#39/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG ) 86/11/ 6 19:21 (293)
『瀬戸内海は殺人日和...(5)』
★内容
「ずいぶんと安上がりな食事なのね...」
言葉と違ってそんなにいやがっているふうではない。
「いつもこういった店ばかりで食事しているから、高級レストランでは食った気が
しないんだよ」
「ところで、あの芝原婦警さんてすごく美人だったわねぇ...それに少しは貴方に
興味があるみたいだし...」
「たしかに美人だったけどな...」
風向きが怪しくなってきたので、ことさら無関心を装って軽く答える。
ラーメンを食べながら上目使いに一雄を見てさらに問いかける泉。
「私とどっちが美人かしら...」
ラーメンのつゆにむせそうになって目を白黒させながら一雄の頭は高速回転した。
(このままこんな話を続けていてはヤバイ!別の話題、別の話題..)
「この事件の犯人はだれだろう...水野の前ではあんな事言ったけど本当は
分かってるんだろ?」
「まだわかんないわよぉ...」
食事の後で隣の『サンタモニカ』という白いインテリアの喫茶店に入って
アイスコーヒーを頼み、高松駅から聞こえてくる夜汽車の発車ベルを聞きながら
会話ははずんだ。
ただし殺伐とした殺人事件についての話題であったが...
「犯人が誰かってことより、どうやって毒を飲ませたかってことの方が重要よ!」
いつもの名探偵らしい芝居がかった冷静な口調で話す泉...
「ふむふむ、しかも不思議な事に口の中だけに毒物反応があるなんてね..」
「あの時デッキにいたのは被害者と大田郁子と山本晴彦もいたわよね」
「それと僕達だけだな..」
「........」
「そうだ!貴方ね、女性とキスする時に相手の唇はなめるかしら??」
泉が、すこし赤くなって一雄に聞いた...
なんでいきなりそんな事を聞きたがるのか分からなかったが、
真面目な顔の泉に気押されて正直にこたえる。
「そりゃあ付き合いの程度だろうな、いきなりそんなことするとひっぱたかれる
相手もいるからなぁ」
「ふーーん、じゃあ愛人なら可能性はあるわけだ...
口紅に青酸カリなんてちょっとロマンチックな殺し方だと思わない」
殺し方にロマンチックもくそもないと思うが?
「大田郁子か!あのとき柱の陰にでもかくれてキスしていたのかな?」
「でも危険が大き過ぎるわね...愛人だと舌を入れてくるかもしれないし..」
19才の娘が大胆な事をつぶやきながら、
真面目な顔で考えている事がおかしくなった。
「それだと心中になっちゃうなぁ...ははは」
泉は話に夢中になって声が大きくなった...
「そういえば貴方は二回目の時から舌を入れてきたわね!」
小さな喫茶店の中で話すには内容が刺激的すぎるし声も大きすぎた...
5−6人いたお客とカウンターの中のウエイトレスの視線が一斉にこちらの
ボックスに向いたのを感じた一雄が、あわてて泉の話をさえぎる。
「しーーーっ!声が大きいぜ」
まわりの女学生グループでこちらを見てクスクス笑う声がやけに大きく聞こえた..
泉は急に自分の言ったことの意味が分かったのか回りを見回して真っ赤になると、
下を向いてアイスコーヒーをストローで飲んだ...
「とにかく、やっぱりこの方法は非現実的だわ..とすると残った方法は一つだわね」
ほとんど聞き取れないほど小さな声で独り言のようにつぶやくと、
いたたまれないように立ち上がって一雄を促すと、出口のほうに歩きだした。
東急インに帰ってから、泉は自室にこもってなにかすることがあるらしく暫く出て
こなかった...
持参した8201とカプラーで義兄の貴志となにか連絡をとる必要が
出来たらしいのだ。
義兄の貴志と姉の由利が二人ともジャーナリストで帰宅時間が不規則なので
緊急連絡用に持たせたハンドヘルドが思わぬ役に立つ事になった。
まだ夜の9時半だから時間は十分ある...
