AWC 対決の場 36   永山


        
#444/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/09/14  21:48  (196)
対決の場 36   永山
★内容
(な、何なんだ、これは)
 字を一つずつ目で追っていた遠山は、文意を理解した刹那、ペンを取り落と
しそうになった。大げさでなく、震えが来た。

 コ コ デ ノ パ ズ ル ハ ス ベ テ オ ワ ッ タ ガ 

 ヤ ク ソ ク ヲ タ ガ エ タ バ ツ ヲ ア タ エ ル 

(約束――ヂエとの間に交わした約束――島に俺以外の警察関係者を連れて来
るな、というやつか)
 あの約束を今さら持ち出してきたヂエに、そして遠山の行動を見越してここ
に警告文を書いていたヂエに、戦慄を覚える。「罰」は誰に与えられるのだ? 
遠山自身か、そうでなければ……嶺澤刑事?
 慌てて向きを換えようとする。薄暗さと狭さとで、肘を壁にぶつけ、ペンを
落としたが、拾う余裕はない。下り坂を利し、勢いを付けて駆け出す。
 行き先に、光が見えない。開け放しておいた扉が、閉じられているようだ。
異変があった証拠に思われた。
「嶺澤! 嶺澤刑事!」
 叫んだ。いやに反響した。果たして声は外に届いたのか。
 ぶつからんばかりに、扉に辿り着く。開けようとして、焦った。把手の類が
見当たらない。懐中電灯でざっと照らしたが、見つけられなかった。
 両手の平を面に当て、力を込めると、左側に動かそうとしてみた。防煙防火
のためか、重くて頑丈な扉に、一度は手が滑った。だが、二度目のトライで、
じわりじわりと動き出す。
 ある位置まで来ると、不意に手応えが軽くなり、扉は一気に全開となった。
 暗から明への転換。眩しさに目を瞑るが、それは一秒にも満たない。遠山は
警戒を忘れ、頭を扉から突き出した。

