AWC かわらない想い 13   寺嶋公香


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★タイトル (AZA     )  99/ 7/31  22:38  (200)
かわらない想い 13   寺嶋公香
★内容

 運動会まであと三日と迫っていた。
 前の引っ越しも突然の話だったけれど、今度のはもっと突然だった。
 両親から話を持ち出され、公子は掛け値なしに途方に暮れてしまった。
「来年の一月からだから、時期的には忙しいけれど、公子にはちょうどいいと
思うんだ」
「そうよ。新学期からだと、何かと都合いいでしょう?」
 両親は、普段より若干、猫なで声。
「急に言われても」
「転勤が急なのは、仕方がないことなんだよ。今度なんかまだいい方だろう。
まだ実際に引っ越すまで、二ヶ月あまりあるんだから」
「……単身赴任とかじゃだめ?」
「何年になるか分からないしな。その何だ、会社の方が家族ごと面倒を見てく
れるって言ってるから」
「じゃあ……私だけ残る」
「何を言い出すの」
 母親の声がきつくなる。見開いた目が、公子をとらえる。
「一人暮らしするって言うこと? 中学生でしょ、あなたは」
「でも、学校、かわりたくないもん」
「わがまま言うんじゃありません。危なくてさせられますか。食事一つをとっ
ても、大変なことなのよ」
 それは言われなくても、公子自身、よく分かっている。でも、今は理屈で動
いているんじゃない。感情で動いているのだ。
「どこかのお店で、住み込みでアルバイト−−」
「公子!」
 皆まで言わせてもらえない。
「そんなに今の学校がいいのかしら? 離れたくないぐらいに親しい友達でも
できたの? あれほど引っ込み思案だったのに……」
 怒ったあとの母は、今度は困惑の表情を浮かべる。
「そうよ」
「公子」
 父親が言葉を挟んだ。
「そういった親しい友達の関係を持てたのは、いいことだと思うよ。公子がそ
んな積極的になったなんて知らなかったから、びっくりしたぐらいだ。その仲
を、お父さんの都合だけで分けてしまうのは、確かにすまない」
 父は軽く頭を垂れた。
「それなら」
「もう少し、聞いてほしいんだ、公子。……さっき、何年になるか分からない
って言ったけれど、向こうでの仕事が終わったら、ここに戻ってくる約束にな
っているんだ。つまり、今、離れ離れになっても、その友達とはまた会えるわ
けだ」
「何年も会わなかったら、忘れちゃうかも……」
「そうだろうか。本当に親しい友達なら、たとえ何年も会えなくたって、つな
がっているものじゃないかな。もし数年で忘れるとか、関係が薄くなるような
友達なら、真に親しい友達とは言えないと思うんだが……違うかな?」
「……」
 反論すべき点は見当たらない。ただ、ここで簡単にうなずいてしまうのには
抵抗があった。
「……戻って来たとき、私の行きたい学校、受けさせてくれる?」
 妥協点を見出した公子は、それでも振り絞るようにしてその言葉を口にした。
 両親は、それで充分、満足した様子。
「もちろんだとも。それじゃあ、転校ということで、いいんだね?」
「……うん」
 ほっとした顔つきで互いに見合っている両親を横目に、公子は辛い決断を下
した。
(わがまま言えないもの、ね。秋山君……)

 運動会当日は、運動音痴の生徒には最も嫌な天気、つまり快晴だった。
 公子はゆううつだった。別に、運動が苦手というわけではない。得意でもな
いけど、身体を動かすのは基本的に好き。
(転校のこと、いつ話そう……)
 三日前から悩んで、結局言えないでいる。
「ここにいたの」
 秋山の声。鏡の中に、公子と並んで秋山の顔が映る。
 公子はみんなと顔を合わせたくない気持ちも働いて、ヘアバンドを直すため
に校舎の一階にある鏡の前に来ていたのだ。
「そろそろ時間だよ」
「ごめんなさい。わざわざ」
「クラス委員の勤めです」
 そんな秋山の言葉に、
(本当にクラス委員としての義務だけで探しに来てくれたの? もしそうじゃ
なかったら、私……)
 急に、身体が前のめりしそうになる。腕を引っ張ってもらっていた。
「あっ」
「え? 痛かった?」
 あわてたように、公子の手首を離す秋山。
「ううん、痛くない痛くない。大丈夫。今のは言葉のはずみ」
「よかった。−−ほら、ぼうっとしてないで。遅れるよ」
「ええ」
 秋山の背中を、公子は追っかけた。
 先生・来賓による入れ替わり立ち替わりの挨拶のあと、準備運動のラジオ体
操を皮切りに、競技が始まった。
 各種目を紅白二組に分かれて競い、最終的な獲得ポイント数で勝敗を決める。
紅組は二、四、六組で、白組は一、三、五組。公子だけ白組で、悠香や要とは
別れてしまった。
「あーん、秋山君と別々だなんて」
 早くも紅組応援席を抜け出してきた要が、公子や秋山の前でだだをこねる。
「私とは別れてもよかったわけ?」
 意地悪を言ってみたくなった公子。要は相当の勢いで首を横に振った。
「違うよっ。キミちゃんともいっしょにいたかったなぁ」
「私はそれよか」
 こちらも抜け出してきた悠香。公子の椅子の背もたれに腕枕し、顔を載せる
格好だ。
「あいつといっしょなのが嫌になるのよね」
「あいつって、頼井君? クラスが同じなんだから、最初から分かってたこと
じゃない」
「そうだけどね……」
 悠香は顔を上げ、紅組の方に目をやった。公子もそちらを見ると、頼井が同
級生や下級生の女子と、何やら楽しそうに話しているところが目に入った。
「あれだよ、ったく」
「そんな、気にしなくていいのに」
「気にせずにおれん!」
 すっくと立ち上がる悠香。まとめてあるロングヘアが、何やら哺乳類の尻尾
みたいに揺れた。
「ああいうのが仲間かと思うと、精神衛生に悪いのよっ。勝負に集中できない」
 悠香の『演説』を聞いて、公子は思い出していた。
(そう言えばユカって負けず嫌いだもんね。運動会でも同じ。去年も凄い、力
の入れようだったから)
「秋山君は何に出るの?」
 横合いでは、しきりに要が聞いている。
「二年男子全員は棒倒し。個人競技は二百メートル走に出るけど」
「頼井と同じだ」
 悠香が、思い出したように言った。
「知ってる」
 うなずく秋山。
「走る組も同じなんだ」
「応援しちゃう!」
 要の黄色い声。
「カナ、あんたは紅組だよ」
「いいじゃなーい、ユカちゃん。二百メートル走の中の一つだけよ」
「……それじゃあ、私もそのレースだけ、頼井の応援をしないでおこうっと」
 自らを納得させるように、悠香は何度もつぶやいていた。
「はは、ますますやる気が出たな。意地でも負けられなくなったって感じだね」
 秋山は心底楽しそうに笑った。
「がんばって」
 要はもはや、遠慮なしだ。
「ほれほれ。いつまでも敵陣にはいられないわ」
 戻りかける悠香達に、公子は、
「じゃあ、お互い、がんばろっ。それと、お昼、いっしょに食べようね」
 と手を振った。
(せめて今ぐらい、転校のことは忘れていよう)
 そんな気持ちを固めた。

 午前中に、まず棒倒しがあった。電柱より一回りほど細い棒の先に、紅白そ
れぞれの旗が取り付けられている。ルールは単純、その旗を先に奪った方が勝
ち。三回勝負だ。
 仲良く?一本ずつ取り合ったあとの三回目。いよいよ熱を帯びてきた。
 勝負はあっけなかった。白組の棒が先に倒され、案外早く、旗を取られてし
まった。
「ああー」
 そんなため息がこぼれたのは、公子のいる白組応援席ばかりでなかったろう。
きっと、要もがっかりしていたに違いない。
 それから二つ、プログラムが進んで、昼食の時間。
「お待たせ」
 各自お弁当を手に、藤棚の下に集合。うまく場所取りできたものだ。
「あれ?」
 公子が声を上げたのは、悠香の後ろに頼井がいたから。そして、その横に秋
山がついてきていた。
「秋山君……」
(さっき、応援席で別れたはずなのに、どうして)
 そんな思いが公子の頭の中をよぎる。
「はは、ご覧の通り、頼井がこっち来るから」
「たかろうかなって思って」
 頼井は、悠香のお弁当の中身を早くも覗き込んでいる。
「私からじゃなくても、向こうから渡したがってる女子が他にいくらでもいる
でしょうが、あんたには!」
「……だって、おいしくないんだもん」
 子供ぶって答える頼井。
「みんなの気持ちはうれしいんだけどなあ。手作りの料理じゃいまいちなんだ
よな」
「いいの、そんなこと言って?」
「ここだけの話ね。いや、ほんと、さしてうまくない料理に『おいしい』って
言わなきゃならないのは、結構辛いぜ」
「めでたい奴……」
 すでに腰を落ち着けている秋山が、あきれたように見上げる。
「そこへ行くと、例えばこの卵焼き」
 頼井の手が素早く伸びた。悠香がとがめる間もなく、彼女のお弁当から卵焼
き一つが消える。
「あっ!」
「うん、うまい。この味がたまりませんな」
「こらっ! あんたはいっつもいっつも」
「だから、うまいんだよ、本当に」
「……おいしい物をおいしいと言うのはいい。けど、それとあんたがつまみ食
いしていいってことは、全然つながっとらん!」
「わ、許せ。取り引きしよう、取り引き」
「どんな」
「女子からもらったおかずと交換」
 悠香は無言で、相手の頭を思い切りはたいていた。
「ばかは無視して、食べよっ」
「う、うん」
 他の三人は、笑いをこらえながら食べ始める羽目になった。
「棒倒し、惜しかったわ」
 要が自分のことのように残念そうに言った。
「あ、それについては、頼井に文句があったんだ」
 秋山は頼井へと顔を向けた。
「何だ?」
「頼井、運動部の部員が自分の専門分野に力を出してはいけないことになって
るだろう」
「うん、まあそうだな。二百メートル走に陸上部員は出ないもんな」
 仕方なさそうに自分のお弁当をぱくついている頼井。
「それなのにおまえ、日本拳法の技、使ったんじゃないか? 僕にはそう見え
たんですがねえ」
「さあて、どうだったかな」
「三回目のとき、棒の根本で踏ん張ってた奴に、足をかけたろう?」
「自然に足が動いちまったかもね。だが、どっちにしたって、それぐらいいい
だろう」
「まあな。ただ、確かめたくて」
 気が済んだ様子の秋山。そしてゆっくりとした口調で付け足した。

――つづく




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