AWC alive(11)(18禁)      佐藤水美


        
#289/1160 ●連載
★タイトル (pot     )  04/06/07  15:02  (390)
alive(11)(18禁)      佐藤水美
★内容
          11

 瞬が合宿から帰ってくる前日だった。
「幹彦くんは、高校を卒業したらどうするつもりなの?」
伯母が夕食後のお茶を入れながら、優しい声で訊いた。
「ずっと気になってたのよ。私もこのところ仕事が忙しくて、ろくに話もできなか
ったでしょ? でも今日はお店もお休みだし、幹彦くんの気持ちをゆっくり聞きた
いと思って」
 口元に笑みを浮かべ、湯気の立つ湯呑みを僕の前に置く。伯父は昨日から出張し
ていて、この家にいるのは伯母と僕のふたりだけだ。
「はあ……」
 珍しいことを言うなと思う。僕が高校へ進学したときは、全てを伯父に任せて自
分は何ひとつ関心を示さなかったのに。
「やりたいこととか、あるの?」
「ええと、やりたいことっていうか……」
 僕は口ごもった。大学で社会福祉学を専攻したいという気持ちを持っていても、
それを将来にどう繋げるかまでは考えが及んでいなかったからだ。
「幹彦くんのことだから、就職より勉強したいのかしら?」
 伯母は僕の向かい側に座り、自分の手元に湯呑みを引き寄せた。
「……はい、勉強がしたいです」
 嘘をついても仕方がない。僕は素直に認めた。
「やっぱりね。伯父さんも、幹彦くんは勉強がしたいって言うに決まってるって言
ってたわ」
「そうですか……」
「行きたいのは大学? それとも専門学校?」
「できれば……大学に……」
「そうよね、どうせ勉強するんだったら大学のほうがいいわよね」
 伯母は大きくうなずいた。
「志望校はどこなの? 幹彦くんはまだ2年生だから、ちょっと気が早いかしら」
「具体的にはまだ決めてません。国公立に行ければとは思ってますけど……」
 私立校は、最初から選択の視野には入っていなかった。理由はただひとつ、学費
が国公立より高いからだ。
「県内ならK県立大学があるわよ。ただあの大学、何年か前にキャンパスを移転し
て、市内から県境の山のほうに行っちゃったのよね。ここから通うとすると、片道
3時間近くかかるんじゃないかしら。いくら何でも遠すぎるわよねえ」
「3時間、ですか」
 往復なら6時間かかる計算になる。1日の睡眠時間と同じじゃないか。僕は心の
中で深いため息を吐いた。
でも、待てよ――伯母は僕が何の勉強をしたいのか、知りたくはないのかな?
「K県立大が駄目なら、県外や都内に出るしかないけれど……。どちらにしても、
通学には時間がかかると思うわ」
「……そうですね」
「どこの大学へ行くとしても、通学に時間がかかりすぎるのはもったいないわ。そ
の分、勉強したほうがいいに決まってますもの。身体だって楽できるし。うちの冴
子や恭一は遠距離通学だったでしょ? 通学時間が短かったら、もっと余裕があっ
たと思うのよね」
 前に身を乗り出して、熱弁をふるう。伯母が僕の気持ちを聞くのではなくて、僕
が伯母の気持ちを聞いているみたいだ。
 通学時間にかこつけて、この人は僕に何を伝えたいのだろうか。それに、現在「遠
距離通学」中の瞬について、ひと言も触れないのはちょっと変だ。まるで瞬の存在
が忘れられているかのようで、僕は不愉快になった。
「確か……瞬の通学時間も長いですよね? 僕から見ると、やっぱり大変だなって
思うんですけど……」
 言わずもがなの台詞だったかもしれないが、口にせずにはいられなかった。
「えっ? ああ、確かにあの子も同じね。別に忘れてたわけじゃないのよ」
 伯母は一瞬、はっとしたような表情を見せたが、すぐに平静さを取り戻した。
「ふたりとも思い切って家から出してよかったわ。通学に時間を取られることが少
なくなって、独立心も養えるんだから良いことずくめよ。恭一なんか、家から通い
たいって言ってたくせに、今じゃひとりのほうが気楽でいいんですって」
 恭一が? 嘘だろ!?
