AWC 対決の場 28   永山


        
#228/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/03/26  23:57  (176)
対決の場 28   永山
★内容
 素早く押し開けたいのは山々だが、扉の重量が存外あり、ゆっくりとした動
きになってしまったのは仕方がない。軋む音がほとんど立たなかったのは、あ
りがたかった。
 手を壁に這わせると、電灯のスイッチらしき突起に触れた。二つある。
 廊下からのかすかな明かりだけでは、とてもではないが、部屋の中まで照ら
し得ない。その上、玄関のすぐ向こうには、アコーディオンカーテンのような
物が引かれており、見通せなくなっている。
「近野。点けるぞ?」
「ご自由に」
 ひそひそ声でやり取りし、遠山は決断した。
 スイッチを二つ同時に入れる。アコーディオンカーテンの向こうが白くなっ
た。上下の隙間から光が漏れる。
 遠山は息を潜めて、反応を待った。だが、三十秒ほど経過しても、物音一つ
しない。面城が起き出してくるに違いないと踏んでいたが、当てが外れた。腹
を括って、いかにも正当な家宅捜査であるぞという態度に出る。
「えー、面城さん。こんな深夜、熟睡中のところを申し訳ないが、地上では大
騒ぎになってるものでね。ここを調べさせてもらう」
 まだ見ぬ相手に向かって、声を張り上げる。さらに三十秒待ったが、依然と
して無反応。
「面城さーん?」
 警戒を解かず、むしろ強めながら、遠山は歩を進めた。背後では近野が続く
気配。が、不意に立ち止まった。
「俺はここで見張ってる。閉じ込められては万事休すだ」
 近野の意見には頷けるものがあった。遠山は「頼む」と言い残し、アコーデ
ィオンカーテンに手を掛けた。「開けるぞ」と形ばかりの断りを入れ、一気に
カーテンを左側に寄せる。
 乾いた音が走ったが、すぐに静かになった。
 そこは誰が見てもアトリエと分かった。描きかけ(かどうか分からない。絵
の具の乾燥を待っているのかもしれない)の絵の載ったイーゼルが……六つ。
空のイーゼルが二つ。失敗作なのか、無造作に壁に立て掛けられたり、床に放
り出されたりした絵も一枚ずつあった。
 地下室にしては天井が高く、蛍光灯の光も意外に優しい。床は総板張りで、
踏みしても音は全くしなかった。心なしか、空調の音も、室内ではより静かに
なった気がする。
 そして、無人。
 遠山は口笛を吹くときみたいに口をすぼめ、息だけ吐き出した。
(奥に二部屋あると言っていたな。――あれか)
 遠山から見て右手前方の壁に、扉らしき形のラインが入っている。目を凝ら
すと、取手状の物も認識できた。
「近野。俺は奥の部屋を調べるから」
「了解。釈迦に説法だが、注意を怠るな」
 近野の声がよく響いた。
「そっちもな。まさかと思うが、面城は我々の来訪を察知して、前もって外に
出て待ち受けていたのかもしれない」
「分かってる。これだけ狭いと、死角はない。不意を突かれることは絶対にな
いから、心配するな」
 そう言われても、近野も一民間人であり、遠山は守る義務があると考えてい
た。心配を消し去るのは無理だ。が、ここは進む他なかった。注意を払いつつ、
なるべく素早く行動する。
 第二の扉まで来た遠山は、今度は最初から取手を掴んだ。開くものと信じて
疑わなかったが、またも予想を裏切られた。
「開かない? ということは、この中に隠れているのか、面城?」
 歯がみして、扉を見上げた遠山。先の扉と違い、木材でできているようだ。
軽く叩いてみて、厚さも大したことはない気がする。ぶち破るか……いや、待
てと考え直す。麻宮の言葉を思い出したのだ。
(防音がしっかりしている、とか言っていたな。それに二部屋あるとも。つま
り、この扉の向こうにもう一枚扉が存在し、その奥にも部屋がある。そこを寝
室にしていたら、俺達の声に気付かず、高いびきって訳なのか?)
