AWC 冥々白々 3   永山


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#353/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/10/09  23:59  (500)
冥々白々 3   永山
★内容
 静かだが、強い調子で訴える九条。
「理屈は分かるが、電話口でテレビ局の人を説得するのは難しい気がする」
 若馬は考え込み、数瞬後、口を開いた。
「暗号の出た掲示板に、謎を解いたぞと書き込んでやるのはどうだろう? 犯
人に対するメッセージという訳だ。おまえの手口はお見通しだぞと。これなら
冥とやらも動きづらくなるはず」
 先生のアイディアは、緊急の一手として即座に実行に移された。

 若馬勲の要請を受け、出版社が働きかけた結果、地元警察は、現実的な線で
は最大限の迅速さで対応した。といっても、三番目の被害者として名指しされ
た千代谷の家に、警察官が駆け付けたときには丸一日が経過していたが。幸い
にも千代谷健悟郎は無事で、この点、掲示板に警告を書き込んだことで冥を足
止めできたのかもしれない。
 ただし、警察からは注意を受けた。全く別物と思われていた殺人事件二つを
結び付けた功績は認めてくれたものの、犯人に手の内を明かすような行為は慎
んでいただきたかった云々と。九条達も、あれは仕方がない選択だったとは思
いつつ、掲示板上で冥からの反応はなく、警察の見解にも頷ける部分があった
ため、退いた。
 四番目以降に予告された人達についても、各自宅を重点的に巡回する対策が
採られた。これは、犯人逮捕につながることをも期待した措置である。尤も、
暗号を破られたと知った冥が、のこのこ現れるとは考えにくい。
 こうなると、幌真シティBBSの書き込みが重要になってくる。徹底的に調
査された。
 幌真シティBBSは、よくあるレンタル掲示板の一つで、幌真出身の某会社
の元社長が開いたものだった。東京で成功を収め、息子に代を譲り、自らは隠
退したときに、故郷を懐かしんで開設したという。管理人であるその元社長が
健在の内は、当初の目的通りに使われ、そこそこの活況を呈したようだ。が、
彼が逝去すると、遺族は掲示板を閉じるに忍びず、そのまま契約更新だけをし
て放置することが続いた。結果、急速に雰囲気が悪くなり、しばらく無法地帯
の状況が続いた後、寂れるに至った。それでもたまに書き込みがあるため、閉
鎖されずに残してきたらしい。
 書き込みの際の個別情報は、表面的には読み取れないよう、レンタル掲示板
のサーバーサイドで自動的に加工される。情報そのものはサーバーで当然把握
しており、警察の捜査協力要請により、開示された。
 そうして判明したのは、冥が意外なほど無防備なまま書き込んでいた事実。
発信元は比較的容易に特定された。
 逮捕につながる手がかりと色めき立った捜査陣だが、程なくして、無防備さ
には理由があったと分かる。彼もしくは彼女は、他人名義の回線を使っていた。
「佐藤伸哉という人の部屋から書き込まれたが、その佐藤さんは四月二日に他
殺体で見つかった。よって佐藤さんは冥ではないという論法のようです」
 冥の事件に取り組み始めてから、ちょうど一週間が経過した水曜日。九条は
少女探偵団を代表して、若馬から事後報告を受け、それを例会の席で他のメン
バーに伝えた。
「え、ちょい待ち。その佐藤さんて、あの佐藤さん?」
 江尻が質問しながら、鞄の中をごそごそとかき回した。やがて出て来たのは、
先週こしらえた、幌真で四月以降に起きた殺人・変死事件のリスト。同姓同名
は明らかだった。
「同じ人物です」
「じゃあ、冥は佐藤さんの知り合いかなー?」
 両津が云った。即座に、曽我森が否定的見解を述べる。
「決め付けられないんじゃない? 知り合いなら、黙ってパソコン使って一回
書き込むぐらい、こっそりできそうだわ。わざわざ殺さなくても」
「押し込み強盗みたく、無理矢理部屋に入って、佐藤さんを殺害し、それから
ネットに書き込んだってことに? うわあ、凶悪犯」
