AWC そばにいるだけで 54−5(文化祭編−前)   寺嶋公香


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#5285/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/11/30  00:24  (200)
そばにいるだけで 54−5(文化祭編−前)   寺嶋公香
★内容                                         04/04/11 11:23 修正 第2版
「超高級な店に連れて行かれると思っていただろ。堅苦しくて、マナーにうる
さいような」
「はい。星崎さんも、そういう口振りじゃなかったですか?」
「味は最高級と保証したまでさ。肩を凝らせるために、料理店に入る趣味はな
いんだ。ここはね、常識を持って振る舞っていれば、全然堅苦しくないよ」
「はは、それじゃ、ひとまず安心して食べることに集中できます」
 言いながら、水を口に運ぶ。知らない内に唇が乾いていた。どこかで緊張し
ているのかもしれない。
「すぐにメインディッシュも来るけど、食べ始めようか」
「はい。いただきます」
 純子はそう応じて、手を合わせ、目をつむった。
 目を開くと、また星崎がおかしそうに、今にも吹き出しそうに口元をひくつ
かせていた。
「……そんなに、おかしいでしょうか?」
「笑ってはいないよ」
「笑ってますよ」
「うん、だってねえ、やっぱり珍しいもの。親のしつけかい?」
「しつけが半分で、あとの半分は、友達からの影響ですね」
 相羽の顔を脳裏に浮かべながら、純子は笑み混じりに答えた。
 ようやく料理に手を着け始める。スープをすすってみて、結構びっくりして
しまった。凄く濃くて、風味が豊か。だけど、味が舌にいつまでも残ることは
なく、さっぱりしている。
「おいしいっ」
「それはよかった。ところで、ライスとパンは、ライスにしたんだけど、よか
ったかな」
「あ、そうだったんですか。……パンがよかったんですけど、かまいません」
 ご飯もパンも好きだ。ただ、ご飯の方がお腹によく入るから、太ってしまい
かねない。今日は多く食べてみせなければならないだろうから、モデルの仕事
に間接的に影響が出るかも。
「パン派? それはいけないなあ。肉も米もたっぷり食わないと。元々、君を
食事に誘ったのは、その華奢な身体をたくましくしてやろうという親心、いや、
先輩心からなんだよ」
「す、すみません」
「――そうだ」
 肩を縮こまらせた純子の前で、いたずらを思い付いた小学生みたく、目を輝
かせた星崎。
「パンも追加していい。その代わり、パンもライスも、きれいに平らげること。
これでどうかな?」
「そんなぁ。プロダクションから怒られてしまいます」
「体重かい? 大丈夫だって。運動すれば、すぐに落ちる。若いんだから」
「ひと事だと思って」
「ははは。実際、ひと事だもの」
 純子ががっくりと頭を垂れた隙に、星崎は本当にパンを注文してしまった。
焼き立てを持ってくるようにとまで指示する。
「あ、あの!」
「いいから、一口でも食べてみなさいっての。焼き立ては特にうまいんだ、こ
れが。胡桃入りでね」
「……」
 二つにちぎったときのふんわりとした手触り、そこから立ち昇る白い湯気、
そして香り。しかも、大好きな胡桃入り。想像すると、味見しておきたい気持
ちが、一挙に大きくなった。
(少しくらいなら、食べ過ぎても大丈夫よね)
 理路整然とは正反対の位置で純子は自分を納得させ、否、丸め込んだ。
 ほどなく、ライスとパンとステーキが運ばれてきた。純子は通路側に背中を
向けているので、テーブルに置かれるまで分からなかったが、ステーキの肉が
見たことのない厚さだった。しかも、上から見た面積も相当ある。南米大陸に
厚化粧を施したみたいな形だ。
 純子は星崎に声を掛け、同時にステーキを指差した。
「これ……」
「遠慮なく、食べてくれよ」
「あの……」
「最初は、ソースのかかっていないところを食べてみて、肉本来の味を確かめ
るのが通だっていう人がいるんだ。大先輩の、イニシャルTって人。ふふふ、
まあ、そんなのどうでもいいよな」
「大きすぎると思うんですが」
「ん?」
 すでに頬張り始めていた星崎。急いで飲み込むのに苦労して、口元を拭った。
「だから、それぐらい食べてもらわないと、僕の目的が達成できない」
「でも」
「別に、太らせようと思って言ってるんじゃないぜ」
 星崎は笑いながら言ったが、純子の方は笑い事でなかった。
