほど前に蒸発し
てね・・・・」

「はい、ありがとうございました」

 レポーターはまだ話したそうにしている主婦の言葉を遮った。これは火災のレ
ポートであって、人妻蒸発のレポートではないからである。

「このように被害者の行動も不可解で、今後の捜査の成り行きが注目されるとこ
ろです。ではスタジオの方へマイクをお返しします」

 と、現場からのレポートを結んだ。
 吾郎は口もきけないほど驚いて、テーブルの下で握りしめた拳に力を込めた。

〈そんなバカな・・・・・どうしてだよ、おっさん。俺を助けに戻ったのか?
何の為にそんなことをしたんだよ。俺にはおっさんの気持ちがわかんねえよ。ど
うしてだよ・・・・〉

 吾郎は伝票をつかみ、席を立った。
 外へ出て、吾郎はちょっと迷った。右へ行くと三好の家の方へ戻ることになる。

〈俺には関係ねえよな。放火だろうが、おっさんが死のうが、俺には関係ねえよ〉

 そう自分に言い聞かせて、吾郎は左に歩き出した。
 しかし、しばらく行って立ち止り、

〈チェッ、余計なことしやがって・・・・〉

 と、つぶやくとクルリときびすを返し、今来た道を後戻りしはじめた。





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