AWC 気まぐれ月光 4   永山


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#468/1158 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/12/20  20:13  (200)
気まぐれ月光 4   永山
★内容
「……話を蒸し返しますけれど、バンドを抜けて七日市学園を選んだのは、学
費のことも頭にあったから?」
「うん。才能を認めてくれて、学費は半額免除、残りの半分は卒業後に払う形
でいいとなりゃ、ぐらっとくる。七日市学園の優れた設備を知ったのは、その
あとだった。ここだけの話、ロックやポップス分野の指導者は大したことない
と感じたんだけどさ。いずれ充実させるという話だったし、レコード会社との
パイプはあるし」
 決断のときを思い出したくないのか、聞かれていないことまでぺらぺらと喋
る四谷。表情は見えないが、二階堂は、この話を蒸し返すべきでなかったと、
珍しくも反省した。
「わたくし、よく知りませんが、ロックの場合は学校で三年間、学び続ける必
要があるのかしら」
「ないね。プロとして通用するようになれば、それが卒業だな。逆に、三年で
ものにならなきゃ、諦めなさいってこと」
「それなのに、わたくしとのユニットに拘るなんて……おかしな人ね」
「二階堂さんさえよければ、そのまま二人でデビューしてもいいよ」
「断ります」
 二階堂の即答に、四谷は聞こえよがしのため息をした。
「せめて、聴いてからにしてほしかった」
「今日の歌は、ユニットを組むか否かと無関係のはずよ」
「そりゃまそうですが……あそこだよ」
 声のトーンが変わった。足下を注意していた二階堂が面を起こすと、四谷は
右腕で一方向を差していた。事前に聞いていた通り、コンテナめいた巨大な直
方体のシルエットが、いくつか重なっている。
 大きさや建てる向き等は様々だ。カラオケボックスを思わせる物が標準サイ
ズとすると、他にも、縦に細長く、高さが十メートル近くある物、それとは逆
に平べったく、腰を屈めないと入れそうにない物、etc ……。色は暖色系で、
いずれも雨ざらしだったせいだろう、汚れてくすんで見える。しかし、予想し
ていたほど廃れてはいない印象を持った。
「もっと廃虚廃虚したところかと思っていたけれど、案外、危険は少なそうね」
「『ハイキョハイキョ』だなんて、まるで相撲のかけ声だ」
「……ああ」
 「はっけよい」のことを言っているのだと気付くまで、数秒かかった。
 二階堂は、一番手前の直方体に近付いた。出入口らしきドアが、ぴたりと閉
ざされている。他に窓の類は見当たらない。
「こんな背の低い建物、小さな子供ぐらいしか入れないじゃないの」
「それ、災害避難体験のための施設になる予定だったと思うよ」
「遊園地で災害避難?」
 四谷の説明に眉根を寄せた二階堂。一発で飲み込めなかった。
「アトラクション感覚で、災害時の避難体験をしようって訳。中は簡単な迷路
になってて、天井の高さも徐々に低くなって行き、出口付近でまた高くなる。
網を被せた排気口みたいなのが所々にあったから、ドライアイスか何かの煙を
出して、その中を腰を屈めながら、進んで行くんじゃないかな。壁には赤い矢
印が書いてあったから、きっと順路なんだ」
「あなた、中に入ったのね」
「当然。バンドの練習に適した場所がないかと、入れるところは全部、見て回
った」
 半ば感心し、半ば呆れつつ、二階堂は四谷のいる方を指差した。
「そちらにある標準サイズのが、あなたの云っていた防音の整った箱ね?」
「その通り。地面に固定されてなくて、変だなと思ったら、中に入ってみて分
かったよ。地震のときのパニック状態を再現する施設らしい。専用の機械を取
り付けて、ゆさゆさ揺らす」
 早口で説明する四谷は、どうやら唱いたくてたまらない様子だ。しかし二階
堂は、ついでとばかりに質問を重ねる。
「じゃ、こっちの背の高い箱は何にする予定だったのかしら」
「そいつは、内装が全くの手つかず状態だったんで、はっきりしない。階段も
何もないんだ。二箇所にドアがあるだけで。災害体験の施設だとしたら、たと
えば人工的な暴風雨や雷雨が起こせるようにするつもりだったんじゃないかな。
二階堂さんが云うところの標準サイズのが地震、平べったいのが火事と来れば、
