AWC そりゃないぜ!の恋21   寺嶋公香


    次の版 
#356/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/10/27  23:42  (205)
そりゃないぜ!の恋21   寺嶋公香
★内容

 三井さんからの電話が終わると、あとはいつもの日曜日。昨日の楽しさと引
き換えに溜まった宿題に、重い腰を上げて立ち向かわなくては。
 そんな風に、勉強机の住人になって午前中を過ごし、そろそろランチタイム
かなという頃合に、泉が部屋に飛び込んできた。といっても、ちゃんとノック
をしたのだから、成長したものだ。
「飯に呼びに来たのなら、入らなくてもいいと思うぞ」
 背中を向けたまま答えると、すぐに返答があった。
「そうじゃないよ」
 泉は、とことこと小走りで入って来ると、僕の座る椅子の背もたれをぐい、
と引っ張った。幸い、もたれていなかったので、姿勢を崩すことはなかったが、
危ないところだった。
「女の人が訪ねてきた」
「僕をか? 誰?」
「それを教える前に。『兄は勉強で忙しいと思いますから、様子を見てきます』
と答えといたのよ。勉強、中断できる?」
 こましゃくれた物言いをする妹を振り返り、僕はうなずいた。同時に、誰な
のかを早く言えと迫る。
「ちんねんさんという人」
「……」
 ここで迷うのが、関西人気質。果たして泉は、わざとぼけたのか、それとも
本当に間違えたのか。とりあえず、安全策だ。乗るだけ乗って、突っ込みはな
しにしておこう。
「坊さんに知り合いはおらん」
「……あ? 違ったかな。えっとね……」
 まじぼけかよ。僕はため息混じりに言って、立ち上がった。
「知念さんだろ」
「おー、当たり! ついでに聞くけどさ、どういう知り合いなの?」
「友達」
 うるさい泉を放っておいて、僕は玄関に急いだ。こんな昼飯前にわざわざ来
るとは、ただ事ではないんじゃないかという危惧が先に立ったからだ。
 風を巻き起こすかのごとく、勢いよくドアを開けると、その向こうでは、案
に相違して、知念さんがぽつねんと立っていた。物音で察したのだろう、こっ
ちへ振り向いた。
「おはよ」
「お、おはよう……って、じきに昼だぞ。どんな急用だと思って、階段転げ落
ちんばかりに駆け付けたってのに」
「その割には、怪我をしていないわね」
「冗談を本気で受け取るなっての。そんで?」
 聞くと、相手は耳に小指をやって、
「小耳に挟んだんで。昨日、擬似デートしたって」
 と始めた。当然、三井さんのことだ。
「どんな様子だったか、直接聞いてみたくてさ。一番話しやすいの、岡本君だ
なと思ったから」
 転校生よりも話しやすい連中なら、いくらでもいるんじゃないのかという疑
問は飲み込み、僕は何となく首肯した。
「三井さんの様子を知りたいわけか」
「そう。デート中のね。その、怯えてなかった?」
 なるほど。それで僕か。昨日の擬似デートに参加した他の男子達は、恐らく、
三井さんの過去を知らない。
「特に嫌がる風や、避ける様子はなかった。ただ、僕はしんがりを務めたから
な。それまでに三井さん、五人とデートをしてみて、徐々に慣れていったって
ことも考えられるんじゃないか」
「聞くっところによると――」
 知念さんは妙な言い方をした。まるで講談か落語だ。その口調は「するって
えと」だろと指摘したくなる。
「――最後はだいぶ時間オーバーをしたそうだけれど。延長突入はあなたが言
い出したこと? それとも万里が?」
「どちらからともなくってのが、一番正確だと思うよ。中途半端な時間帯だっ
たからなあ。いや、公演がさ」
 僕は掻い摘んで状況を説明した。終わると、知念さんはふんふんという具合
にうなずき、そして言う。
「つまり、特定の誰かに意思表示をすることはなかったのね」
「何だ何だ? 擬似デートで意思表示、あり得ないないだろ。あくまで、劇の