ベッドで横になってタバコを吸っていると、無性に眠くなってきて、
ついうとうとしてしまった。
隣の部屋のドアがしまる音で目がさめた...時間は...深夜の二時である。
こんな夜中に人騒がせな...安眠妨害で訴えてやるぞ...
ん?隣の部屋?
泉の部屋はたしかとなりだったよなぁ...
こんな深夜に??
どこに行くんだろう??
男と逢引??
睡魔と戦いながら、そこまで切れ切れに考えた一雄はベッドの上に飛び起きた!!
ドアのところに行くとホテルのメモ用紙がドアと床のすきまに差し込まれている。
そこには達筆な万年筆の走り書きで「犯人が分かりました、今から自首をすすめに
行ってきます、もし目がさめたら8Fの自販機コーナーに来て下さい」
と書いてあった。
「あのじゃじゃうまめ!なんて危ない事をするんだ!!」
あわててワイシャツをひっかけるとズボンをはいてベルトも締めるか締めないかで
ドアをあけて廊下に飛び出した。
寝静まった廊下にスリッパの音を響かせながら走ってエレベーターに行き、
上りのボタンを押してエレベーターを呼んだ...
エレベーターは8Fにとまっている。
たしか8Fの自販機コーナーは中止になって一室がそっくり空いているが、
こんな時間にはだれも来るはずがないのである...
ゆっくりとランプを点滅させながらエレベーターが降りてきた...ドアが開くのを
待ちかねて飛び込むと8Fのボタンを押した。
あれからゆうに15分は経っている...
気が遠くなるほどの長い時間に思えたが、
4Fから8Fまで実際はほんの一分たらずのはずである..
ドアが開くか開かないかのうちに廊下に飛び出し、
自販機コーナーに向かって走った。
自販機コーナーの中で人の争っている気配がする...
ドアを蹴飛ばして開けると薄暗い照明に若い女の首をしめている男のかげが
浮かび上がった。
「このやろう!!」
飛びかかった一雄は、こうみえても柔道三段の猛者である..
たちまち男は床に投げ倒されてうめき声を上げた。
「大丈夫か!!」
犯人をろくに確かめもせず一雄はぐったりとなった泉を抱き上げた。
はげしくせき込みながらも泉は大丈夫だというようにうなづいている..
「主人公は死なないものよ...」
蒼白な顔色の割に言うことはしっかりしている。
「こんな危ない事をして、犯人がピストルでも持っていたらどうするんだ!!」
やっと少し落ち着いた泉が弱々しい笑顔を見せた。
「ソフトハウスのプログラマーがそんなの持ってやしないわよ」
「うん?ソフトハウスのプログラマー??」
言われてから床にのびている男の顔を見るとエイプリルカンパニーのプログラマーで
山本晴彦と名乗った男ではないか。
完全に白眼をむいてノビてしまっている...
「貴方酷いことするのねぇ、これじゃあ当分目がさめそうにないわよ」
「あのままだったら、君の方が永久に目がさめなくなるじゃないか」
泉は、殺されかけたというのにのんびりした事を言う。
「首を締められるのって以外と苦しくないのね、貴方と寝ている夢を見ていたわ」
山本晴彦が北署に連れて行かれてから、詳しい尋問と説明は明日ということになり、
二人は明け方の4時にホテルに帰ってきた...
ドアの前で別れてそれぞれの部屋に入る。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
しばらく仮眠をとろうと自分の部屋でシャツとズボンを脱いで、
ベッドに入るとすぐ、ドアを小さくノックする音....
一雄は下着だけの格好でドアを開けた。
「なんだ、眠れないのか..」
ドアの外に泉が立っている..
「ねぇ、昨日の続きでもしない?眠れないのよ」
まるでオセロゲームの続きをするような調子で泉が言った...
一雄はいいところで電話に邪魔された昨日の夜の事を思いだしてドキンとしたが、
表面は平静を装って言った。
「いいのか?」
コクンとうなづくと一雄に抱きついてきた...
ゆっくりと顔を上げさせて泉の半開きの唇に、唇をかさねていく...
東急イン独自のボリューム式室内照明を絞って、ほとんど暗闇に近い室内に泉の
白い裸体が浮かび上がった...