 勇み足の可能性も皆無ではないということだ。ここは最低限、一度はノック
して意思表示すべき。遠山は控え目に扉を叩いた。
「面城さん? お休みのところを申し訳ないが、殺人事件捜査のため、調べさ
せてもらいたい。開けてくれないか?」
 声を張り上げ、反応を待つ。銃は仕舞わず、構えず、どのようにでも対処で
きるようにする。
 人の動く気配は感じられない。当然、解錠の音もしない。声すら返って来な
かった。
「破るか」
 決意を声に出す遠山。今来た方角を振り返った。近野の姿は、遠山の立つ位
置からは見えなかった。彼を呼んで二人がかりでぶつかる方が早いに違いない
が、見張りを中止するのも危険な気がする。
「近野! これからこのドアを破る。大きな物音がするが、気にしないでくれ」
「――ああ、分かった! 一人でいいのか?」
「木でできてるから多分、大丈夫だ!」
 遠山は銃を仕舞い、扉から距離を取った。ドラマで見たことのあるシーンを、
まさか自分が再現するとは思いもよらず、ふっと苦笑が出る。
 気合いの叫びを短く吐き、突進。一度目で、扉に割れ目ができた。こいつは
楽勝だと意を強くし、下がると、再び体当たり。すると今度は、扉全体がぱー
んと音を立てて、内側に開いた。抵抗が不意になくなったため、室内に倒れ込
んだ遠山は急いで体勢を立て直し、片膝をついた状態で反射的に銃に手をやる。
上下左右と目線を振るが、はっきり見通せない。明かりは橙色の予備灯が点く
のみで、あとは最初の間からの光が頼み。遠山は立ち上がり、壁を探った。見
つけたスイッチを入れると、思惑通り、明るくなった。
 ここは画材置き場らしかった。焦げ茶色の木の棚や灰色をしたロッカーが三
方の壁に配され、様々な物が詰まっている。空きスペースには段ボール箱が載
り、巻物風に丸めた紙を挿してあるのが見えた。窮屈な印象を受けるものの、
全体に整理整頓されている。面城の性格が垣間見える……いや、麻宮が手伝っ
たかもしれない。小さなことに嫉妬を覚えなくもない。
 そんなくだらない感情を打ち消そうと、頭を振った遠山は、背中を何かが叩
くことに気付いた。雨が肩に当たる感覚に近かった。
 反射的に振り返った。目に飛び込んできたのは、赤いシャワー。
「う、うわあっ!」
 みっともなくも悲鳴を上げた。
 ドアの近辺が赤く染まっていた。その原因のシャワーは、今も弱々しくだが
続いている。
 扉の枠のすぐ上に、人間が一人、逆さまに固定されていた。首から下(現時
点の状況で言えば上だが)が寝袋に入っている。黒の寝袋ごと何重かに縛られ
ていた。男だ。猿轡がされていた。こちらに向けた顔は……。
「い、伊盛」
 行方不明だった伊盛。有力容疑者の一人。それに酷似した面相の男が、奇妙
な格好で死に直面している。頚動脈の辺りを鋭く裂かれ、血を噴水のごとく飛
ばして。
 遠山は、動けなかった。
 扉の上端に、銀に光る物が取り付けてあるのを発見したせい、かもしれない。
(な、何なんだ、これは……。あの、ドアに付いてるのは、刃物? ま、まさ
か、俺がドアを破ったせいで、凶器が伊盛の喉を切り裂いた?)