 僕は心の中で叫んだ。あの夜、恭一は確かこう言ったはずだ。
 3月にはこの家を出る。お袋は反対してるけどね。
 お袋は反対してるけどね……。
「伯母さん、ちょっと訊いていいですか? 恭一さんは本当に、家から通いたいと
言ってたんですか?」
「ええ、そうよ」
 伯母は自信たっぷりに答えた。
 あのときの恭一は、自分自身をさらけ出して僕にぶつかってきた。
 調子のいい伯母の言葉と、恭一が眉をしかめて苦しげに吐いた言葉。
 好き嫌いは別として、どちらが真実を語っているかと訊かれたなら……僕は恭一
を選ぶ。少なくとも、彼には嘘を吐く理由がない。
「冴子のときは、伯父さんがすごく反対したのよ。だけど、あの子は気が強いとこ
ろがあるから、結局押し切られちゃってね」
 伯母の真意が、おぼろげながら見えてくる。伯父も伯母と同じ考えを持っている
のだろうか。
 高校を卒業したらこの家を出て行ってくれ。
 僕の読み方で当たっているのかどうか、確かめてみなければ。これはもう、覚悟
を決めるしかない。
「伯母さん、僕の話も聞いてもらえますか?」
 はっきりとした口調で言い、相手の目を真っ直ぐに見据える。目と目が合った瞬
間、先に視線を逸らしたのは伯母のほうだった。
「あら、ごめんなさいね。私ばかりおしゃべりしちゃって。お茶、新しいのに入れ
替えましょうね」
「いえ、結構です」
 思いがけず、語気が強くなる。伯母は僕の湯呑みに伸ばしかけた手を、慌てて引
っ込めた。穏やかだった表情が、次第に硬いものへと変わっていく。
「伯父さんと伯母さんには、本当に感謝しています。両親を亡くして行き場のなく
なった僕を引き取って、ここまで育てて下さいました。本来なら、高校卒業後は就
職して、今まで受けたご恩をお返しするのが筋なのだと思います。でも僕は、どう
しても大学に行きたい。大学で社会福祉学を専攻して、将来は困っている人たちを
助ける仕事がしたいんです。高校時代のように、学費や生活費を援助して下さいと
は言いません。僕自身の力で何とかします、ご迷惑はおかけしません」
「自分で何とかするって言っても……」
「奨学金とアルバイトで賄うようにするつもりです」
「幹彦くん、誰からの援助も受けずに大学へ行くことは、あなたが思ってるほど簡
単なものじゃないのよ。福祉の仕事に就きたいなら、専門学校でもいいんじゃない
の? その気になって探せば、高卒でも出来る仕事だってあるでしょうに」
 伯母は最初から不可能だと決めてかかっているようだった。ため息を吐き、呆れ
たように首を小さく横に振る。
「目標がはっきりしてるなら、大学にこだわらなくてもいいと思うけど」
 それが伯母の本音だとしたら、勉強するには大学のほうがいいという台詞は、い
ったい何のためだったのか。僕は爪が手のひらに食い込むほど、両方の拳を強く握
りしめた。
「こだわっちゃいけませんか? 目標がはっきりしてるからこそ、大学に行きたい
んです。僕の考え方はおかしいですか?」
「そういう意味で言ったんじゃないわ」
「何度も言うようですが、僕は大学に行きたいんです。そのための費用は全額自分
で負担します。後で泣きを入れるようなことは絶対にしません」
「待ってちょうだい、幹彦くん。私が言いたかったのは……」
「卒業したら、僕にはこの家を出て行って欲しい。違いますか?」
 伯母の顔色が変わった。
 僕が言うべき台詞ではなかったのかもしれない。
「……その通りよ。うちの子たちの教育費と生活費で大変なの」
 予想していた言葉とはいえ、実際に聞いてみると、やはりいい気持ちはしなかっ
た。伯父夫婦の実子ではない以上、できるだけ早くこの家を出なければ――それは
伯母に言われるまでもなく、以前から考えていたことだが。
 僕は所詮、厄介者なんだ。
 居場所なんかどこにもない……。
 うつむいて、両方の拳を見つめた。胃のあたりがぎゅっと締めつけられて、吐き
そうになる。
「わかりました。初めから、そうおっしゃって下さればよかったのに。実を言うと
僕も、高校を卒業したら引っ越ししなきゃいけないなって思ってたんです」
 僕は顔を上げ、努めてさっぱりとした調子で言った。
 瞬とのことがバレたわけじゃない。卒業までの約1年8ヶ月、寝る場所とご飯が
確保できたと思えばいい。そう自己説得しても、胸に残る寂しさは消えなかった。
