AWC かわらない想い 27   寺嶋公香


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#341/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/09/24  22:54  (200)
かわらない想い 27   寺嶋公香
★内容
(う、うわ。と、とっても、いけないこと、してる感じ。は、早く終わらせよ
うっと)
 赤面しながら、慌てて公子は口を開いた。
「ど、どうかしら? 取れてる?」
「うーん……」
 鏡の中の秋山は、首を傾げている。まじめな顔のまま、答える秋山。
「鼻が慣れちゃったのかな、ほとんど分からないよ」
「そ、そう。それならいい。もう、行きましょ。カナちゃん達に悪い」
 と、公子が出口のある右手を向いた。すると当然、まだ髪を持ったままの秋
山と、相当に接近して顔を見合わせることになる。
 これには秋山も気恥ずかしくなったらしく、急に顔が赤くなった。
「わ、分かった」
 と秋山が言ったとき、不意に出口のところに一成が姿を見せた。
「何やってんのさ! みんな、待ってるよ!」
 状況も知らず、いきなり大声を出した一成に、一瞬、公子達の動作が止まる。
おかげで、一成にも状況を認識する余裕ができた。
「……何やってんの……まじに」
「か、勘違いするなよっ」
 ぱっと髪から手を離す秋山。
「髪の毛に付いたジュースが取れたかどうか、確かめてくれって言われてだな
……。ね、公子ちゃん?」
「え、ええ、そうよ。一成君、さ、早く行こう」
 取りなすように二人で笑って、さっさと化粧室を出ようとする。
「公子おねえちゃん」
 一成が、公子の顔の付近を指さしてきた。
「な、何?」
 正直に話したのに、何故かどぎまぎしてしまう。しかも、小学生相手に。
「髪、片方がばらばらだよ」
 言われて初めて気が付いた。
(あ! まだゴム紐でくくり直していなかったんだわ)
 指に引っかけたままのゴムを取り、髪をくくり直しながら、公子はまた顔が
赤くなるのを感じた。
 ようやく試飲コーナーに戻ってくると、コンパニオンの皆口が心配げな顔を
見せた。
「どうですか? 匂い、取れました?」
「はい、だいたいは」
 答えてから床を見ると、すでにきれいに拭かれていた。
「本当に、すみませんでした」
「いいえ、いいんですよ。よくあることなんです。さっきも言いましたように、
栓を抜くときにこぼすのって。ただ、あのタイプの栓抜きでは初めてですよ」
 がくっと来る公子。
(あーん、そんなにどじなのかな、私って?)
 みんなの笑い声を耳にしながら、真剣に悩んでしまいそうになる。
「キミちゃん」
 要に呼びかけられた。見れば、要はあまり笑っていない。どちらかと言えば、
沈んだ顔をしている。
「これ」
 さっき渡したチョッキを返された。しみがわずかに残っているが、よく拭い
てある。
「ありがとう」
「うん……」
 声に元気がない。いつも明るい要にしては、珍しいことだ。
(どうしたんだろ? ジュースをこぼして雰囲気を台無しにしたせいじゃない
よね。あ、そうか、私が秋山君と化粧室に行って、長いこと帰ってこなかった
からね)
 そう判断し、公子は冗談めかして、小さくささやいた。
「ごめんねー、長い間、秋山君を借りちゃって。髪を洗うのに手間取っちゃっ
て。匂い、取れたかどうか分からないんだから」
「そうだろうね。ジュースの匂いばっかりだったもんね」
 調子を合わせるかのように、要もようやく笑みを見せた。