「一度きりの書き込みのために、見ず知らずの人を殺したのだとしたら、確か
に冷酷非道の凶悪犯です。あの『キマグレに命を貰う者也』というフレーズも、
嘘じゃない」
 九条は噛みしめるように云って、目を一旦瞑り、三秒ほど間を取った。今日、
下校中に浮かんだ思い付きを、皆に披露すべきか否か、少し迷う。まとまって
いないからだ。
 彼女は、これは勘みたいなものですがと前置きし、始めた。
「逆の見方もしなければいけないと思いました」
「逆って、何を」
「全ては冥の計画通りかもしれないってことを。さっき、佐藤さんと冥は見ず
知らずの間柄である風に云いましたが、逆かもしれない。この場合、無差別の
連続殺人、その準備段階で殺された佐藤さんこそが、実は冥が殺したい本命だ
ったという可能性」
「……凄いかも」「盲点よね」「さすが、リーダー。名推理!」
 一瞬の沈黙を挟み、三人から感嘆の言葉が出る。九条は苦笑を浮かべた。
「名推理かどうかは分かりませんけど。あらゆる可能性を検討しなくてはいけ
ない、という探偵訓を肝に銘じていたおかげです。それにこの推理は、もし仮
に警察が、短絡的に犯人は佐藤伸哉の知り合いだと見なし、捜査を進めたとし
ても同じことになり、問題ない訳ですから、大した発見じゃありません」
「無差別殺人の中に、本当に殺したい人物を紛れ込ませるというのは、ミステ
リではさして珍しくないけれど、初っ端に本命を持って来て、その後、無関係
の人を殺し続けるっていうのは、どうなのかな」
 疑問を呈するのは江尻。そうでなくてはと、九条は一つ頷き、意見を述べに
かかる。
「一見、あり得ないように思えます。計画を立てる者はいても、実行するのは
心理的に厳しい。だって、一つ目の本命の殺しで、犯人は怪しまれずに済んで
いるのに、殺す必要のない人達をわざわざ殺すことは、普通なら躊躇するもの。
犯行を重ねるにつれて、発覚の恐れが高くなるし。
 けれども、冥はその裏を掻いた、そんな気がします。忍者密室の犯行を取っ
ても、冥にはそれだけの才覚と実行力が備わっているのではないでしょうか」
「まあ、分からなくもないわ。自殺に見せかけるでもなく、密室殺人をやらか
すなんて、ミステリマニアの匂いがするからね。私達と同類」
 曽我森が自嘲めかして云った。彼女を含め、メンバーは全員、ミステリマニ
アを自任している。九条は忍び笑いを更に潜め、なるべく重々しく口を開いた。
「私達の立場から云って、今後、情報を貰えることは期待できませんから、容
疑者探しは警察に任さざるを得ません。私達が着手できる問題、それは先ほど
触れた密室と、二番目の事件の謎でしょう。――両津さん」
「はいはい。中村さんの事件のデータだよね? どんな不可思議な犯罪なのか
っていう……」
「ええ。お願いします」
「この人も自宅で殺されてて、死因は窒息。ロープみたいな物で絞められた。
その上、自らの商売道具である彫刻刀で身体の一部――主に両腕表面を削られ、
絵の具を顔に塗られ、粘土で作った輪っかを両手両足に填められていたんだっ
て。これらはみんな、事件発覚後しばらくは公にされなかったけれども、捜査
が行き詰まりかけたので公表に踏み切ったという経緯があったみたい」
「自宅のどこ? そこまで仕事に関係あるように装飾するのなら、工房かアト
リエか窯かしら」
 曽我森の質問に、両津は首を横に振った。
「単純に、自宅の居間が現場」
「削った肉片は、その場に落ちてました?」
 九条がさらりと云うと、みんな大なり小なり、顔をひきつらせた。
「そ、その辺りの詳細は、表に出てないと思うよ」
「見つかってないのなら、処分方法も気になる……トイレに流すか、燃やすか、
食べるか」
 再び、頬をひくつかせるみんな。
「はっきりしないことは後回しにして、やっぱり、何故そんな細工をしたのか
が肝心なんじゃない? それを考えないと」
 江尻があからさまな方向転換を図ると、九条は素直に従った。
「そうですね。不可解な装飾の必然性、乃至は犯人の意図を読み解くことこそ
最重要課題」
「必然性に絞ってもいい気がするけれど……」
「今回の犯罪は、冥という劇場型犯罪者によってなされています。幌真という