(残すわけにいかないだろうなぁ……これ全部食べたら、お腹がぱんぱんにな
るのは間違いないわ)
 体重云々どころではない気がしてきた。
「たっぷり食べて、スタミナつけて。君の身体つきを見てると、そうでもしな
いと、この世界、乗り切っていけないんじゃないかって、心配になってくるよ」
「そ、そう思いますか?」
「思うと言うか、見える。今はまだいいかもしれないけれど、スケジュールに
忙殺されるようなことになったら、恐らく、保たないんじゃないかなって。コ
ンサートで全国ツアーとかさ。九州から北海道に、日を空けずに回ることもあ
るんだよ」
 言われても具体的にイメージできないが、きつそうなことだけは分かる。
「そうだ、前から気になっていたことだけど、久住君は声が細いね」
「え?」
「まるで女の子みたい。ああ、怒らないで。声の質が、というだけだから」
 純子が顔色を変えたのを、星崎は別の意味に解釈したようだ。慌てた態度で
首を振る。
「鷲宇さんの曲作りは君の声にぴったりあったもので、僕が口出しするような
領域じゃないと思うけれど、君だってその内、他のアーティストの歌も唱わな
ければいけない場面とか、あるかもしれないじゃない。そうなったら、腹の底
から声を出して自分を主張する必要なんかも、出て来るだろ」
「はい……」
「だから、そのためにもたくさん食べて、パワーの源にしなきゃ!」
 腕を伸ばしてきた星崎に、肩口を二度叩かれた。突然のことに、せき込んで
しまう。
「ああ、ごめんごめん。でも、本当に華奢だなあ」
「わ、分かりました。食べます」
 腹をくくった純子。星崎の言に、部分的にではあるが、うなずけるものを感
じたせいもある。
 最初に口へ放り込んだ肉は、噛まなくてよさそうなほど柔らかかった。

「ああ、おいしかった。もう、お腹いっぱい。冗談抜きに、限界です」
 ナイフとフォークを置き、背もたれに身体を預けた純子。料理はきれいに平
らげられていた。自分でも不思議なくらい、スムーズに入った。それだけおい
しかったということに違いない。
 純子は水を一口飲んでから、手を合わせると、「ごちそうさま」と唱えた。
 すると正面の星崎も呼応して、同じように「ごちそうさま」。
「ふむ。食事の前後できちんと挨拶するのも、なかなか悪くないな」
 楽しそうに、独りごちる。それから、テーブルの上に身を乗り出してきた。
「ところで、ごちそうさまのあとで悪いんだが、デザートも来るよ」
「え」
「限界というのなら、ストップしてもらえなくもないが」
「ほ、星崎さんがごちそうしてくださるのなら、食べます」
 そう言って、背もたれから身体を引き剥がす純子。
「ははは。別腹というわけか」
 星崎は、純子が久住に扮しているときは言わないように心掛けている単語を、
あっさり口にした。
(男の人でも、別腹って言うんだ?)
 以前、映画撮影で久住になっている際に、「アイスは別腹ですから」ぽろっ
と言ったら、その場にいた数人から変な風に見られた。スタイリストの人が言
うには、「男で別腹って言う人、初めて見ました」とのこと。男なら、別腹な
んて言わず、平気でぱくぱく食べる物らしい。
 と、そのときは認識したのだが、どうやら事実は違ったようだ。
「ただ、少し、間を置いてください」
 頼んで、再び水を口に運ぶ。喉に液体を通し、気分だけでもすっきりさせて
おこう。
「分かったよ。デザートはしばらくしてからにしよう」
 星崎の視線が動き、純子の手の甲に行き着いた。
「前も言ったかもしれないが……久住君は本当にきれいな手肌をしているね。
まるで、女の子みたい。何度でも言いたくなるな」
「――っ」
 水を吹き出しそうになるも、必死にこらえた。その代わりに、またもやせき
込んでしまう。男物のハンカチを取り出し、口元を押さえる。できるものなら、
手も覆い隠したいのだが、そんな真似をすれば怪しまれるだけなので、しない。
 星崎はお構いなしに話し続ける。
「他にも、線は細いし、声は高いし。あ、これもさっき言ったっけ」
「星崎さんっ」
「しーっ。静かにね」
 人差し指一本を唇に近づけ、ウィンクする星崎。辺りを見渡す格好を、大げ
さな動作でしてみせ、
「他にお客がいないからよかったけど、いたら、ひんしゅくものだよ」
「すみません……」
 首をすくめ、ハンカチを置く純子。でも、と気を取り直して、通常の声量で
抗議する。
「僕が女みたいだって言うから」
「そこまでは言ってない。女にするには、胸の辺りがね。ちょっと寂しいかな」
(ひどい!)