 天気が崩れそうな様子だったので、工場見学を終えると、さっさと帰ってき
た。夕方、五時前。まま、いい時間である。
「まだ働いてる」
 ずっと身体を動かしているわけでもないだろうが、農業に精を出している大
人二人の姿を見て、また感心してしまう。
(帰りのバスからも、あちこちのぶどう園で働いている人達が見えたっけ)
「あら、お帰り」
 伊達のおばさんが、秋山達が戻ったのに気づいた。
「お腹、空いてる? 何なら早めに作るけど、どうかしら?」
 秋山らは互いに顔を見合わせて、すぐに結論を出した。
「叔母さんの普段通りでいいです」
「そう? でも、おやつぐらいはいいでしょう。ぶどうのシャーベットがある
わよ。ぶどうづくしで悪いんだけど」
 と言って、笑う。
 それならと、いただくことにした。ジュースを浴びた公子だけ着替えてから、
玄関に近い八畳間に集まる。
「何か、もてなされっ放しで、落ち着かない」
 悠香でさえこうだから、気遣い性の公子の心中は言うまでもない。
「着いてすぐ、手伝ったんだから、気にすることないって」
 一成は、シャーベットを無造作に食べている。恐らく、今までに飽きるほど
口にしているのだろう。
「おねえちゃん達が手伝いたいって言い出してくれたの、よっぽどうれしかっ
たみたいだよ」
「遠慮は無用ってこと」
 秋山も調子を合わせる。自分も世話になる身である一方、皆を連れてきた立
場でもあり、内心では気苦労があるのかもしれない。
「宿題、やってる?」
 しばし静かになったかと思ったら、悠香が唐突に話題を振った。
「ちょっとずつね」
 公子が答えた。
「そうしないと落ち着かなくて。でも、今度の旅行の間は宿題できないから、
その分、前の日までの負担が増えちゃって」
「夏休みの終わり頃なら、たとえ旅先であっても、みんなで宿題、持ち寄って
さ、教え合うのにな」
 悠香がこぼすところへ、頼井が口を挟む。
「どうせそうなるんだろ? 去年もそうだったし。頼りにしてます、秋山先生」
「おまえなあ」
 拝んできた頼井を、うざったそうに手で払う格好をする秋山。
「少しは自分でやれよ。受験のとき、苦労するぞ」
「そのときはそのときで」
「ちょっと」
 話に割って入る公子。要のことを気にしたのだ。
(さっきからあんまり喋らないな、カナちゃん。学校違うから、こういう話題
はさけた方が……)
 と思いつつも、無理に話題を変えるのもおかしいので、やむを得ず引き継ぐ。
「カナちゃんは宿題、どう? 多い?」
「……うん、普通ぐらい」
 要は、ワンテンポ遅れて答えた。何かに気を取られていたようにも見受けら
れる。
「みんなのとこより、内容は簡単だと思う」
「そうかな。去年、いっしょにやってみたけど、そんなに差はなかった」
 秋山が答えるのを聞いて、公子は内心、ほっとした。
(何だあ、カナちゃんもいっしょになって、宿題やってたんだ。それなら気に
する必要もないか)
 ところが、別の疑問が浮かんできた。
(あれ? だったらカナちゃん、どうしてあんなに喋らないんだろう? 何だ
かずっと、考え込んでいる感じ……。試飲のときのいきさつ、まだ気にしてい
るとか? でも、それってカナちゃんらしくないし)
 公子の心配をよそに、要は、みんなが話しかける分には応じている。
「今年も八月末にはお世話になります」
「お互いにね」
「僕も!」
 退屈そうにしていた一成が、一転して元気よく言った。いたずら坊主のよう
な顔つきをしている。
「おまえは小学生だろう。俺達が教えてばかりで、そっちからは何もない」
 一成に対しては、秋山の口調はきつくなる傾向があるようだ。
「そんなこと言わず、ボランティアということで。先生」
 どこで覚えたんだか、芝居がかって、手もみをする一成。きっと、テレビド
ラマの影響に違いない。
「やぁっぱり、いっしょだわ。頼井も一成君も、秋山君を先生って呼んでる」
 悠香がからかうと、頼井は冷静な対応を見せた。珍しい。
「聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥だもんな。なあ、一成」
 自身のことを表すのに合っているような合っていないような、ことわざの変
な使い方をして、頼井は小学生と肩を組んだ。一成の方は、わけが分からない
まま、いっしょにやってる様子だ。
 玄関の方で物音がした。伊達のおばさんが夕食のために、戻って来たらしい。

「すっかり、『いい子』しちゃってるよなあ」
 皿をテーブルへ運びながら、頼井が情けない声を出した。
「まあ、悪い気持ちはしないものの……」
「何が不満?」
 同じく食器運びの秋山が聞いた。
「俺が事前に描いていたのは、夜も遊びに出かける構図なんよ」
「ぶどう畑があるようなところで、夜、出歩くような場所はあんまりないって
気づきそうなもんだ。甲府の市街ならともかく」
「うーむ」
 そんな会話が耳に届き、公子はくすくす笑った。
 公子達女子三人は、台所で夕食作りを手伝っていた。もちろん、彼女たちに
できる範囲で。
「ワイン、こんなに使うんですか」
 悠香が覗き込むのを、伊達のおばさんはうれしそうに見やっている。
 底の浅いトレイになみなみと赤ワインを注ぎ、小さな立方体に刻んだ牛肉を
それにつけ込む。シチューの下ごしらえである。
「奮発させてもらったから」
「酔っぱらいそう」
 赤ワインを張ったトレイを見下ろしながら、要がつぶやいた。手の方がお留
守になっている。
「まさか。熱でアルコールは飛んじゃうよ。香り付けがワインの主な役目だか
らね」
 快活に笑うと、伊達のおばさんは、今度はドレッシング作りに取りかかり始
めた。まず、透明なガラス製のボールを取り出し、キッチンに置く。
「山梨じゃあ、サラダのドレッシングにもワインを使うんだから」
 冗談混じりの笑みを浮かべながら、手を素早く動かす。もう一つ、ボールが
並べられた。
「もちろん、ワインそのものじゃなくて、ワインビネガー――ワインからでき
るお酢を使うのよ。香りがよく合うの」
 どんと並べられた酢の容器は二本。
「二本分も使うんですか?」
 あわてて声を上げる公子。
 伊達のおばさんは、含み笑いをした。
「そうじゃないわよ。開けて、中を覗いてご覧なさい」
 公子と悠香が一本ずつ手に取って、開けてみた。その中を、要も加わって三
人で代わる代わる覗く。
「あ、こっちのお酢、赤い……」
「初めて見るでしょ?」
「はい」
「ワインから作るから、お酢も赤と白の二種類があるのよ。二つとも試しても
らおうと思って、二本、出したわけ」
「ふうん」
 感心していた三人だが、はっと我に返り、手伝っていたことを思い出す。
「あの、ドレッシング、私達でもできますよね? やりますから、言ってくだ
さい」
「あはは。そうね、それじゃ」
 人生の先輩からの指示を受け、てきぱきと作業する。
 やがて、料理が完成した。
 ワイン風味のビーフシチュー、干しぶどうの入ったドライカレー、サラダに
はワインビネガーを用いたドレッシング二種類。デザートはぶどうをゼリーで
包んだ冷菓。昼間とは一八〇度違う、完全な洋食メニュー。
「こういう方が好みだと聞いたから」
「レストランみたいだ」
 秋山が感想をもらした。
「叔母さん、こういう料理も作れたんですか。知らなかった」
「畳の上に座っているのが、おかしい感じ」
 居住まいを正しながら言ったのは、悠香。さっきから、何となく落ち着かな
い様子だ。
「私らは家でも外でも、腰を下ろさないと、ゆっくりご飯を食べられない性分
になってるからねえ」

――つづく





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