あとは雷だし」
「ふうん。ここの遊園地って、割とユニークなコンセプトで計画されていたの
ね。全部が全部じゃないでしょうけれど、防災とアトラクションを融合させる
のは悪くない気が……」
「ねえ、二階堂さん。それよりも!」
 とうとう堪えきれなくなったか、四谷が全身を突っ張るようにして語気を鋭
くした。
「分かったわ。でもその前に、もう一つだけ。ここの治安は大丈夫なんでしょ
うね。行き場のない人達が屯するのに、ちょうどいい環境に思えてならないわ」
「これまでにトラブルになったことはない。昼間だし」
「他の人に出くわしたことは?」
「ないない。一番外のフェンスの、外せる板を見つけない限り、入れないって」
「あなたはどうやって、あの板が外れると知ることができたのかしら」
「一枚ずつ、触ってみた。えへへ、暇人だったもんで」
「……」
 このときの二階堂は、本当に暇だったのね、と相槌を打ちたくなっていた。
その言葉を飲み込んで、「一応、安心できたから、行きましょうか」と相手を
促した。
「よっし。じゃ、こちらへ」
 標準サイズの直方体は二つあった。四谷は、侵入口からより遠い方に向かう。
二階堂は急がず、悠然とした足取りで追い付く。と、四谷がドアの前で首を傾
げていた。
「何か問題発生?」
 察しよく、先回りして尋ねる二階堂。返事の声には、これまでの四谷のイメ
ージからは離れた、困惑の響きが入っていた。
「鍵が掛かってる。こんなのは初めてだ。蹴破れば済む話だから、支障はない
が……気になる」
 顎を思案げに撫でる四谷を横目で見やり、二階堂は「蹴り破るつもり? や
めておきなさい。怪我をするのが落ちだわ」と、呆れつつも忠告した。
「それに、侵入の上に器物損壊までやったら、洒落や冗談では収まらないわ」
「よく見ると」
 下を向いた四谷は、二階堂の台詞を無視して話を続けた。
「見慣れない足跡があるな。人間じゃなく――」
「――特殊な竹馬みたいな物ね」
 台詞を引き取って、そう続けた二階堂。同様に下を向き、地面の痕跡を見つ
める。長さは二、三〇センチほどだろうか。幅の方は滲んで判然としなかった。
巨大な箸を押し当てると、こんな感じの跡ができるかもしれない。それが左右
に交互に付いていた。
「ロボットカンガルーって感じもする」
 この四谷の感想には、二階堂も、言い得て妙と思った。なるほど、土にめり
込んで輪郭がぼやけてはいるが、直線が目立つその足跡は、メカっぽい。
「何かの作業をする機械? だとしたら、鍵を締めたのも作業員ということに
なりそうだけれども」
 そして、もし作業員が仕事をしたのなら、さっさと立ち去るのが吉だと、二
階堂は感じていた。腰が引ける。
「SFでもあるまいし、機械なら、タイヤかキャタピラじゃないかなぁ」
 対照的に、四谷は再びノブに手をやり、がちゃがちゃと揺すってみる。さす
がに蹴破ろうとはしないが、かなり力を込めているのが傍目からでも分かる。
「ここまで来といて、癪だっ。電車代、返せ」
 とうとう、爪先で扉の下の方を蹴った。乾いた音が返って来た。
 二階堂はため息をついた。視線を逸らし、先程の足跡らしきものに意識を向
ける。目で追っていくと、途切れがちではあるが、遠くまで続いていることが
知れた。
「わたくし達とは別方向から来て、引き返して行ったようね」
「――追跡してみるかぁ」
 独り言のつもりだったのに、四谷はしっかり反応した。ドアの前から離れる
と、“ロボットカンガルーの足跡”を辿り始めた。
「ちょっと。歌はどうなるのです」
「延期!」
「それならば、わたくしはここで帰らせて――」
「おっ! 本当にカンガルーかも!」
 喜んだ風な叫び声の四谷に、二階堂の言葉はかき消されたようだ。
「見て見て、二階堂さん! 歩幅が、ここからぐんと広がってる」
「……」
 呆れつつ、無言で四谷に追い付いた二階堂は、相手の話が正しいことを理解
した。思わず、目を見張る。一メートルあるかないかだった歩幅が、突然、三
メートルほどになっている。間の足跡が消えている訳ではない。
「やっぱり、カンガルーだ」
「詳しくはありませんけれど、カンガルーは跳躍するとき、両足を揃えるので
はなかったかしら」
「……云われてみれば、テレビでそんなの、見た記憶がある」
 喋る合間にも追跡は続行し、雑草の茂る一帯を横目に抜け、やがて塀際まで
