AWC 誤解の勘定(改訂版A) 3   永宮淳司


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#4769/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 2/26  18:50  (185)
誤解の勘定(改訂版A) 3   永宮淳司
★内容
「あら? 鍵、かかってませんが?」
 早弥子さんの裏返った声に、私はドアの前へ跳躍の要領で移動した。
「まさか?」
「い、いえ、本当です。鍵穴に入れようとしてたら、ドアが勝手に開いて」
 言葉を途切れさせ、中腰の姿勢の早弥子さんはできた隙間から中を覗き込む。
「あなた……?」
 ドアを押すと抵抗なく開ききった。
 そして――書斎には誰もいなかった。四方の壁の内、左右二つを本棚が占め
ていて、いずれも書籍が隙間なく詰まっている。正面の机にはパソコンがパワ
ーオフの状態で置かれていた。窓もぴたりと閉められており、部屋の空気はま
るで動いてないかのようだ。
 人のいた気配はなく、隠れる空間もない。
「どういうことですか?」
 早弥子さんの口調に、刺々しさがにじんだ。たちの悪い冗談を仕掛けられた
と判断したようだ。
 私はありのままを説明し直し、吉見の姿が見えない点を付け加えた。
 それでも疑わしそうに眉間にしわを作る早弥子さんへ、私は逆に尋ねた。
「原稿を書いているはずの刈沖は、どこへ行ったのでしょう?」
「……まさか三人で私をだまそうとしてるんじゃありませんよね」
 首を左右に振ってから、疑問文とも何ともつかないイントネーションで返し
てきた早弥子さん。相当混乱している。私もだ。
「とにかく、僕は吉見を探します。あなたは刈沖を探すといい」
「え、ええ」
 後ろ髪引かれる思いをしつつ、部屋を出た。心の片隅に何かが引っかかる。
 と、廊下へ出るとほぼ同時に、階段を上がってくる数人の足音が聞こえた。
それに話し声も。
「うん?」
 耳を疑った。話し声の中に、刈沖のものが含まれているではないか。
 私と早弥子さんが唖然として立ちすくんでいると、程なくして刈沖、遠藤、
森川の三名が姿を見せた。
「これは一体」
「こっちが聞きたいよ」
 私の惚けたような問い掛けに、刈沖は肩をすくめた。
 またしても私は状況を説明させられる羽目になった。それが終わると、刈沖
からの説明を催促する。
「書斎にいたのは二時間足らずでね。行き詰まったので、下に降りていったん
だ。早弥子達は料理に忙しいようだったし、君達四人も麻雀に熱中していたか
ら、散策に出た。今までずっと、辺りをぶらついていた。だから、物音のこと
なんて知らないよ。聞かれても困るんだが」
「本当に?」
「おいおい、嘘なんか言ってもしょうがないだろう」
「僕も、刈沖さんが外から戻ってくるところを見ましたけど」
 苦笑を浮かべた刈沖の斜め後ろから、遠藤が口を挟んだ。
「お二人がなかなか戻らないし、騒がしくなるしで、気になって遊興室を出た
んです。ええ、森川さんも一緒に。ちょうどそこへ刈沖さんが玄関の方から」
 遠藤の話に合わせて、森川が大げさな動作でうなずいていた。
「しかし、物音がしたのは事実なんだ。みんなも聞いている。それに、吉見が
いなくなった」
 二つの指摘により、何かが起こっていることは認めてもらえた。
 その場で話し合って、男四名で吉見の行方を探すと決まった。早弥子さんは
厨房に戻り、秀美さんと一緒に改めて料理に取りかかる。
「四階、この書斎の前に吉見がいたのは確かなんだ。ひょっとすると君が」
 私は刈沖を指差した。
「他の部屋にいる可能性を考えて、探しているのかもしれない」
「よし。手分けして覗いて行こう。この階の部屋は、どこも鍵は掛かってない
し、見られて困るような物もないから遠慮なく」
 この時点では、刈沖も笑っていた。彼だけじゃなく、私達三人もどこか楽観
視していたように思う。
「吉見の奴、いたずら好きなところがあったからな。担いでるんじゃないのか」
 刈沖の言葉に私もうなずけた。私自身、吉見の偽電話にはよくだまされてい
たのだ。「推理新人賞の選考委員をお引き受けくださいませんか」とか、「お
まえの作品のあのトリックは、俺が**賞に投じた作品で使ったものだ。よく
も盗んだな」とか、その度に異なる見事な作り声に、ころっと引っかかってし
まう。直後に種明かしをしてくれるのがせめても救いである。
 四階の全室を調べたが収穫なし。我々は一階上に移動し、同様に探し始める
はずだった。だが。
「死んでいる……」
 吉見は五階の廊下、階段に最も近い部屋の前で、俯せに倒れていた。
 その大の字の姿を見た瞬間、これはいたずらではないという確信を得た。理
由はない。吉見の身体の発散する雰囲気が普通でなかったとしか言えない。
 死因は絞殺のようだった。

