#2177/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 92/ 9/21 8: 1 (196)
コロンブスの卵 6 永山
★内容
「さっきの続きだけど」
声を低くして、若生は二枚の紙片を取り出した。脇には国語事典がある。
「一つ、思い付いたことがあるんだ。五十音は、『AKSTNHMYRW』と
『AIUEO』で書けるから、十四の記号があれば、置き換えができるんだ。
こちらのメモを見れば分かるように、この日記は数字が五つ、漢数字が二つ、
アルファベットが七文字で、合計十四の記号でできているんだ」
「そうか。じゃあ、どれがどれを表しているかが分かれば」
「そう、解読できる」
「ちょっと待てよ。#はどうなるんだ?」
荒木田が疑問を呈した。田中が言い出した意見の延長が認められそうで、悔
しさがあったのかもしれない。
「そいつは多分、『ば』とか『ぱ』みたいな濁音・半濁音を示すものだと思う
よ」
「……なるほど」
いよいよという感じで、三人は頭を寄せあった。
「AIUEOの方は簡単だな。12345が対応しているとみてまず、間違い
ない」
荒木田は言い切った。
「うん、そうだろうね。後ろから二文字ずつ、記号を取ってみると、たいてい
は二番目に数字がきている。ああ、シャープ記号がある場合は、三文字分取る
んだ。数字が続いている場合は、後ろ側の数字が、単独で使われているんだよ、
きっと」
「ん? Fだけ違うぜ」
高橋が言った。確かに、三行目と四行目の文には、Fが単独で用いられてい
る箇所がある。
「連続してFが使われてれば、促音だとも考えられるんだけど」
「ソクオンって?」
荒木田と高橋が、若生に聞いた。
「小さい『つ』だよ。『にっき』ならNIKKIという風に、Kを重ねるだろ」
「ああ。思い出した。文法やら古文やらで習ったな。でも、促音としても、最
後に一つだけ使われているFの説明が付かない」
「そこだけどさ、子音の中で、単独で使われるのは一つだけなんだよ。つまり、
Nさ」
「そうかあ。FはNに対応しているんだな」
「これに異義はないね」
若生の呼掛けに、のこる二人は強くうなずいた。若生は縦に書かれた子音候
補の内、Fの横に線を引き、Nと記した。
「次にどの記号がどんな母音を持っているか、を調べてみると、Aは245、
Cは135、Dが235でEは12345と全部ある。Fは125でGは12
35Hは5だけ、九が15、十は35。#があるのはC、D、G。ここで問題
となるのは母音で、Aが1、Iが2と単純に考えていいんだろうかってこと。
仮にそうだとしたら、文頭のAF5は『あの』となるから、悪くはないと思う
けど」
「なるほどな。それでも、念のため、考えられる文を作ってみたほうがいいん
じゃないか」
荒木田が言うと、若生はもちろんといった感じで、首を縦に振った。
「『あいうえお』と『なにぬねの』の組合せで、しかも『ANA』みたいな同
じ母音を持つものは考えられないから、全部で二十通りある。あに・あぬ・あ
ね・あの・いな・いぬ・いね・いの・うな・うに・うね・うの・えな・えに・
えぬ・えの・おな・おに・おぬ・おねとこれだけだ」
若生は言いながら、紙に書付けていった。
「二文字で意味が通りそうのは、あに・あね・あの・いな・いぬ・いね・うに・うの・えぬ・おに・おね、くらいか。あと、その後に続いてると考えれば、い
の・うな・えに・えの・おなってところがあるなあ」
高橋は指折り考えている。それをまた書いていく若生。
「あに・あねはないだろ。中西に兄弟姉妹はいなかった。それなのにこんなと
ころで兄・姉を持ち出しても、訳が分からない」
荒木田が断定的な物言いをした。
「ウノもないだろう、ゲームじゃあるまいし。否っていきなり否定で始まるの
も不自然だ。稲とかウニというのも、食べ物が出てくるなんて、滑稽だぜ」
高橋も考えを述べる。
