AWC 『殺人告知...(5)』


        
#32/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (LAG     )  86/10/24  12:25  (185)
『殺人告知...(5)』
★内容
「ええっと、まずこの事件で不思議な事は色々有ったけど、私が最初にこの部屋に
  入って 不自然に感じたのは、クーラーが止まっていた事です。
 あんな暑い日に窓が全部閉まっていたのは、クーラーが入っていたからだと
 思うのです...それなのに私達が来たときクーラーが止まっていたのは
 なぜでしょう?」

なるほど言われてみれば不思議な事だ?

「外部から犯人が侵入したのなら、たいていクーラーまでは止めていかないと思うのよ

 最近のクーラーは操作が結構複雑だし、そんな事より逃げる方が
 優先されるでしょ?」

「と言うと、被害者が自分で止めたと言うのかい?」

「ええそう、どこかに出かける時の癖がでちゃったんだと思うの...
 しばらくここに帰ってこないと思った時に...永久に帰らないのかも知れないけど」
「じゃあ君は、この事件は自殺だと言うのかい?」

「まず間違いなく自殺だと思うわ」

「しかしあのCHATは確かに被害者が死亡した後だったが?」

「ええ、それはシスオペさんに確認したから間違いないんだけど、
 あの時のログリストを見たらアクセスしている時間が正確に1秒の狂いもなく10分

 おきなのよ...これはコンピュータがFullAutoTermで
 CHATしていたからだと確信したわ。」

 他のメンバーがいたら例のメッセージを流してログオフするプログラムがメモリーに

 入っていたんでしょうね。
 そしてプログラムの最後にはENDの代わりにメモリーをクリアーするNEWという

 命令が書いてあった...というのが真相だと思うの、
 そうするとあの時コンピュータとモデムの電源が入っていて何にもプログラムが
 無かった説明が出来るわ」

話を聞けば簡単なようだ...

「きっとフロッピーの中を、よく調べればFullAutoTermが有るはずよ、
 KILLしてからそんなに読み書きしてない筈だから...」

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*KILLというBASICの命令はフロッピーの中のファイルを消去する命令で
 あるが本当に消える訳ではなく、読めなくするだけなのでKILLしてすぐなら復活

 させる事も出来る。
 ただし、その後で何度も読み書きすると、オーバーライトされるのでプログラムは
 本当に消えてしまう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「なるほど!それであのCHATは分かったが、鑑識が自分自身で突き刺すのはとても

 無理だと言っている、あのナイフの刺さり方はどう説明するのかな?」

あまりに鋭い推理に、一雄は冷静を装っていたが思わず声がうわずった...
泉は至極とうぜんと言ったように平然と話を続ける。

「簡単な事よ、被害者はお金に困って保険金の為に自殺する訳だから自殺に見えては
 まずいのね...それじゃあ首吊りとか睡眠薬は使えないわ...
 ナイフなら他殺には見えるけど、一突きで死ぬのは大変難しいって事くらい貴方も
 刑事さんなら分かるわよね?」

あんな見るからにゴツイナイフで心臓を一突きなんて、とても痛そうで一雄自身でも
完全にやってのける自信などない。

「剃刀で手首を切るなら簡単だけど、心臓を巾広ナイフで一突きとなるとちょっと真似


「私もそこが不審で迷ったんだけど、あの机の前にきちんと揃ったスリッパを
 思い出さない?」

そういえばあの時泉が不思議そうに屈み込んで調べていた姿をおもいだす。

「そう言えば、ここは洋間で床は木タイルなのに死体はスリッパはいてなかったなぁ?」
「でしょ!普通犯人と眼鏡が割れて鼻血が出るくらい格闘すれば、スリッパなんて
 バラバラになるわ。」

