#421/1158 ●連載
★タイトル (AZA ) 05/07/13 22:17 (200)
気まぐれ月光 3 永山
★内容
「そうだよ。なんだ、人並みに俗事にも興味あるじゃない」
「二つの事件は関係があると思われているそうね。だったら、十文字という方
には、両事件の捜査の進展具合が、ある程度知らされているのかもしれないわ。
そういう、わたくし達の知らないような話を元に、事件を考察したのだとすれ
ば、万丈目先生が辻斬り殺人の犯人という説も、莫迦にできない……」
「だから、さっきからそう云ってるのに。オレみたいに素直に認めなくちゃ」
「認めるまでの過程が違うわ。わたくしは、パズルの天才が実際の事件を解く
のも得意だなんて、単純には信じません」
二階堂は自説を開陳した。数学の苦手な自分がかつて、殺人事件の解決に貢
献したことを思い出しながら。
「オレも結構、複雑なつもりなんだけど」
男っぽい格好をしている四谷が云った。しかし、さして不服そうではない。
「ま、いいや。もしも万丈目先生が辻斬り殺人の犯人なら、それを知った誰か
が先生を殺したと考えるのが、極めて当然の理屈。そしてその犯人が、七日市
学園の誰かなのも確実――」
「お待ちなさい。滅茶苦茶です。万丈目先生が殺された理由を、辻斬り殺人犯
と見破られたから、と決め付けるのはどうかと。仮にわたくしが辻斬り殺人犯
を知ったなら、警察に届けるまで。何故、殺す必要があるの?」
「必要とかどうとかじゃないんだな、恐らく。万丈目先生を殺した犯人は、自
分を神だと思い込んでる。私刑、究極の私刑を実行した訳だ」
「……仮定の上に仮定を積み重ねている気がするわ。でも、今の話を聞いて、
一つ思い付きました。復讐ならまだ分からなくもありません。辻斬り殺人の犠
牲者の家族が、偶然にも犯人を見つけ、復讐を果たした」
「だけど、七日市学園に、辻斬り殺人の被害者に関係ある人って、いたっけな」
「知りません。別に血縁でなくてもかまわないのだから、どこでどうつながっ
てるか、第三者に分かるものではないと思いますけど」
「なーる。てことで、さっき云った推理は、飽くまでオレの自説として聞いて」
「断って貰わなくても、最初からそのつもりよ」
「自らを神に投影した傲慢な殺人、オレはこれに拘る。何故かっていうと、単
なる復讐なら、遺体を剣道部部室のロッカーに押し込んだりしない。いくら先
生が剣道部の顧問だったとしても。復讐なら、人目に着く場所に遺体を放置す
るだろ。そして、『この男こそ辻斬り殺人の犯人である』という風なメッセー
ジを、あからさまに残す。そう思うんだよね」
今度は二階堂がなるほどと頷く番だった。復讐が動機なら、剣道部の誰かに
濡れ衣を着せるような細工はしまい。何らかの事情により剣道部部室で殺さざ
るを得なくなったとしても、ロッカーに遺体を隠す必要は感じられない。
「いずれにせよ、学園には二人も殺人鬼がいることになるのね。全く、特別枠
で殺しの天才でも入学させたんじゃないかしら」
無論、冗談である。二階堂は皮肉めかして云ったつもりだが、四谷は真に受
けたらしかった。
「あり得る。スポーツ系の特別枠で入って来る人なんか、とんでもない身体能
力の持ち主みたいだからね。学校側は意図していなくても、殺人なんか平気で
こなす奴を入学させてしまったのかもなぁ」
「本気で云ってるのかしら」
「半分ぐらいは」
「力のみで人を殺められるか否かを語るのは、明らかにおかしいでしょうに」
「そうかな。他の場合ならともかく、辻斬り殺人犯を刺し殺すには、生半可な
体力や腕力では無理っぽい気がする」
「辻斬り殺人の犯人が、本当に万丈目という先生だとして、ではその先生はそ
んなに身体能力が突出していたのかしら?」
「そこら辺は、オレも知らない。でもま、体育の先生じゃないんだし、普通じ
ゃないかな」
「でしたら、並の体格の人でも犯行可能ね。『あなたは辻斬り殺人犯ですね。
話があるので剣道部部室に来てください』なんて莫迦な呼び出し方をして、相
手を警戒させたのなら話は別ですが、そんなことはまずないでしょう。むしろ、
辻斬り殺人犯を見つけ出すための知能こそ、必要なはずよ」
「なるほどね。それにしても二階堂さんて、音楽の感性ばかり際立っているの
かと思ったら、結構、論理的思考ってやつもするんだな」
「筋道の通るように考えるくらいなら、造作もないことよ。尤も、世の中には
直感や感情だけで動いているかのような人達もいるけれど」
妙に感心した風な四谷の視線を受け流し、二階堂はため息をついた。
「それでも、慣れないことをするものじゃないわ。頭を使ったら痛くなってき
た気が……。このままじゃ、あなたの歌をベストコンディションで聴けないか
もしれない」
「そりゃいけない。話題を換えよう」
真剣な顔で云う四谷。座り直して、次の話題に頭を悩ませているよう。そこ
で、二階堂の方からリクエストを出してみた。
「四谷さん自身のことを聞かせて」
「というと?」
「そのままの意味よ。そちらから一方的に交友を求めてきて、わたくしはあな
たについてほとんど知らない。他の生徒に尋ねてみたら、あなたって、寡黙で
何を考えているか分からないタイプに見られているようだけれど、わたくしに
は信じられない」
「うーん、ま、そうかもな。こんななりをしているし、言葉遣いもこれだから、
取っつきにくいんだろ。その上、普段は殻を作ってるから」
あっけらかんとした返答。自らを指差す四谷に、特段、気にしている様子は
ない。
「わざとそういう態度を取っている、と?」
「わざと……違うな。自然とそうなっちゃうっていうか。好きでもないのに無
理をして友達になると、軋轢が生まれる。そういうの、避けたいと思うから」
「では、わたくしにはどうしてそういう態度じゃないのかしら」
「二階堂さんのことが好きになったから。好きな人と友達になりたいっていう
のは、自然な欲求だぜ」
「わたくしは、普段のあなたを見てみたいし、普段のあなたと接してもみたい
のだけれど。この間の食堂での様子がそうなのかしらね」
「ああ、あなたが来る前の? そうだね、そうなる」
「酷く醒めた表情だったわ。なのに、わたくしの前では、にこにこしている。
理由は?」
「媚びて、気に入って貰おうってんじゃないよ。嬉しくて、つい、にこにこし
てしまう」
「……あなたのために弾くとは、一言も約束してないのよ。引き受けてくれる
と思い込んでいるのなら、やめて。過度な期待はしないこと」
「違う違う。二階堂さんといるのが嬉しい。あなたは心外かもしれないけれど、
オレからすればとても波長が合って、楽しいというか心地いいというか」
「……心外ではありません。それよりも今、気付いたことが一つ」
車内アナウンスが、目的地へ間もなく到着すると告げる。しかし、二人は会
話を続けた。
「何なに?」
「その前置き――『あなたは心外かもしれないけれど』という前置きは、四谷
さんの自然な気持ちから出た言葉なの? 必要以上に気を遣っている感じを受
ける。もしそうなら、心地よいというあなたの言葉も無理をしている気がする」
「……簡単には答えにくいなぁ」
四谷は立ち上がった。
「返事は降りてからでいいかな?」
二階堂は黙って首肯した。減速のタイミングを見計らい、彼女もまたゆっく
りと席を立った。
「中学のとき、バンドを組んでいたのは云ったと思う」
比較的大きな駅舎を出て、遊園地になるはずだった場所へ徒歩で向かう道す
がら、四谷は話した。
「メンバーの一人が死んでね。最初、自殺みたいに見えたけれど、殺人で。メ
ンバーの一人が犯人だった」
二階堂は、目の前を行く四谷が自分と同じく、殺人事件に巻き込まれた経験
を有していると知り、意外に感じた。無論、「わたくしも似たことが」等と打
ち明ける状況ではなかったから、静かに続きを待つ。
「メンバーの中で殺し殺されるっていうトラブルになった原因が、間接的に、
オレにあるような具合で。正確には違うんだ。殺しの動機と、オレは無関係。
でも……七日市学園に入ることが決まって、オレがバンドを抜けると切り出し
たんで、バンド全体ががたがたしちゃってさ。犯人の人は恐らく、『今、殺人
をやっても、自殺で片付く可能性大。仮令、殺しだと露見しようが、動機は四
谷の離脱絡みに見えるに違いない』なんて考えて、ほんとに殺してしまった」
「それはあなたの想像でしょう?」
「想像。だけど、それだけじゃないんだ。死んだ人と最後に電話で話したとき、
オレ、素気ない態度に終始しちゃって。いつもの調子だったんけどさ。別にそ
の相手のこと、嫌いじゃなかった。年上だけど、可愛らしいところもある人で」
「……」
明らかに声の調子が沈んだと感じ取れた。二階堂は口を挟めずに、ただただ
耳を傾ける。次の言葉が聞けるまではしばらく時間があって、自分達が地面を
