#85/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 87/ 1/ 2 21:50 (324)
『本日休講』...1
★内容
「私...後藤先生が好きになったみたい...」
羽島俊江が校門からバス停にいたる銀杏並木の道を歩きながら、
親友の依田絵美に言った...
二人とも私立今池女子高校の3年生で、来年の四月には卒業の予定だ。
元気者の俊江と静かな絵美は性格的には反対であるが、2年からクラスが同じで机も
隣同士だったので、妙に気があって今では親に言えないことでも話し合う無二の親友
である。
二人ともズバ抜けた美人とは言えないまでも、なかなか可愛い顔立ちで二人合わせれ
ばなんとかユーモアミステリー小説のヒロインくらいは勤まりそうだ。
「やっぱりね...最近の俊江の態度見てると、なんとなくわかるわ...
春先に家のネコがよくそんなになるのよ」
「ネコと一緒にしないでっ!」
「ごめんごめん...でもいつごろから?」
「最初はそんなでもなかったんだけど、修学旅行の時に雨の中を迎えに来てくれた先生
を見た時からおかしくなっちゃったみたいなの...」
俊江は修学旅行の時、夜の自由時間で街に出て時ならぬ雨で道に迷い、
交番まで担任の後藤茂樹に迎えに来てもらった事があった。
担任で数学教師の後藤茂樹は、コンピュータマニアという事が原因なのか30才に
なった今も独身で、実際より若く見えておだやかな性格は、かなりの生徒の人気を
集めていた。もちろん外観もそれなりにカッコよくないと今時の娘は熱をあげない...「最近では後藤先生の授業で目と目が合うと顔がカーッとなって、
心臓がドキドキするの....年も違うし、忘れようと思うんだけどダメなのよ」
「疑似恋愛症候群の一期症状ね...すぐ忘れるわ..」
大人ぶった絵美に軽くいなされた格好の俊江は憤然として言った。
「そんなことない!私は真剣なんだってば!」
いつも冷静な絵美も、思いがけない俊江の剣幕におどろいたようだ...
「まあ!俊江...正気なの?...まさか結婚したいなんてバカな事を
思ってる訳じゃないでしょうね...そうなると末期症状よ?」
「もう自覚症状がヒドイもの、末期症状よ」
まっすぐ前を見たまま俊江は答えた。
「こりゃ駄目だ...失恋しても首吊りと土左衛門だけは、
みっともないからやめてね」
言葉はジョークだが、その割に真剣な顔で絵美は俊江の顔をのぞきこんだ...
俊江もプッとふくれると...
「私をバカにしてるな...」
黄色く色づいた銀杏並木を並んで歩くセーラー服の女子高生が結婚だの好きだのと
コワイ話をしているとはちょっと想像できない。
「そんな事考えていると明日からの実力テストに失敗しちゃうわよ」
「そうなのよ、夜でも勉強が全然手につかないの...困っちゃう」
もともと元気者の俊江だから見たところそんなに困っているふうに見えはしないが...この俊江の恋心が、とんでもない事件に巻き込まれるもとだったとは、
その時の二人には想像も出来ない事であった。
ちょうどそのころ職員室では、実力テストの準備も終わり貫禄のある舟橋校長と白髪の
藤代教頭を中心に先生同士の会話がはずんでいた。
「先学期から生徒の成績が急に上がっているので、
今度のテストの結果も期待していますよ...」
でっぷりと太った舟橋校長は、ここのところの偏差値の上昇に機嫌がよい...
この学園の教育方針が学力偏重の進学校という訳ではないので、そんなに厳しく
偏差値の事を意識させられる訳ではない。
しかし偏差値はよければよいに越したことはなく、私学としては入学希望者の数にも
影響するので無視するわけにはいかないのだ。
「玉井先生のほうも、バレーボール部がインターハイ出場とか新体操の県大会3位とか
随分頑張っていただいて本校の名を上げていただいているのは喜ばしい事です」
藤代教頭が体操競技の国体選手でもある玉井孝のほうを向いて言った。
短髪の玉井教諭は日焼けした顔で頭をかいて笑っている...