狭い空間ではあるけれども、観客を意識しているは間違いありません。殿宗寺
さんの死が密室という、恐らく意識的な謎に彩られたことから類推すると、中
村さんの事件も、犯人がそうせざるを得なかったという必然性と同程度に、故
意に作り上げた不可解さの演出である目を捨てきれません」
「云いたいことは分かるわ。でも、不思議にするために、故意に被害者の肉体
を削ったり、顔に絵の具を塗ったりするのは、『やりたかったから』に落ち着
いてしまうんじゃなくて? そういうのって、謎でも何でもない」
 曽我森が冷静に分析する。それは九条も承知していることだ。
「確率の高さは、やむにやまれぬ理由から装飾を施した方に分があるでしょう。
私が強調したいのは、あらゆることを検討する姿勢です」
「じゃ、現実に今、解けそうなのはどっち?」
「必然性の方なら、仮説を立てました。少々、劇場型犯罪の側面も持ち合わせ
た形になりましたが」
「本当?」
 尊敬の眼差しで見られていると気付き、九条は急いで両手を振った。
「あの、飽くまで仮説ですよ。根拠皆無の空想に近い推理というやつで……」
「いいから、聞かせてよ」
 催促されると、話す気になった。真相を見抜いたかどうかは別にして、推理
を語る行為は心地よい。途端に九条は頬を緩めた。
「被害者は死の間際、犯人の正体を明瞭に示すメッセージを、自らの身体のど
こかに残したんじゃないでしょうか。首を絞められ、薄れ行く意識の中、ダイ
イングメッセージを残すとしたら、利き腕で反対の腕に何かを書き付ける、書
く物を持っていなければ爪で皮膚を傷つける、そんなところになると思います」
「何か……またちょっとグロいんですけど」
 嫌そうな顔をする江尻を気にせず、九条は続ける。
「犯人は犯行後、そのメッセージに気付いた。このままにしておくと、自分の
犯行とばれてしまう。けれども、それは消すに消せないメッセージだった。で
はどうするか。上から塗り潰しても、科学捜査によって判読される恐れがある。
そうなると、メッセージそのものの破壊しかありません。腕を切断して持ち去
るか、肌を焼け爛れさせるか、皮膚ごと肉片にして削り取るか一つ目は時間が
掛かるし、持ち出すのにもかさばって目立つ。二つ目は臭気が近所に漏れるか
もしれません。三つ目が最も簡単な解決策ではないでしょうか」
「……」
 曽我森も、江尻も、両津も、呆気に取られたように言葉が出ない。九条は付
け足した。
「包丁などではなく、彫刻刀を使ったのは、その意図をカムフラージュするた
め。顔へのペイントも、粘土の腕輪や足輪も、同じ目的のための小細工だと考
えました。いかかがでしょう?」
「感心しちゃったよー」
 両津が叫ぶように云って、跳ぶように抱きついてくる。彼女をしっかり受け
止め、九条は照れ笑いを浮かべた。
「一つの答だなあ。筋道は通る、うん」
 江尻もまた感心した風に、しきりに首肯する。
 残る一人、曽我森だけは、色々と思うところがあったらしく、九条と視線を
合わせると、肩の高さに挙手をした。
「ちょっといい? 腕のメッセージを消すためとすれば、他の装飾はいらない
気がするわ。だって、腕のメッセージを消すために彫刻刀をふるったと気付か
れても、それが即、犯人特定にはつながらない。肉片は恐らく現場に残さない
だろうし、犯人は一刻も早く現場から立ち去りたいものでしょう? 余計な行
為に割く時間があったかどうか、疑問ね」
「そこに、私は冥の遊戯性を見ます。観客を意識するが故に、敢えて謎を拵え、
不可解な事件に仕立て上げた……。あるいは、より切実な理由があったと考え
られなくもないのですが、これは詰め切れてないので」
 九条はひとまずの反論を示し、口を噤もうとする。だが、最後の一言が皆の
興味を惹いた。
「途中まででいいから、話してみてよー」
「しかし」
「名探偵ぶって、全てを解くまで推理を話さない、なんてやってると、新しい
犠牲者が出るかもね」
「でも、本当に思い付きの、そのまた欠片に過ぎないんですが」
「その欠片を、私達の力で、一枚の大きな絵にできるかもしれないでしょうが。
もっと信用してほしいわね」
 三人から順繰りにやりこめられ、九条は覚悟を決めた。僅かばかりため息を
