AWC かわらない想い 28   寺嶋公香


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#342/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/09/25  00:07  (199)
かわらない想い 28   寺嶋公香
★内容
 そう言う妻の言葉に夫――伊達のおじさんもうなずく。すでに少々お酒が入
っているらしく、上機嫌と見える。どうやら、一成の心配はひとまず去った。
 食事が始まると、伊達のおばさんが会話を引っ張る。元来、好奇心旺盛なの
か、話好きなのだろう。
「ワイン資料館と工場見学、どうだった?」
「知ってることばっかりで、つまんなかった」
 一成が真っ先に答える。わざと憎まれ口を利いている風なとこがあった。
「かず君には聞いてないの」
「面白かったですよ。興味深くて、色々、覚えたし」
 当たり障りのない返事をしてから、秋山は公子へ視線を送ってきた。
(あれも話すの? ま、しょうがないけれど……)
「面白かったと言えば、やっぱり、あれだろ」
 話し始めたのは秋山でなく、頼井。
「ワイン――じゃなくてぶどうジュースの試飲コーナーで、コルク栓を抜くの
もやってみたんですが、一人、失敗してこぼしまして」
「へえ、どの子だろうね?」
 問いかけに言葉では答えず、頼井は公子の方を見やった。
「朝倉さんが? ふうん、落ち着いているように見えるのにねえ」
 声が一段、高くなった。
 相手から見つめられた公子だが、自分で自分の失敗を話すのはためらわれる。
それではとばかりに、悠香が口を開く。
「公子、ちょっとどじをしちゃって。抜いたコルク栓が床に落ちるのを拾おう
とした弾みに、瓶を倒して」
「あらまあ、ガラスの瓶、当たらなかったのかい?」
「それを秋山が支えたと」
 頼井が継ぎ足す。
「おかげで瓶は当たりも割れもしなかったけれど、二人ともかなり濡れてしま
いました」
「自分は手が濡れただけだ」
「濡れたに違いあるまい」
 秋山の抗弁を、軽くいなした頼井。
「公子ちゃんの方が大変だった。そう言えば、髪に着いた分、本当に取れてい
たのかな?」
「うん、取れたみたい。チョッキの方は匂いが残ったけど、香水でもしたと思
えば」
「甘い香りで、男を誘うんでしょ」
 いかにも「おばさん」めいた口調で、伊達のおばさんが公子を冷やかす。
「そんなんじゃありませんっ」
「そうかなあ」
 今度は一成。公子の内で、嫌な予感がした。
「公子おねえちゃん、工場の化粧室で髪を洗ってから、秋山のにいちゃんに匂
い、嗅がせていたよね」
「あのな」
 腰を浮かしかけた秋山。無論、立ち上がりはしないが、結構、あせっている
のが端から見ていてもよく分かる。
「そういう誤解されそうな言い方、やめろって」
「事実を言ったまでだよ、僕」
「そうじゃなくて、話の流れを考えてくれ。頼むから」
 秋山が頭を下げたのを機に、座が笑い声に包まれた。
 それなのに。
(……カナちゃん、心から笑ってない……)
 公子は要の様子が気になっていた。
 ちゃんと食欲は普段並みにあるようだし、会話も聞いていて話もするのだが、
どことなく上の空。そんな風に、公子の目には映った。その印象は食事中、ず
っと変わらなかった。

