AWC 宇宙の墓       COTTEN


        
#82/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (YHB     )  86/12/16  12:19  ( 93)
宇宙の墓       COTTEN
★内容

 連絡船(シャトル)は音もたてず、ゆっくりと動き出した。
 十分もすると窓からかすかに青い地球が見える。(もっとも太
陽光を避けるためガラスはまっ黒になっているのだが一一。)
 船内放送(アナウンス)に耳を傾ける暇もなく、窓には人工惑
星墓地(セミトリ−)の機体が覗く。メタリックシルバ−のセミ
トリ−は鋭く冷たい光を放ち、男の瞳を突き刺した。
 当時、墓地不足はかなり深刻な問題となっていた。
 始めは、若干残っていた山地を政府が音頭をとって墓地として
造成していた。しかし、それもすぐに足りなくなった。
 次に考えられたのがアパ−ト墓地、そして高層墓地だった。靴
箱のような箱を用意し、そのひとつひとつを骨壷入れにしたのが
アパ−ト墓地。高層ビルを立て、その各階を墓地としたのが高層
墓地である。しかしついにそれも、十分ではなくなってしまった。
 一部では、棺桶や骨壷を宇宙(空)に飛ばして骨壷衛星としゃ
れこんでは...。骨壷が夜空に星の如く光のもなかなか風流で
いいのでは..。とか、海底に墓を造ればいい。土地はいくらで
もある。等と言う人もいた。しかし、それもスパイ衛星やキラ−
衛星の活動の邪魔になる、海底資源発掘の障害になる、との考え
で採用されなかった。
 その頃になると、国会も墓地の造成に躍起になっている政府を
、疎ましく思う傾向が強くなってきた。それも当然の流れだった
のだろう。墓地は何も産み出さないし、何の役にもたたないのだ
から一一。
 墓地は廃止されていった。跡地には工場や農場が造られた。
 それでも昔からの仕来りを守ろうとする人々は墓地を求めた。
墓地は宇宙(そら)へと広がっていった。
 骨壷衛星案の欠点であった軌道を、太陽系いっぱいに広げた人
工の惑星墓地。それがセミトリ−だった。
 セミトリ−の開発で墓地問題は皆無に等くなった。
 セミトリ−は地球の衛星軌道をたどるのではなく、太陽の惑星
軌道をたどる。すなわち、人工衛星の障害にならないのだ。
 男の妻は些細な交通事故が元で五年前に他界した。今年は彼女
の五回忌、そして同時にセミトリ−の近日点通過の年でもある。
 今日男は息子と二人で、妻の墓参りに来たのだ。墓の造成は宇
宙開発事業団に一任していたのでセミトリ−を見るのは今回が初
めてである。
「お父さん、そろそろセミトリ−に着きますよ。」
 息子は顔中に笑みを浮かべて言った。
「ああ。」
「まったく、気のない返事ですね。やっとかの憧れのセミトリ−
に 到着するというのに。」
 墓地問題の救世主であったセミトリ−に残された若干の課題。
一つは、セミトリ−の公転周期が五年で、五年に一度しか墓参り
が出来ないという事。そしてもう一つは金の問題だった。セミト
リ−の建造には莫大な費用がかかるのだ。多くの人々がセミトリ
−を求めたが、実際に手に入れる事が出来たのは一部の裕福な者
のみだった。まさにセミトリ−は人々の憧れの的であったのだ。
 息子は前借りした退職金をはたいてそれを買った。しかし、男
には何故息子がそんなにまでしてそれを欲しがるのか分からなか
った。たぶん、ただの見栄だろう。彼はそう思っていた。
 シャトルはかすかな振動を残してセミトリ−に接弦した。
「さあ、行きましょう。」
 息子はいちはやくベルトを外すと荷物を持って立ち上がった。
彼の表情は満面期待に満ちあふれていた。
 男は適当に返事をし、ゆっくりと立ち上がった。
 セミトリ−は全長百メ−トル、直径三十メ−トルの円筒状をし
ている。内部は三十層に分かれ、機関部を除く全層が墓地になっ
ている。男の妻の墓はそのセミトリ−の十七層目にあった。
 男は妻の墓の前に立った。
 それはリノリウム張りの床の上に、大理石(金属から合成した
人工ものだが...)の体をどっしりと構えていた。墓石には妻
の戒名一一これも息子が高い金を払ってつけてもらったものだ一
一が刻まれている。空調の、うめきのような音がやけに耳につい
た。
 一一これが墓か...。
 男はしばらくそれを眺めていた。息子はきょろきょろと辺りを
見回した。
 「なんだ。高い割にはたいしたことないな。」
 息子は手を合わせるのもそこそこに何処かへ消えた。
 男は鞄から雑巾を取り出すと、ほこりを隅々までふき取った。
事業団の係員がそなえたらしい花が枯れてからからになっていた
。それが妙に痛々しかった。花を取り替え、線香をそなえる。
 手を合わせると自然に涙がこぼれた。
 ふと辺りを見回すと、同じシャトルに乗り合わせた人々が、そ
れぞれ一心に手を合わせている。
 おかしなものだな一一所詮ただの骨なのに一一。
 男はそう思い、先刻の自分の姿をふりかえって苦笑した。
 帰りのシャトルの中で男は死んだ妻の言葉を思い出した。
 一一もし、私が死んだら...そうね、お葬式もお墓もいらな
い...あなたが私の事覚えててさえいたら...。
 私の事覚えててさえくれたら..か。
 彼は軽く溜息をついた。
 そう思うと墓を多額の金を支払って必死に手に入れようとする
行為が、ひどく愚かな事のように思えた。
 窓からセミトリ−が見える。
 セミトリ−が地球(テラ)から去って行く、ドクロを載せて宇
宙の彼方へ...。今年も何機ものセミトリ−がうち上げられる
だろう。そして、帰って来るのは五年後...。
 男は想像してついふき出した。
 セミトリ−を異星人がみつけたらどう思うだろう。きっと驚く
に違いないな。なにせ骨だけの宇宙船だもの一一。
                 <Fin.>




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