ついて、話す。
「現時点で、有力な容疑者は疎か、怪しい人物の目撃情報すら警察は掴めてい
ないようです。ということは、冥は外見に際立った特徴のない人物ではないで
しょうか。飛び抜けて背が高いとか、通路を通れないほど太っているとか、腕
が一本ないとか、片目だとか、片足を引きずっているとか、角が生えているな
どということがあれば、きっと目撃者がいるはずですから。この仮定を認めて
ください」
 九条は三人を見た。二人が黙って頷き、一人が「いいよ」と返事した。
「そのような凡庸な外見の冥を、中村さんはどんな風なメッセージで残したの
でしょうか。まさか『男』や『女』、『無精髭のある』、『三十歳ぐらいの』
なんていう曖昧な文言ではないでしょう。この程度なら腕を削らず放置してい
ても、まあ、犯人逮捕に結び付きそうにない。また、いくら被害者が絵画も仕
事の一つとしていたからと云って、似顔絵を残すほどの余裕もないはずです。
多分、中村さんは冥の本名を知っていた。その名前を自分の腕に刻んだと思い
ます。これなら、冥は否応なしにメッセージを消さねばなりません。ところが、
メッセージを消したという行為を知られると、たった今、私が推理したように、
犯人は中村さんと面識のある人物と推察される。少なくとも、その材料を捜査
側に与える結果になります。冥はそれを嫌い、遺体を過剰なまでに飾った……
いけない、喋りすぎましたね。タイムオーバー間近です」
 時刻を認視し、目を見開く九条。例会を始めてから、こんなに経っていると
は思いも寄らなかった。
「そ、それだけ組み立てられてるなら、犯人まであと数歩って感じじゃない!」
 曽我森が珍しく興奮を露にする。
「犯人までは依然として遠いですよ」
 仮説がなくもないですが、というフレーズは飲み込んだ。
「それなら、もう一つの忍者密室事件の方は? あっちはまだ目処が立ってな
いの?」
「目鼻は付いたかなっていうところでしょうか。密室成立の状況が厳しくて、
これしかないという答が結構あからさまな気がするんですよ」
「ど、どうやって」
 どもりながらも、早く早くという風に、拳を作った両手を口元に持って行く
両津。九条は再び頷いた。
「犯人は殿宗寺さんと一緒に、隠し部屋に向かいます。途中、回転扉がありま
すから、先に殿宗寺さんを行かせる。彼がある程度進み、隠し部屋に入ろうと
する瞬間、犯人は長い長い槍を使って、回転扉の隙間を通し、殿宗寺さんの背
後から刺した……いえ、槍は冗談です。隠す場所がありません」
「時間がないってのに、冗談なんかいれるなー!!」
 両津を筆頭に、三人から猛烈な突っ込みを受け、九条は反省した。自ら気を
取り直し、槍の箇所を訂正に掛かる。
「犯人は飛び道具を使ったのでしょう。矢の先に軽い金属でできた刃物を、尻
には充分な長さのテグスでも結び付けておき、それをアーチェリーかボーガン
の類で撃つ。犯行後、テグスを引いて矢を回収する。
 あるいは氷など解けてなくなる弾丸を銃で発射したという説も、考えに入れ
ておきましょうか。可能性は低いでしょうけど。
 ともかく、このようにして殺害すれば、犯人は入ってきたルートを引き返す
ことで、楽に脱出・逃走できます」
 九条は時計を見た。
「では、そろそろ」
「リーダー。その推理、念のため、早く警察に云った方がいいよ!」
 両津達が九条を取り囲み、うんうんと何度も首を縦に振っていた。
「そうでしょうか?」
 細切れの推理をいくつか披露しただけだし、証拠はないし、関係者に質問も
していなければ、現場検証もしてない(それどころか現場に足を踏み入れてさ
えいない)。何よりも、名探偵が謎の数々を一刀両断にする推理小説でお馴染
みのクライマックス気分も味わえていない。
 そういう訳で、九条は乗り気でなかったが、三人のメンバーに推されては抗
し難かった。
「分かりました。じゃあ、なるべく近い内に、えっと、若馬先生に付き添って
いただき、足を運ぶことにしましょう」
「なるべく近い内にじゃなく、今日、これから!」

 九条が推理を持ち込んだ翌日の夜、事態は大きく動いた。
 犯人と目された男が死んだのだ。
 それは、捜査本部のある警察署に出向いた際、九条がついでと思い、怪しい
と指摘した人物だった。
「松井正次(まついしょうじ)? 誰それ?」
 金曜日、臨時の会を持つことになった少女探偵団は、いつもと異なり、両津
の家に集まった。
「地元ケーブルテレビ局の番組で、街の有名人コーナーを担当していた男です」
 九条が答えると、質問者の江尻だけでなく、両津も曽我森も、「あ」と何か
に気付いたみたいに短く叫んだ。
「松井は、殺したい人物をピックアップし、街の有名人コーナーに出ないかと
打診していったようです。相手の行動パターンや性格を知るために、そしてい
ざ殺す際に、接近しやすいように。ただ残念なことに、簡単な遺書しかしたた
めていなかったようですから、具体的にどんな動機を抱いていたのか、全く不
明のままです」
 松井は局内のトイレで、首吊り死体として発見された。遺書とされる物には、
乱雑な字でメモ書き程度に、「俺がやった。あいあむ冥」とだけ自筆で記され
ていた。
 参考人として警察署に呼ばれ、長時間の聴取を受けて、帰された直後だった。
松井は疑われていることは察知しただろう。だが、まさかいきなり自殺を選ぶ
とは、警察サイドも予測不可能だったと見える。
「リーダーは、テレビ局の人間が怪しいと、どうして思った訳?」
 曽我森がストレートに尋ねてきた。九条は少し時間を貰い、考えをまとめた。
「以前、私が云ったのを覚えてると思います。中村さんが腕に残したダイイン
グメッセージ、あれが犯人の名前だと仮定すれば、中村さんは犯人の名を知っ
ていたことになる、と。加えて、殺しが被害者宅で行われている点から、犯人
は被害者及び殺害予定者各人と親しく、家に上がり込める立場にある人なのか
な、と考えました。これに当てはまるのは、街の有名人コーナーを担当したテ
レビ局の誰かさんと見るのが、最もしっくりきます」
「なるほどね。私はまた、冥は有名人嫌いな奴で、テレビに出た幌真の人達の
中から犠牲者を選んだと思い込んでいたから、全然分からなかったわ」
 参りましたとばかり、両手を上げた曽我森。今回、メンバーの中で先んじて
解決できたことを九条は誇る気にならない。むしろ、曽我森らとの討論を経て、
真相に近付いていったというのが実感だ。
「結局さあ、佐藤伸哉って人は、どっちだったんだろ? 冥のきまぐれで殺さ
れたのか、ちゃんと殺されるだけの理由があったのか……」
 今度は江尻が云い、両津がそうそれと受ける。九条は軽くかぶりを振った。
「分かりません。ただ、松井との間に接点は見つかりました。松井がかつて担
当したクイズバラエティ、その番組で雇ったアルバイトの一人が佐藤さんだっ
たそうです。これを突破口に、目下、調査中といった感じでしょう」
「ふーん。あとからぽろぽろ、出て来るもんなんだねえ」
「推理小説のように一から十まで、うまくは行かないということなんでしょう
ね。今度の事件で、手がかりが全部揃うのを待っていたら、犠牲者を増やして
いたかもしれません」
「それにしても、冥って、激しくのんびりしてたよね」
 両津が聞きようによってはおかしな日本語を駆使する。
「一年以上前に、狙いを付けた相手をテレビ出演させてお近づきになっといて、
この春からやっと実行し始めてるんだよ。それも、二人を殺しただけで捕まっ
たんだから、準備期間が長い割に、呆気なく終わった感じ。あ、勿論、犠牲は
少ない方がいいんだけどさぁ」
 云いたいことは、朧気に分かる。九条も同じような感想を抱いていた。
 時間を掛けて計画し、やっと実行に移したが、二ヶ月ほどで頓挫し、警察に
一度呼ばれただけで自殺。小さいとは云え、幌真シティBBSというネット上
の公の場で大胆な犯行予告を出した人間にしては、諦めがよすぎる。そんな印
象が脳裏に張り付き、拭えない。
 真っ先に解決に辿り着いたのに、それを素直に誇ったり喜んだりできないの
は、この残された曖昧さに原因があるのかもしれない。いや、あるに違いない。
「ま、色々あったけれど、初めての大事件にしちゃ、上出来じゃない? 終わ
りよければ全てよし」
 江尻が調子よく云った。
「そだね」と両津が応じる。記録を付け終わったらしく、自前のノートパソコ
ンを閉じた。
「今は、次の大事件を期待する気持ちと、このまま平穏無事な毎日が続くよう
に願う気持ちが、半々ぐらいね」
 曽我森の正直な吐露に、九条も漸く微苦笑を浮かべた。
 殺された人数が二桁になりそうな頃合に、名探偵がやっと真相を言い当てる
ミステリでも、最後は大団円を迎えるものだ。三人で食い止め、なおかつ自分
達が拘わってからは一人の犠牲者も出させなかった彼女達の功績は、胸を張っ
てよかろう。
「締め括りは、少女探偵団、万歳!ですね」

「じゃ、また月曜に」
 互いに似たような挨拶を交わし、手を振りながらY字路の左右に分かれる。
左に歩みを進めた九条は、やがて住宅街を外れ、坂を下り始めた。ここから自
宅まで、結構距離がある。
 六月だから、まだまだ暗くはないが、黄昏時は矢張り心寂しい。加えて、周
囲はひと気の乏しい緑地帯。西の空に幾重にも浮かぶ雲々がいやに黒く見え、
恐いぐらい。
 坂を下りきったとき、雲間から一瞬、陽光が差し、九条は目を細めた。彼女
以外に道を行き交うものはなく、危険はないのだが、歩くスピードを緩める。
 雲の切れ目はすぐに閉じ、彼女は視界を回復した。その刹那。
 そいつは現れた。
 わ、という声を飲み込む九条。何もない空間に突如、出現したように思えた。
 太陽の光が目に入ったせいと理解して、心の漣を収めようとする。それから
相手を見やる。
 道のほぼ中央、右足を前に、組むようにしてすっと立つ姿はスマートで、テ
ンガロンハットらしき帽子が似合っている。着ている物は、サファリルックと
思しき柄のシャツにパンツ。カウボーイと探険隊を混合した出で立ちなのに、
何故か調和し、栄えている。左の肩越しに紐のような物が見えるのは、巾着型
のバッグを背負ってるようだ。逆光のため、表情は無論、性別すら判然としな
い。ただ、その目は九条を見つめているよう。
「……」
 九条は視線を意識しつつ、通り抜けようとした。すぐ横に来たとき、喉仏の
あるなしを見てやろうと、頭を少し動かした。
「九条若菜さん。この度の大活躍、おめでとう」
 いきなり話し掛けられた九条は、言葉を返すよりも先に、あ、女の人だわと
感じた。中性的な質だが、男のものとは思えない。
 警戒しながら立ち止まり、「どうして知ってるんです?」とだけ返した。
「私が本物だから」
 間髪入れずの答だが、九条には理解し難かった。相手は再び云った。
「私が本物の冥だからね」
 九条は息を呑んだ。喉の渇きを感じて、唾も飲み込む。
 相手は荷物を下ろし、帽子の位置をちょっとだけ直した。横を向いてシルエ
ットだった顔が拝めた。
 綺麗な形をしていた。
「……名前、教えてください。本名を」
 聞いた九条は、色々な可能性を考えていた。本当に三人を殺した真犯人とし
ての冥なのか、たちのよくない悪戯か、あるいは二代目の冥を宣言しているの
だろうか。
「冥は冥だよ。九条さんの活躍を聞き及び、こうして敬意を表しに現れた。も
っと歓迎してくれてもいいんじゃないのかな?」
「人を呼びます。警察」
「何の罪で?」
 冥と称する人物は、初めて鼻で笑うような物云いになった。
「あなたが冥なら、三人を殺した罪で」
「佐藤、殿宗寺、中村の? あれらは松井という男の犯行でしょう。九条さん
が推理した通り」
「では、あなたは冥じゃない」
「いや」
「主張するところが理解できません。冥の予告通りに二人が殺されたのだから、
少なくとも殿宗寺さんと中村さんの事件は、冥が関与しています。あなたは松
井と共犯で、実行したのが松井だという意味ですか」
「共犯はいませんよ。ふふふ」
 芝居がかった笑い方なのに、冥がやると、自然な振る舞いに感じられる。
「名探偵の示した答こそが、真実になる。仮に誤ったとしても、犯人の協力に
より正しくなる」
「あなたが私の推理を聞いて、それを“真実”にするために松井を自殺に見せ
かけ、殺したのか?」
 声が少し大きくなり、言葉も若干荒くなる九条。あり得ない、信じられない
気持ちの一方で、眼前の人物の不気味さに圧倒されそうになっていた。