「幹彦くん、あなた納得してくれるの?」
 信じられないとでも言いたげに、伯母は目を大きく見開いた。
「はい。ご心配なら、一筆書きましょうか?」
「そこまでしなくていいわよ」
 伯母は首を横に振り、安堵したような表情を見せた。
「最後にひとつだけ訊きたいことがあります。伯父さんも……伯母さんと同じよう
に思ってるんですか?」
「ええ……あの人ったら、私に嫌な役目を押しつけるんですもの」
 伯母の言葉を聞いた瞬間、足元の床が崩れて、身体が暗い穴の中に吸い込まれて
いくような気がした。胃がシクシクと痛み始める。
 僕は伯母に短いあいさつをすると、すぐに階段を上がり2階へ向かった。部屋に
は戻らず、トイレに直行する。
 便器の蓋を開けた途端、逆流が始まって夕食の中身をぶちまけてしまう。激しい
嘔吐は、胃の中が空っぽになっても終わらなかった。胃液を吐き戻すたびに、涙が
こぼれ落ちる。
 惨めだった。

 次の日は、朝からよく晴れていた。
 上機嫌の伯母は足取りも軽やかに職場へ向かい、僕は青い顔をして食べたばかり
の朝食をトイレに流す。ふらつきながら部屋に戻り、ベッドに身体を横たえると、
ふいに瞬のことが頭に浮かんだ。
 今日、帰ってくるんだった……。
 心の中でそう呟いた途端、天井が滲んで見えた。メガネを外してうつぶせになり、
枕に顔を埋める。声を殺す必要などないのだけれど、感情が抑えられなくなるのが
怖かった。
 僕がこの家を出たら、瞬との関係はどうなるんだろうか。
 今までと同じ、というわけにはいくまい。
 ずっと一緒にいて――昔、瞬が僕に言った言葉だ。そして僕は、瞬の背中に「い
るよ」と書いた。
「くそっ」
 短い悪態を吐き、手の甲で目元をこすりながら起き上がる。ハーフパンツのポケ
ットにキーホルダーと財布を入れ、部屋を出た。階段を駆け下りて玄関へと向かう。
本を読む気にも、勉強をする気にもなれなかった。

 コンビニの壁掛け時計が、午後3時を示している。
 僕は漫画雑誌の立ち読みをやめて外に出た。エアコンで冷え切った身体には、降
り注ぐ真夏の日差しさえも心地よく感じられる。
 駅前の大通りは、デパートや数多くの商店が密集しているせいで、人の波が絶え
ることはほとんどない。僕はその流れに乗って、ゆるゆると駅へ向かった。
 横断歩道を渡りきって真っ直ぐ進むと、北口の改札に通じる階段が見えた。ここ
でも大勢の人々が上ったり下りたりと、実に忙しい。僕は行き来する人たちの邪魔
にならないようにと、階段の脇に身を寄せた。
 ゴオーッという音が頭上から響き渡る。ほどなくして、階段は下りてくる人々で
いっぱいになった。
 様々な人が目の前を通り過ぎていく。僕は壁に背中をくっつけて、階段の上部を
見つめた。
 人の波間に見え隠れしている、日焼けしたひとりの少年。
 伏し目がちに階段を下りてくる彼は、重そうなスポーツバッグを肩に掛けていた。
暑いらしく、歩きながら片手でポロシャツの胸ボタンを外している。
 他人から見れば、どこにでもいるような普通の中学生だろう。けれど、僕にとっ
ては特別な存在だ。
 いつまでも、目を逸らさずに見つめていたい。
 そんなちっぽけな願いごとでさえも、叶わなくなる日がやってくる。
 一生会えなくなると決まったわけじゃないのだけれど……。
 僕はセンチメンタルになりすぎているのだろうか。
 少年が顔を上げて、視線に引かれるようにこちらを向いた。僕と目を合わせた途
端、驚きの表情もあらわに、人の波を斜めに突っ切って下りてくる。
「幹にい!」
 瞬は僕の目の前で立ち止まった。
「どうしたの? いったい……」
「お帰り。迎えに来たんだよ」
 僕は薄く笑って答えた。こうして間近に見てみると、瞬の顔つきは合宿に行く1
週間前より、少しだけ大人びた感じがする。
「……ただいま」
 はにかんだような笑みを見せる。すぐにも抱きしめたいけれど、今は無理だ。
「行こうか。ここにいたら邪魔になる」

 海のほうから湧きあがった黒い雲が、たちまち空全体を覆っていく。猛獣の呻り
にも似た遠雷に追い立てられ、瞬と僕は家へと急いだ。
「もしかして、何かあった?」
 瞬がふいに訊いてくる。
「別に何もないよ。どうしてそんなことを訊くの?」
 一瞬どきりとしたものの、僕は表情を変えずに質問を従弟に投げ返した。家はも