「こんな消去法は不毛な気もするね。そうだ、どれがわ行かを決めるのが、先
決じゃないかしらん?」
「そう言うけど正次、どうやって?」
二人が聞き返すと、すぐさま若生は新しい紙を用意した。
「いいかい。わ行は、WAかWOしか使わないと言えるだろ。つまり、数字が
二つ以下の子音候補をリストアップするんだ。すると、H、九、十の三つとな
るね。だから、1と5のどちらかはAかOなんだ。えーっと……」
若生はメモに印を付けていく。
「あに・あぬ・あね・あの・いな・いの・うな・うの・えな・えの・おな・お
に・おぬ・おねの十四に絞られるんだ。ここから、さっき消去したのを改めて
消去すると、あの・いの・うな・えの・おな・おに・おねってとこが残るね」
「うなの後に何を続ける? 鰻か? これは却下でいいだろう」
「そうだね。じゃ、おなも消去できそうだよ。『ら』とか『ご』とか『じみ』、
それから、おな−『じ』、おな−『がどり』くらいがあるけど、馬鹿々々しい
のがほとんどだ。同じ、くらいじゃないかな、まともなのは。でも、文章の初
めに『同じ』というのもおかしい気もする」
「『にー』を付けるってのを忘れてるぜ。正次」
ニヤニヤしながら言ったのは、高橋。
「……」
黙ってしまったのは残りの二人。
「わ、悪かった。こんなの、ある訳がないよな」
「そりゃそうさ。あの格好つけの中西が、そんな言葉を使うもんか。例え、自
分の死んだ後のもんでもな!」
「……じゃ、うな・おなは消すよ。格好良さから言うと、いのも消えるかもね。
人名じゃないとしたら、胃のくらいしか思い付かない」
「よし、いの、却下!」
荒木田が決定を下した。
「他にアプローチの仕方としては、や行を捜すってのがあるよ。や行はYAY
UYOの三つしか使わないから、ACDFH九十のどれかがYだ。#が濁音・
半濁音の記号だという過程を採択すると、#が使われているC・Dは消えるし、
最初にNと断定したFも消去。で、Aは245、Hは5、九は15、十は35
という様に、どれも5が出てきてる。だから5はIでもEでも有り得ない。よ
って、おにとおねはなくなるね。と同時に、残るのはあの・えのの二つだから、
5はOと決定」
「おおっ!」
「さらに注目すべきは、Hだと思うんだ。唯一の小文字だし、使われている子
音はOだけだから」
「小文字ってのは、ストレートに小さい字ってことじゃないか」
荒木田は思ったままを述べた。若生は我が意を得たりとばかり、大きくうな
ずいた。
「僕もそう思う。さて、極普通に日本語を書く場合、小さい字は『つ』か『や』
『ゆ』『よ』だろう?」
「うんうん」
とうなずき返してから、荒木田はあっと気付いた。
「Oが決定なんだから、YOだ! HはYなんだ!」
「そうだろうね」
若生はHの横にYと記した。
「それでさ、再度わ行に話を戻すと、九か十のどちらかだから、Aは1か3。
また、1はAかEだ。WOにあたる九5あるいは十5に注目すると、十5の後
ろはF、つまり『ん』だ。『をん』なんて言葉があるだろうか? ないはずだ
よね。よって、Wは十ではなく九だと考えられる」
「そうか!」
感嘆の声を上げたのは、高橋。荒木田は何度もうなずいて、納得している。
「それに関連して、1はAとなるだろ。それからねえ……。そうだ、二行目の
D#2ょに注目してみたらいいかな。この場合、Dは濁音と思われるから、D
#はGZDBのどれか。Pである可能性は捨てていいと思う。2はIUEのど
れかなんだから、D#2ょは、ぎょ・ぐょ・げょ・じょ・ずょ・ぜょ・ぢょ・
づょ・でょ・びょ・ぶょ・べょのどれかになる。日本語にありそうなのは、ぎ
ょ・じょ・びょだということに反対意見は?」
「……ないね」
「結構。となると、どれを選んでも、2はIになる」
「おおーっ。凄い、偉い、若生!」
思わず拍手してしまう荒木田に高橋。それをとがめる舌打ちやら何やらが部
屋に響いた。
「……ふぅ。もうちょっと、静かにいこうか」
顔を見合わせて、口元で笑う三人。
「えっと、どこまでいったっけ。……そう。うん、で、D#がGZBのどれか
ということは、DはKSHのどれかだから、二行目の後ろの方を見ると、をD
2E1という節が出てくる。Eを*で置き換えるとして−−」
若生は紙にその旨を書いていく。
「−−『をき*A』『をし*A』『をひ*A』のいずれかになるよね。ああ、
Aというのは、ちゃんとして意味でのローマ字のAだよ。試行錯誤を重ねると、
『をき』の後に続くのは、さ・た・は・ま・ら。同様に『をし』には、か・た
・は・ま・ら、『をひ』には、か・さ・た・ま・ら、というのが続く。これは
完全に想像なんだけど、文末なんだから、『をきた』と『をした』が有力だと
考えられないかい? ここで*、つまりEをTだとするのに、何か異義はある
?」
「いや、文句はないよ」
「じゃ、進めるよ。DはKかS。D#はGかZ。よって、二行目の先頭は『C
1のぎょたちに』『C1のじょたちに』のどちらかだ。C1は#付きの箇所も
あるから、か・さ・はの内のどれか。組合せとして考えられるのは、『さのぎ
ょたちに』『はのぎょたちに』『かのじょたちに』『はのじょたちに』。これ
は、『彼女達に』で決まりだろうね。だから、CはKで、D#はZ、DはSと
なる。ということは、C#はGで、G#は唯一残った濁音のB、つまりGはH」
ここまで分かった所を日本語にしてみると、下のようになる。
あのひのこ3E33じこをおこしたのはぼく
かのじょたちにはわ十3いことをした
そしE4こ十5んG#3D3のA2んなにA5
ごA4ん
「最後の行は一言、『ごむん』『ごめん』『ごるん』『ごれん』のいずれかだ
から、『ごめん』しかない。で、AはM、4はEと決まるから、最後まで残っ
ていた十はR、3はUになる。さあ、これで解けた!」
若生が大声を出してしまったので、三人はまたも舌打ちの嵐にさらされてし
まった。
全文は次のようになった……。
「あのひのこうつうじこをおこしたのはぼく
かのじょたちにはわるいことをした
そしてころんぶすのみんなにも
ごめん 」
「あの日の交通事故を起こしたのは僕 彼女達には悪いことをした そしてコ
ロンブスのみんなにも ごめん 」
「何をぶつぶつ言ってんだよ、ひろ」
高橋が荒木田に声をかけた。
この日再び、図書館を訪れた三人。若生は目当ての新聞記事を捜している。
「ひょっとしたらこれ、中西の両親には連絡しない方がいいかもなってね」
「そうだなあ。交通事故って言葉がな。どんな事故か知らないけど」
そう話していると、若生が静かに戻ってきた。
「やっぱり、あの日っていうのは、日記をつけなくなった日の前日だったよう
だよ」
「じゃあ、交通事故って」
「うん、これじゃないかな」
若生は持ってきた新聞のスクラップを広げ、ある記事を指さした。
写真も何もない、小さな記事で、ひき逃げ事故が起こったとみられる日時と
場所、被害者の名前、けがの具合いしか書いていない。日時は確かに、荒木田
達が考えていたものと合致し、またけがの具合いは、足首の骨折と手の甲の複
雑骨折とあった。
が、被害者の名前が三人の興味を引いた。頼山絹子−−。
「この頼山って、もしかしたら……」
荒木田が言った。
「うん、頼山先生の子。ひろ達と同じクラスだよ」
「他に……事故はなかったのか?」
救いを求めるような口ぶりで、高橋が聞いた。
「あることはあるんだけど、中西に関係するとしたら、これしかないと思う」
「今、彼女の具合いはどうなってるんだろう?」
「こんな小さな事故の続報が載るはずもないから、分からないんだ。それより
も気になるのは、どうしてこの人は、こんな夜に外出していたのかってことな
んだ。そりゃ、僕らにとってはたいして遅いとは言えないかもしれない。だけ
ど、教師の子が、こんなに夜遅くに出歩けるものなんだろうかって」
疑問を口にする若生。
−続く