「さあ? そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
「肯定の返事として受け取ります。何のためにそんなことをするのか、興味が
あります」
 無理矢理にでも自らを鼓舞し、気持ちを立て直す。理性の信号は即座に立ち
去るよう、九条に求めてきたが、このチャンスを逃すと冥には二度と会えない
予感もした。
「偉大な犯罪者には、偉大な探偵が付き物だ。まあ、探偵側から云わせれば、
逆になるんだろうが」
「そんなことはありません。偉大な犯罪者なんて、いなくていい」
「嘘はいけない」
 冥は、立てた人差し指をちっちと振る。九条は嫌な感覚に囚われた。冥の予
定通りにことが運んでいる。台詞も、仕種も、前もって書かれた脚本と一分の
狂いもなく進んでいるような……。
「少女探偵団を名乗り、そのリーダーを務めるあなたが、怪人二十面相や少年
探偵団、明智小五郎ら、いわゆる乱歩ワールドの洗礼を受けていないとは云わ
せない。仮に自覚がないとしても、二十面相のような犯罪者を深層心理下で欲
しているのは、間違いない」
「――現実に現れたとしたら、何度も捕り逃がしたりはしません」
 九条は腕を素早く伸ばし、冥の左手首を掴んだ。冷たい感触が伝わってくる
が、冷酷な犯罪者にふさわしいと思えた。
 相手はたちまち呆れた表情になる。
「やれやれ、またですか。このまま警察に行くとでも? それとも人を呼ぶ? 
何の罪で告発してくれるのやら」
「痴漢をされたと叫べば、ほとんどの大人は信じてくれると思いますけれど」
「……なるほどね。仮令、同性でも痴漢は成立するなぁ。仕方がない。こんな
に早く、手品の一つを披露する羽目になるとは、予想外」
 警戒して身構えた九条。力ではかないそうもないが、護身術や捕縛術の心得
ならある。ところが、敵は想定外の行動に出た。
「あっ」
 掴んでいた手首が外れた。抜け殻のような左手の型だけが、九条の手元に残
る。特殊な樹脂製か何かなのか、色合いも肌触りも本物そっくりだ。爪の部分
など、うっすらと半透明になっている。
「奇術用品に指サックというのがあるのを知ってる? 指にすっぽり被せる指
型のカバーで、中に物を隠せる。指サックの手バージョンが、それ」
 二メートル余り距離を取った冥は、薄い笑みを覗かせていた。
「ちなみに、もう一つ装着しているから、その手型に私の分泌物や指紋が残留
していることは、期待しない方がいい」
 九条は落ち着き払って、手の型を学生鞄の中に仕舞った。万が一に備え、筆
入れに押し込む。少年探偵団みたいに秘密の探偵グッズでもあれば、ここで取
り出して駆使するのだけれど、現実にそんな物はない。
 必要な動作を終えると、彼女はため息混じりに面を起こし、冥を見た。
「では、もう一つも剥ぎ取るまでです」
 そう云ったものの、実行に移すか否かは、敵の出方次第と考えていた。時間
を稼げば、閉塞状況を打開できる。その可能性に賭けた。
 必然的に、睨み合いのような形になる。木々の影が動いたと認識できるほど
の間、二人はそうしていた。
「埒が明かないな」
 冥が呟く。
「顔半分が日焼けするのも嫌だし。いいことを教えてあげる。あなたがさっき
云ったような手段で人を呼んでも、私は包囲網を突破できる。無論、場合によ
っては何人かの命が失われるのは確実」
「それならなおのこと、あなたの汗や指紋を貰わなくちゃいけないわ」
「無理に奪おうとすると、九条さん、あなた自身が痛い目に遭う。死ぬかもし
れない。それは私の望まない方向なんだよ。将来の好敵手に成長すると見込ん
で今回、世に出る手助けをしてあげたのに、無駄骨になってしまう」
「あなたの苦労が水泡に帰すなら、それも悪くない気がします」
 九条は強がって云った。身体や声が震えないようにするだけで精一杯だ。
「投げ遣りな発言は名探偵らしくないね。悲しませないでほしい」
「つまり、あなたの見込み違いですね。お生憎様」
「時間を稼げば、いつか人や車が通ると思ってる? 残念だけれど、それはな
い。前も後ろも通行止めにしておいたから」
「――そうでしたか。道理で、誰も通りかからないと不思議に感じていました」