 刃物らしきそれは、途中で直角に折れ曲がっていた。男の喉を切り裂くのに
ちょうどいい具合に。
(た、助けねば)
 ようやく思い当たった遠山は、自分がいつの間にか尻餅をついていたことに
驚きながらも、立ち上がった。まだがくがくする足を、両手で強く叩いて、必
死に歩を進める。乱れた呼吸の音が、己の耳に、とても大きく聞こえる。
 一人ではとても降ろせそうにない。道具と人手がほしい。
「近野。来てくれ」
 声を振り絞ったつもりだったのに、実際は小さな音量で、しかも掠れていた。
 遠山は口を開けたまま、室内をうつろな目で見回した。左隅に、青色の脚立
を捉える。物音を立て、そちらに進み、脚立にすがりついた。金属のひんやり
とした感覚で、平常心をどうにか取り戻す。
「くそっ」
 脚立を脇に抱え、ドアまで引き返す。足場を確保してから昇りつつ、血塗れ
の男に声を掛けた。
「おい、伊盛! しっかりしろ! 死ぬな!」

 完敗だ……。
 まだ認めたくない気持ちが残っているのか、声にこそ出さなかった。
 だが、脳が遠山にその言葉を吐かせたのは紛れもない事実だった。
 地下室で発生した変事は、結局、新たな犠牲者を出してしまった。物音やら
叫び声やらで異状を察知した近野が駆けつけ、遠山と二人がかりで逆さ吊りの
男を下ろしたが、彼の命を救うには至らなかった。失われた血が多すぎた。長
時間、頭が下向きだったのも遠因となったであろう。
 午前四時半。睡魔すら居眠りを始めたのか、遠山の目は爛々としていた。悪
い意味で精神が活性化されているような感覚がある。
「連れて来たぞ」
 近野が言った。彼もまた目が異様な感じでぎらついている。“殺人ドア”を
開けた遠山ほどではないにしても、受けたショックは大きいのかもしれない。
 その近野が連れて来たのは、麻宮レミ。今や、面城が容疑者のトップに躍り
出た。面城のパトロンたる彼女に話を聞くのは、至極当然。再三再四に渡って
全員を起こす訳に行かないという事情があるにせよ、現段階では充分すぎる重
要参考人だった。
 遠山は宛われた部屋で、嶺澤の他、近野にも加わってもらって、麻宮を問い
質すつもりでいた。事態がここまで悪化しているにも関わらず、遠山には自信
がなかったのだ。そう、もし一人で彼女を尋問したら、情に流されてしまう予
感が僅かながらある。そこで、男三人掛かりで臨むやり方を選んだ。
「また事件? 人が死んだ?」
 寝起の麻宮は、化粧気こそないが、身支度はきちんとしていた。もしかする
と、寝付けず、起きて何かしていたとも考えられる。
「ひどい言われよう。ご挨拶だなと憤慨したところだが、事実はひっくり返せ
ない」
 自分の正面やや右寄りに麻宮を座らせると、ハイテンションである今の遠山
は、軽口で始めた。
 麻宮の方は、表情を微かに変化させ、驚いたようだったが、それ以上警察を
非難する台詞は口にしなかった。
「死んだのは誰」
「伊盛善亮だ。行方が分からないと思っていたら、地下室にいた」
「え?」
 驚きの度合いが違う。先ほどよりも明らかに動揺した様子で、麻宮は正座の
姿勢から腰を浮かした。
「あなた達、地下室に入った? 入れたの?」
「さっき入った。私と近野とでね。鍵は開いていた」
 開いていなかったらどうするつもりだったかは、言わないでおく。
「何故?」
「面城薫に会っておきたかった。彼の身の安全を確認すると同時に、地下室が
行方不明者の幽閉場所に使われていないか、どうしても調べねばならなかった」
「私に断りもなく、ね」
「何度もお願いしたはずだよ。それに、頼んでも許可してくれそうにないと思
ったから……。が、この行動が新たな被害者を作り出すとは、全く……」
 責任と無念と情けなさと。色々なものを感じ、言葉が詰まる遠山。短い歯ぎ
しりをした。音は多分、他のみんなに聞こえただろう。
「アトリエが殺人現場になったのね。大変だわ。彼の活動に差し支えが。見に
行かないと」
 今度は本当に立ち上がる麻宮を、遠山も一緒に立って、押し止めた。近野が
出入口を固めている。ちなみに嶺澤は書記役だ。
「待ってくれ。現場の状況を見てもらってもいい。けれど、今は面城薫だ。面
城から話を聞きたい。だが、彼の姿は地下室のどこにもなかった」
「な、何ですって」

――続く





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