う目の前だ。ポケットを探ってキーホルダーを取り出す。
「だってさあ、幹にいが迎えに来るなんて今までなかったもんな」
「そうだっけ? 前に何回かあっただろ?」
 僕は首をひねった。実のところ、はっきりとした記憶があまりないのだ。
「ないない、絶対ない!」
 いやに自信ありげじゃないか。僕としては肩をすくめるしかない。
「瞬に早く会いたかった、それだけじゃ駄目?」
「駄目じゃないけど……」
「だったらいいじゃん」
 僕が投げやりな調子で答えたとき、空が一段と暗くなった。湿った風が音を立て
て吹きつけ、耳を塞ぎたくなるほど大きな雷鳴が辺りにとどろく。それを合図にで
もしたように、大粒の雨が一気に落ちてきた。
「わっ、すげえ!」
 僕たちは慌てて走り出す。ちょっとしか移動していないにもかかわらず、玄関の
軒下に駆け込んだときは、ふたりとも肩を濡らしていた。
 ドアの鍵を開けて家の中に入ると、むっとするような熱気が押し寄せてくる。こ
こは高台の上で、太陽に近いのだから仕方がない。激しい雨が、日光にあぶられた
家を冷ましてくれるようにと願いつつ、僕は滴に濡れたメガネを外した。Tシャツ
の裾を使ってメガネのレンズを拭い、リビングに入る。
 夕立のせいか部屋の中が薄暗い。僕は壁に手を伸ばして電灯のスイッチを入れた。
「何これ、めっちゃ暑い」
 僕の後に続いた瞬が、不満そうな声を出す。肩にかけたスポーツバッグを床の上
にドスンと置き、早くもポロシャツを脱ぎ捨てた。幼さは残るものの、筋肉がしっ
かりとついて引き締まった上半身が剥き出しになる。滑らかな肌はむらなく日焼け
していて、まさに小麦色といったところだ。
「よく焼けてるなあ」
 メガネをかけ直し、思わず本音を口にする。僕の肌は日に当たるとすぐに赤くな
り、小麦色になるどころか下手をすると火ぶくれができてしまう。色白と言えば聞
こえがいいけれど、それで得をした覚えは1度もない。
「最後の日に、みんなで海に行ったからね。たぶんそのせいだよ」
 僕は瞬の言葉に眉をひそめた。
 こんなにきれいな身体を、他の奴らに見せたのか!
 嫉妬めいた感情が湧き上がるのと同時に、股間が燃えるように熱くなる。
「どうしたの? 俺、何か悪いこと言った?」 
 僕は瞬の問いには答えず、愛おしい恋人の身体を抱き寄せた。
「ねえ、幹に……」
 なおも問いかけようとする唇をキスで塞ぐ。前歯をなめてやると、瞬はあっさり
と歯列を割った。お互いの舌が絡み合うと、僕のペニスはたちまち勃起した。それ
は瞬も同じだったようで、こちらの下腹部に硬くなったものを押しつけてくる。
「んっ……」
 瞬がたまりかねたように声を出す。僕は柔らかな下唇をなめ回し、優しく噛んだ。
そのまま唇を滑らせて、可愛い顎を何度も吸う。
「はあっ……幹……にい……」
「……やりたい?」
 僕は瞬の耳元で低くささやいた。堪えきれずに耳たぶをしゃぶってしまう。
「……うん……早く、しよ……」
 瞬がTシャツの裾をまくり上げる。僕は恋人の身体からいったん手を離して、汗
と雨に濡れたそれを一気に脱いだ。
「幹にい!」
 瞬がいきなりむしゃぶりついてくる。僕はその勢いに押されてよろけてしまい、
とっさにテーブルに手をついた。体勢が崩れたときを狙っていたかのように、瞬は
素早くハーフパンツの紐を解き、トランクスごと引きずり降ろした。勃起したペニ
スが、先走りをしたたらせて剥き出しにされる。
「なめて……」
 僕は足首にからまった服のかたまりを振り捨て、かすれ声で呟いた。粘液にまみ
れたペニスが、ビクビクと動く。
 瞬はひざまずいたか思うと、すぐに僕自身をくわえ込んだ。温かくて少しざらり
とした感触が、裏スジのあたりを這い上がっていく。
「あっ……ああっ……」
 待ちわびた快感だった。全身の毛穴が開いたように汗が噴き出して、心臓の鼓動
が速くなる。瞬の舌がカリを刺激するたびに、どうしようもなく喘いでしまう。僕
は興奮のあまり、瞬の髪をくしゃくしゃにした。
 そんなことをしているうちに、熱い手がお尻の割れ目に伸びてくる。指先が早く
もアヌスを探り当てて、揉むような刺激を加え始めたとき、僕の心に痛みへの恐れ
がきざした。
 あの忘れがたい快感を得るには、猛烈な痛みを堪えねばならない。
 どうする?