           *           *

「聞きたいことが一つある」
 地天馬が原稿から面を上げた。どうやらまだ途中らしい。
 私は焦燥感故かコーヒーをさっさと飲み干し、カップを洗おうかもう一杯飲
もうかを考え込んでいたところだった。
 カップを置くと、手をタオルで拭いてから彼の正面に戻る。
「何なりと聞いてくれ」
「――ああ、その前にコーヒーを。味に文句はつけないから」
「飲みたいのか? 早く話を進めてほしいんだが」
「僕がコーヒーを飲みたい訳じゃない」
 変なことを口走った地天馬。続けて、微笑まで浮かべて言い添える。
「コーヒーが僕に飲まれたがっているようなんだ」
「……入れるよ、コーヒー」
 私はコンロの前で貧乏揺すりをしながら、お湯が沸くのを待った。
 コーヒーを持って行ってやると、地天馬は一口だけ飲み、おもむろに本題へ
舞い戻る。
「刈沖と遠藤は親しいのかい?」
「ん? そうだな、仲はよさそうだった。気は合ってるんじゃないかな。遠藤
君は姉の結婚に大賛成のようだったし」
「そういう意味じゃない」
 にこりともせず、原稿の縁を指で叩いた地天馬。物腰がいつも以上に厳しい。
「何でも頼めるような仲なのかと聞いているのだよ。ああっと、この先に書い
てあるのなら、謝っておく。もう読む気は失せたんでね」
「どういうことだ?」
 私は腰を落ち着け、いささか詰るような調子で聞き返した。
 さっき覗いて地天馬がどこまで読了したのか分かった。あのあと、警察が到
着し、吉見の死亡推定時刻や各人のアリバイ及び動機調べがある。特にアリバ
イに関しては、犯行時刻において、早弥子と秀美は厨房でともに料理をしてい
たと証言し合い、遠藤と森川も同様に互いが遊興室にいたことを証言する。刈
沖は証人こそいないが、もし仮に五階で吉見を殺害したとしても、そのあと私
や早弥子に見られることなく一階まで下り、外へ出ることは不可能なため、ア
リバイが成立するのだ。そして残る一人、つまり私に容疑が向けられ……。
 私が以上の点を唾を飛ばして捲し立てると、地天馬は退屈げに小さく肩をす
くめ、原稿の束を振った。風が起きて、コーヒーカップの液面がかすかに波立
つ。
「昔、言ったはずだ。僕は試されるのが嫌いだとね。答の出ていることを、あ
たかも難問のように装うのはやめてくれないか」
「……意味が分からない」
 一転して怒りを忘れ、私は本心から尋ねた。答が見つからないから、私は原
稿を地天馬に読ませた。地天馬の力がぜひとも必要なのだ。謎解きは早ければ
早いほどいい。
 地天馬は部屋のあちこちをさまよわせていた視線を、急にこちらへ向けた。
「本当か? 信じられない。僕はここまをで読んで、三つの有力な可能性を思
い付いた。一つ目は君が犯人の仲間であり、僕を試している場合」
「は?」
 我ながら素っ頓狂な声に、思わず口を押さえた。
 かまわずに続ける地天馬。
「二つ目は刈沖という人の家が尋常ならざる構造を有している場合。三つ目は
君が何らかの嘘をついている。さあ、これらのケースの中に正解はないと、君
は誓えるかな?」
 目が細められ、彼は頬を緩めて笑った。今度は私が試されているのか?
「何のことだか……さっぱり」
 語尾を濁すが、地天馬の追撃は急だ。
「いいだろう。では、改めて聞こう。この箇所はどういう意味だい?」
 指先で覚えていたのか、素早い手つきで原稿の一枚を抜き出し、一点を指し
示しながら私の方へ向ける。
 そこには「四階分の階段を一気に走りきった。」とあった。物音を不審に感
