AWC 参加作品>誤解の勘定 2   永山


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#4761/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 2/13   0:18  (160)
参加作品>誤解の勘定 2   永山
★内容
「よろしくお願いします。あの……私はほとんど小説を読まないものですから、
失礼とは存じ上げますが、どのような」
 早弥子さんは申し訳なさげに目を伏せ、それから質問してきた。社交辞令に
は違いないが、気分は悪くない。心地よい微笑みを作る人だ。
 私は推理小説、吉見はSFと答えて、続ける。
「あなたの未来のご主人が得意なジャンルに、ただいま浸食されてる立場です」
「そうなんですか? それはすみません」
 頭を深く下げられ、我々二人は苦笑せずにはおられなかった。
 そこへホラー作家――成功を収めた――の刈沖が助け船を出す。いや、婚約
者に救いの手を差しのべるのだから、さしずめ白馬の王子か。
「何をやってるんだか。あることないこと吹き込まないでくれよ」
 刈沖のすぐ隣には、背の高い男が座っていた。顎髭を蓄えているが、発散す
る雰囲気は若い。
 そちらは?と聞くより先に、早弥子さんが反応をした。
「弟です」
「遠藤公夫と言います。えっと、お恥ずかしいんですが、無職。役者目指して
アルバイトやってます」
「ほう、役者志望」
 フリーターなんて言わないところが気に入った。
「憧れの役者は誰だい?」
「ジャッキー=チェンですね。派手なアクションができて、その上で凄い演技
もこなせる役者になりたい。まあ、夢ですけど」
 なるほど。遠藤の体格を見ると納得できる。外見だけで運動神経の善し悪し
は判断できないが、胸板が厚く、筋肉もありそうだ。
 私達は刈沖へ目をやった。刈沖の作品は何度も映画化されている。その影響
力をもってすれば遠藤を将来使うこともできるのではないか、とまで考えた。
 私と吉見も正式に自己紹介を済ませ、残りの面々の話に耳を傾ける。
 早弥子さんの友人という岸本秀美は住居斡旋業に携わっていると聞いた。眼
鏡におかっぱの出で立ちはあか抜けないが、それを吹き飛ばすほどに明るく、
甲斐甲斐しい。皆の小皿に料理を取り分けてくれたり、飲み物を注いでくれた
り、果ては館の主が音頭取りをしやすいようにお膳立て。
 さぞかしいい奥さんになるだろうと考えていると、秀美さんは、
「私も作家の旦那さんを掴まえたいな」
 と発言し、私や吉見に流し目を送る。うーん、いい奥さんの素養は充分だが、
付き合うのは多少ためらわれる。
「作家全員が、刈沖みたいに儲けてるなんて期待しちゃいけないよ」
 吉見が真実を語って、この場は切り抜けられた。
「最後は自分ですか」
 七人目は刈沖がデビュー以来親交のある編集者で、森川勝也というごま塩頭
の人だった。ホラーとは縁のなさそうなふくよかな笑みを、絶やすことなく浮
かべている。
「ムサシ=カリオキは俺が育てたんだ!と言えればいいんだが、残念ながらそ
うじゃないんだよね。勝手に大きくなって」
 笑いが起こる。事実、刈沖が売れたのは、ハリウッド映画の原作になったの
がきっかけだ。特別な売り込みもせず、単に刈沖自身が英語に堪能だからとい
うことで英訳版を一冊出した。それが幸運を呼び寄せたのだ。
「こんな席に呼んでくれるとは、感激だ。これからもよろしく」
「こちらこそ」
 簡単なやり取りの中にも、信頼関係が垣間見えた気がした。いい腕の編集者
なのだろう。
 どんな縁があるか分からない。私や吉見も一応、売り込んでおくことにした。
 食後、しばしの歓談のあと、刈沖は席を立った。
「そろそろ書斎に行かないと」
「何かあるのかい?」
「多忙ぶるつもりはないんだが、締め切りの近い仕事が一つあるんだ。夜まで
外させてもらうよ」
「何だ。愛想のない奴だ」
「よその社には駄作を回せばいい。ちゃっちゃと片付けてだな」
 からかい混じりの声が飛ぶが、引き留めることはもちろんできない。
「夕飯は早弥子の手料理だから、楽しみにしておいてほしい」
 そう言って、刈沖は早弥子さんと二言三言、言葉を交わした。それから食堂
を出た。
 食堂の出入口からは階段がちょうど見通せるので、ゆっくり上がっていく後
ろ姿を全員で見送る。窓からの日差しを受けた刈沖の背中は、踊り場を折れた
ところで見えなくなった。

 ホールに場所を移してからも、挙式予定や二人の馴れ初め等、刈沖と早弥子
さんのことが主な話題になった。要するに、肴にしていたのだ。幸福者を少し
困らせても罰は当たるまい。
「夕食の準備に取りかかる時間だわ。下ごしらえが大変なの」
 わざわざつぶやいて、早弥子さんが厨房――旅館なのだから調理場と言うべ
きか――に引っ込んだのを機に、お開きに。
「私もお手伝いをして、運のおこぼれに預からなくちゃ」
 秀美さんも厨房に向かってから、残る男達で時間を潰す相談をした。
「近場に何もないところだからなあ」
 吉見が手帳を開きながらぼやいた。全てにおいて下調べを欠かさない彼のこ
とだ、近隣の施設についてもチェックしてきたに違いない。
「温泉が湧いて、レジャーランドができる話があったのに、ぽしゃったらしい
ですからね」
 訳知り顔なのは森川。ここへもこれまでに何度か足を運んでいるそうだ。
「おかげでオープンしないまま建物だけできてしまった宿泊施設がぽつぽつあ
った。取り壊して平地にするのがほとんどだったが、ここのオーナー会社はち
ょうどトップが交代して、方針転換したんですな。その他諸々の事情もあった
んでしょう、売れる物なら売り払おうってことになった。我らが作家先生はそ
こをうまく買われた、と」
「道理で」
 景色だけが取り柄のようなこの土地に旅館があった謎に納得はできたものの、
退屈しのぎに何がいいのかは決まらない。
「個人的には気が進まないが、これぐらいしかないでしょ」
 吉見は両腕を肩幅ほどに開き、左右それぞれの親指と人差し指、中指をこす
り合わせる仕種をした。
「麻雀か。いいね」
 森川が腕まくりをした。乗り気だ。
「旅館だから、それぐらいの設備はあるだろ」
 私とて異存はないが、麻雀は四人揃わないと成り立たないゲーム。若い遠藤
に目で問うた。
「あ、僕もやりますよ。タレント学校の先輩達に引きずり込まれて。腕はから
っきしですのでお手柔らかに」
 あっさりまとまり、早弥子さんを訪ねると、遊興室でできると教えられた。
「ほどほどにしてくださいね。お夕食まで三時間と……三十分ほどですから」
 釘を刺され、我々男達は苦笑いを浮かべて退散した。
 子供向けと大人向けのスペースできっちり二分された遊興室は、エアコンも
装備されていて快適だった。アーケードゲーム機が置かれるはずだった空間が
妙に白々しいことを除けば、充実していると言えよう。
「結婚しても二人だけじゃあ、使わないだろうな」
「宝の持ち腐れにならないよう、我々が思う存分使ってやろう」
 やっかみ半分の会話と共にゲームは始まった。ルールの確認をしたり何なり
で時間を取ったが、半荘をやるにはちょうどいい頃合いだった。
 そして二時間半ほどが経過していたと思う。
 突然、天井が揺れた。地響きに似た音が、上から降って来るかのように聞こ
えた。うめき声のようなものも混じっていた気がしたが、それは空耳かもしれ
ない。
 場の空気がざわついた。私を含めて四人全員が動きを一瞬止め、見上げる。
と言っても、遊興室の青白い蛍光灯の群れが目に入るだけ。
 最初に反応したのは吉見だった。手元の牌を伏せ、腰を浮かせる。
「何かあったのかもしれない。待っててください。見て来よう」
「よし、僕も行こう」
 私も席を立った。何らかの予感が働いたのかもしれない。これまで幾度も事
件に遭遇してきた者の勘か。
「そうだな。君なら修羅場も慣れてるだろ。たとえ流血の事態でも」
「さっきの物音は犯罪の結果だって言うのか?」
 吉見の即断を疑問に思いつつも、私は彼のあとを追った。
 遊興室からホールに出たところで、「たとえばの話さ」と吉見は薄く笑い、
続けた。
「上の階にいるのは刈沖だけだよな。直行してみるか」
「早弥子さん達に聞かなくていいか?」
 私が心配するまでもなく、厨房の方から女性が一人ふらふらと歩み出て来て、
見上げているのが分かった。秀美さんだ。
「さっきの音は?」
 互いに同じ質問をぶつけ合い、ともに原因を把握していないと知る。
「早弥子は、くすっと笑って、『本棚から分厚い本を取ろうとして、落っこと
したんでしょう』って」
「ははあ。よくあることなのかな」
 私と吉見は首を傾げた。物音が大きすぎたような感じがしてならない。
「大したことじゃないでしょうが、僕らで見てきます。刈沖の書斎が何階にあ
るか、ご存知ですか?」
「あっ、四階よ。縁起の悪い数字にかけたって、早弥子を通じて聞かされまし
たからね」
 なるほど、いかにもホラー作家らしい。十三階まであればそちらを選んだだ
ろうか? 変に感心しつつ、階段へと走った。
 手すりに手を軽く添えながら、ステップを駆け上がる。日頃の不摂生が原因
か、じきに息が乱れ始めたが、先を行く吉見に精神的に引っ張られる形で足を
動かす。嫌な予感が強まりつつあるのは、鼓動が早くなった、ただそれだけの
せいだと思いたい。
 猶予ならない気持ちが身体の内を支配し、四階分の階段を一気に走りきった。
 原稿を仕上げると言っていた刈沖は書斎にいるはず。肩で息をしながら探す。
「ここのようだ」
 私より先に落ち着けたのか、吉見は冷静な口調で言った。細身の割に、持久
力はあるようだ。階段を上ってすぐ右手にある部屋のドアを、平然と指差して
いる。
 ドアには部屋番号はないが、おどろおどろしく溶けかかった字体で「ほらあ 
いず ぼおん いん ひあ」と書かれたプレートが掛かっていた。間違いない。
 息がなかなか整わないが、とにかく扉に張り付く。ノックするのはやはり吉
見。
「刈沖。どうかしたか? 今の音は何だ?」
 最初は穏やかな調子だった。しかし、部屋の中から反応はない。
 吉見は扉を激しく叩き、声を張り上げた。
「刈沖! 寝てるのか?」

――続く




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