AWC 十三をさがせ 3   陸野空也


    次の版 
#3256/5495 長編
★タイトル (AZA     )  96/ 4/30  18:39  (200)
十三をさがせ 3   陸野空也
★内容
「自分で行けばいいのに……」
 本庄がぼそっと言うのへ、すぐさま怒鳴り返す白木。
「何ですってぇ?」
「分かりました。行けばいいんでしょう」
 そうして、根室と本庄の二人は、斜面を滑り降りようと、腰をかがめた。や
がて、ざざざっと音を立てながら、二つの丸い影が下に向かっていく。
「注意してよ!」
 白木が主導権を発揮している間に、月谷ディレクターは、渡部に近づくと、
どこか浮き浮きした口調で言った。
「べーさん、この様子、撮るんだ」
「−−分かりましたよ」
「頼むぞ。いい絵になるはずだからな」
 月谷はどうやら、湯川の姿が見えなくなっているこの状況をも、番組に取り
込もうと考えたらしい。
「『ジュウザの呪いか、犠牲者の怨念か? 魔の力に闇へ引きずり込まれる撮
影スタッフ!』−−いいぞ。行ける」
「月谷さん」
 にやにやしていた月谷へ、木林が声をかけた。
「は? 何ですか?」
「そろそろ、休みたいのだが……。私だけ、先に車のところまで戻るという訳
にはいきませんかな」
「ああ、これは気がつかなくて、申し訳ない。ええ、いいでしょう。私も休み
たかったところです。お供しますよ」
「ですが、この場は……」
 捜索現場へ視線を向ける木林。
「かまうことありません。これぐらいのことなら、私がいなくても大丈夫でし
ょう。おーい! 俺と先生は先に車に行く! キーを持っている奴、よこせ!」
「あ、はい」
 反応したのは、若い松田。
「えと……。そうだ、本庄さーん!」
「何だあ?」
 かなり向こうで、本庄らしき人影が振り返った。その瞬間だけ、懐中電灯の
明かりが揺らめく。
「月谷ディレクター、車の中で休むって! だから、鍵を渡してほしいんだけ
ど……」
「じゃ、戻らなきゃなんねえのか。くそっ。勝手なことを言ってくれるぜ」
 不平の声は徐々に小さくなり、代わりに本庄の姿が大きくなってきた。
 斜面の真下まで来た彼は、何歩か坂を駆け上がると、
「ほれっ!」
 と言いながら、車の鍵を投げてよこした。
 受け止め損なった松田は、鍵を地面から拾い上げると、小走りで月谷へ届け
に向かう。
「どうぞ」
「遅かったな」
「す、すみません……」
 首をすくめる松田。
「まあいい。これ、バスの方のキーだな? 湯川が見つかったら、おまえ達も
来いよ。それとも……君も来るかね?」
 月谷の意外な言葉とそのにやりと笑っている表情に、松田は声を短く上げた。
「え?」
「男二人ってのも、寂しいもんだからねえ」
「こ、困ります」
「何が困る?」
「その……私も、こちらのお手伝いをしないと」
「ふーん。ま、しょうがないか。じゃあ、湯川が見つかったら、すぐに来いよ。
あんまり待たせるようだと、俺と木林先生だけで、先に下のコテージに行くか
もしれんぞ」
 一方的にそう言って、月谷は、木林を先導するように、さっさと歩き始めた。
 松田の方はしばし二人を見送ってから、大きく息を吐くと、おもむろにきび
すを返した。

 車に乗り込み、エンジンをかけ、すぐに暖房を入れた。秋口とは言え、夜に
なると段々と冷え込んでくるようだ。
 しばらく、木林と雑談していた月谷だったが、不意に尿意を催した。
「ちょっと失礼」
 ドアを開け、また閉める。大した人間が車内にいなければ、開け放して行く
ところだろうが、今はそうもいかない。月谷にとって、木林は大切なお客様だ。
 マイクロバスから離れ、ちょっと歩いた。山の窪みで、岩肌の露出している
場所があった。岩壁を前に立つと、月谷は生理現象の処理をそそくさと始めた。
「湯川の奴、本当に馬鹿野郎なんだからな」