踏み締める音が、やけに大きく聞こえた。
「最後の会話になると分かっていたら、あんな態度は取らなかったよ。話す内
容は変わらなくても、もう少し云いようがあったんだ。物凄く後悔している」
「ある人との会話が最後になるか否かなんて、誰にも予測できないわ」
「そうだよ。だから」
四谷が振り返る。二階堂は思わず、歩みを緩めた。
「だから、常に気を遣おうと心に決めたんだ」
二階堂が立ち止まると、四谷も止まった。二階堂は軽く胸を上下させて息を
つき、きっぱりと答える。
「わたくし、死ぬつもりは毛頭ありません」
「――ははは。でも、敵をたくさん作っちゃうタイプじゃないかな、二階堂さ
んも」
しばらくぶりになる笑みを覗かせ、四谷が顎を振ってきた。
二階堂はしばし沈黙した。自覚がないこともない。譲れないテリトリーが、
ときに彼女を自尊心の塊にし、傲慢にする。
「恨みを買って、刺されないようにしてよ」
そんな四谷の忠告?を聞いても、不思議とかちんと来なかった。
「そっくりそのまま、お返しするわ。わたくしが死ななくても、あなたが死ん
だら、これが最後の会話になる訳ね」
「それはちょっぴり、ううん、だいぶ嫌だな」
「じゃ、これを最後の会話にしないよう、お互いに努めましょう。できる範囲
でね」
「賛成」
沈み込んでいた心の荷を軽くできた。足取りも軽くなった。
遊園地跡地の周囲は、ゆうに五メートルはあるフェンスで囲われていた。し
かも、二階堂が想像していた金網状の物ではなく、銀色をしたパネルを上下左
右に並べた立派な囲いであった。
「まさしくバリケードだわ。これで一体どうやって……」
「心配無用。えっと、どこだっけかな」
顎先に片手を当て、首を前にひょいと突き出す格好で何かを探す四谷。程な
くして、「あった」と呟いた。その横顔がぱっと冴える。
「一箇所だけ、この銀の板、がたが来ててさ。外せるようになったんだ。ここ
を、よっと」
両手をパネルの一枚に掛け、剥がすように手前に引くと、意外と静かに外れ
た。一段目と二段目とで、ずらしてパネルを組み合わせているおかげだろう、
一枚を抜いたぐらいでは全体に影響はないようだ。
「……四谷さん。あなたの云ってた有刺鉄線はどこ?」
「この中。あ、予め云っておくと、その前にネット状の囲いもある」
二階堂の思い込みも、完全な的外れではなかったらしい。ともかく、大きめ
の石や穴ぼこ、水たまり等に気を付けながら進む。
「本当に、放置されているのね。雑草が伸び放題」
管理人や警備員の類がいないのは、歩く内に感じ取れたが、それでも昼日中
から破れた金網フェンスや有刺鉄線網の切れ目をくぐり、敷地内に足を踏み入
れるのにはちょっとした勇気が必要だった。いくら放置されていようとも、私
有地に断りなく入るのは違法だ。二階堂が大胆になれた理由は、四谷が過去に
何度も出入りした事実一点のみ。もし、今日が初めてとなれば、辞退していた。
「交通の便はさほど悪くないのに、寂しい感じだわ。頓挫したのは、周囲に他
に何もないからかしら。条件はよくないにしても、これだけの土地を遊ばせて
おくのは、資源の無駄。転用の利かない建物が多いみたいだから、更地にする
としても、解体費用が相当掛かる」
「またまた意外だあ。二階堂さんが、そんな経済っぽいこと語るなんて」
先を歩く四谷が振り向いた。
二階堂は首を振ると、「わたくしが興味を持っている訳ではなく、父がかつ
て、この手の開発事業に携わっていましたから」と答えた。
「へえ。じゃ、お父さんとしちゃあ、音楽よりも経済の道に進んでほしいんじ
ゃないの? 二階堂さんとこ、資産家だって聞いた覚えがあるし」
「本心は分からない。口では、好きな道に進むことを認めてくれたわ。恐らく、
『バイオリンやピアノなら、たとえプロになれなくても、教養として身に着け
ておいて損はない、嫁としてどこに出しても恥ずかしくない』程度の考えじゃ
ないかしらね」
「随分、穿った見方だな。お父さんにプレゼントを買うくらいなのに」
「誕生日のプレゼントのやり取りなんて、イベントみたいなものに過ぎない」
「うーん。オレとしちゃ、凄く羨ましい。実際はどうあれ、親から望まれて音
楽をできるってさ」
「あなたは違うの?」
信じられない、そんな気持ちから聞き返した。四谷は前を向き、再び歩き出
しながら返事する。
「まあね。バイオリンと違って、ロックは嫁に行く者の教養にはならないもん
な」
――続く