#4763/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 2/13 0:21 (193)
参加作品>誤解の勘定 4 永山
★内容
「何のことだか……さっぱり」
語尾を濁すが、地天馬の追撃は急だ。
「いいだろう。では、改めて聞こう。この箇所はどういう意味だい?」
指先で覚えていたのか、素早い手つきで原稿の一枚を抜き出し、一点を指し
示しながら私の方へ向ける。
そこには「四階分の階段を一気に走りきった。」とあった。物音を不審に感
じ、吉見と二人で刈沖の書斎を目指すシーンだ。
「これが? 読んだままだよ。四階まで一気に昇ったっていう……」
「ふっ。間違いなく、そんな意味で書いたのか? じゃあ、作家をやめた方が
いいかもしれないぜ」
「……日本語の間違いがあるとでも?」
過去の経験から、私は慎重になった。問題の箇所を読み返す。
しかし、ぴんと来ない。首を捻るだけだった。
答に窮する出来の悪い生徒に、地天馬は焦れったくなったのか、さっさと正
解を口にした。
「一階にいた君が四階分を走りきったとしよう。その時点で君は五階にいるは
ずだ。違うかな?」
「んん? 何だって? もう一度、頼む」
地天馬に繰り返し言ってもらったが、言葉だけでは飲み込めず、私は指折り
数えさせられた。二分ほど余計な時間を費やし、ようやく理解できた。
「そうか。一階から二階へ行くには、2マイナス1で一階分しかないんだ。勘
違いしていたよ。四階までなら三階分だ」
「四階分と書いたのはケアレスミスだと言うのかい? 実際に五階に到着した
とは考えられないか?」
地天馬の不思議な問い掛けに、私は口を半開きにした。どう応じていいのか
見当もつかない。
「僕は君の文章を信じた。これこそヒントだと解釈したんだよ。そして同時に、
ヒントを文中に潜り込ませている君は事件の真相を知っていることになる。だ
からこそ、僕は試されているのだと判断した」
「ちょ、ちょ、待ってくれ。その……もし五階だったとしたら、事件の謎はき
れいに解けるのか?」
「ああ。壊れた壷を組み合わせて元の形にするくらいにはできる。足りないの
は証拠という名の接着剤だけだ。ま、『四階分』という記述が情況証拠だと言
えなくもない」
「話してみてくれ。お願いだ」
私はメモ用紙とボールペンを取り出し、前屈みになりながら推理を待った。
地天馬は質問を重ねてきた。
「書斎が四階にあるのに、五階に行ったことを事実だとする。何故そうなった
のか、考えてみるんだ」
「吉見に着いていったら五階にって感じだな、うん。あのときは状況も切羽詰
まってたしな。何階まで上がったかなんて数えてなかった。踊り場に数字でも
書いてあれば気付いたろうけど、なかったから」
「次の問題は、吉見が意図的だったかどうか。君の原稿を読む限り、彼はかな
り冷静だったようだね。物音を聞いた際も、冗談を言っているぐらいだ。そん
な人物が段数を間違える可能性は低い。わざと五階に着いたと言っていいだろ
う」
「何のためだ?」
「君を五階に連れて来る必要があったとするのが自然だ。あるいは、四階以外
にいざなう必要かもしれない」
細かい表現にこだわる地天馬。私はペン先で紙面を叩いて先を促した。
「五階を四階に見せかけるためには、まだ細工がいる。偽の書斎を作らねばな
らない。これは実に簡単だ。階違いの同じ位置の部屋にプレート一枚を張り付
ければいい。プレートを新たに作るには、少なくともそこへ住んでいる者の協
力が不可欠だろう。無論、居住者自身が作ってもいい。この事件の場合、吉見
と協力者と言うことになる」
「協力者って、誰だ? あそこに暮らすのは、刈沖と早弥子の二人だけで、あ
とはたまに遠藤が訪れる程度だと聞いてる」
「ここで別の角度から見てみよう。一人だけ特殊なアリバイの持ち主であるこ
とには気付いているだろうね?」
立てた人差し指を傾け、質問する地天馬。これは質問と言うよりも、波に乗
って喋るために合いの手がほしいに違いない。
「そうだな。自分はアリバイがないから特殊と言えば特殊だが……もう一人、
刈沖だって特殊だ。他の四人が証人あってのアリバイであるのに対し、刈沖だ
けはいわば位置的、地理的なアリバイ」
「それが刈沖を疑う一点目。もう一点は、物音だ。上の方から聞こえた激しい
物音。あのとき、音を立てられる状況にあったのは誰か。麻雀をやっていた四
人には無理だろう。テグスを張り渡していたなんて可能性は非現実的、無視し
よう。料理していた二人は、岸本秀美が早弥子をかばっている場合のみ、可能
のようだが、時間的にきついのも確かだね。早弥子が階上で音を立てて、急い
で下りてきたとしても、様子を見に行く君や吉見と鉢合わせしたと思われる」
「それでは、音を立てた人物に当てはまる者が誰もいなくなってしまう」
「刈沖が残っているじゃないか。物音がしたとき、外に出ていたという言葉を
疑うんだよ」
「ええ? だが、刈沖の言葉通りでないとしたら、彼が階下に下りる手段がな
くなる。僕と吉見の二人が四階だか五階だかに着いてから以降は、人目に付か
ず階段を使うなんてできない」
「その議論はあとだ。以上の二点から、刈沖が偽のプレートを用意し、吉見に
頼んで君を五階に連れて来させたと仮定するのはさほど無理がないだろう」
「そりゃまあ……他の登場人物に比べたら、という程度だが」
口走ってから、私は咳払いをした。立て続けに三度。
地天馬は意に介さぬ風で、原稿の端をテーブルの表面に当てて、リズムを取
っている。
「そろそろ僕の考えを話そう。刈沖が吉見を殺し、君に罪を被せようとした。
これが全てだ。動機は知らないがね」
「どうやって殺したんだ」
ペンを走らせながら、私は急く心を抑えるのに苦労した。
「刈沖は吉見にあるいたずらを持ちかけた。想像するに、『僕が四階の書斎か
ら消失し、階段を使えない状況の中、その直後に一階に現れたらみんな驚くと
思うんだ。ぜひ協力してくれ』、こんな感じじゃなかったかな。吉見はいたず
ら好きのようだから、即座に承知したと思うね」
「あ、ああ。あり得るね」
「吉見が聞かされていた段取りを言うと……激しい物音がスタートの合図。吉
見が先頭を切って異変を訴え、少なくとも誰か一人――と言っても早弥子や遠
藤は除外だろうけど――を五階の偽書斎の前まで連れて来る。偽書斎の中に刈
沖がいることを声で確認させたあと、鍵を取りにやらせる。その隙に刈沖は部
屋を脱出、ある方法により一階へ先回りし、鍵を取りに行った人物を驚かせる」
「いたずらの流れは分かったが、二、三、理解できない。偽の書斎を用意する
理由が不明だし、実際には刈沖の声なんて聞こえてこなかった。一階に先回り
出来るある方法ってのも気になる」
「偽書斎を用意したのは、本当の書斎の窓を閉じた状態にしておきたかったか
らさ。あとで四階の書斎を調べられたとき、窓が閉じられており、内側から鍵
が掛かっていれば疑いの目を払拭できる」
大したことない口ぶりの地天馬。私は首を傾げるしかない。
「お待ちかねの先回りの方法を言おう。がっかりするなよ。窓を開けてそこか
ら出て行くのさ」
早口で言って、そのまま笑い飛ばす。私もつられて笑いそうになったが、理
解はまだできていない。
「窓を開けて出る、だって? 四階、いや、五階だぜ? 下手すれば死んでし
まう……ああ、ロープでも垂らしたんだな?」
「そんなことしたら、時間が掛かる。一瞬にして地上に降り立つ方法はただ一
つ。飛び降りればいい」
「だから、死んでしまうって!」
私がわめき立てるのがよほどおかしいらしい。地天馬は目を閉じ、眠りに就
いたかのような心地よさげな表情になった。
「緩衝マットを敷いていれば平気だ。消防などで使う穴あき救助マットとか、
スタント撮影用の物があるだろう。あれを使ったんだ」
「む? そ、それは君の言う通りだろうけど……でも、そりゃないよ。どこか
らそんな物を調達したんだ」
「刈沖は映画業界にも人脈作ってるんだろ? ホラー小説を原作とした映画な
ら、スタントシーンもあるんじゃないか? 関係者に頼めば“新居”に運び込
むことも可能だと思うね。それが無理だとしても、遠藤公夫の線がある。アク
ション俳優を目指す彼なら、スタントマン修行を積んでもおかしくない。刈沖
が費用を出したとすれば、緩衝マットを入手できる立場にある」
目を開け、リラックスした調子で指摘する地天馬。
「素人ができるものなのかねぇ……?」
疑問を呈しつつも、内心では、若くて運動神経のよい刈沖ならちょっと訓練
を積めばできることにしてもおかしくないと思った。
案の定、地天馬もこの点を盾に、できると断定的に言った。
「使ったあとは一時的に隠し、警察に注目されない内に処分しなければいけな
い。それだけがネックだ」
「うーん、具体的に緩衝マットを想定した捜索ならともかく、漠然と探すので
あれば注意を引かなくても不思議ではないかもしれないな」
メモをした単語「緩衝マット」に、きつく丸を付けた。
「これで、刈沖はほぼ一瞬にして五階から一階へ無事移動できることになった。
吉見はいたずらだと信じていたが、刈沖は殺人に利用した訳だよ。ただ、吉見
も多少は不審を感じていたかもしれない。偽書斎のドアの前で呼び掛けた際に、
刈沖がその室内に確かにいることの証として、うめき声を上げる手筈になって
いたと思う。それなのに、刈沖はそうしなかったんだから」
「あ、さっき言ってた、刈沖の声が実際には聞こえなかった理由か」
私は思い出した。偽書斎から何の反応もない事態に、吉見が「あれ? おか
しいな、全く。」とつぶやいていた描写を入れていたことを。
「その通り。刈沖にしたら五階にいたと疑われる行為は可能な限り、排除した
かったろうからな。いたずらの段取りが予定と違っても、声が小さくなってし
まったとか何とか言ってごまかせばいいし、どうせすぐあとに殺すつもりだっ
たのだから」
「じゃ、じゃあ、僕が偽書斎の前から立ち去った直後に……」
「吉見は刈沖に絞殺された」
地天馬はうなずいた。
「それ以外はいたずらの計画とほとんど変わりない。五階の部屋の窓を開けた
刈沖は、不細工なふくろうみたいに窓枠に掴まったことだろう。緩衝マットの
位置を改めて充分に視認し、狙い澄まして飛び降りた。無事着地後、マットを
近くの林の中にでも隠す。余裕があれば、空気を抜いておくと効果的だな。そ
して何食わぬ顔をして、玄関をくぐれば偽アリバイの成立だ」
「なるほど……分かったよ、ありがとう」
何の気なしに頭を下げて礼を述べた。
「どういたしまして、ワトソン君」
地天馬はかみ殺したような笑い声をこぼしていた。
「ついでに、締め切りに間に合うことを祈ってやるよ」
「――な、何のことだか」
突然の指摘に動揺が顔や声に出てしまったようだ。私は探偵にも犯罪者にも
向いていない。
「とぼけないでくれ。最初から妙だと気付いていたんだぜ。最前、君の漏らし
た不用意な一言で確信を得た。『登場人物』はよかったな!」
我慢できなくなったのか、それとも最初からこうするつもりだったのか、地
天馬は高笑いを始めた。
「僕は心優しいから、恥をかかせたくはない。が、君から言ってくれないなら
仕方ないな」
「ま、待った! 分かった。白状するよっ」
私は全てを告白した。つまり……。
「短編を頼まれていたんだが、何も思い付かなくて、締め切りが迫ってきた。
この締め切りっていうのは、本当に余裕のない締め切りで、プロットやトリッ
クができてなくても、書き出さなければいけない状況に陥ってしまったんだよ。
当然というか何というか、解決の部分で行き詰まって……名探偵ならどうにか
してくれるんじゃないかと、すがった訳で……すまなかった。旅行に出たのは
本当だし、刈沖や吉見は実在の人物だが、ここに書いたような事件は実際には
起こっていない」
「ふん。よろしい。試されるのは大嫌いだが、架空の話だった点と、なかなか
面白い問題であった点を考慮して許そう。偶然の産物とは言え、解決編を組み
立てる糸口が散りばめられていてよかったな。あっと、物音を立てた方法につ
いての言及を忘れないように。解決編を書くのやら手直しやらで、どれぐらい
かかりそうかな?」
締め切り間近の私としては、そんな地天馬の問い掛けに応じる時間も惜しか
った。席を立ちながら、慌ただしく答える。
「分からない。そ、そうだ、タイトルはどうしよう?」
「うん……『ワトソンの挑戦』ではあからさまだな。『計画なき計画犯罪』。
堅苦しい」
腕組みをして、悩んでいるポーズを取る地天馬。芝居がかっていて、本気で
考えてくれているのかどうか怪しい。私はドアを開け、廊下に出た。
「とにかく、ありがとう。おいとまさせてもらうよっ」
「――そうだ、これはいい題名だぜ」
地天馬が何か言ったが、ドアを閉めてしまったあとだった。
――終わり