 内心で叫ぶと同時に、不機嫌な面相になった。余計なことを口走らないよう、
唇を上下しっかり結んでいると、今度は頬が少し膨らんだようだ。
「ど、どうして、そんな顔をするのさ。言うまでもなく、僕は、久住君を男だ
と認めているよ」
「あ」
 言われて我に返り、表情を取り繕う。冷や汗を覚えながらの、苦しい笑みに
変化した。
(いけない、いけない。冷静にならなくちゃ)
 寒さや冷たさを連想できる単語を思い浮かべる。心を鎮め、冷静になるおま
じないとして、漫画に出ていたものだ。ギャグのはずが案外効果がある。
「僕はこれでも、この肌、この身体を維持するために、血の滲むような努力を
してるんですけどね。声については、言うまでもありません」
 冷静になれたところで、自信を持って言い切る。そのあと、にこっと微笑ん
だ。相手の星崎はほんのわずかの時間、戸惑った様子で瞬きの回数を増やした
が、やがて首肯すること三度。
「変な言い方をして、すまなかったね。うーん、どう言えばいいのか……、そ
う、中性的な魅力があるんだ、君には」
 自分の言い方に満足したか、拳で手の平を叩く星崎。純子は澄まして応じた。
「中性的。それならいいです。でも、今夜は星崎さんのおかげで、バランスが
崩れてしまいそう」
「あれだけおいしそうに食べておいて、それはないよ」
 ひとしきり笑って、話題はお互いの仕事に移った。
「僕はねえ、心ならずも、また歌手活動に力を入れることになってしまって。
方針だから、従うほかないんだけれど」
 星崎が憂鬱そうに言い、頬杖をついた。軽くアルコールが入って、上気した
目をしている。気持ちよさげだ。
「星崎さんは歌だって、いいと思います。実際に売れてるというだけじゃなく」
「嬉しいな。お世辞じゃない?」
「もちろん、本心ですよ。ただ、歌以上に、演技力が凄いから……」
「歌はやめておけ、と」
「ち、違います。わ、僕は、星崎さん主演の物語を、もっと見てみたい」
 慌てると、「私」と言いそうになる。純子は気を引き締め、言葉を重ねた。
「歌は歌で、どんどん出していってほしい。それだけ」
「どうもありがと。あーあ、そうなんだよなあ。どちらかを取るなら、絶対、
俳優の方だと、僕自身も信じてるんだが」
 語尾を濁し、現実はなかなか思い通りにならないとでも言いたげに、左右に
首を振る。
「久住君は当然、歌が専門だと思って、やってるんだよね? これから顔を合
わせる機会が増えるといいな。歌番組で」
「そうですね」
 と答えてはみたものの、複雑な心境の純子。
(本当はモデルだけで精一杯なんだけど。……相羽君が、誰か女の子と付き合
い始めたら、モデルもやめようかな。私が家に出入りしたら、色々迷惑だろう
から)
 そんな気分は、声の調子にも現れていたらしい。星崎が眉を寄せ、難しげな
顔つきを作った。
「おや、感情のこもってない返事。ひょっとして、一緒に唱いたくないとか? 
だとしたら、悲しいなあ」
「え、とんでもない。ただ、僕は歌番組に出て、皆さんと知り合いたいのに、
事務所の、露出を抑える方針が、もうしばらく続くみたいだから……。残念で
す、涙が出そうなくらいに」

――つづく





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