辿り着いた。この頃には、歩幅はまた元の通りになっていた。
「何となく、見えた気がする」
 塀を見上げてから、顔を二階堂へと向けると、四谷はおかしそうに表情を崩
した。事態の飲み込めていない二階堂は、特に反応を示さず、次の言葉を待っ
た。
「遊び場を求めて、青少年が入り込んだんだ、きっと」
「青少年?」
「まあ、その辺は何でもいいんだけど。要するに、塀を飛び越えた連中は、ぴ
ょんぴょん飛び跳ねて遊んだ。満足すると帰った、それだけのことだと思う」
「……総合すると、飛び跳ねるための遊び道具が存在するということかしら?」
「心当たりはあるよ。パワライザーといったっけな。韓国かどこかで開発され
た、ジャンピングシューズみたいなやつ」
 四谷は話すと同時に、手をしきりに動かし、何らかの形状を示そうとしてい
るようだ。細長いラグビーボールを斜めに向けたようなカーブを想起させるが、
何を伝えたいのか、いまいち掴めない。
「見たことも聞いたこともありません」
「そう? じゃ、あとで調べるといいよ。ネットなら映像もすぐに出て来るだ
ろうし、納得してくれると思うな。ただ……記憶にあるのより、だいぶサイズ
が大きい気がする。この塀を飛び越えるぐらいだから、改良タイプなのかも」
 云って、四谷は再度、塀を見上げる。そして呟いた。「だとしたら凄い高性
能だな。欲しい」
「そんな物を欲しがって、どうするというの」
「あれば便利じゃん。今日、オレ達がしたみたいに、穴をくぐり抜けるなんて
真似をしなくて済む。華麗にひとっ跳びだ」
「……」
 二階堂はその様を想像した。途端に、眉間に皺ができた。
「仮に手に入ったとしても、わたくしは遠慮しておきます」
 まだ今日のルートの方がましだわ。そもそも、二度とこんな不法侵入まがい
(そのもの?)の行為なぞ、したくない。
 そんな感想が浮かんだ二階堂は、改めて早く立ち去ることを願った。歌の舞
台が閉め切られていたのなら、こんなところに長居は無用。
「あなたの歌を聴かせて貰う機会は、また別の日に作るとして、今日はもう帰
りましょう」
「ん、まあ、しょうがないのは分かってるけど」
 名残惜しげに、コンテナの方角を振り返る四谷。
「何でまた、今日に限って、なのかなあ! 今まで、鍵が掛かってることなん
て、一度もなかったのに!」
 地団駄を踏む四谷の様子は、どこから見ても男の仕種だった。
(足跡の件は解明できたようだけれども、鍵の方は分からないまま……気にな
らなくもないわ)
 このことは、二階堂の心にも、少しばかり引っかかりとして残った。
(足跡と鍵は関係あるのかないのか。関係あるのなら、どういう具合に? 何
者かが入り込んで遊んでいると気付いた管理人が、鍵をして回ったのかしら)
 帰りの電車に乗り込んでからも、しばらくは色々と推測を巡らせてはみたが、
結論は出なかった。

 二階堂と四谷が打ち捨てられた遊園地をあとにした翌日、つまり月曜日の夕
刻に、事件は発覚した。
「これこそ、僕という名探偵に相応しい事件だ」
 公に大きく報道されるには、更に一日待たなければならなかった。よって、
いかに十文字龍太郎が名探偵を自認していようと、一介の高校生である彼が事
件を知ったのは、他の七日市学園生徒と同様、火曜の朝だった。
「……十文字先輩、何でわざわざうちのクラスに来たんですか」
 一年生の百田充は自分の席に着いたまま、突然やって来た二年生を見上げた。
十文字は新聞を握りしめた片手を、軽く振った。
「ん? よい質問だ。そして答も簡単だ。五代君が大会出場のため、学校に姿
を見せていないからだよ」
「……うーん」
 日本女子柔道期待の星が大きな大会に出る件は、それとはなしに小耳に挟ん
でいた百田だったが、理解に苦しんだ。どうつながるのか分からない。
「休み時間は長くないことですし、もう少し、分かり易く……」
「ワトソン役たる彼女がいない場合、二番手の君にお鉢が回ってくるのは当然
だろう、百田君」
 十文字は凄いことをさらっと云った。凄く、独善的……。
「ちょ、ちょっと待ってください」
 新聞を机の上で広げようとする十文字を、両手で押し止める百田。周囲の視
線を集め始めていた。

――続く





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