 九条の受け答えは、冥に気に入られたらしい。
「そうそう、その冷静さ。それこそ名探偵にふさわしい。動揺を隠すのも、中
学生とは思えない見事さ。その才能を活かして、私の好敵手になるんだ。ここ
で散らすこともあるまい」
「そうですね。私、まだ恋もしてませんし、大切な命を短く散らすつもりはあ
りません」
「聞き分けがよい子供は好きだよ」
 冥はくすりと笑い、そのままきびすを返した。
「待って」九条は呼び止めた。まだ逃がす訳にはいかない。
 冥は辟易したような顔で振り返った。
「物分かりよく、今日はここで綺麗にブレイクしようと思っているのに、あな
たは反対?」
「最後に一つだけ。あなたが敢えて姿を現したのは、何故? 私にメッセージ
を送るだけなら、他にもっと安全な策があったはず」
「そんなこと」
 鼻を鳴らす仕種のあと、冥は云い放った。
「偉大なる犯罪者と名探偵の対決には、劇的な場面があった方がいいでしょう。
ましてや、今日は記念すべき初の顔合わせなのだから」
「……がっかりです。くだらない理由に」
「あれ? あなたなら理解してくれると踏んでいたのだけれど」
 冥が意外そうに目を見張る。九条は横目で、あることを確認してから、敵に
告げた。
「本当の好敵手同士なら、分からなくもありません。だけれども、あなたの云
う記念すべき初対面のシーンは、記念すべき逮捕のシーンになり、ここで物語
は終わりますので」
「何のことだか」
 冥の言葉が終わらぬ内に、道の両方向から、それぞれ二人ずつ、男が現れた。
九条から見て左手には制服警官二名、右手には制服警官一名に刑事が一名。刑
事は中村家康殺害事件の担当で、九条や若馬の話に耳を傾けてくれた人物だ。
「そこの奴、動くな」
 拡声器を使ってもいないのに、大した胴間声を張り上げる刑事。冥が顔をし
かめたのは、状況の急転よりも、声を耳障りに感じたせいかもしれない。それ
でも右手を帽子に、左手を胸ポケットにやった格好は、なにがしかの武器を取
り出せそうな姿勢に見える。刑事達も安易な接近はせず、様子を見る。
「お嬢ちゃん、そいつが本物の冥だってか?」
「そうです。少なくとも、当人はそう主張してます」
 九条は安堵しつつ、早口で答えた。対する冥は唇を舐め、ゆっくりと云った。
「これは、偶然ではないな。どうやって呼んだ?」
「簡単です」
 へたり込みそうなところを気力を振り絞って足に力を込め、九条は学生鞄に
手を入れた。そして買ったばかりの文明の利器を取り出す。
 冥は、それを見て意外そうに目を丸くした。
「……そうか、さっき鞄に手型を仕舞ったとき、短い文章をメールで送ったか。
しかし、分からない。私の調査では確か、九条若菜は機械音痴で、携帯電話の
類も持たない主義のはず」
「友達に云われましたし、刑事さんともお知り合いになれたのを機に、思い切
って購入しました。まさか、こんなに早く役立つなんて、信じられません。今
まで持っていなかったのが、莫迦らしくなりますね」
「まったく。携帯電話を持っていると最初から分かっていれば、うまい対処の
しようもあったのに」
 云うなり、冥は帽子を取った。刑事が制止の警告を発する間もなく、その帽
子の布地を突き破って、弾丸らしき物が飛び出した。前もって、中に拳銃を仕
込んでいたようだ。
 右方向に無造作にぶっ放した冥は、そちらにいた制服警官達の反応を見る様
子もなく、一気に駆けた。
 銃を構えていた訳でもない警官二人は、突然の修羅場に動転したのか、あっ
さりと道を割る。加えて、冥の足が速い。
「何してる! 追え!」
 刑事の怒号が辺りに轟いたときには、冥の姿は緑の奥に紛れていた。
 その場に座り込んだ九条は冷や汗を全身で感じながら、ハンカチで自分の手
を包み、鞄から唯一の戦利品を慎重に取り出した。これ以上、指紋を付けてし
まわないように注意しながら、手型を広げてみる。
「――え?」
 思わず、驚きの声を上げた。
 どんな仕掛けを施してあったのか、手型の表面には、文字が浮き出ていた。
 またね、と。

――終





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