AWC 対決の場 45   永山


        
#465/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/12/05  23:24  (204)
対決の場 45   永山
★内容
「遠山……? だったら、何故、こっちに来て話さない?」
「風邪を移しちゃ悪いからな」
 相手の地声が答えた。
「そんなこと、気に……いや、それよりも」
 近野は極短い距離を最速で行き、相手の斜め前に立った。
「どこで何をしていた? 心配していたんだぜ。無事か? 五体満足なのか?」
「風邪引きを除いたら、いたって健康だよ」
 携帯電話を仕舞うと、相手は――遠山は手袋をした両手を広げてみせた。な
かなか上物のコートを着ており、温かそうではある。
「とにかく、乗れよ。警察には行ったのか」
 近野は突然現れた友人の背に片手をやり、助手席側のドアまで押しやった。
「警察? どうして」
 掠れ声が、さも意外そうに返事をした。それを聞いて、近野もまた、意外さ
を湛えた目を遠山に向ける。
「どうして、だと? おまえ……」
 行方不明だったじゃないかと言い掛けたが、それだけでは警察に出向く理由
にならない。麻宮レミの雅浪館に招かれ、命がけのゲームをさせられたんだろ
う?と言い直した。
「やっぱり、知っているのか」
 遠山は自嘲めいた笑いを浮かべた。そこには、被害に遭ったという雰囲気は
微塵もない。
「彼女が言っていた通りだ」
「彼女って、麻宮のことだな? 今、彼女はどこにいる?」
「知らない。俺が出発したときは、館にいたけれど」
「……何があったのか、じっくり話してくれ。寒いから、車の中で。いや、も
っと落ち着ける場所がいい。晩飯はまだだろ?」
「もちろん。君に予定が入ってないのなら、一緒に食べようと思って、ここに
来てみたんだ」
 本当に予定がないみたいでよかったよ――遠山は無邪気な笑顔になった。
「馬鹿野郎っ。先に連絡をよこせ! すれ違いだったら、どうする気だったん
だ? また姿を消すつもりか?」
 近野は怒鳴りつけてから、遠山を助手席に押し込み、ドアを閉めた。力が入
り、大きな音がした。
 運転席に座ると、遠山から呑気な反応が返って来る。「冗談を。どこにも行
きやしないよ」
 近野は何をどう言い返してやろうかと、口元をむずむずさせたが、じきにや
めた。とりあえず、車を走らせ、どこか落ち着ける店を見つけなければ。警察
に直行してやろうかという考えも、頭の中を駆け巡ったが、事情を聞いてから
でも遅くあるまいと判断した。

 犯罪がらみの話題になるのは決定的だったため、個室でなければならないと
考えた近野は、やや遠かったが居酒屋のIにまで足を延ばした。完全な個室と
は言えないが、グループ客ごとに仕切られたスペースが用意されている店だ。
ここであれば、少しぐらい声が大きくなっても、第三者に話を聞かれる心配は
ない。やって来る店員にだけ注意すればいい。
「で? 指定された日時に、最寄りの駅まで行ったあと、どうした」
 店に着くまでの車中で近野は、遠山が麻宮の雅浪館にいつ、どんな経緯で行
ったのかを聞き出していた。遠山の話によると、招待されたのは、近野の元に
招待状が届くおよそ十日前。しかも郵便の類ではなく、電話で伝えられたらし
い。そして指定日時こそが、近野が招待状を受け取った日の正午だった。
「迎えの車が来た。真っ赤なスポーツカーで、麻宮さん自身が運転していた。
降りてきたときの彼女の姿といったら、古い映画の一場面みたいだった」
 夢見心地のように上目遣いで答える遠山。近野は、割箸を突きつけた。
「そのときの麻宮――さんは、サングラスでもしていたんじゃないか?」
「ああ。どうして分かった?」
「目撃情報が乏しいからな……。次、どうなった?」
「うん。当然、車に乗って、雅浪館まで行ったよ」
 近野の説明に首を傾げつつも、遠山は欣然として答えた。よほどいい思い出
となっているのか。
「ちょっとしたドライブだった。山を分けるような道をうねうねと登り、小高
い丘というか頂上を越えたと思ったら、すぐ下り始めて、それから林道をずっ
とずっと走った。小一時間ぐらいして、目的地に到着した」
「ちょっと。小一時間というのは、駅を出てからか? それとも林道に差し掛
かってからか?」
「駅を出発してからだよ。四十分か五十分ぐらいだったと思う。彼女がしきり
に話し掛けてきたもんだから、よく覚えていないんだ」
「その様子だと、道順も覚えていそうにないな」
「ああ。帰りはタクシーで送られたし」
「館に着いてからは?」