「瞬、待って……」
 僕の声が聞こえなかったのか、瞬はペニスとアヌスへの刺激をやめようとしない。
「おい、瞬!」
 瞬の前髪をつかんで、思い切り後ろに引く。瞬が諦めたように口を開くと、濡れ
たペニスが粘液の糸を引きずって現れた。勢いはまだ失われていない。
「何だよ」
 瞬は薄笑いを浮かべて呟いた。アヌスの入り口に指が入っていく。
「あのさ……あっ、はあっ……」
「大丈夫、痛くしないからさ」
 腸の中を探るように指が動く。ペニスから新しい粘液が溢れるように出てくる。
「だ、だから……ここじゃ……、はあっ……ちょ、ちょっと……」
「気持ちいい? 幹にい、もっとハァハァ言ってもいいんだよ」
「ばっ、馬鹿……うあっ……」
 お腹側の腸壁がぐいっと押された。前髪をつかんだ手から力が抜けていく。
「大好きだよ、幹にい」
 瞬はそうささやいて、上目づかいに僕を見た。ペニスに口元を寄せ、舌を伸ばし
て粘液をなめ取る。
「もう1本入れるからね」
 指がいったん引き抜かれたかと思うと、すぐに次の指が入ってくる。増えた分だ
け腸が押し広げられる感じが強い。
「うっ……ああっ……」
「痛い?」
 喘ぎながら首を横に振る。痛みと快感を足して2で割った、というところか。
 指がうごめきながら、さらに奥へと入り込んでいく。腸壁への刺激が強くなるに
つれ、ペニスの硬さが増す。瞬は僕をじらすようにフグリをそっと口に含み、舌で
転がすようになめた。
「……んあっ、ああっ……」
 気が狂いそうだった。早く、あの快感が欲しい。
「幹にい、俺が欲しいの?」
 僕の心の中が読めるみたいだ。
「……うん……ちょうだい……」
 瞬の顔に嬉しそうな笑みが広がる。指が抜かれると同時に、僕は身体の向きを変
えて恋人に背中を向けた。服の擦れ合う音を聞きながら、テーブルに肘をついてお
尻を突き出す。
「やっぱ、やめた」
「……え?」
「幹にいの顔が見えない」
 瞬は低い声で呟くなり、僕の腰に両腕をからめた。
「うわっ!」
 テーブルの縁につかまる暇もなかった。絶え間なく与えられる快楽に身も心も弛
緩しきっていた僕は、易々と床に引き倒されたのだ。
 肩をしたたかに打って、呻き声を上げる。夏用の薄いラグの上とはいえ、衝撃は
やはり強かった。
「こめん。でも俺、やってるときの顔が見たいんだ」
 瞬は僕を仰向けにすると、早くも身体の上にのしかかってきた。唇を吸い、舌と
舌を絡ませる激しいキスが始まる。
 重いけれど、愛おしい。僕は瞬の首に腕を回して抱きしめた。恋人の鼓動が肌に
直接伝わってくる。
「会いたかった……1週間って、長いよな」
 瞬の吐く熱い息が耳元にかかる。意識の底に閉じこめていたものが浮かび上がり、
胸の奥がズキリと痛んだ。
 僕には、伝えなければならない言葉がある。
 だけど、今は……。
 メガネを外して床の上に置き、手の甲で目を覆う。
「幹にい?」
「ちょっと眩しいんだ。電気、消してくれる?」
「でも……」
「全部じゃなくてもいいんだ」
「わかったよ」
 瞬が立ち上がったらしく、身体が急に軽くなる。
 ほどなくして、指の隙間から漏れる光が弱々しい黄色に変わった。いったん遠ざ
かった足音が再びこちらに向かってくる。
「これでいいだろ?」
 手を退けると、間近に少年の顔が見えた。汗に濡れた前髪を額に貼りつかせ、雄
の眼差しで僕を見下ろしている。
「うん。早く入れて」
 瞬は薄く笑い、唇に優しいキスをした。そして後ろに退いたかと思うと、僕の腰