 食事のあと、お風呂を済ませ、子供六人におばさんも加わって、トランプを
した。ちなみにおじさんは――高いびき。
 序盤は頼井、一成の両名がそこそこ勝ちを収め、最下位はおばさん。
「これは気合いが入らないわ。賭けよう」
 と、おばさんは一方的に宣言した。
「何をですか?」
 トランプを切りながら、秋山が尋ねる。
 おばさんはしばらく考えてから、提案した。
「明日、みんなでK里まで行くんだったね?」
「そうですけど」
「あそこのSっていうお店のヨーグルト、おいしいのよ。それを賞品にしたら
どうかと思ったわけ」
「どういうことですか?」
 トップの余裕からか、頼井が興味深そうに聞いてきた。
「えっと七人だから、上位三名ぐらいかね。トランプを何回かやって、上位三
名は下位四名におごってもらう」
「面白そうだ」
 高々ヨーグルトの一つや二つのこと。全員、異存なし。勝負はこれまでの分
は含めず、新たに十五回勝負と決まった。
 ここから異常な強さを見せたのが、当のおばさんだった。
 さっきまではわざと負け続けて、みんなを賭けに引っ張り込んだのではない
か。そう勘ぐりたくなるほどの強さである。
 結局、ぶっちぎりの強さで優勝。二位は悠香、三位は公子で、以下、秋山、
要、一成、頼井と続く。最初調子のよかった二人は、勢いを吸い取られてしま
ったようだ。
「何か……疲れた」
 頼井は畳の上に倒れ込んだ。真似するように、一成も続く。
「子供が親におごるなんて、聞いたことないよ」
 ふてくされた一成が言うと、笑いが止まらないでいた伊達のおばさん、口調
を改め、
「何を言ってるのよ」
 と始めた。
「さっきの、本気にした? 冗談よ」
「ええっ?」
 秋山と一成を除いた四人が、一斉に声を上げた。
「ああでもしないと、本気になれないからねえ、私は。その代わり、お代金を
渡すから、まとめて買ってきてほしいの。お願いするわ」
「は、はあ」
 あっけに取られながら、公子達はうなずくしかなかった。
 おばさんの子の一成や、親類の秋山がさして驚かなかったのは、これまでの
経験からある程度、こうなることを予測できていたのかもしれない。
「K里では、何をして、どんなところを見て回るつもりだい?」
「僕らの目当てはT町のフィールドアスレチックで、女の子が美術館とM村の
オルゴール博物館です」
 叔母に秋山が答える。
「じゃ、別行動?」
「いえ、いっしょですが。朝から行くつもりだから、時間が足りないってこと
もないだろうし」
「そう。晴れればいいねえ」
 おばさんに言われて、天気のことを思い出した。
「今のところ、降ってないよ」
 カーテンをめくって、外を見る一成。
 秋山が、その後ろから、同じく空を眺めやる。
「曇ってるな。前に来たとき、降るほどの星が見えたのに……もったいない」
 つぶやくのを耳にして、公子はつい、聞いてみたくなった。
「鹿児島の星空とどっちがきれい?」
「それは」
 秋山が答えようとするところへ、要が言葉をかぶせてくる。
「鹿児島って修学旅行で行ったんでしょ? 星を見たって、いつ……」
 はっとして、口に手をやる公子。
(しまった。理由は分からないけど、カナちゃん、過敏になってる)
「もちろん、夜だよ」
 公子が言い淀んでいると、先に秋山が口を開いた。少しもあわてていない、
いつも通りの穏やかな物腰。
「普通、夜は男子と女子、別々なんじゃないの?」
「それは眠る頃。僕らが外に出たのは、夕御飯が終わって、しばらく経ってた
から……八時過ぎぐらいかな。ねえ、公子ちゃん?」
 秋山が作り話を口にするのを、半ば呆然として聞いていた公子は、反応が遅
れてしまった。
「あ、うん、そう。そうだったわ。別に約束してたわけじゃないけれど、地学
部の性かしら。偶然、顔を合わせて」
「そういうわけだよ」
 秋山が微笑みかけると、要は安心した様子になり、一つ、うなずいた。
「何だ、そういうことあったのか。俺も誘ってくれりゃいいのに」
 頼井が軽い調子で言った。
(頼井君、雰囲気を元に戻そうとしてる……?)
「俺も地学部なんだから」
「あれー、その時間、部屋にいたっけか? とっくに外に繰り出していたんじ
ゃないのか、大方」
 秋山が茶化すように言うと、それが当たっていたのかどうか、頼井は表情を
強張らせた。
「返す言葉がない……」
「そう言えば、女子の部屋に現れてたって聞いたな。散々、騒いでて、いくら
早い時間でも度が過ぎるって、先生が来たとか来なかったとか」
 悠香に追い打ちをかけられ、耳を手でふさぐ頼井。
「聞きたくねー!」

 朝、公子は目が覚めると、すぐ横の障子を開けて縁側に出ると、がらり戸を
そろそろと開けた。そして、細くできたすき間から外を見る。
「晴れた」
 手のひらを合わせ、小さく叫ぶ。
 空にいくつかの雲は浮かんでいるものの、太陽の光がまぶしかった。
 壁に掛かる古めかしい振り子時計を見ると、五時四十分。悠香や要はまだ眠
っているし、隣の間にいるはずの男子も静かだ。
 でも、台所の方で物音はしている。
(……そうか、農業だもんね。遅いぐらいか)
 少し考えてから、皆はそのままにして、起き出すことにした。
 髪をといて、束ね直す。くん、と匂いを嗅いでみる。お風呂に入って洗髪し
たから、ぶどうの香りはすっかり抜けていた。
 寝巻きから着替えて――今日はフィールドアスレチックをするのでジーパン
だ――、忍び足で悠香、要の枕元を順に通り抜ける。
 食卓のある部屋に顔を出すと、やはりすでに伊達のおばさんは起きていた。
「おはようございます」
 声を出してみて、かすれていたので、せき払いをする。
「あ、おはよう。一番乗りよ。案外、早く起きたね」
 食卓に腕を乗せ、何ごとか書き物をしていたおばさんは、すっくと立ち上が
った。それから台所に向かい、かちゃかちゃと音を立てて、朝食の準備を始め
る。
「よく眠れた?」
「多分」
 返事してから、おかしな答だったなと意識した。
(でも、いつ眠ったか分からないから。こんなに早起きできて、しかも頭はす
っきりしてるんだもの。よく眠れたはず)
「他の子はまだ眠ってるのかしら」
「はい。男の子も、多分」
 また多分、だ。
「ご飯、食べるでしょう? 今すぐ温めるから」
「あの、みんなが起きてからの方が……」
「そうかい? それでもいいけど」
 おばさんの手の動きがゆっくりになった。
「おじさんは……」
「畑よ。ぶどうだけ作ってれば、こんな早くなくてもいいんだけど、そうもい
かないから。今朝はね、薬剤散布。薬をまくのは晴れた日の朝か夕方。それも
無風のときがいいのよ」
「薬剤」
「あ、もちろん、必要最小限よ。食べる分には大丈夫」
「いえ、そういう意味じゃ……すみません」
 あわてて手を振る公子。
「その、散歩してこようかなと思ったんですが、薬をまいているんだったら、
出ない方がいいかなって」
「ああ、散歩。今朝は風がないから、まず大丈夫だね。念のため、畑とは反対
方向をぶらぶら歩くのなら、全然かまわないわ」
「分かりました。それじゃ……六時十五分ぐらいに戻ると思います」
「そうかい。じゃあ、その頃、朝ご飯をちょうど食べられるようにしとくよ」
 お願いしますと言って、公子は玄関に向かった。
 ひんやりとまでは行かないが、朝の空気はすがすがしく感じられる。目をつ
むって、空気を軽く吸い込んでみる。緑に囲まれた土地だからか、何となくお
いしい気がする。
「太陽が高い!」
 おおよそ東の空を見やれば、夏の太陽はとうの昔に地平線を離れ、今も徐々
に昇りつつある。

――つづく





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