じ、吉見と二人で刈沖の書斎を目指すシーンだ。
「これが? 読んだままだよ。四階まで一気に昇ったっていう……」
「はん。間違いなく、そんな意味で書いたのか? じゃあ、作家をやめた方が
いいかもしれないぜ」
「……日本語の間違いがあるとでも?」
 過去の経験から私は慎重になった。問題の箇所を読み返す。
 しかし、ぴんと来ない。首を捻るだけだった。
 答に窮する出来の悪い生徒に、地天馬は焦れったくなったのか、さっさと正
解を口にした。
「一階にいた君が四階分を走りきったとしよう。その時点で君は五階にいるは
ずだ。違うかな?」
「んん? 何だって? もう一度、頼む」
 地天馬に繰り返し言ってもらったが、言葉だけでは飲み込めず、私は指折り
数えさせられた。二分ほど余計な時間を費やし、ようやく理解できた。
「そうか。一階から二階へ行くには、2マイナス1で一階分しかないんだ。勘
違いしていたよ。四階までなら三階分だ」
「四階分と書いたのはケアレスミスだと言うのかい? 実際に五階に到着した
とは考えられないか?」
 地天馬の不思議な問い掛けに、私は口を半開きにした。どう応じていいのか
見当もつかない。
「僕は君の文章を信じた。これこそヒントだと解釈したんだよ。そして同時に、
ヒントを文中に潜り込ませている君は事件の真相を知っていることになる。だ
からこそ、僕は試されているのだと判断した」
「ちょ、ちょ、待ってくれ。その……もし五階だったとしたら、事件の謎はき
れいに解けるのか?」
「ああ。壊れた壷を組み合わせて元の形にするくらいにはできる。足りないの
は証拠という名の接着剤だけだ。ま、『四階分』という記述が情況証拠だと言
えなくもない」
「話してみてくれ。お願いだ」
 私はメモ用紙とボールペンを取り出し、前屈みになりながら推理を待った。
 地天馬は質問を重ねてきた。
「書斎が四階にあるのに、五階に行ったことを事実だとする。何故そうなった
のか、考えてみるんだ」
「吉見に着いていったら五階にって感じだな、うん。あのときは状況も切羽詰
まってたしな。何階まで上がったかなんて数えてなかった。踊り場に数字でも
書いてあれば気付いたろうけど、なかったから」
「次の問題は、吉見が意図的だったかどうか。君の原稿を読む限り、彼はかな
り冷静だったようだね。物音を聞いた際も、冗談を言っているぐらいだ。そん
な人物が段数を間違える可能性は低い。わざと五階に着いたと言っていいだろ
う」
「何のためだ?」
「君を五階に連れて来る必要があったとするのが自然だ。あるいは、四階以外
にいざなう必要かもしれない」
 細かい表現にこだわる地天馬。私はペン先で紙面を叩いて先を促した。
「五階を四階に見せかけるためには、まだ細工がいる。偽の書斎を作らねばな
らない。これは実に簡単だ。階違いの同じ位置の部屋にプレート一枚を張り付
ければいい。プレートを新たに作るには、少なくともそこへ住んでいる者の協
力が不可欠だろう。無論、居住者自身が作ってもいい。この事件の場合、吉見
と協力者と言うことになる」
「協力者って、誰だ? あそこに暮らすのは、刈沖と早弥子の二人だけで、あ
とはたまに遠藤が訪れる程度だと聞いてる」
「ここで別の角度から見てみよう。一人だけ特殊なアリバイの持ち主であるこ
とには気付いているだろうね?」

――続く




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