#4762/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 2/13 0:19 (159)
参加作品>誤解の勘定 3 永山
★内容
私もどうにか平常に戻り、ノックしたり呼び掛けたりに加わる。
そして反応を見るためにしばらく静かにしてみた。喉仏が動くほど唾を飲み
込み、室内からのサインを逃すまいと神経を研ぎ澄ます。
だが、声を二人分にした努力も空しく、無反応が続く。
「あれ? おかしいな、全く。――どうなってんだ、くそっ」
つぶやきのあと、大きく叫んだ吉見がノブを回すが、施錠されていた。いく
ら揺さぶっても、耳障りな音がするだけ。私もやってみたが、ドアが開かれる
ことはない。
「刈沖、鍵開けて! 開けろ!」
息を飲んで待つが、またも返事はしなくなった。急病で倒れた? 嫌な想像
ばかり生まれてくる。
吉見が何も言わずに、ドアから離れた。
「どいてくれ」
「破るのか? 手伝う」
「いや、二人いっぺんにぶつかるのは無理だ。君は鍵をもらってきてくれ。そ
れに、早弥子さんを呼んだ方がいいかもしれない」
早速ぶつかり、押し込もうとする吉見だが、ドアはびくともしない。まるで
壁だ。元々は旅館なのだから、普通以上に頑丈かつ近代的に作られているのか
もしれない。
「畜生、ドラマみたいにはいかないぜ。鍵、頼むぞ」
吉見は吐き捨てると、私に重ねて頼んできた。下りなら先ほどよりはいくら
か楽だろう。深呼吸をしてから階段へ向かった。
草玉が坂を転がるようにして一階へたどり着き、早弥子さんのいる厨房へ一
直線に向かう。状況を伝えると、彼女は目をいっぱいに開き、しばし呆然とし
たように見受けられた。
「早弥子さん? あなたも行く?」
「――はい」
はっとした態度で遅れて答える早弥子さん。肩を小刻みに震わせるのが見て
取れた。
「合鍵はありますか」
「そ、そうですね。今すぐ」
言い置くや、駆け出す早弥子さん。記帳のためのカウンターの向こうへ消え
る。引き出しを乱暴にかき回す音が聞こえたかと思うと、組み合わせた手を胸
の前でしっかり握り、今度は階段の方へ。私も追いかけた。
こんなとき、エレベーターが使えたらと後悔しても始まらない。全力を尽く
して上に向かう。
四階に到着するや、早弥子さんは「ほらあ いず ぼおん いん ひあ」の
プレートがあるドアに縋り付き、鍵を差し込もうとする。が、手が震えるのか、
金属音が響くだけでなかなかうまく行かない。
代わろうと思った矢先、私はおかしな点に気付いた。
吉見の姿がない。
廊下を奥まで見通したが、いない。どこか空いている部屋に入ったのだろう
か。だとしても何のために? 刈沖は書斎にいるのではないのか?
腑に落ちないでいるところへ、さらに言葉の一撃を食らった。
「あら? 鍵、かかってませんが?」
早弥子さんの裏返った声に、私はドアの前へ飛び込むように移動した。
「まさか?」
「い、いえ、本当です。鍵穴に入れようとしてたら、ドアが勝手に開いて」
言葉を途切れさせ、中腰の姿勢の早弥子さんはできた隙間から中を覗き込む。
「あなた……?」
ドアを押すと抵抗なく開ききった。
そして――書斎には誰もいなかった。四方の壁の内、左右二つを本棚が占め
ていて、いずれも書籍が隙間なく詰まっている。正面の机にはパソコンがパワ
ーオフの状態で置かれていた。窓もぴたりと閉められており、部屋の空気はま
るで動いてないかのようだ。
人のいた気配はなく、隠れる空間もない。
「どういうことですか?」
早弥子さんの口調に、刺々しさがにじんだ。たちの悪い冗談を仕掛けられた
と判断したようだ。
私はありのままを説明し直し、吉見の姿が見えない点を付け加えた。
それでも疑わしそうに眉間にしわを作る早弥子さんへ、私は逆に尋ねた。
「原稿を書いているはずの刈沖は、どこへ行ったのでしょう?」
「……まさか三人で私をだまそうとしてるんじゃありませんよね」
首を左右に振ってから、疑問文とも何ともつかないイントネーションで返し
てきた早弥子さん。相当混乱している。私もだ。
「とにかく、僕は吉見を探します。あなたは刈沖を探すといい」
「え、ええ」
後ろ髪引かれる思いをしつつ、部屋を出た。心の片隅に何かが引っかかる。
と、廊下へ出るとほぼ同時に、階段を上がってくる数人の足音が聞こえた。
それに話し声も。
「うん?」
耳を疑った。話し声の中に、刈沖のものが含まれているではないか。
私と早弥子さんが唖然として立ちすくんでいると、程なくして刈沖、遠藤、
森川の三名が姿を見せた。
「これは一体」
「こっちが聞きたいよ」
私の惚けたような問い掛けに、刈沖は肩をすくめた。
またしても私は状況を説明させられる羽目になった。それが終わると、刈沖
からの説明を催促する。
