AWC 猫は手を貸してくれる?   永山


        
#543/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  23/10/09  20:05  (108)
猫は手を貸してくれる?   永山
★内容
 ラノだけが友達だった。
 母は離婚してしばらくは悲劇のヒロイン気分を味わい、そこからは男を見付けては同
棲して、貢いで、捨てられるを繰り返した。確か四度目ぐらいで懲りたのか、暴力的で
はない男を見付けてきた。私に対しても、男は当初、優しかった。お小遣いをくれた
し、車で色んな所に連れて行ってくれたりもした。だから私も男のヘビースモーカーぶ
りには目を瞑り、吸い殻で一杯になった――水を少し溜めて確実に火を消せるようにし
た――灰皿を片付けるのも、嫌がらずにやった。
 だけど、それは錯覚だった。その男は母には暴力的ではなかったが、私には違った。
優しかったのはほんの短い間だけ。男の機嫌のよさそうなときに、私がたばこをちょっ
と減らしてくれないかなあ的な願いを言った途端、口汚く罵られ、小突かれた。以来、
少しでも意に沿わない言動を私がすると、すぐ手が出るようになった。暴力はそれだけ
にとどまらず、頭に「性」の字を付けた暴力もたまにしてきた。母は何にもしてくれな
い。身代わりに私を差し出して、自分だけ助かろうとしているように見えた。
 家庭のことが漏れ伝わるせいか、学校の友達は私と一緒にいるのが怖くなったみた
い。もしかしたら家族の人から言われたのかな。あんな家の子と遊んじゃだめって。ど
んどん減っていき、ゼロになった。
 私の話し相手は、下校のときに通り掛かる原っぱにいるラノだけになった。一匹の野
良猫だ。初めて見掛けたときは汚れて灰色だったけれども、雨に打たれて水で流された
あとは、見違えるようにきれいな白猫になった。でも凄く活動的なラノは、すぐにまた
汚れてしまう。喉のところに細い首輪の名残があったから、以前は飼われていたらしい
のに、人間を見ると立ち去るか、威嚇してくることがほとんどだった。元の飼い主に酷
い目に遭わされ、挙げ句に捨てられたのかもしれない。
 そんなラノが私にだけは懐いた。私から餌をあげた訳でもないのに、最初っからすり
寄ってきた。お互いにシンパシーを感じたから、なんて思わない。ただ、嬉しかった。
 下校途中のラノとの時間は、私にとってかけがえのないものになっていた。ラノと一
緒にいればいるほど、癒やされ、回復する気がした。回復することで、そのあと帰宅し
てからのあれやこれやにも耐えられたんだ。

 でも。
 ある晩、耐えられない出来事が起きた。正確にはまだ実際には起きていない。男と母
が会話しているのを、たまたま盗み聞きし、二人が何を考えているのかを知った。
 男は販売ルートを見付けてきたから、制作に取り掛かろうと言った。母は男の指示
で、撮影は安物でも大丈夫だが照明器具はちゃんとしたのを揃えることに同意してい
た。そのあと断片的に聞こえた単語から、二人が私を撮ろうとしていると分かった。具
体的には書くまい。おかしくなりそうだから。その撮影の結果、私が自殺を選んでも二
人はお金が手に入るように、生命保険を掛けたらしい。保険会社から怪しまれないよ
う、母と男もそれぞれ掛けて余計に金が掛かったと苦笑いしていた。
 私は当然、逃げようと思った。だけど、どこに? 当てがまったくない。先生に相談
してもまともに取り合ってもらえるだろうか。元の友達に言っても、助けてくれるか分
からない。親戚なんて一人も知らない。あとは……警察? 何かが起きてからじゃない
と動いてくれないって、母が言っていた気がする。起きてからなんて嫌。意味がない。
 相談相手のいない私は、ラノに話した。
 ラノは大きな石の上にくるっと丸まって座ると、黙って最後まで聞いてくれた。時
折、顔を上げて何かを考える風に、中空を見つめていた気がする。
 そして私は、胸の内の思いも吐き出し、やがて話し終わった。ラノは当然、何も返事
しない。それでもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気が晴れて、家への道を重い足取
りで向かおうとした。撮影があるのは今夜かもしれない、明日かもしれない。
 そのとき、背中の方から声が聞こえたように思った。
『二人を殺しましょう。手伝うから』
 振り返った先で、ラノは大きなあくびをしていた。

