AWC 対決の場 37   永山


        
#452/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/10/05  19:43  (197)
対決の場 37   永山
★内容
(開けるべきか。罠の類があるかもしれない。それも、この身に危険が降り懸
かるのならまだしも、他人に危害が及ぶような。そう、伊盛のときのような仕
掛けをされていては、取り返しがつかない。あの失態はもう御免だ)
 奥歯を噛みしめた。
 ドアの向こうを調べる。これは決定事項だ。罠があるとしたら、それに掛か
らないように、用心に用心を重ねるだけだ。
 遠山は再度、ノブを握りしめると、敢えて抜いた力加減で、回した。そして
そろそろとドアを押していった。
 脳裏をよぎるのは、やはり伊盛の一件。だから、特に上方向に注意を払いな
がら、同時に他にも目を配る。
(何も……ないな?)
 少なくとも、ドアの周囲の壁に、人間が固定されている気配は皆無であった。
あとは、紐状の物がドアに結ばれ、メカニカルな仕掛けと連動している可能性
だ。ぎりぎりの広さに開けたドアの隙間から、中を覗こうとする。再び昏倒さ
せられることのないよう、十二分に気を付けたのは言うまでもない。隠し通路
から出る際は慌てる余り、頭を普段の高さのまま覗かせたが、今度はしゃがみ、
低い位置から試みる。
「……」
 何事も起きない。
 隣の部屋も、しんとしていた。窓の類がないらしく、先程よりもさらに薄暗
い。懐中電灯を持っていたことを思い出し、自らの身体を探る。が、なかった。
拉致される過程で落としたか、取り上げられたか。
 それでも、今いる部屋の明かりで、ある程度は見通せる。差し迫った危険は
ないと見て、遠山は片方のドアを二の腕で押し、開き切った。
 会議室を連想させる部屋だった。広さはやはり二十畳ぐらい。突き当たりの
壁に、ホワイトボードらしき長方形の衝立があって、弱いながら照り返しが来
る。長テーブルがコの字方に列べられ、折り畳まれたパイプ椅子が部屋の角に
何脚かずつ、立て掛けてある。床は板敷だった。
 入り込んだ遠山は、ドアが閉まらないように押さえつつ、壁にスイッチを探
した。すぐに見つかり、入れると室内が明るくなった。
 詳しく観察していこうとした矢先、ホワイトボードに惹かれた。黒い字で何
か書いてある。ヂエのパズルかもしれない。そばまで、今度は普通の足取りで
近付いた。その、距離を徐々に狭めていく間に、書かれている内容も読めてく
る。
「――馬鹿にしやがって!」
 遠山は自分が顔色を変えたのを、コンマ数秒遅れで自覚した。落ち着こうと、
顔全体を手の平で撫でる。
 向かって右端に大きく、“ヂエ殺人事件”と記され、続いて事件の概要が丁
寧な字で簡潔に綴られていた。さらに、関係者の顔写真や地図が磁石で留めて
ある。あちこちを丸で囲ったり、単語を矢印で結んだりして、いかにも捜査本
部らしい雰囲気を作っていた。
 最接近し、事件の概要を素早く読む。誰々がどのように殺されたといった程
度で、手がかりはなさそうだ。いつ殺されたかについて触れていないのは、恐
らく故意だろう。練馬政弘から面城薫まで、一人も欠けていない。
(嶺澤刑事の名がないのは、生きているということか?)
 結局、氷の中身を確認せず仕舞いだった。希望が持てる。
 写真に視線を移す。遠山を筆頭に、嶺澤、近野、麻宮は無論のこと、四名の
使用人も漏れなくあった。いずれもスナップ写真で、九分九厘、この島での隠
し撮りだ。
 特にこの写真は手がかりになる。遠山は思った。いつ撮られたのかを当人達
が覚えていればの話だが。遠山自身、シャッターを切られたことに気付かなか
った。
 無闇やたらと触ることは避け、遠山は観察を続けた。ペンは一本だけ、ホワ
イトボード下部の溝に置かれていた。黒板消しならぬホワイトボード消しも一
つ。ヂエが指紋を残すとは思えないが、運がよければ掌紋の一部が取れよう。
手袋を填めていようともその材質によっては、鮮明に残る場合があるのだ。そ
こから利き手を割り出せるかもしれない。
(ヂエは挑発のつもりだったのだろうが、この部屋は案外、お宝に溢れている
可能性大だ。筆跡も完全に隠すことは難しいだろうしな)
 初めて優位に立てた気がする。余裕が出た。が、同時に、新しい疑問も浮か
んだ。
(しかし、俺がここに運び込まれたのは、何のためだ? 挑発のためだけに、
手間暇を掛けたのか)
 顎に手を当てると、無精髭の感触があった。島に着いてから、一度も剃って
いない。
(どことなく……)
 違和感を覚えた遠山。瞬きを幾度か重ね、その正体を探る。
(島に着いた日の朝、剃ったのだから、まだ一日半といったところ。自分の髭
の伸びる速さは大体分かっているつもりだが、これでは濃すぎるような……)
 人差し指と親指とで、摘めるほどに伸びていた。
(――もしや)
 嫌な予感が全身を貫く。それが意味するところはまだ掴めなくても、予感が
当たっているとしたら、ショックは計り知れない。
(意識を失っていた時間は、思っていた以上に長かったのか!?)