 舌打ちを挟んで、近野は質問を続けた。
 ちょうどそこへ注文した料理が届き出す。会話を一時中断し、食事に手を着
ける。近野はぼちぼち、遠山はがつがつと。
「それで、どんな館が建っていたんだ?」
「建って? 違う。違うよ」
 食べかけの焼き鳥の串を振り、否定する遠山。
「広大な敷地に、低い三角屋根だけがあったと想像してくれ。屋根には、ソー
ラーパネルが一面に張られている。居住空間は、地下だ」
「……巨大な貯蔵庫かシェルターみたいな物か。それを改築して、雅浪館と称
している……?」
「彼女の説明では、シェルターだそうだよ。核戦争後にも生き残れるという謳
い文句だが、実際にどのくらい有用なのかは分からないみたいだがね」
 土に埋没した館。それなら、見つけにくいのも理解できる。
「もしや、おまえ、そこで麻宮さんから愛の言葉でも囁かれたんじゃないだろ
うな。何が起きてもここでなら二人で生き残れる、とか」
「そ、そんな恥ずかしい台詞じゃなかったが、言われた。どうして感づいたん
だ、近野?」
「おまえがあまりにも腑抜けになってるからさ。雅浪館への招待に応じたのは、
証拠を持って、麻宮にぶつけるためじゃなかったのか?」
「証拠なんて、出て来なかったよ」
 片手だけでお手上げのポーズを取ると、遠山はビールの入ったグラスに口を
着ける。近野の顔を伺いながら、ぼそぼそと「俺だけ飲んで悪いな」と言った。
「情況証拠すらない。せいぜい、面城薫らしき男が、関係者――伊盛や角とい
った、ヂエとの共犯の可能性が考えられた人物の周辺に、ちらちらと姿を現し
ている程度。根拠薄弱、まるで確証がない。通話記録にしても、本名で契約し
た分しか調べられないからな」
「じゃあ、何でのこのこと麻宮の元に……」
 呆れて渋面をなした近野に対し、遠山は一瞬、例の自嘲めいた笑みを浮かべ
てから、真顔に戻った。
「お詫びのためだよ」
「詫び、だと? 何の?」
「言うまでもない、彼女を犯人扱いしたお詫びさ。正確には、彼女から、『犯
人扱いして悪いと思っているのなら、こちらの指定する日に、雅浪館に来て』
と頼まれたんだ。これに応じれば、詫びを入れたことになるだろ?」
「……」
 額を押さえた近野。
(要するに、遠山の奴、自宅を出たときから、麻宮に弱みを握られた形だった
訳だ。彼女のコントロール下にあったと言っていいかもしれない。しかし、麻
宮はそんな男を呼び寄せて、何をしたかったんだ? 命のやり取りをするパズ
ルゲームとやらにつながってくるのか)
 近野は、頭に浮かんだ考えを確かめようと思った。
「館に着いてから、麻宮に二度目の頼み事をされたんじゃないか? ゲームに
参加するように、と」
「……当たりだよ」
 遠山は目を見開いたあと、肩を落とす風にして肯定した。驚いたようだが、
最早、理由を尋ねて来ようとはしない。
「どんなゲームだったのか。いかなる結末を迎えたのか。詳しく話してくれ」
「どこから話せばいいのか……。それに、記憶が曖昧になっているところもあ
ってね……何せ、あれほどまでの死の恐怖を感じたことはなかった」
「あっと、最初に聞いておくぞ。命に関わるゲームと分かっていながら、参加
したのか」
「うん……彼女が一種の実験だと説明したし、ゲーム、ゲームと繰り返し言う
ものだから、現実感が薄くてな。心のどこかで、冗談だろうと思っていた」
「ふん。それで? ゲームについて、話してもらおう」
「ええっと。参加者は俺と麻宮さんと、他に女性二人、男性二人の六人だった。
男女四人の名前は分からない。知らされなかった。その代わり、各自にニック
ネームが付けられた。初老だが見事な白髪の痩身男性が、ピカソ。でっぷりと
太り、ひょっとこみたいな顔をした中年男性が、ウタマロ。大学生ぐらいの若
さだが落ち着いて上品な雰囲気の女性が、ルノアール。きんきらの服で着飾っ
たソバージュのお婆さんが、ダヴィンチ。そして麻宮さんがゴッホ、俺がゴー
ギャン」
「どのようにして決められたんだ、そのニックネームは」
「麻宮さんがくじを用意し、順番に引かせた。引いた順番は……覚えてない。
麻宮さんが最後だった。でも、ニックネームは関係ないと思う。ゲームのルー
ルを聞いてもらったら、分かるだろう」
 遠山は喉を潤してから、話を再開した。
「参加者に与えられるものが、ニックネームの他にもう一つあるんだ。番号だ
よ。1〜6の数字を印刷した白いバッジが渡される。と言っても、これはニッ
クネームと違って、他の五人には見せない、知らせない」
「待て。バッジを割り振った方法は? さっきみたいに麻宮が仕切ったのなら、
