#1209/1336 短編
★タイトル (AZA ) 99/ 8/26 21:20 ( 55)
お題>きみのおもいで 永山
★内容
「ねえねえ、苅谷君。遠足のこと、覚えてる?」
「遠足……春先のかい?」
「そうよ。毎年、近くの山まで行ったでしょ。六年間」
「それなら覚えてるよ、藤田さん。今考えたら、よくもまあ飽きもせず、あん
な小さな山に六回も行ったもんだねえ」
「私が言いたいのはそんな話じゃないの。えっと、何年生のときだったか忘れ
たけれど、同じ班になったことあったでしょう?」
「あった、あった」
「そのとき、お昼のお弁当を班のみんなで一緒に食べたわよね」
「そりゃそうだろ。同じ班なんだから」
「余計な言葉は挟まないで。覚えてないの?」
「何のこっちゃ?」
「あなたはゆで卵を箸で器用につまんで、私をじっと見つめてきた」
「ふんふん……て、そうだっけか」
「そうだったのよ。そして言った。『俺、きみが好きだ』」
「……思い出した」
「ほんとに? あはは、よかった」
「ちぇ。顔、熱くなるぜ。そうかあ、そういうしょうもないこと、やったよな。
当時の俺としちゃあ、いいアイディアだと思ってやったんだろうけど。あのと
き……藤田さんは確か、何にも言わず、しばらく固まったみたいに動かなかっ
た。けど、やがて弁当の残りをぱくぱく食べ始めたよな」
「ちょっとぉ。それじゃあ私が色気より食い気の女みたいじゃないの。途中を
省かないで」
「途中って……俺は、藤田さんがまじに反応してきたらそのまま突っ走ろうと
思ってたのに、あんときの藤田さんたら何も言わないから、仕方なくギャグに
したんだぜ」
「仕方なく? へえー、あれ、ギャグだったの? ゆで卵の黄身だけを取り出
し、食べるのが」
「そ、そうだよ。『黄身』と『君』を掛けた……」
「まったく、今さら解説するんじゃないわよ。私はあなたのそのギャグを見て、
からかわれたんだわって思ったのよ!」
「え」
「本当に告白されたんだと信じて、それで思考停止してたのに。突然、ふざけ
られて、ショックだった」
「まじかよ〜。もったいないことした訳だ、俺」
「俺じゃないでしょ。私達、よ」
「うーん、そうかあ。あのとき、うまく行っていればな……ん? 私達って、
もしかして、藤田さん、今付き合ってる彼氏とはうまく行ってないのか」
「そんなことないわよ」
「はあ」
「それ以前に、誰とも付き合ってないから」
「なぬ?」
「そう言う苅谷君は、どうなのかしら? もったいないって言ったのは、今の
彼女よりも私の方がいいってこと?」
「違うよ。――藤田さんと付き合い始めるのが六年ほど遅れたのがもったいな
いってことさ」
「ほんとに?」
「よかったら、今からでも返事を聞かせてほしいな」
「……私は白身が好きです」
「げ」
「――ふふ。それに、苅谷君も好き」
「――よし。サンクス。それじゃ、六年分を取り戻すために、これからどこか
へ行くってのはどうですか?」
――『黄身の思い出』終わり