「フム...そうだね...」

明解な推理の展開にすっかり引き込まれていた。
確かにそのとうりだ。

「そうなると被害者は死の直前に自分でスリッパを脱いで机の上に上がった事になるの

 だけど、なぜだと思う?」

「まさか蛍光灯を取り替えた訳じゃないだろうな??????」

一雄は結構真面目にこたえたのだが、泉はちゃかされたと思ったようだ...
まぁこんなとんちんかんな答えをしていれば、そう思われても文句は言えないが。

「なるほどザ.ワールドやってるんじゃないわよっ!」

なんとなく分かりそうでも、やっぱり分からない?
この辺が名探偵と、ただの人の違いのようだ...
泉もこのニブイ刑事に推理させるのは無駄だとさとったようである。
窓から風が入って二人の間の緊張が少し緩んだ...いつのまにか涼風が立ち始めて
太陽は西の空に傾いている。


「あのスリッパ見て私は飛び降り自殺の名所を思いだしたわ、あれは机からダイビング

 したんじゃないかって...」

時間は7時を回って、窓の外は真っ赤な夕焼けである。
端正な泉の横顔が、やけに紅潮して見えた...

「胸にナイフをあてたまま硬い洋間の床にダイビングすれば、心臓を一突きなんて事も

 簡単に出来るし、両手がふさがったままだから顔を床で打って鼻血が出て眼鏡も
 割れたって訳よ!」

おずおずとそのへんの疑問を問いただすと....

「ああそのことね、確かに指紋が残っちゃまずいわよね、でも手袋していたら心臓を
 一突きしてから脱ぐひまはないし。
 あの時床に落ちてた2枚の紙切れを思い出さない?あれで指紋がつかないように
 ナイフの柄を手のひらで拝む様にはさんで持ったのよ、そうするとナイフの刃が縦に

 なるでしょ?死体の胸の傷跡も縦の筈だわ!」

なるほど!そうすればナイフに指紋は付かないし、ナイフの柄に紙が巻き付いた
ままにもならない訳か!
ダイビングすれば縦になった巾広ナイフで肋骨なんか削れる訳だ...
その時、最大の疑問を思いだした。

「それならなぜ被害者は密室なんて手の込んだ事したんだろう?
 ドアを開けておけば簡単に部外者の犯行と断定されたのに、わざわざ事件を複雑に
 しているような感じだけど?」

泉はやっとそこに気が付いたの?と言う様ににっこり笑って答えた。

「私もそこが最後まで謎だったのよ!それで被害者の周辺が聞きたかったのだけど、
 こう考えれば納得がいくわ...
 まず被害者が、お金の返済を強く迫られていたと言うことは、ここにも何人かの
 恐い人たちが取り立てに来ている筈だわね」

「隣近所の住人も、人相の悪い男がここのドアを叩いているのを見たと言ってるよ」

「そうでしょ、自殺に追い込まれるくらい脅されていた訳だから無意識にドアチェーン

 掛けたんじゃないかしら。
 ドアを開けっ放しなんてとても出来ない状況が続いていたと思うし...
 それとも犯人の存在しない密室殺人事件を最後に作り上げたかったのかも
 知れないわ、この人もコンピュータマニアらしくミステリーファンだった
 ようだから。」

泉は本棚から取り出したエラリークイーンの『Yの悲劇』というミステリーの名作を
私に見せた。
マニアというやつは死ぬときまで訳の分からん事をしやぁがる。
H
 けど分かった?」

「夏休みで一日中遊んで給料もらってるShig先生だったよ、毎日あの時間帯に
 CHATして遊んでやがった。
 教育委員会に訴えてやりたいね全く」

「それが事件となんの関係があるんだい?」

「ウッソォ!まだわかんないなんて信じられない!」

「悪かったな!ニブくて...」

泉の説明によればCHATが無人で走っているとすれば必ず誰か居るであろう時間帯に

決っているとの事だ...人のいない時間帯に何度も走らせてもなんの意味もないから

という説明である...なるほど!!

「教育委員会からとがめられても、きっとアナログ信号とデジタル信号の変換実験と
 でも言ってごまかすわよ...先生なんてずるいんだから...」

さすがに現役の女子大生である泉は教師の事をよく知っている。
それはともかく被害者はShig氏が、いつもあの時間にCHATしていた事を知って

いてFullAutoTermを走らせたようだ。
誰もいないのに一人でCHATなんて出来ないのだから...
二人で揃って外に出ると、すっかり暗くなっていて空には今年地球に接近するという
火星が不気味に赤く光っていた。




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