彼女は他の五人の番号を知り得る立場になるんじゃないのか」
「布製の袋にバッジを一個ずついれ、それぞれの口をきつく縛るんだ。そうし
てできた袋六つをひとまとめにし、ぐちゃぐちゃにかき混ぜてから、順番に取
っていった。これも最後は麻宮さんだったが、不正のしようがないだろう?」
「……うむ。分かった。続けてくれ」
「参加者は、他の五人の内、誰か一人の番号を当てる。このがゲームの主目的
であり、勝ち抜けの条件だ。番号を推理できたら、相手を指名し、チャレンジ
する。チャレンジャーの推理した数が、相手のバッジの数字と一致すれば、チ
ャレンジャーの勝ち。不一致だと負け」
「負ければ、死、なのか……?」
 さすがに、ごくりと唾を飲んだ近野。遠山も緊張の面持ちで頷いた。
「あ、ああ。それも、とびきり恐ろしい方法で執行される。一丁の拳銃が用意
されていてね。六発装填できるリボルバータイプだった。リボルバーの穴には、
それぞれ番号が振ってある。無論、1〜6だよ。そして、チャレンジャーは推
理した数と同じ番号の穴に、実弾を込める。他の穴は空。それから、拳銃は立
会人に渡される」
「立会人?」
「全てを把握しているゲームマスター、と表現していたな、麻宮さんは。黒い
仮面を装着した、大柄な男だった。ああ、多分、男だろう」
「全てを把握とは、つまり……誰に何番のバッジが行き渡ったのか、知ってい
るという意味だな」
「その通りだよ。さっき言った、バッジの番号確認後に、参加者は一人ずつ、
立会人にだけバッジを見せるんだ」
「分かった。それから?」
「立会人は、挑まれた側のバッジの数字と同じ番号の穴の弾が――装填されて
いたらの話だが――、最初に撃ち出されるよう、リボルバーを回す。そうして
おいて、挑まれた相手に拳銃を手渡す。受け取った相手は、自らのこめかみに
銃口を宛い、引き金を引く。もちろん、リボルバーを動かしてはならない」
「……推理が当たっていたら、そのまま相手は死ぬ。外れていたときは?」
「チャレンジャーが死ぬ。立会人が銃を構え、狙っているんだ。挑まれた側が
無事だったとき、リボルバーが動かされていないことを確かめてから、立会人
がチャレンジャーを撃つ」
「そのルールなら、当てずっぽうでチャレンジするのは、無謀の極みという訳
か。当然、ヒントが与えられるんだな。他人の番号を推理するヒントは、どう
やって手に入れるんだろう?」
 館内のあちらこちらに隠されているのを、個々人が探して回るのかと近野は
想像した。だが、遠山の明かした実態は、遥かにパズル的であった。
「立会人の部屋があってね。参加者はそこへ一人ずつ行き、立会人の前でテー
プに声を吹き込むんだ。『私は*番ではない』という形で。これを二十四時間
おき、その日の午後二時に行い、ゲーム終了まで繰り返す。そして午後三時に、
参加者全員が広間に集まって、皆で同時にテープを聞く。当たり前だが、テー
プに吹き込む発言で嘘を吐くのは禁止」
「ゲーム終了は、六人がそれぞれ二人一組で対戦し、三人が死んだ時点か? 
それとも生き残りが一人になるまで?」
「三人が死んだら終わり、となっていた」
「ヒントの声を吹き込むとき、同じ答を使ってもいいのか?」
「いや、一度使った答はだめだ。たとえば、一回目に『私は5番ではない』と
言ったとすると、次からは使えない決まりだった」
「なるほど。ヒントで嘘を吐けないということは、どんなに長引いても、五日
目で終了だよな? 六日目は嘘を吐かざるを得ないのだから」
「そういう理屈になる。でも、普通はそれまでに決着するものらしい」
「それそうだ。参加者が揃いも揃って愚か者か、最後まで人を殺したくないと
考えていない限り」
「そうそう。そういうのを防ぐ意味で、六日目の午後二時までにチャレンジを
行わなかった参加者は、無条件で殺されるというルールになっていた」
「だいたい分かった。これでいいか……ああ、まだだ。複数名が同時に推理を
組み立て、答を出すケースがある。そういった場合、チャレンジの優先権はど
うやって決める? そもそも、どうやってチャレンジの表明を行うんだ」
「各自の部屋にパソコンが設置されており、立会人のアドレスへメールで送信
するんだ。システム上、仮に全く同時に着信したとしても、強制的に順序づけ
られるそうだ。最終的には、コンピュータによるくじ引きみたいなものと言え
るかもしれない。あ、テープを聞く広間を中心に、各部屋が円をなして配置さ
れているから、距離の不公平はない」

――続





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