 最低でも丸一日分、プラスしなければならないとしたら。
(髭の説明はつく。だが、それなら応援部隊は絶対に到着していないとおかし
い! それに、みんなはどうしている?)
 無数の疑問符が頭の中で渦を巻く。眩暈を覚えた。一歩、勝手に踏み出して
ふらつくのを、壁に手をやって堪える。
 敵の動きがあるまで、しばらく待つ腹積もりであったが、それどころではな
くなった。一刻も早くここを抜け出し、現況を知る必要がある。脱出がかなわ
ぬときは……今は考えない。
 まず、正攻法の経路を探す。建物ならば、出入口があるに決まっている。無
事にそこから出て行けるのなら、それに越したことはない。第二の部屋に、他
のドアがないか、見て回る。
(銃を取り上げずに軟禁というのが、どうしても解せない。まさか、ヂエの奴、
頭脳勝負から体力勝負に宗旨換えしたか? 脱出ルートには、敵が武器を手に
待ちかまえており、戦って倒せねばならない……なんて設定は御免蒙りたい)
 馬鹿げた想像だと思いつつ、手元の弾数を調べる。五発装填できる仕様だが、
一発分は空砲。ヂエに対する威嚇(むしろ追撃の意志が強かったが)で一発、
実弾を撃った。リボルバーには残り三発。特別に予備として携行が認められた
五発を合わせると、八発になる――はずだった。
 予備弾の手応えがなかった。懐から消えた。
「ヂエか」
 舌打ち混じりに吐き捨てる。銃撃戦などしたくないし、特に腕が立つ訳でも
ない。が、弾三つというのはいかにも心許なかった。
 また、正攻法の出入口が見つからない場合、ドアや窓ガラスを破壊するため
に、銃を使うことも考慮している。そのために最低でも一発使うとしたら、い
よいよ心許ない。
 遠山は頭を強く振った。悲観的な自分を否定する。
(島にある建物ということは、麻宮さんが建てた。つまり、窓に入っているの
は普通のガラスだろ。銃を使わなくても、そこらの椅子を使って壊せるさ)
 この第三の建物の存在を、麻宮が教えてくれなかったことに対する疑問は、
敢えて打ち消した。
 部屋の調査に集中する。通り過ぎようとしていたホワイトボードの前で足を
止め、裏側を覗くと、そこには短い廊下が伸びていた。何故か最初から常夜灯
らしき黄色い明かりが落ちており、突き当たりにドアがあるのが分かった。
 クリーム色に塗装された、やや大振りなドアに、奇妙さを覚えた。腰より少
し下の高さに、郵便受けが付いている。家屋の玄関風でなし、もちろん部屋と
部屋をつなぐ扉という感じでもない。
「どちらかというと、マンションやアパートの玄関だな……」
 注意深く進みながら呟く遠山。下駄箱があったので、玄関には間違いないよ
うだ。開けると、男物の革靴が二足とスニーカーが一足、女物の様々な靴がい
くつか、さらにサンダルやら下駄やらが見えた。生活感がある。
(誰かが使っていた、あるいは使っているのは間違いないらしい。ただ……お
かしい。島にマンションがある訳がない。第一、島の建物なら、郵便受けも必
要ないんじゃないのか?)