 ラノが話し掛けてきたのではないことくらい、分かっていた。それでも私は背中を押
された気分になって、計画をたちまちの内に作り上げた。
 私の家は古い社宅の平屋で、壁の足元には風を通すための小さな窓がいくつか着いて
いる。開けても間隔の狭い格子があるし、そもそもそのサイズから言って小さな子供だ
って通り抜けはできない。けれども、猫ならできる。
 そして通風窓の外には、ちょうどいい具合に植え込みがあって、往来からの目隠しに
なる。私のような子供が通風窓の前でごそごそと何かやっていても、誰も気付かない。
 私は母が男を殺し、そのあと自殺したように見せ掛けることにした。風邪薬等を集
め、男の口にするお酒や食べ物に溶かし込み、食べさせると意識を失ったんじゃないか
っていうくらいの勢いで、熟睡を始めた。薬とお酒の効き目で稀にこのまま死んでしま
うこともあるみたいだけども、そんな幸運には期待しない。私は母の目を盗み、包丁を
持ち出すと、眠っている男の頸動脈を切り裂いた。返り血対策として、大きな大きな透
明のビル袋で、私自身をすっぽり包んで。
 短いけど大きな悲鳴を聞いて飛んできた母のお腹に、同じ包丁を突き立てる。可能で
あれば首吊りに偽装したかったんだけど、意外とばれやすいそうだし、私の他一家腕は
無理と思った。だから包丁で死んでね。ドラマで覚えたためらい傷は、すぐあとで付け
るから、今は一撃で絶命させることに集中する。
 数分後、どうにかうまく行った、と思う。返り血を浴びたビニールから出ると、その
ビニールを別のゴミ袋に仕舞い込む。それから必要な物を持って、外に出て、鍵を掛け
る。家は密室状態になった。もちろん、壁の足元の通気窓は一つだけ、施錠せずにして
ある。私は原っぱから前もって連れて来ていたラノを、抱き上げた。外で大人しくして
いたラノは、嬉しそうに、“にゃあ”と鳴いた。そんな愛らしい猫のラノに私は、前に
何度か練習した通りのことをやってよとお願いし、通気窓の所へ連れて行った。
 ラノは家の鍵をくわえたまま、通気窓の隙間から室内に侵入。血だまりを踏むことな
く、タンスへと一直線に向かった。そして予め開け放しておいた中程の抽斗に、ジャン
プしてぽんと乗ると、鍵をぽとりと落とす。鍵を受け止めた抽斗を、ラノは両後ろ足で
蹴って、再びジャンプ。床に降り立った。一方、抽斗は蹴られた勢いでうまい具合に閉
まった。
 ラノは万事うまく行っていることを知ってか知らずか、とことこと澄ました足取りで
同じルートを引き返して来た。
 おいで。口の動きだけで声は出さずに呼ぶと、ラノは格子の間をするりと抜けた。よ
くやったと耳元で囁く。その瞬間、異臭が鼻を突いた。これはたばこ? ラノの脇を支
えたまま、距離を取ってよく見ると、足が若干濡れていた。それに白い毛に茶色い飛沫
が点々とある。私は気付いていなかったけれども、灰皿の中の水が床かテーブルにこぼ
れ、それをラノが踏んだみたい。思わず、顔をしかめた。
 途端にラノが“ふぎゃー!”って叫んで暴れ出したの。こんなの初めてだったから、
慌てちゃって。すぐ放せばよかったのに、落ち着かせようとしてしまった。おかげで腕
を何度か引っ掻かれ、傷ができた。
「ごめん、ラノ。よっぽど怖い顔してたのね、さっきの私。目標を達成して、興奮して
いたかもしれないし」
 痛みを我慢し、猫に目線を合わせるためにしゃがんで、手招きする。でもラノはくる
りと向きを変え、とっとと歩き去ってしまった。原っぱの方向だったから、敢えて追い
掛けはしなかった。いつでも会える。
 当面の問題は、腕の引っ掻き傷だ。猫にやられたと分かれば、密室にした方法に思い
当たる人が出て来るかもしれない。隠さなきゃ。幸い、もう肌寒い季節になる。長袖を
着ればいい。……でも、母達が死んだことで警察が来て、虐待の有無を調べるために、
身体検査されるかもしれない。まずいわ。この傷の上から火傷をすれば隠せるだろう
か。家は密室にしてしまったから入れない。どこか他の場所……学校の理科室とか?
 そこまで考えた私は、息苦しさを覚えた。呼吸が乱れている。脈も速く、額やこめか
みには脂汗が浮き、じきにたらりたらりと垂れてきた。立ち上がると、めまいまで襲っ
てきた。
 おかしい。恐ろしい計画を立てているときだって、こんな変なことにはならなかった
のに、何で今?
 遠くなる意識の中で、私はサスペンスドラマで見たあることを思い出していた。
 たばこの成分、ニコチンが体内に入ったら、死ぬ恐れがあるって――。

 終





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