「気が付いたか」
 その声のおかげで気が付いたような……でも、それよりも以前に意識を取り
戻していたような感覚もなくはない……。
「あ!」
 首筋に疼痛が這う。起こそうとしていた身体が、前のめりに崩れ落ちた。さ
ぞかし無様だろう。
 そして思い出した。通路から地下室へと引き返し、顔を覗かせた刹那に、何
らかの衝撃をうなじ付近に食らい、意識が遠退いたことを。あのまま、気絶さ
せられたらしい。
 首に右手を宛い、左手を床につき、体勢を保ってから、苦痛に細めた目を開
く。と、今いる場所は見覚えのある冷凍庫だった。近野を発見した、あの冷凍
庫に入ってすぐの位置。
 痛みを我慢し、振り返る。扉は開いていた。細く開いた隙間から、厨房の様
子が垣間見える。手足も自由であることから、監禁された訳ではないようだ。
(何のつもりなんだ? 殺すつもりなら、とっととやるだろう。それとも、目
が覚めるのを待って、恐怖をたっぷりと味わわせて殺そうという寸法か)
 今さらながら、銃を確認する。奪われていなかった。弾もある。それなのに、
腕時計はない。落とすとは思えないから、恐らくヂエに奪われたのだろう。ま
すます訳が分からない。
 不意に空腹感を覚えた。冷凍庫あるいは厨房からの連想だろうか。こんなこ
とではいけないと、かぶりを振る。
「誰だ」
 銃を構えつつ、先程の声の主を誰何する。どこから聞こえたのやら、まるで
分からないため、前方一八〇度をとにかく見回す。が、人影は疎か、動く物一
つ、見当たらなかった。
 沈黙が返事か……自棄半分、あきらめ半分で思った矢先、同じ声が聞こえた。
「気が付いたか」
 同じフレーズだった。声の質は、ボイスチェンジャーで変換されていて、特
徴がない。遠山は意識を集中した。しばらくすると、また聞こえてきた。
「気が付いたか」
 テープレコーダーの類だと直感し、立ち上がって源を探す。軽い眩暈が残り、
足元もまだ若干おぼつかないが、気力を振り絞った。その甲斐あって、四度目
の「気が付いたか」で、場所の特定に成功。近野が転がされていた位置と、ほ
ぼ同じである。
 誰もいないことを再確認し、遠山はその機械に駆け寄った。無駄に大きい、
旧型のラジカセは、ちょうど五度目の「気が付いたか」を発した。
 身を屈めた遠山は手袋の装着を認視後、停止ボタンを押した。静かになる。
ヂエに辿り着くヒントが、このラジカセから検出できるかもしれない。それに、
テープの内容も気になる。「気が付いたか」の繰り返しで終始しているのか、
先に進めば他のメッセージが現れるのか。場所を移し、落ち着いてから調べる
としよう。
 右手にラジカセを提げ、左手を棚に掛けて立ち上がろうとした。と、先程は
見当たらなかった物が、棚に載っていることに気付く。ぎくりとして、思わず
手を引っ込めた。
 目の高さより少し下に位置する棚に置かれていたのは、一見、肉の塊に見え
た。冷凍された肉……と言うよりも、氷詰めにされた肉。
 そしてこの判断は、間違いではなかった。肉には違いなかったのだから。
 氷詰めの肉は、赤い切断面を遠山のいる方に向けていた。覗き込むと、奥の
部分も楽に見える。ただし、表面に霜がかかって、そのままでは中を見通せな
い。
 遠山は手で霜を払った。現れた氷は、透き通っていた。
「――」
 声を失った。
 肩から上の人間が氷の中にいる。顔は、嶺澤刑事に似ている。氷を通して見
ていることと、明かりの乏しさと、そして何よりも見慣れない死に顔のせいで、
断定には到らない。
 遠山はラジカセを置き、深呼吸をした。冷気が肺に溜まり、急に寒さを強く
感じた。
「造り物だ」
 近野の推理を思い起こした彼は、そう唱えた。
(近野を襲った奴が抱えていた頭部が、造り物だったのはほぼ間違いない。だ
ったら、この氷の中のも同じく、造り物だ。約束を違えた罰だからといって、
いきなり殺しはしまい)
 最初は願いにも似た推理だったが、遠山はその内に、ふっと気付いたことが
あった。
(氷! そうだよ、氷だ。仮に、これが本物の遺体だとしたら、おかしなこと
になる。嶺澤刑事を殺害・切断し、凍らせる時間が、ヂエにあったか? この
冷凍庫に入れても、相当時間が掛かるはず。ましてや、血液は温かいんだから
な。まず無理さ。造り物に決まっている。そう、予め、造り物を氷詰めにして
おき、ショックを与える目的で、こうやって持ち出してきたんだ)
 遠山は氷を砕く道具がないか、辺りを探した。のみや金槌でなくとも、代わ
りになる物なら何だっていい。金属パイプみたいな物でも……。
 しかし、庫内にそのような物が転がっているはずもない。遠山は諦め、ラジ
カセを持って、厨房に出た。温かく感じる空気を吸い込んでから、キッチンを
あちこち探り、大振りの包丁を見つけた。
「これで……」
 皆のいるところへ向かおうという発想は、何故か起きなかった。すぐにでも
造り物であることを実証しければ。そんな気持ちでいっぱいだったのだ。焦り
と言い換えてもよい。
 だが、そんな遠山の動きを止めた物が、厨房にはあった。壁の高いところに
掛かる、丸いアナログ時計がそれだ。
「六時、だって?」
 正確には、五時四十八分ぐらいだった。止まっているのだと信じたかった。
だが、滑らかに動く秒針が見て取れた。せいぜい、正午を回った程度と信じ切
っていた遠山にとって、この時間経過は動揺するに充分すぎる。
(そんなにも眠らされていたのか? ああ、だから、腕時計を持ち去ったとい
うことなのか。造り物だと推理することを見抜いた上で、一旦、安心させてお
き、最後にもう一度ひっくり返す。効果的だよ、ヂエ。くそっ)
 確認する気力が薄れた。無意識の内にへたり込む。包丁も手放していた。
(現場保存。冷凍庫の扉を閉めて、麻宮さん達に早く事態を伝えなくちゃな。