 小さく丸い覗き窓があった。片目を当ててみる。無論、注意を怠りなく。
 暗くてよく見えないが、灰色の通路と白い壁(手すりが上端に設けられてい
ることから、多分、転落を防ぐ防護策だろう)、その上には空が広がる。他に
見える物はなく、しばらく待ったが誰も通らない。
(何となく、空が近いようだが。いや、仮にマンションだとしても、この一つ
下は冷凍庫と厨房で、地下一階だ。空が近いはずが……いや、もしかすると)
 白い壁の向こうが、猛烈に見たい。
 ドアノブに手をやる。固い。がちゃがちゃやったが、開かない。一瞬、焦っ
たが、ロックを解除してやると今度は楽に回った。
 腰を屈め、これまで以上に注意深く、ドアを開ける。が、拍子抜けするほど、
何も起きなかった。左右に首を振るも、人影は疎か、猫の子一匹いない。立ち
上がってみると、強い風をまともに受け、額が露になった。
 遠山はかまわず、手すり越しに下を見た。
「――た」
 高い。唾を飲み込み、フロアを数えてみる。地上一階と思い込んでいたが、
現実には十五階だった。ということは、室内の窓から見た林は、いわゆる空中
庭園のような物か? 目線を上に向けると、今いるフロアが最上階らしい。
 次いで、建物周辺に視線を走らせる。ビル群とまでは行かなくても、似たよ
うなマンションが点在し、一般住宅の家並も認識できた。田畑や貯水池があり、
遠くには山も見える。都会でもないが田舎でもない、開発途上の街といった風
情である。
 家々には明かりがあった。じっと目を凝らせば、道路には自転車や人が行き
交う。声も聞こえてきたような気がした。
 遠山は、すぐに助けを求めることはせず、状況の解釈に努めた。さほど考え
るまでもなく、結論を得る。
(意識不明の間に、島から運び出され、ここに連れて来られたことになる。ど
うやって? 何故だ?)
 最早、考えているときではない。今なら、ヂエにやられても人知れず死ぬと
いうことはない。多少、大胆に振る舞っても助かる目が出てきた。仮に命を落
とそうとも、無駄死ににはなるまい。とにかく脱出が最優先だ。
 非常階段かエレベーターを求め、通路を改めて見通す。そこでようやく、こ
のフロアのドアの少なさに気付いた。少ないというよりも、遠山が出て来たド
アのみだ。
(壁を取り払って、フロア全体で一つの部屋のように使っているのか)
 フロア全体で四十畳余り。そう考えると、逆に、随分こじんまりとしたマン
ションに思えてきた。それとも、空中庭園のスペースを広く取っているのかも
しれない。
(この下の十四階も丸々、冷凍庫と厨房ということか。内部でつながっている
くらいだから、同じ人物が使っていると見ていい。それにしても、雅浪島の館
の厨房によく似ていた)
 思索に走り勝ちな気持ちを抑え、遠山は左に行くと決めた。エレベーターと
階段が、ほとんど並ぶように設置されていた。エレベーターの意匠から、そこ
そこの高級マンションではないかと推測する。
 エレベーターはランプが点灯しており、稼働しているのだろう。だが、利用
には躊躇した。敵は、この狭い箱に改めて閉じ込めるつもりではないか。万一
を考えると、階段を下る方を選択する。
 十四階を通りかかる折、ドアがどうなっているのかが少々気に掛かったが、
優先順位は低い。転ばぬよう、でも可能な限り急いで、一階を目指した。
 半分ほど下った時点で、ラジカセを始めとする物証を放置してきたことに思
い当たった。だが、降りるのはやめない。十五階に人はいなかった。仮に隠れ
潜んでいて、遠山が降り始めたあとに部屋に入り、証拠隠滅を謀るとしよう。
そいつは、いかにしてマンションから逃走し得るのか。そうなったら、その場
で捕らえてやる。少なくともこの点に関しては、自分の方が有利だと遠山は確
信していた。
 と、五階から次の踊り場を目指し、踏み出したとき。
「止まれ!」
 命令口調に、びくりと足が止まる。足元だけを注視していた遠山が、顔を起
こすと、斜め下の踊り場に複数の人間が見えた。しかも、そのシルエットから
判断するに、銃をこちらに向けているようだった。
「分かった! 撃つな!」
 言われる前にホールドアップし、身分と名を名乗ろうとした。
 しかし、それよりも先に、誰何の声が飛んできた。
「遠山竜虎か?」
 同時に、強い照明を上半身に浴びせられる。顔をしかめながら、遠山は「そ
うだ!」と答えた。光のおこぼれで、相手側の様子も少し見えた。警官隊だ。
 どこの地方の警察か分からないが、こちらのことを知っているのなら話が早
い。遠山は腕を降ろそうとした。
「十五階に――」
「動くな!」
 予想外の厳しい口調に、再び腕が上向きにしゃんとなる。
「み、身元を証す物なら、警察手帳がある。手に取って、見てくれ」
 そう主張した。早くしてもらいたい。そして早く、このマンションを調べる
とともに、麻宮や近野らがどうしているのかを聞きたい。
 だが、返って来た言葉は相変わらず険しい調子だった。しかもその内容は、
遠山を混乱に陥れるに充分すぎた。
「遠山竜虎。おまえには殺人と遺体損壊の容疑が掛かっている。そのままの姿
勢で、ゆっくりと降りてこい」


――続く





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