 そんなことをぶつぶつ言いながら、月谷は空を見上げた。
「ぐ?」
 突然、腰に痛みが走った。バランスを崩し、前のめりに倒れそうになるとこ
ろをどうにか踏ん張るが、痛みは止まらない。逆に、嘔吐感さえ覚え始めた。
腹の中をかき回されるような……。
 月谷はシャツのボタンを外し、自分の腹を見た。
「お、お、お」
 へその下辺りが、丸く盛り上がっている。同時に、第二の激痛が起こった。
「げ」
 次の瞬間、月谷は自分が見た物が信じられなかった。腹を破り、細長い物が
突き出てきたのだ。無論、血も溢れ出る。最初、染み出る程度だったのが、だ
ぼだぼだぼと、破れた袋から液体がこぼれるような勢いへと変わる。
 このときになって、月谷はようやく気がついた。背中の方向から誰かに襲わ
れているのだ、と。月谷は苦労して首をねじ曲げ、後ろを見た。
 声が出なかった。彼の背後には、巨大な影がいた。その太い腕には、建築資
材か何かの鉄の棒が、しっかりと握られている。そしてその先が、月谷の腰の
中へと消えているのだ。
 意識をなくしそうになる月谷。それにかまわず、棒がさらに押し込まれた。
「ぎぎ」
 勝手に声が出た。本当は、やめてくれ!と叫びたいのだが、嘔吐感と激痛と
で、意思通りにならない。
 影は、鉄の棒を持った手を、円運動させた。
 腰の方に開いた傷口が、その直径を広げていく。腹から飛び出した先は、勢
いの弱くなった独楽の軸のように、ぐらぐらと回転していた。
 月谷は力を振り絞って、全身を前に進めようとした。自分を串刺しにしてい
る棒から、身体を引き抜こうと試みる。
 できなかった。
 後方から加わる力が増す。岩肌に押しつけられてしまった。岩は夜の冷気に
ひんやりとしていたが、月谷にその感覚はなかった。血液を大量に失い、顔に
赤みがない。
 影が棒を一層押し込むと、棒の先は岩の中を進み、やがて止まった。
 月谷を固定してから、影は鉄の棒を手放した。そして、どこに隠し持ってい
たのか、銀色に輝く巨大な扇ようの物を取り出した。斧だった。
 影は斧を持っていない方の手を伸ばし、月谷の首へと触れた。まだ息がある
ことを確かめるように、うなじを二度、さすった。
 触られたという感触にショックを受け、月谷は最後の声を絞り出せた。
「助けてくれ!」
 月谷には、視界の端で、影がうなずいたように見えた。
 それは錯覚ではなかった。確かに、影はうなずいていた。その動作が意味す
るところは、まるで違っていても。
 影は一点に狙いを定めるように、斧を横にかまえた。
 月谷が影の次の行動を知ったときには、すでに遅かった。
 何かの明かりを短く反射し、大ぶりな刃がまっすぐ、月谷の延髄を直撃した。
 返り血を浴びながら、影は同じ動作をそれから三度、繰り返した。最後の一
撃で、正しく首の皮一枚つながっていた月谷の頭部も、真っ赤に染まったまま、
地面に転がった。
 さながら昆虫採集の標本のごとく、一本の棒で岩壁に固定された月谷の首な
し遺体。その切り口−−かつて頭部を載せていた−−からは、まだ激しく血が
溢れ出していた。用足しの形跡は、完全に塗りつぶされた。
 首のない男がズボンのチャックを下ろし、立ち小便の格好で血をばらまいた
ように見えた。そして足下には、男の頭部。
 影はそれに足を置くと、一気に踏み潰した。スイカでも地面に叩きつけたよ
うな音に混じって、ぱりんという、眼鏡のレンズがくだける音がかすかにした。

 半日、ロケーションという慣れない体験をしたせいか、木林はうとうとして
いた。テレビ出演は何度かあっても、取材に同行したのは初めてだった。
 そんな彼の意識がはっきりしたのは、物音が耳に届いたから。叫び声のよう
だった。
「月谷さん……か?」
 身を起こすと、木林はフロントガラスに額を着け、外へと目を凝らした。が、