「私の方が最近は鉄棒の調子を落し気味で、生徒に負けられんと頑張っている
ところですよ」
後藤茂樹は「早く終ってPC−88でゲームがしたいなぁ」と、ぼんやり考えている。
その横顔を後ろの方から家庭科の毛利美保先生が、無表情に眺めていた...
一夜明けて....
翌日の実力テストが終って、ほとんどの生徒が午前中に帰ってしまい、
校内には先生と ごく僅か居残って試験勉強をしていく生徒がいるだけだった。
俊江と絵美も、そのごく僅かの仲間である....
ようやく薄暗くなった教室で鞄に明日のテスト教科の練習問題を片付けながら俊江が
大げさにため息をついた。
少人数残っていたクラスメートは10分程前に帰ってしまい、
今は絵美と俊江の二人だけである。
「あーあ、悲観しちゃうな..今日の数学で、いい点とって私の存在を後藤先生に
認めてもらおうと思ったのに、ヤマが全然外れたんだもの....」
「そんな都合のいいヤマが当たってたまるもんですか!」
「ねぇ絵美、結果よければすべてよしって言葉が有るでしょ?動機なんか少々不純
だって目立だちゃいいのよ...」
依田絵美は口元にいたずらっぽい微笑を浮かべると。
「どうも俊江は今回のテスト、ずば抜けて悪い点を取りそうだから、
後藤先生だって別の意味で存在を認めてくれるかもしれないわよ、
俗にニラまれるとも言うけどね..フフフ」
「なによ!絵美はそういうつもりなの!...親友の首にロープ掛けるつもりなのね?」
いかにも憤慨したような俊江の声...
沈みかけた夕日に照らされた校舎をでて運動場を横切り、門の方に歩いていく二人が
正門のすぐ手前で立ち止まった。
「しまった!私、歴史の問題集を机の中に忘れちゃった」
「あんまり後藤先生の事ばかり考えてるからよ...早く取ってらっしゃい、
ハリーアップ!」
鞄を絵美に渡した俊江は一目散に教室の方に向かって走りだした...
夕闇が廊下にも流れ込んで、もうほんの5分程ですっかり暗くなりそうだ。
この時刻の学校というのは、うら寂しい気配が漂っている...
俊江が教室の自分の机から問題集を取り出して手に持ち、
出口の戸に手を掛けたその時...
廊下を歩きながら話す男女の声がした、男のほうが後藤先生である事は間違い無いし、
聞き覚えのあるハスキーな女の声は家庭科の毛利美保先生に違いない。
俊江は思わず戸の陰で体をかたくして聞き耳をたてた...
「茂樹さんは、そんなこと言うけど........だからそんな訳にいかないわ」
「しかし、そういっても..........なんだから」
ひそひそ声で話しながら廊下を校舎の端にある家庭科実習室と理科準備室のほうに
スリッパの足音は遠ざかっていく、残念ながら話の内容はほとんど聞き取れなかった。
そーーっと戸を開けて、かなり暗くなった廊下を見回し足音を忍ばせて出口のほうに
歩いていく...
俊江の頭の中には毛利先生の「茂樹さんは..」という呼掛けの言葉が渦巻いていた。
どう考えてみても親しい間柄以外にはそんな言葉は出るはずがない。
いままで親しいそぶりも見せた事のない二人の思いがけない態度をかいま見てショック
を受けた俊江は肩を落として校門のほうへ向かった。
校舎から校庭を横切って校門への途中、左手の体育館で器械体操の鉄棒をしている
体育教師の玉井孝の姿が、つい今しがた点灯した室内照明の中に窓からチラッと見えた。国体の選手に選ばれたほどだから、さすがに練習熱心である...
体育館と家庭科準備室の間には50Mの競泳用プールがある...
夏の間、あれほど賑わったプールも秋の訪れと共にひっそりと静まり返っていた。
「遅い遅い!すっかり暗くなっちゃったじゃないの」
だいぶ待たされて絵美は文句を言ったが、うつむいた俊江の元気のない様子に
気が付いた。
「どうしちゃったの?本当に首でも吊りそうな顔して?」
俊江が後ろを振り返って見ると、
運動場の向こうの家庭科実習室に明りがともっている、
きっと今ごろ後藤茂樹と毛利美保は、あの明りの中で楽しく語り合っているのだろう。
「今ね、廊下を後藤先生と毛利先生が親しそうに歩いてたのよ...」
自宅に向かって歩く二人の顔を行き交う車のヘッドライトが照らし出し二人の影が
歩道に流れる。
「そりゃあ廊下くらい歩くでしょ、モグラやカラスじゃないんだから床にもぐったり
空を飛んだりはしないわよ」
「でも...毛利先生は後藤先生の事を”茂樹さん”って呼んでたわ...」
そこまで話して、俊江の大きな瞳から一粒の涙が光ってアスファルトに落ちた...
それを聞いた依田絵美もさすがに驚いたようだ。
「へぇーーーっ!あの二人はそんな仲だったのか!」
ちらっと絵美の方を見た俊江は相変わらずうつむいたまま、小さな声で.......
「あっさり言うわね...親友が絶望の淵に立たされているっていうのに...」
「オーバーね、病気は軽いうちのほうがグンと治りもはやいものなのよ」
こんな時の下手な慰めは、かえって逆効果なので絵美はわざと軽く答えた。
「毛利先生と私なら、そんなに変わりないと思うけどなぁ...」
カバンを両手でかかえこんで、少し元気のでた俊江の言葉である。
「俊江のスリーサイズはいくつだったっけ?」
「私?80−56−83の48Kg」
「毛利先生は86−55−86だったわよ、俊江に勝ち目があるのは先生が23才
だから年が若いって事くらいね」
俊江は大げさに手に持ったカバンを振り上げて絵美のお尻を叩いた。
「もう、この!うるさいわね...貴女はどっちの味方なの!」
「痛あい!やめて、やめてったら!」
負けずに大きな声で悲鳴を上げながら逃げ回る絵美...
「少しは友情ってもんがあるなら、私の味方になってくれてもいいでしょ!」
絵美の答えは現代娘らしく実にはっきりしていた。
「こと男性に関しては二人とも敵よ!」
絵美は、なんとか俊江を元気づけようと意識的に憎まれ口をきいているようだ、
こういうのを逆療法というのだろう。
「私は今後一切、女の友情なんて信用しない事にするわ!」
川沿いの暗い道を歩いて橋を渡ると俊江の家が近付いてくる...
家の前でアカンベーをして絵美と別れた俊江は、夕食の後で二階の自室のベッドに
寝ころび、天井を見ていた。
時刻は午後7時45分...
ムシャクシャすると猛烈におなかがすく質の俊江も、さすがに今日は食欲がない...
絵美の憎まれ口が、どれだけ慰めになっていたか俊江にはよくわかった...
一人になると無性に胸が苦しくなって、知らずに涙がにじんでくるのだ。
指で涙を拭きながら誰いうとなくつぶやいた。
「毛利先生なんか死んじゃえばいいんだ...」
俊江の気持ちを代弁しているように夜の雨が降り出してガラス窓にあたり、
かすかな音をたてた。
ちょうどそのころ二人の学校では俊江の希望どうりの惨劇がおこっていたのだが、
そんな事を俊江も絵美も知るはずもない...
一夜明けて秋晴れの下を登校すると、校門の前にはパトカーや警官の姿があって
ただならぬ気配が感じられた...
家庭科実習室のあたりは私服の刑事らしき男たちや白衣を着た鑑識の人間たちが
忙しく立ち振舞い、事件はここが現場であることが分かる。
俊江も絵美も教室の中に入ったが一向に試験も始まらず、
生徒達にもショッキングな事件の内容が誰言うと無く伝わってきた...
「昨晩、毛利先生が家庭科実習室で殺されたんですって...」
「昨日の夕方らしいわよ」
「後藤先生が容疑者だって警察に呼ばれていったらしいわ...」
教室内はヒソヒソ話があっちでもこっちでも飛び交っている。
夜半より降り出した雨も上がり、秋晴れの上天気になったのにとんでもない事件が
おきたものだ。
その時、校長先生の校内放送があって本日は臨時休校となったことが知らされた...
急に教室内は騒然として帰りじたくをする生徒の姿が増え、雑談も一気にボリュームが
あがったようである。
絵美が隣の机から俊江の肘を指でつついた。
「まさか勝ち目がないと見て、恋仇を永遠に眠らせたのは俊江じゃないでしょうね?」
「ばかな事いわないでよっ!」
口をとがらせて俊江は本気で怒った。
「ごめんごめん、冗談よ...でもあの時俊江の見たのが毛利先生の
最後の姿だったのね...」
まったくそのとうりで、俊江は昨夜ベッドに寝ころびながらほんの一瞬でも毛利先生
が死ねばいいと思ったことを心から後悔していた。
毛利美保は23才の独身教師でプロポーション抜群であり、
ちょっと藤谷美和子風の紛れもない美人教師であった。
ただ過去に少し男性関係の噂が生徒達のあいだでささやかれてはいたが思春期の
多感さに加え、多少やっかみ半分も手伝っていたのだろう...
その真偽は定かではない...
まあなんにしてもこの学園の男性教師あこがれの的であったことは確かである。
ちょうどそのころ....一応の調べが終った家庭科実習室では...
殺人現場は死体を運びだして鑑識も調べを終わり、あとは木タイルの床にチョークで
書かれた被害者の跡がそれらしい雰囲気を残している。
佐々警部は家庭科実習室で、所在なげにタバコをふかしている...
なにせ被害者は室内で溺死していたのだ!!しかもごていねいに、
着ていた紺のワンピースもズブぬれときている。
百戦錬磨の佐々警部でも、カッと目を見開いて唇も顔も青く変色した死体は気味の
いいものではない・・・・
ましてそれが美人となれば、なおさら幽霊のように不気味なものだ。
発見者は、用務員の立石浩三という50がらみの男で、朝の7時に教室を見回った時に
鍵の掛かった家庭科実習室で人が倒れているのを発見したというわけだ...
立石浩三は職員室に行き、鍵箱を保管した金庫の鍵を持っている教頭の藤代義久に
電話して急いで来て貰い、二人して鍵を開けて死体を見つけたという訳らしい。
別に首を締められた跡もなく乾いた室内の床を濡らして溺死していたのだから謎は深い。死亡推定時刻は夜の8時前後で、肺の中にも水が入っているという状態の完全な溺死だ。「高村のアホウはまだ休暇で高松か!あいつなんかいなくてもいいが、
あの娘がいればなにかいい知恵もでるだろうにな...」
この手の奇怪な事件は洞察力と推理の鋭い泉のとくいとするところだ。
(注.高村刑事と結城泉は前回の作品『殺人告知』参照)
その時入口の戸がそーーっと開いてオカッパ頭の女学生が顔を覗かせた...
「ああ!君達生徒は、ここに入っちゃいかん!今日は休校になったのだから、
さっさと帰りなさい」
普通の大人なら一度でビビル鬼の佐々警部の一喝も、箸がころんでもおかしい年頃
の女子高生には通じない...
「あのぅ...おじさんは警察の人ですか?」
おずおずと顔をだしたのは羽島俊江であった...
おじさんといわれてこれ以上ないシブイ顔をしながら佐々警部は言った。
「ここは殺人事件の現場だから子供の来るところではない、帰りなさい!」
俊江は、佐々警部の困惑などぜんぜん感じないようで、引戸の外に向かって声をかける。「やっぱり警察の人らしいわ、私一人じゃ心細いから絵美もきてよ」
割と小柄な俊江に対して160cm以上ありそうなスタイルの良いポニーテールの
依田絵美が顔をだす。
「情けないこと言わないで、さっさと聞きなさいよ...」