翌朝まだ二人がベッドの中にいるうちに電話がなった...
裸の泉が毛布の下から手を延ばして受話器をとる。
「はい結城ですけど..」
一瞬黙り込んでから、すっとんきょうな聞き覚えのある声が聞えてきた。
「あれぇ?そこは高村の部屋でしょ??ああそうか!いや、
朝早くからお邪魔します..
水野です..隣に寝てる幸せ者をちょっと起こしてくれませんか?」
「あっ!は、はい!!すぐかわります」
一瞬にして目が覚めた泉は耳タブまで真っ赤になって、
隣の一雄を乱暴にゆり起こした
「大変!水野さんよ、早くおきて!」
「うーーん、なんだ..昨日の続きか?なに?水野?あっ!いかん」
飛び起きた一雄は泉の手から受話器をひったくった。
「はっ!はい!かわりましたけど..」
「このやろう、昨夜あれから泉ちゃんとよろしくやっていたな..
こっちは徹夜だぜ、さっさと出て来い!
見事犯人を捕まえた名推理とやらをじっくり聞かせてもらうからな」
寝込みを襲われた格好の一雄はあわてた。
部屋の隅で急いで洋服を着ている泉のほうをちらっと目で追って...
「あ、あれは俺の推理じゃないんだ..彼女の推理だから彼女に聞いてくれ」
「じゃあ彼女も連れて来い!」
「わかったよ..すぐ行くから」
隣で聞いていて、なんとなく事情が分かったらしい泉は赤い顔をして首を振った。
「私は水野さんに会いたくないなぁ...だってこんなとこ知られちゃったんだもの」
「駄目だよ!君が行かなかったら誰が説明できるんだ..頼むよ、もう一緒に旅行
してるんだから水野でなくたって二人の関係は分かるさ」
簡単な朝食をとってからタクシーで北署に向かった..さすがに疲れがでて歩く気に
ならなかったのだ。
取調べ室には水野主任と昨日の芝原婦警が待っていた。
今日はお茶でなくコーヒーがでた..まあ犯人逮捕のお手柄をたてた二人なのだから
当然と言えば当然である。
「よお、高村..昨日はよく眠れたか?」
水野主任はすべて分かっていて、何も知らない芝原婦警の前で意地の悪い事を言う。
真面目な顔と声だが目が笑っている...
泉は首筋まで赤くなって下を向いた。
一雄のブスッとした声が答えた...
「水野、そんな事どうでもいいだろう..俺達の尋問じゃないはずだから」
「おお、悪かった!じゃあ始めるぞ」
水野主任がガブリとコーヒーを飲んで質問を始めると芝原婦警はすばやい手つきで
調書に取り始める。
「まず、貴女はなぜ山本晴彦が犯人だと気が付いたのですか?」
赤くなって下を向いていた泉は、背筋を延ばすと彼女本来の冷静な調子で
説明を始めた。
「簡単な事ですわ、あの場合デッキにいたのは大田郁子以外ではあの人だけです、
そして毒物反応が口の中だけで胃の中になかったのは毒物が飲物や食べ物でなく
タバコにしかけてあったのです」
「タバコか!なるほど..しかしそれだけでは山本が仕掛けた証拠にはならないな」
「そうです、でも私達もデッキに居て知っていますがあの時ロングピースをデッキの
鵲 自販機で買って渡したのは山本でしたから...」
「よくわからないが??」
「つまり毒の仕掛けられたタバコは自販機にあったのではなく最初から山本が
持っていたのです..そして被害者に頼まれてタバコを買った時に毒入りのものと
すり替えたのです。
それだからあの後犯人はロングピースを吸っていたのですわ..
本当はマイルドセブンライトという軽いタバコしか吸わないのに..
長谷山部長がロングピースしか吸わないから自販機でも、ついロングピース
買ったんでしょうね」
「なるほど、それで被害者の持っていたタバコは一本しか吸って無かったのか..
いや、自販機で買ったと見せかけて毒入りタバコを渡すとは...
しかしなぜ山本がマイルドセブンライトしか吸わないと分かったんだね?」