#571/571 ●短編
★タイトル (AZA ) 26/02/28 13:46 ( 80)
余所のお題>書き出し指定>〇〇には三分以内に 〜 永山
★内容
余所のお題>書き出し指定>〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった
角田《つのだ》には三分以内にやらなければならないことがあった。遅くとも三分後
にはここを発ち、駅に向かう必要がある。そしてプラットフォームに滑り込んできた電
車に乗り、自宅に戻れさえすれば、アリバイが確保できるのだ。
このときのために、久しぶりに腕時計を装着した。携帯端末よりも素早く時刻を確認
できると踏んでのことだ。腕時計は正確に時を刻んでおり、狂いや電池切れの心配はな
い。
(指紋は別に残っていてもかまわない。よほど不自然な場所じゃない限り、以前この部
屋を訪れたときに着いたのだとすれば済む。問題は髪の毛だ。こいつと来たら、相変わ
らずきれい好きだったようだからな)
先ほど、撲殺したばかりの男を見下ろす。山内《やまうち》は潔癖症とまでは行かな
いまでも、きれい好きで通っており、暇さえあれば自宅の掃除をしている。そんな性質
の男の部屋に、髪の毛が落ちていたら目立つ。
(掃除した日時を山内が記録しているとは思えないが、もし仮に警察がこの部屋を調べ
て、私の毛髪が見付かったとしたら、昨日よりも前に訪問した際に落ちたんでしょうと
主張しても、認められまい)
角田はこの日に備え、なるべく髪を伸ばしてきた。さらに毛先を軽く脱色して茶色が
かったようにもしている。すべては、落ちた自分の毛を見付け易くするため。無論、髪
の毛をすっぽり覆えるサイズの帽子を被っては来たが、毛髪が落ちるのを完全に防げる
との確信は持てなかった。実際、犯行の際には帽子が脱げて、床に落ちてしまった。
(危惧したほどは、落ちなかったみたいだ)
帽子をきつく被り直したあと、手早く三本拾い上げた時点でそう思い始め、その後二
分近くを要して探したが、四本目が見付かることはなかった。角田は、自分の特徴的な
髪をすべて回収し終えたと確信が持てた。
(見付け易かったのは、ある意味、山内がきれいに掃除をしていたおかげでもある。し
かし、そのせいで毛髪ごときに細心の注意を払わねばならなかった訳だ。卵が先かニワ
トリが先か論争みたいなものか。ま、どうだっていい。ぼちぼち立ち去らねば)
腕時計を見た。あと二十秒ある。ざっと最終確認をして、玄関に向かった。計画通り
に事は運んだ。まだ途中ではあるが、とりあえず一安心すると口元に勝手に笑みが浮か
ぶ。
速やかに外に出て、ドアを閉めると、そのまま振り返ることなく往来へ向かう。タイ
ムスケジュールには余裕を持たせてある。下手に走っては、周囲の目を集めかねない。
駅や道端の防犯カメラに映っても大丈夫なよう、軽く変装をしているが、それでも人目
に付かないに越したことないだろう。ゆったりと歩いても間に合うはず。ただ、分かっ
てはいても、気持ち、早足になるのは仕方がなかった。
線路沿いの道路まで辿り着いたところで、念のため、時間のチェック。問題ない。歩
きながら、携帯端末を取り出し、鉄道各社の遅延情報を見る。これもまた問題は発生し
ていなかった。
(この路線は、事故率が極めて低いが、万が一、何らかの原因で遅れが出た場合は、B
プラン。もう一つの鉄道の駅に向かえば大丈夫。両方の路線で、同時に遅延が発生する
なんて、まずあり得ない)
計画を思い返し、ほくそ笑んだ。
と、そのとき。
「!」
足元から地鳴りと小さな揺れが伝わってきた。程なくして、それは大きな大きな振動
へと変化する。
「ちくしょう……」
角田は思わず口走っていた。
三十秒くらいだったか、立っていられないほどの揺れに襲われた。もちろん、単に遅
れが三十秒程度なら、計画に支障を来すことはない。だが、ことは地震だ。すべての鉄
道が一斉に停まるのは確実。だめ元で携帯端末による確認を試みたが、もうつながらな
くなっていた。
「タクシーを拾う……無理か」
ぽつぽつとではあるが、倒壊した家がある。道路が塞がれているのも確実だろう。そ
もそも、角田から見える範囲でも、道のあちらこちらにひび割れが出来ていた。
(何てこった)
消防車や救急車の音を遠くに聞きつつ、角田は歯がみした。
(計画が台無しだ。まさか、こんなに大きな地震が、このタイミングで起きるなんて。
ああ、このまま山内の遺体が見付かったら、現場近くにいた私は真っ先に疑われる。だ
いたい、大きな地震が起きると分かっていたら、もっと殺し方を工夫したのに! 地震
による事故死に見せ掛けるくらい、簡単だろうに)
そこまで考えた角田は、ふと冷静に立ち返った。
今からでも何とかならないか?と。
(犯行現場に戻るのは危険な行為だ。しかし、あの近所だけじゃなく、誰も彼もが混乱
し、右往左往しているだろう。私の存在など、気に留めまい。幸いと言っていいのか、
山内の死因は撲殺。地震による揺れで、何かが頭に落下し、死に至ったと見なされるよ
うに細工できるんじゃないか? あいつの家が倒壊してなければ、部屋に入ることさえ
できれば、どうにかなる。少なくとも、様子を見に行くだけの価値はあるぞ、絶対)
そうして今来たコースを引き返した角田は、山内の一軒家が何事もなかったように建
っているのを視認した。
(よし、いいぞ)
角田はまた帽子を被り直し、俯きがちな姿勢を取って、山内の家に入っていった。
直後に、最初の揺れに匹敵する地震が起き、倒壊した家屋の下敷きになって、命を落
とすとも知らずに。
終