「書斎にいたのは二時間足らずでね。行き詰まったので、下に降りていったん
だ。早弥子達は料理に忙しいようだったし、君達四人も麻雀に熱中していたか
ら、散策に出た。今までずっと、辺りをぶらついていた。だから、物音のこと
なんて知らないよ。聞かれても困るんだが」
「本当に?」
「おいおい、嘘なんか言ってもしょうがないだろう」
「僕も、刈沖さんが外から戻ってくるところを見ましたけど」
苦笑を浮かべた刈沖の斜め後ろから、遠藤が口を挟んだ。
「お二人がなかなか戻らないし、騒がしくなるしで、気になって遊興室を出た
んです。ええ、森川さんも一緒に。ちょうどそこへ刈沖さんが玄関の方から」
遠藤の話に合わせて、森川が大げさな動作でうなずいていた。
「しかし、物音がしたのは事実なんだ。みんなも聞いている。それに、吉見が
いなくなった」
二つの指摘により、何かが起こっていることは認めてもらえた。
その場で話し合って、男四名で吉見の行方を探すと決まった。早弥子さんは
厨房に戻り、秀美さんと一緒に改めて料理に取りかかる。
「四階、この書斎の前に吉見がいたのは確かなんだ。ひょっとすると君が」
私は刈沖を指差した。
「他の部屋にいる可能性を考えて、探しているのかもしれない」
「よし。手分けして覗いて行こう。この階の部屋は、どこも鍵は掛かってない
し、見られて困るような物もないから遠慮なく」
この時点では、刈沖も笑っていた。彼だけじゃなく、私達三人もどこか楽観
視していたように思う。
「吉見の奴、いたずら好きなところがあったからな。担いでるんじゃないのか」
刈沖の言葉に私もうなずけた。私自身、吉見の偽電話にはよくだまされてい
たのだ。「推理新人賞の選考委員をお引き受けくださいませんか」とか、「お
まえの作品のあのトリックは、俺が**賞に投じた作品で使ったものだ。よく
も盗んだな」とか、その度に異なる見事な作り声に、ころっと引っかかってし
まう。直後に種明かしをしてくれるのがせめても救いである。
四階の全室を調べたが収穫なし。我々は一階上に移動し、同様に探し始める
はずだった。だが。
「死んでいる……」
吉見は五階の廊下、階段に最も近い部屋の前で、俯せに倒れていた。
その大の字の姿を見た瞬間、これはいたずらではないという確信を得た。理
由はない。吉見の身体の発散する雰囲気が普通でなかったとしか言えない。
死因は絞殺のようだった。
* *
「聞きたいことが一つある」
地天馬が原稿から面を上げた。どうやらまだ途中らしい。
私はコーヒーカップを洗い終えたところだった。手をタオルで拭いてから、
彼の正面に戻る。
「何なりと聞いてくれ」
「刈沖と遠藤は親しいのかい?」
「ん? そうだな、仲はよさそうだった。気は合ってるんじゃないかな。遠藤
君は姉の結婚に大賛成のようだったし」
「そういう意味じゃない」
にこりともせず、原稿の縁を指で叩いた地天馬。物腰がいつも以上に厳しい。
「何でも頼めるような仲なのかと聞いているのだよ。ああっと、この先に書い
てあるのなら、謝っておく。もう読む気は失せたんでね」
「どういうことだ?」
私は腰を落ち着け、いささか詰るような調子で聞き返した。
さっき覗いて地天馬がどこまで読了したのか分かった。あのあと、警察が到
着し、吉見の死亡推定時刻や各人のアリバイ及び動機調べがある。特にアリバ
イに関しては、犯行時刻において、早弥子と秀美は厨房でともに料理をしてい
たと証言し合い、遠藤と森川も同様に互いが遊興室にいたことを証言する。刈
沖は証人こそいないが、もし仮に五階で吉見を殺害したとしても、そのあと私
や早弥子に見られることなく一階まで下り、外へ出ることは不可能なため、ア
リバイが成立するのだ。そして残る一人、つまり私に容疑が向けられ……。
私が以上の点を唾を飛ばして捲し立てると、地天馬は退屈げに小さく肩をす
くめ、原稿の束を振った。
「昔、言ったはずだ。僕は試されるのが嫌いだとね。答の出ていることを、あ
たかも難問のように装うのはやめてくれないか」
「……意味が分からない」
一転して怒りを忘れ、私は本心から尋ねた。答が見つからないから、私は原
稿を地天馬に読ませた。地天馬の力がぜひとも必要なのだ。それも早ければ早
いほどいい。
地天馬は部屋のあちこちをさまよっていた視線を、急にこちらへ向けた。
「本当か? 信じられない。僕はここまをで読んで、三つの有力な可能性を思
い付いた。一つ目は君が犯人の仲間であり、僕を試している場合」
「は?」
我ながら素っ頓狂な声に、思わず口を押さえた。
かまわずに続ける地天馬。
「二つ目は刈沖という人の家が尋常ならざる構造を有している場合。三つ目は
君が何らかの嘘をついている。さあ、これらのケースの中に正解はないと、君
は誓えるかな?」
目が細められ、彼は頬を緩めて笑った。今度は私が試されているのか?
――続く