何も確認できない。今いるのがこんな山の中である上に、曇り空だ。ほぼ真っ
暗と言っていい。ほぼと記したのは、山小屋の側に外灯が一本、申し訳のよう
にあるためだ。その程度の明かりでは、状況はつかめない。
「しょうがないな」
 胸騒ぎを覚え、木林は車外に出た。山の冷気に触れ、肌寒さを感じる。
「どうした、月谷さん。どこだ?」
 夜の空間から、反応は返って来なかった。
 音がないのを強く意識したためか、耳鳴りがしているかのように、木林は耳
が痛くなるのを感じた。小指の先で、耳の穴をいじる。落ち着くどころか、逆
に、言い知れぬ焦燥感が増した。
 頭を振る木林が、おもむろに表情を固くした。短かったが、叫声が聞こえた
のだ。今度のは間違いなく、月谷のもの。
 木林は一瞬、躊躇したものの、勇を奮って、声のした方へ向かう。
 しばらく歩いてみたが、月谷がどこへ行ったのか分からない。
 その頃になってようやく、知らず、黙り込んでいる自分に気づいた木林は、
唇を湿してから、
「月谷さん!」
 と、大声を出した。その効果があった訳でもないだろうが、すぐに木林は月
谷と対面することとなった。
「あれは……何だ」
 岩の壁に押しつけられた、奇妙なひとがた。頭の部分がなくなっているが、
服装は間違いなく、月谷の物だ。木林にとって、明かりが乏しくてよかったの
かもしれない。
(まさか)
 遠くから眺めたまま、月谷の遺体に近づきもしない木林。それどころか、ど
んどん遠ざかって行く。彼の頭の中は恐慌のため、思考がまとまらずにぐるぐ
ると回っている。
 息が荒くなり、立ち止まる。月谷の遺体が見えない位置まで来たが、駐車場
まではまだ少しある。
 自分自身の呼吸音の合間に、別の物音を耳にして、木林は振り返った。動悸
が収まらない。
「−−?」
 振り返った一瞬、視界の隅を何かが通り過ぎたような気配を、木林は感じた。
(変だな……鳥か?)
 目をこする。左右とも目をつぶった瞬間、何も見えない時間が訪れた。そこ
へ−−。
「てっ!」
 急に痛みが走る。左手の小指の辺りだ。
 目を開ける。何か液体が、目に飛び込んできた。温かいそれが、左目の視界
を奪う。左の視界は、赤く染まった。顔面にも液体が飛散したと分かった。
(血、か……? そ、それじゃ、左手の痛みは……)
 すでに激痛を伴う左手の状態を、右目で確認する。
(げっ! ……小指が……ちぎれかけてやがる!)
「あああああ!」
 途端に叫び出す木林。痛みはどうにかこらえていたが、付け根からぱっくり
と傷口が開き、取れかけている左手小指を見てしまっては、一気にパニックに
陥っても仕方がない。
「あわ、わわ」
 口がわななく。木林は、右手で左手小指を元の形に戻そうとした。が、溢れ
出てくる血がぬるぬると邪魔をして、うまくいかない。逆に、変な風に右手に
力が入ってしまって、いよいよ小指はちぎれてしまいそうになってきた。
「ひっ!」
 その叫び声と同時に、木林の左手から、小指はぽとりと落ちた。指は地面を
少しだけ転がり、止まった。
 木林は、意味不明の言葉を小さくうめきながら、慌ててしゃがみ込んだ。そ
して、これも慌てて、小指を拾う。
「こ、氷か塩……」
 両膝を地面に突いたまま、がたがた震える木林。その上半身に、大きな影が
被さった。
「だ誰だっ」
 答はない。
 木林は見上げた。もしかしたら、この人が助けてくれるかもしれない……。
 影は、斧を手にしていた。
「−−おまえは−−」
 それが、木林が発音できた、最後の言葉となった。
 木林の正面に仁王立ちしていた影は、手にした斧を胸の高さまで持ち上げる
と、刃を外に返した。かと思うとすぐに、胸元から弾かれるようにして、斧は
木林の顔面めがけて飛び出してきた。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE