AWC 『本日休講』...6


        
#90/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  87/ 1/ 2  22:45  (151)
『本日休講』...6
★内容
そうこうするうちに終業となり、校舎の外からパトカーが一台校庭に入ってくる。

「ねえねえパトカーよ、何の用かしら?」

めざとく見つけたセーラー服の一段が、窓に取り付いてさえずりはじめた..

「俊江、ちょっと一緒に来て」

「なに?」

回りに聞こえないように、俊江の袖を引っ張って教室の外に連れだし、
廊下を応接室の方に歩いて行く。
二人が応接室に入ると、藤代教頭と佐々警部がソファーに向かい合って座っていた。
一礼して壁に立てかけてあった折り畳み椅子を出して二人は並んで座った。

「警部さんの要請で来たのだが、何か用かね?」

初老の藤代教頭は穏やかな声で聞いた...

「はい、教頭先生...少しお伺いしたい事があります...
 あの事件のあった日、先生は何時頃お帰りになられたんですか?」

「うーーん、7時頃かな?」

「もちろん金庫の鍵は締めて帰られたんですよね?」

「当然だ...」

「その時、家庭科実習室の鍵は毛利先生が持っておられたんですか?」

「そうだと思う...なにか?」

「鍵箱や書類を保管する金庫の鍵は先生が管理しておられるんですよね?」

「そうだよ」

「そうすると、教頭先生が帰られた午後7時には実習室の鍵は毛利先生が持って
  居られた事になりますが実際には翌日の朝、金庫の中にありましたよね?」

こころなしか藤代教頭の顔が青ざめている。

「では、毛利先生の死体を見つけた時に用務員さんと一緒に金庫から取り出した
 家庭科実習室の鍵は、犯人が金庫に入れたものでしょうか?」

「....」

「教頭先生がお帰りになられた7時以後は、誰も金庫の中に鍵を入れることは
 出来なかった筈なんです...犯人が教頭先生である事以外には...」

黙って聞いていた佐々警部も、意外な成行きに言葉を失っている。

「ただ、私にも確信がないんです...
 なぜ死体に水を掛けなくてはいけなかったか..
 なぜ玉井先生が殺した後で教頭先生が実習室に鍵をかけたか...
 それと、毛利先生と教頭先生の関係も...」

同じく黙っていた藤代教頭が何事かを決心したように、静かに口を開いた...

「そうだ...君達の言うとうりだ...私が、あの女を殺したんだ...
 あの時玉井君が、もう少し確実に殺しておいてくれれば私なんかが手を下す事は
 無かったのに...
 あの女は悪魔のような女だ、子供が出来てしまったので始末するから500万円出せ
 と脅迫してきおった...もう300万も渡してあるのに...これ以上は...」

すべてを諦めたように、悪びれもせず事件の顛末を淡々と話す藤代教頭は、
やっと悪いつきものが落ちたかのようであった。

その後の警察の調べでは、玉井孝が家庭科実習室の流しで溺死させたと思い込んで
逃げた後で、毛利美保は息を吹き返しヨロヨロと校庭に出てきた所を、
様子を伺っていた藤代教頭にプールに突き落とされて溺死させられたものであった。

藤代教頭も1年ほど前から毛利美保とは深い関係になっていて、世間で言う愛人関係で
あり、毎月お金を渡している間柄だった。
律儀な性格の藤代教頭は無意識に戸締りをして、鍵を金庫に保管したのが結果として
犯行が露見する原因となった...

毛利美保は、つき合っていた男達と別れるのに手切れ金を取る事を考えたのが
命を失う元になろうとは...
それが本当に後藤茂樹と結婚する為なのかどうか、本人のいない今となっては永遠の
謎である...
もちろん妊娠しているというのは嘘であった。

その日の帰り道...
俊江が大きな瞳を輝かせて言った。

「驚いたわねぇ...まさか教頭先生まで、毛利先生と...」

絵美が大人ぶってあっさりと...

「男と女の仲なんて、そんなものよ」

「バージンが、知ったような事言っちゃって...」

「失恋娘の俊江にそんな事言われる覚えはないわよーー!」

俊江は急に真顔になって話題を変えた。

「でも、絵美の推理も毛利先生がびしょ濡れだったのがプールに落ちたせいだって事は
 間違えていたわね」

唇をとがらせた絵美は...

「しかたないわよ、私はまだアマチュアだもの...」

「プロの探偵になる気?」

「大学の試験に失敗したら佐々警部のコネで婦人警官になろうかしら?
 なんたって美人はトラブルの元だから就職が難しいのよね」

「私は後藤先生のお嫁さんで辛抱するわ...」

「こりない人ねぇ!」

俊江は小首をかしげて...

「それから私が分からないのは、なぜ教頭先生はわざわざプールから家庭科実習室まで
 死体をかついで行ったのかって事よ?」

「そりゃあ、いくらなんでもプールで死んでいたんじゃ玉井先生だって自分で殺した
 とは思わないでしょ...死体が歩くわけないんだから。
 そうすると真犯人は誰か?って事になるじゃない」

「なるほど、そういう事かぁ...」

「あの日は夜になって雨が降り出したから、傘を忘れたと言えば洋服が濡れていても
 怪しまれなかったんでしょうね」

それから、ひと月ほどたって後藤茂樹先生が突然転勤することになった。

本人からの強い要望で東京の学校に行くということである、あまりにもいろいろな事が
あったし恋人も亡くしたので辛い思い出のある場所から去りたいというのが理由だった

その日、後藤先生の最後の授業が終った。
青い空にウロコ雲が浮かんで、典型的な秋空を形作っている放課後に校門を寂しく
出て行く後藤先生を絵美と俊江が校舎の屋上から見送っている。

「泣いてるの?」

見ると俊江は大きな瞳からポロポロと涙をこぼして金網に顔を押し付けていた...

「ううん、泣いてなんかいない...あんないくじなしの先生なんか...
 今日だって授業を無視して教科書なんか読んでやらなかったわ」

「なにしてたの?」

黄色くなった銀杏並木に小さくなっていく茂樹の後ろ姿を泣きながらみつめたまま、
無言で俊江が差しだした文庫本の題名は...

片岡義男 『ハートブレイクなんてへっちゃら』

−−−−−< 完 >−−−−−




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