AWC 「ナショナリズム的誘拐事件」2    朝霧三郎


        
#1162/1165 ●連載
★タイトル (sab     )  26/01/10  22:56  ( 86)
「ナショナリズム的誘拐事件」2    朝霧三郎
★内容
住友惠子誘拐の翌日、大学に警察が入った。
品川の外れにあるこのFラン大学に、パトカーが横付けされる光景は場違いだった。
昼下がりのキャンパスは、いつも通りのんびりしている。
講義に向かう学生、ラウンジでスマホを眺める留学生、
校舎の外では煙草を吸いながら時間を潰す連中。
そんな呑気な空間に異物が混じっている感じだ。
六号館2階のラウンジに、岩本警部補(遠藤憲一似。50歳)と
大友秋絵巡査(渡辺満里奈似。27歳)が姿を現した。
秋絵は現役の巡査でありながら、臨床心理士の資格を持ち、
脳科学にも首を突っ込んでいる変わり種だ。
ラウンジの一角で、サルサ研究会のメンバーを探す。
秋絵は駒込(岡山天音似)という男に目を留めた。
へらへらして、要領のよさそうな学生だ。
「住友惠子さんのお友達って誰か、知ってる?」
穏やかな声だったが、2人で圧をかけて逃がさない。
駒込は少し考える素振りをしてから言った。
「玉置誠だな。彼は……惠子のアッシー君みたいなもんでしたよ。
送迎とか、呼ばれたらすぐ行くし。
正直、利用されてたと思います。
キレてやったんじゃないですかね」
岩本はメモを取る手を止めなかった。
秋絵は、視線だけで誠を探している。
「どの人?」
「あそこにいるよ」とラウンジの奥に座っている玉置誠を指さした。
やがて二人は、玉置誠の前に立った。
誠は、警察というだけでドギマギしていた。
警察だの教授だの医師だのというだけで、ドギマギしてしまう。
「玉置さん」秋絵が声をかける。
「住友惠子さんのことで、少し話を聞かせて」
「……あ、あの、その……」
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
秋絵の声には、尋問の色はなかった。
誠は深く息を吸った。
「自分……アッシー君にされてた、って言われてますけど。
苦痛じゃなかったんですよ」
「どういう意味?」
秋絵が首を傾げる。
「自分はシステムオタクなんです」
誠は急に饒舌になった。
「待ち合わせは新宿の目。
そこから歌舞伎町の地下のサブナード駐車場に行って、
カーシェアはタイムズじゃなくて、三井の方で。
スマホで操作して、1000万のランドローバーを予約するんです。
湾岸線を走って、ららぽーとTOKYO―BAYまで走る。
その一連の流れが、たまらなく楽しいんです」
岩本は眉をひそめたが、秋絵は興味深そうに聞いていた。
「車を運転するのが好き、ってこと?」
「違います」
誠は即座に否定した。
「システムに触れるのが好きなんです。スマホのアプリで予約して、
時間になると、カチャっと車のロックか解除されてハザードが点滅して、
その瞬間が萌えるっていうか」
事情聴取が終わり、二人がラウンジを出ると、秋絵は小声で岩本に言った。
「彼は違うと思います」
「理由は?」
岩本は立ち止まらずに聞いた。
「システムオタクは、扁桃体の反応が独特なんです。鈍感なところと、
異様に鋭いところがあるんですが、
一度ハマると、前頭前野で興味が長く持続するタイプで。
クレッチマーで言えば、粘着気質寄りですね」
秋絵は、簡単にクレッチマーの気質分類論を説明した。
クレッチマーによれば、人間は3つの気質に分類できる。
即ち、循環気質(肥満型で社交的だが躁鬱気味)、
分裂気質(やせ型で、内向的、非社交的、神経質)、
粘着気質(闘士型で真面目、頑固で癲癇気質)である。
誠は粘着気質のシステムオタクなので、今回の犯人とは違うんじゃないか、
と秋絵は言う。
「誘拐犯じゃない、と」
「ええ。今回の事件、もっと粗い、場当たり的で、衝動的な感じがします。
循環気質っぽい匂いがします。
循環気質というのは、快楽を味わう扁桃体だけで生きている様な人間で、
思慮分別を司る前頭前野がないんですよ。だから場当たり的で」
警察が去ると、ラウンジは元のまったりとした空気を取り戻した。
誠は熊五郎の隣に腰を下ろし、低い声で言った。
「俺じゃねーよ。もっと、組織的な連中だろ」
「例えば?」
熊五郎が笑う。
「カンボジアあたりの中国人マフィアとか。
闇バイト使って、誘拐して、現金を奪取する。
そういうシステム化された犯罪に、正直、憧れるけど」
熊五郎は肩をすくめた。
「ノワール的なのがいいんじゃない? 誠、お前は素人の女が苦手だろ」
「……」
「『東電OL』みたいな、どこか壊れた女の方が、安心するタイプなんじゃないのか
?」
誠は答えなかった。





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