を持ち上げてその下に柔らかい何かを押し入れた。腰の位置が自然に上がる。僕は
自ら両脚を開いて恋人を待った。
 熱を帯びた手が、粘液と唾液にまみれたペニスをつかんで上下動を始める。ぐち
ゅぐちゅという、いやらしい音が耳につく。アヌスに入った指が腸壁を刺激するた
びに、僕は激しく喘いで声を出した。いつの間にか、快感が痛みを越えていたのだ。
 指が再び引き抜かれる。瞬は僕の両脚をさらに持ち上げ、いくらか緩くなったア
ヌスに自分のペニスを挿入した。
「……うっ、うう……」
 身体が硬くなり、冷たい汗がどっと噴き出す。2度めといはえ、やっぱり辛い。
瞬が奥に入れば入るほど、張り裂けそうな痛みがひどくなる。僕はラグに爪を立て、
歯を食いしばった。
「……痛い?」
 夢中で首を横に振った途端、片方の目尻から涙がこぼれてしまう。
「ふうっ……少し止めるよ」
 瞬は僕の中に入ったまま動くのをやめた。その代わり、淫らに濡れたペニスを握
って刺激を与えるようにしごく。
「あっ……」
 思わず声を上げる。痛いのに気持ちがいいなんて、やっぱり変だ。
「力抜いて、楽にして……」
 瞬は優しくささやいてペニスを手放し、僕の両脚を抱えた。腰がゆっくりと前後
に動き出す。力を抜け楽にしろと言われても、痛いものは痛い。
 でも……やめるのは嫌だ。
 瞬と離れるのも、嫌だ。
 溢れる涙が止まらない。薄暗い天井が揺らいで見える。まるで水の底から眺めて
いるみたいじゃないか。
 荒々しい息づかいと共に、腰の動きが次第に激しくなった。
「……瞬、もっと……」
 瞬自身が僕の中を貫くたび、腸壁が強くこすられて熱い痛みを感じる。
 傷だらけになってもいい、めちゃくちゃになりたかった。瞬と繋がっている間だ
けでも悲しいことを忘れたい。
「うっ……」
 低い声が耳をかすめる。僕の中にいる瞬が粘液を放出してビクリと動いた刹那、
痛みが消えて身体が浮き上がるような感覚に包まれた。
「……ああっ!」
 お腹、胸、そして顎に生温かい粘液が飛び散っていく。快感が疾風のように駆け
抜けてしまうと、たちまちアヌスの痛みが戻ってきた。萎えたペニスはすみやかに
引きずり出されたものの、僕は呻き声を上げて、寝返りを打つように身体を横向き
に変えた。セックスの最中はあまり気にならなかったけれど、今は背中までも痺れ
るように痛い。床の上で交わったせいだろう。
「こっち向いてよ」
 瞬はその甘えた声とは裏腹に、僕の肩をつかんで無理矢理仰向けにした。
「……何?」
「ちゃんときれいにしなきゃ」
 瞬はそう言うなり僕の顎をぺろりとなめ、さらに目元を指で拭ってくれた。
 あ、そうか……。
 推測を裏付けるかのように、瞬の舌は胸からお腹へと這っていく。ぐったりとし
たペニスが口の中に含まれたとき、僕はまた声を出してしまった。
「ねえ、幹にい」
 瞬が何の遠慮もなく、僕の上にのしかかってくる。重くて息苦しいし、背中もま
すます痛くなったけれど、僕は文句を言わなかった。
「これから幹にいのこと……幹彦って呼んでもいい?」
 瞬は小さな声で恥ずかしそうに訊いた。セックスのときの大胆さはどこにもない。
「いいよ」
 僕は笑って答え、恋人の背中に腕を回した。
 急がなくてもいい。
 夏は長いんだ、話す機会はいくらでもあるさ……。

                      to be continued





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