長時間、刑事二人が行方不明で、大騒ぎになっているかもしれない。冷凍庫の
鍵についても、吉浦さんに聞きたいことがある。最悪の場合、彼の身に何か起
きたということも)
 そこまで考え、立ち上がった遠山だが、またもおかしな点に気付いた。
(船が来てるんじゃないのか? 異変を察知して、遅くとも、昼の三時頃には
来るものと想像していたのに。なら、捜索の手が入るはず。こちらから出て行
くまでもなく、見つけ出してくれるに違いない。つまり現実には、船は、応援
部隊は到着していない……そんなに遅いことがあるだろうか?)
 捜査本部が、ヂエとの約束を律儀に守ろうとしている訳はない。若柴と嶺澤、
二人の同行そのものが、捜査方針なのだから。
 疑問は解けないが、ぐずぐずしていても始まらない。遠山は冷凍庫の扉をぴ
たりと閉めた。ラジカセを持つと、ゆっくり歩き始める。
(ヂエの一味の中に、声が俺とそっくりな奴がいて、定時連絡を欠かさずに入
れていたという可能性は……ないな。電話番号の違いを追及されれば、犯人側
はうまく説明できまい。そうなると、他に考えられるのは……より重大な事件
が発生し、こちらまで手が回らないのか)
 しっくり来ない。二桁に上る犠牲者を出してしまった本件を凌駕する重大事
件とは、一体?
 これ以上考えても、正しい答は見つかりそうになかった。現在の状況を把握
するのが先決と、遠山は急ぎ足になった。階段に差し掛かって、この調理場も
地下にあるんだったなと思い出す。
 意識を失った自分を運ぶのに、この階段は大きな障害になったに違いない。
やはり犯人は複数か。複数犯なら、偽のアリバイ証言を相互に申し立てられる。
ひょっとすると、関係者各人の主張したアリバイの大半が、無意味になりかね
ない――そんな推理が脳内に蓄積される。
(島に来てからだけでも、多くの犠牲を許した上に、部下まで失った自分が、
引き続き捜査に携われるのか、甚だ怪しいけれどな)
 自嘲というよりも、悔恨の念が表情を歪めさせる。仮に、主導的な立場を降
ろされるとしても、それはやむを得ない。出世の道が閉ざされても、甘んじて
受け入れよう。ただ、捜査陣から外され、単なる事件関係者あるいは証人とし
て扱われるのだけは、願い下げだ。
 踏み締める足に力がこもる。自然に駆け足となった。
 地上一階に着いても、窓の外は暗かった。季節柄、まだ夕焼けが望める時間
帯だろうにと訝しんだ遠山だが、朝の天気を思い出し、曇なのだと納得した。
それよりも、館内までもが暗いことに注意が向く。電灯が全く点っていない。
階段を照らすライトのおかげで、ぼんやりと視界が利く程度だ。
「……?」
 目を凝らしながら、強烈な違和感に襲われた。
 光景が違う。
 前回、冷凍庫に降りる際に、ここも通ったはずだが、そのときの記憶と、今、
目にしている部屋の様子とが重ならないのだ。
「まさか、こんな大変なときに、模様替えでもあるまいし……」
 混乱から逃れ、冷静さを保とうと、呟きつつ、遠山は壁のスイッチを探った。
どこにあるか知らないが、電灯のスイッチがどこかにあるはず。そしてそれは、
階段を昇りきってすぐの壁にあってしかるべき。
(よ、よくよく考えれば、麻宮さんの屋敷の地下から、こちらの館の地下に、
誰にも気付かれずに意識を失った大の大人を運ぶなんて芸当、おいそれとでき
やしない。生き残った面々全員が共犯とは考えられないし、信じたくもない。
そんな想定をしなくても、もっと現実的な状況が考えられる)
 指が、突起を見つけた。自分でも理由は分からないが、遠山は指紋の摩擦を
確かめてから、スイッチを反対側に倒した。
(第三の建物の存在。そこに運び込まれたのだとしたら、辻褄が合う!)
 遠山の心中の叫びは、蛍光灯に照らし出された部屋の様子が証明していた。
 広さは二十畳ほど、ただし(遠山が現在立つ位置から見て)縦長で、奥行き
を感じさせる。応接間なのか、テーブルを挟んで椅子が向かい合っている。テ
ーブルは、椅子を二脚ずつ列べるのに充分な幅があるのに、何故か一脚ずつし
か配置していない。いずれも木目調の、重厚そうな造作である。凝った彫り物
も施され、値の張る代物かもしれない。座り心地は分からないが。
 他に目立った家具はない。遠い方の椅子の向こうに、観音開きのドアが見え
るから、その先にも部屋があるのだろう。あれが玄関とは思えない。
 窓ガラスは向かって右手にばかり、三つあった。近寄って、いずれも嵌殺し
だと知れた。かなり分厚い。この部屋を出るには、先に記したドアを通るのが
賢明のようだ。
 外を観察する。室内の明かりのおかげで、さっきよりはよく見えたが、大し
た差はなかった。人影は気配すらなく、ただただ、林が広がっている風だった。
木々は背が高く、おかげで空が僅かしか臨めない。音も聞こえないが、これは
本当に外が静かなのか、建物の防音のせいなのか、分からない。
「この部屋、いや、この建物から出られないとしたら、拉致監禁というやつか。
しかし、武器を持たせたままというのは、軟禁よりも甘い扱いだが」
 窓から離れると、ラジカセをテーブルに置き、銃を取り出した。犯人の意図
が不透明に過ぎる。それでも、身を守るための準備はしておかねば。
 室内をざっと調べて回ったが、ヂエからの指示は見当たらなかった。無論、
外部と連絡を取る、もしくは外部の情報を得るための機械類(電話、テレビ、
ラジオ等々)は一切、ない。
 遠山は、観音開きの戸を見つめた。大股で接近し、向かって左のドアノブに
手を掛ける。回そうと試みると、抵抗感はない。遠山は途中で動作をやめた。

――続く





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