相手役を決めるのが目的だぜ」
「ムードに流されて、ぽろってことはないとは限らないでしょうが」
「ないって。そんなムードを作り出せるような場面は、まあ生まれないね。も
ちっとロマンティックな場所ならまだしも、お笑いのライブでは無理無理。南
極でエスキモーにクーラー売るようなもん」
「私は、流されてほしかったと思わないでもない。由良を頭の中から消して、
ほんとの恋の始まり、みたいな」
「せやから……無理だって」
「そうかしら? でもま、よかったわ。由良だけが万里にとっての特別な存在
じゃないんだって、はっきりしただけでも」
 その点には大いに同感。あとは二人の結婚をやめさせる、いや、遅らせるだ
けでも、僕にも勝ち目が出て来る(何遍もしつこいかもしれないが、そう信じ
てる。じゃなきゃ、やってられない)。
 ん? 今、何の気なしに思い付いたけれど、結婚をやめさせなくても、遅ら
せるだけでも、ある程度の効果は見込めるんだな。猶予があればあるほど、僕
には有利に働く。野球で二十対一のゲームが、二十対五になったくらいのアド
バンテージだろうけど。
 って、全然アドバンテージなってないやんか! などと、心中で自分に突っ
込んでいた僕に、知念さんの声が届く。
「それで? 相手役に選ばれなかったら、どうする気?」
「うん? 別に問題ない。由良に一泡吹かせるシナリオさえうまく行けば、誰
がやっても同じだからなあ」
「いや、それじゃなくて」
 見えない箱を両手で持ち、右から左に移す仕種をする彼女。その話はこっち
に置いといて、というときのあれだ。関西系の僕と話しているからって、そこ
まで合わせてくれなくてもいいのに。君のキャラにないだろ。使い方、微妙に
間違ってるし。
「口ではそう言っても、本心では、相手役――狩人だっけ、やりたくてたまん
ないんでしょ」
「そりゃまあ」
 今さら隠してもしょうがないが、やっぱり照れる。こういうときは、鼻の下
を人差し指でこするに限る。
「私は君が一番可能性あると思ったから、君に賭けてんの。と言うよりも、他
の男子は、万里と由良の結婚を止められないものと、とっくに諦めてて話にな
らないだけ。転校してきた岡本君だけは、往生際が悪い」
 よく言われている気がしないが、不思議と腹が立たない。僕はため息と苦笑
を交え、応えた。
「……転校生じゃなくても、往生際悪かったかもしれん」
 仮定しても詮無きこと。そうと分かっているのに、考えてしまう。もっとず
っと前から三井さんと知り合っていたなら、こんな現状にはさせなかった。
 知念さんは斜め下を向き、微かに笑い声を立てた。
「そういうところも含めて、期待してる。だから――」
 ついっ、と面を起こすと、半ば強制するような調子で続ける。
「狩人役になれたら、勝ち目は大きくなるの? ならないの?」
 ずばり問われると困る。劇は飽くまで由良に一撃を食らわせるのが第一義で
あって、逆転に直結する作戦じゃないんだよな。そのことは、知念さんも承知
していると思うのだが。
 なのに、敢えて聞いてくるのは……。
「劇で、三井さんを由良王子のもとから連れ去ったあと、本当に二人で外に逃
げ出せたら、いい感じに持っていける、かな」
「そうこなくちゃ。私も微力ながら支援する。タイミングを見て、万里にあれ
これ吹き込むとかね」
 知念さんの表情が、満足げな笑みになる。どうやら僕は期待通りの返答をし
たらしい。ただ……自分の答を実行できるかどうかとなると、我がことながら、
甚だ疑問なんだな、これが。
 さっきの返答に後悔している訳じゃないが、知念さんを見返す僕の顔つき、
きっと微妙なものになっていたことだろう。
「お昼、邪魔したね」
 軽快な調子で言い置き、帰って行く。これほど上機嫌な彼女は初めて見た気
がする。思いも寄らない方向から、プレッシャーを受けてしまったようだ。

 月曜の学校は、朝からそわそわしていた。と言っても、僕を含んだ我がクラ
スの一部男子のみかもしれないが。
 放課後のホームルームの時間に、劇についての話し合いが持たれることにな
っている。狩人役もその場で発表されるというから、そわそわせずにいられな
い。
 恐らく、昨日の時点で結論は出ていたのだと思う。三井さんが誰か一人を決
めて、それを蓮沼さんに伝えておけば済む話だ。だからなにがしかの噂がクラ
ス内に流れてもいいものなのに、さっぱり伝わってこない。浮つくのも仕方な
いだろう。
 蓮沼さんは融通が利く質だけれども、殊、こういう秘密や信頼を要する事項
に関わるとなると、頑固なようだ。僕が擬似デートで時間オーバーをしたとき
の怒りようからも、それは容易に想像できる。彼女に聞いても、絶対に教えて
くれまい。
 案外、三井さんに聞けばあっさり答えてくれそうな予感があるものの、本人
に尋ねるというのは少なからず勇気がいるものだ。その証拠と言うのも変だけ
れど、今朝から三井さんとまともに会話できていない。それは僕以外の候補者
五人も同じだった。
 そういったいきさつで、僕は今、身体の中で期待と不安が化学反応を起こし
そうなくらいに混ぜ合わせ、ホームルームの開始を待っていた。
「それではまあ、さっさと発表しちゃおうかな」
 取り仕切るのは、いつもと違って学級委員長ではなく、“企画実行委員長”
の蓮沼さんだ。三井さんが自分の相手役を自分で発表するのはおかしいから、
ということらしい。
「じらして、大事な狩人役がストレスで胃潰瘍になって、劇に出られないなん
てことになったら、目も当てられないし」
「そういう割に、前置き長ーい!」
 急かす声に押される形で、蓮沼さんはチョークを手に取った。声ではなく、
板書で発表しようというわけか。
 劇の仮題、既に決定している配役が順に白い文字で記されていく。ここに及
んでまだ焦らすつもりらしい。僕は何だか、脱力してきた。今日は家を出たと
きからこっち、ずっと緊張を強いられていたせいか、発表を目前にしてすっか
り疲れていたんだと思う。ストレスも限界を超えると、どうでもええわってい
う領域に到達するんだなと、生まれて初めて実感した。
 凝りを覚えた肩や首筋に手をやり、揉みほぐす動作に紛らわせて、僕は隣の
三井さんの様子を窺った。
 さっきまで、近くの席の女子から、「ねえねえ、誰にしたの?」という意味
のことを繰り返し聞かれていたのには、僕も気付いていた。三井さんは、のれ
んに腕押しという風に、微笑み混じりに質問をかわしていた。蓮沼さんに口外
禁止を厳命されていたのかもしれない。
 そして今この瞬間の“王女様”は、口元を両手で覆い、じっと黒板の方を見
つめていた。まるで、相手役の決定に彼女の意志が介在できないかのように、
息を呑んでいる仕種に見えた。
 と、そのとき、三井さんの視線がこちらに動いた。まともに目が合う。
 こちらとしちゃあ、逸らす理由はない。今この瞬間、三井さんに注目するこ
とは自然だろう。でも黙って見つめるのもおかしいというわけで、言葉が勝手
に口を衝いて出た。
「選んでくれたんやろか」
 質問じゃなくて、呟きのつもりだった。
「うん」
 くぐもってはいたが、そう言う三井さんの声がはっきり、しっかり聞こえた。
 僕はマックススピードで上半身を捻って、横を向く。
「ほんまに?」
 三井さんは口元を覆っていた手を崩すと、右の人差し指をぴんと伸ばして前
に向ける。僕は首から上だけ向き直る。大忙しだ。ストレッチ運動でもこんな
捻り方は身体に悪そう。
「お」
 黒板を見た瞬間に出た僕の声は、周りからの冷やかしやら口笛やらでかき消
された。
 蓮沼さんの持つチョークの先には、狩人役として岡本大地の名前がやけに大
きく記されていた。
「おめでと。君が当選。他の五人は残念でした。またの機会をどうぞ」
 にこにこしながら、名前の周りを赤のチョークで花模様に囲い始める蓮沼さ
ん。それはやり過ぎだろ。と、咎めたくなる気持ちよりも、嬉しさの方が圧倒
的に上回っていた。顔がふにゃけそうなのを、両頬を自分で叩いてどうにかま
ともに保つ。
「就任の挨拶はどうした?」
 誰か男子の声――多分、剣持がそんなことを言ったので、僕はつられて腰を
浮かせた。
 すぐさま、しまったと思ったものの、もう遅い。机の端と端に両手をつき、
いかにも演説を始めそうな体勢で立ち上がっていた。
「えー……」
 ここはギャグで切り抜けねば。
 だが、只今の頭の中は、人身事故が起きた朝の山手線状態。二万五千人の足
が乱れましたっていうくらいに、大わらわの右往左往だった。
「どうした、どうした?」
 急かされて、思考が空回り。焦りで意識がぐるんぐるんになる。
 だから、こんなことを口走った。
「三井さんを幸せにすると誓います」

――続く





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●連載」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE