#326/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/08/07 22:21 (199)
そりゃないぜ!の恋18 寺嶋公香
★内容
「……悪いこと」
「そう。それとおんなじだ」
将来、大きくなったら、無理矢理にでも聞き出さなきゃいかん場面にいくら
でもぶつかるだろう。ごまかしの論法と分かって小学生相手に使うのは、胸が
痛む。まあ、大した被害はないのだから許してくれ。
「じゃあ、聞くのやめる」
素直な返事だ。「よしよし」と言った。目の前にいたなら、頭を撫でたかも
しれない。
が、続いて出て来た台詞には、ちょっと焦った。
「その代わり、岡本さんのお兄さんに聞きますから」
「はへ?」
俺?という風に、自分自身を指差してしまった。電話口でやると、客観的に
はかなり間抜けだ。
「高校で何かあったんでしょう? お姉ちゃんに聞くのはやめて、他の人から
教えてもらうんならいいと思って」
「あー、僕はだな」
焦りつつも、うまい理由を考える。考える。考える……。
「三井さんから口止めされたんだ。だから言えない」
「口止めって?」
「えっと、言わないでってお願いすることさ」
「ふうん。じゃ、お兄さんにも聞いちゃいけないってことかぁ。しょうがない
から、我慢する」
ちっともうまい理由と思えないのだが、言葉の説明をしたせいで、広海君は
何故か納得できたらしい。
「広海君、ついでだから聞くけどさ。由良っちとのこと、何か新しく分かった
かい?」
「あれから、悪いとこは見つからないよ……」
ひどく残念そうに言う。しょげている姿が目に浮かぶってやつだ。
こっちとしても相手のマイナスを血眼になって探すのは手控えると決めたの
だから、そんなに気にされても困る。だが、張り切って協力してくれているの
に、もういいんだとも言い辛い。だから、言い方を変えよう。
「由良の行動でいいんだ。つまり、○月×日、由良が三井さんとこんなことし
た、○月×日、由良が電話してきた、みたいな。その中で面白そうなこととか、
いつもと違うこととかがあれば、教えてくれないかな」
「いつもと違う……」
電話口がしばらく静かになった。いや、かすかながら唸っているような音が
する。
なければないでいいんだけど。追い込むと、作り話をする可能性なきにしも
あらずだもんな。頃合を見て、声を掛ける。
「ああ、ないんやったらええんや。無理に――」
「あ! あった!」
いきなりの大音量に、思わず腕を伸ばし、電話を耳から遠ざけた。
「何だ何だ?」
「結婚するって決まったあとは、由良っち、お姉ちゃんにプレゼントすること
なんて滅多になかったんだ。それが一週間で二回もあったんだよ。絶対変だよ
ね、これ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
話がいまふたつほど見えない。
「滅多になかったって、どういう意味だい?」
「ホワイトデーに一回、初デート記念日に一回、プレゼントをしてたんだ。だ
から、ゼロじゃないでしょう?」
「なるほど」
記念日か何かの理由付けがないと、贈り物をしない性格ってことか。いかに
もあの男らしいという気がしてくる。
それなのに、この一週間で二回とは、一体どういう風の吹き回しなのやら。
何かが起きたのだろうか。
と、その前に。思い付いたことが一つあった。
「なあー、広海君。もしかして、結納のことじゃないよな」
「ゆいのーって?」
「ごめん、詳しく説明してる暇はないんだ。結納って言葉をお家の人が話して
いるのを聞かなかったか?」
「全然、聞かない。聞き覚えがない」
覚え立ての言葉なのか、板に付いていない感じが微笑ましというか何という
か。ともあれ、結納ではないらしいと分かった。これは、いよいよだぞ。
想像を逞しくすると、由良は三井さんの機嫌をひどく損ねることをしでかし
た(あるいはその手の過去の出来事が露見したとか)。機嫌を直してもらうた
めに、二度続けて贈り物をした……というのは穿ちすぎだろうか。都合よく解
釈しすぎの妄想ってやつかな。
電話を切ったあとも、他にどんな可能性があるのか、しばらく考えを巡らせ
た。何も思い浮かばなかった僕は、変なのだろうか。そうじゃないと信じたい。
根拠はなくもない。
今日の三井さんが由良の悪口を結構言っていたのも、関係しているんじゃな
いかな。婚約者と半ば喧嘩状態だったからこそ、僕や他の友達に愚痴をこぼし、
その勢いのまま、男子数名との擬似デートにもOKを出した……辻褄は合って
いるよな、うん。
ただ、よくよく考えると、喜んでばかりもいられない。喧嘩していたから擬
似デートを承知したんだとしたら、三井さんのこの感情は一時的なものってこ
とになる。それじゃあ意味がない。本心から揺らいでくれなきゃ。
それならそれで、今度の件をきっかけに揺らいでもらうよう、僕はより一層
気合いを入れなくてはいかんてことだ。
喧嘩の原因が分かればいいのだけれど……なんて、無い物ねだりはやめてお
こう。広海君だって気付いてないようだし。
むしろ、喧嘩状態のところへ、三井さんと僕ら同級生とが擬似デートをする
んだって知らされたら、由良はどんな反応を見せるのか。そっちに興味を覚え
る。
これくらいは汚くないよな? 揺さぶりをかけるだけだ。この程度で怒った
り、相手を信用できなくなったりするのなら、由良の奴がその程度の器ってこ
とさ。正攻法と呼ぶにはおこがましいが、トリッキーな作戦てことで、やって
みようか。
特別な土曜日をとうとう迎えた。言うまでもない、劇の相手役査定を兼ねた
擬似デートの日だ。
僕にとって、他の男子は眼中になかった、申し訳ないけど。それよりも何よ
りも、とにかく由良。
ここ数日、由良が学校に三井さんを迎えに来たことは一度もなかった三井さ
んも教室で結婚の話題を出さないでいるし、どちらかと言えば他の楽しみを見
つけようと頑張っている感じ。これは喧嘩状態継続中と見ていいだろう。本来
なら婚約者と一緒にいたいに違いない、休みの日がこうして空いているという
のもその証拠だ。チャンスは小さいながらも転がっている。
さて、今日一日で、三井さんは六人とデートをこなさなければならない。も
ちろん、一対六のグループデートなんかではない。一人一時間ずつの割り当て
で、順番にやってもらう。九時半から十時半、十時四十分から十一時四十分、
五十分のランチ休憩を挟んで(だって昼飯をおごるいう特権を誰かに与えんの
はフェアやないもんな)、十二時半から十三時半、十三時四十分から十四時四
十分、十四時五十分から十五時五十分、十六時から十七時という割り当てだ。
順番は三日前に、くじを引いて決めた。男共はこの猶予の三日間で、プランを
立てろという訳。
これがライバル同士六人なら、順番は最重要事になってくるのは間違いない
ところだけど、さっきも断ったように、アウトオブ眼中状態。というか、僕以
外の五人は、今更三井さんを狙おうなんて大それたこと、まったく考えていな
いと思われる。三井さんに、同年代の男も悪くないと思わせるのが第一の目的
だと考えれば、むしろ仲間だ。
劇の相手役に選ばれるかどうかも、まあ、選ばれたら嬉しいなぐらいの認識
でしかない。そういう意味では気が楽だ。
その分、しんがり?に控えしは、強大で分厚い、難攻不落の壁だが……敵が
強ければ強いほど燃えるってもの、ということにしとこか。
おっとっと、話が脱線してもた。今日はデートなのだ。
僕が射止めた順番は、ラストだった。ある種、最悪。三井さんだって疲れて
いるだろうし、ありきたりのプランじゃ、前の五人の誰かと被ることも考えら
れる。最大限の工夫が必要と捉え、僕は知恵を絞った。
「六番目でちょうどよかった」
じりじりするような時間を過ごし、やっと順番が回ってきた。そして三井さ
んに会うなりそう言ったのは、別に強がりではない。
「どうしてなのか聞いてもいい?」
三井さんの応答の内容は、僕の予想した方角を向いていたが、その声は予想
を超えて親密度が高かった。「どうして?」プラス「聞いてもいい?」だもの。
どうやら五人とのデートを結構楽しんで、気分がすっかり解れているようだ。
お笑いで言えば会場が充分に暖まった状態か。
目的地へ歩いて移動を開始しながら、僕は答えた。
「このあと時間オーバーしても、誰にも気兼ねしなくてすむ」
「ええ?」
「だめ?」
口ぶりは真面目に、顔つきは剽軽に。
「それは、ちょっとくらいなら……」
三井さんは顔を背けがちにした。でも、こっちをちらちら窺っているし、声
の響きにも嫌がっている気配はない、と思う。多分、本当に今日これまで楽し
かったに違いない。少しでも長く味わいたいのだ。三井さん自身がそんな気分
の高揚を、意識しているかどうかは分からないけれども。
「でも、自転車の二人乗りも、遊園地の観覧車も、クレープ食べながら歩くの
もしちゃったよ。他に何かあるのかなあ?」
「遊園地、行ったんや? 時間足りなくて、慌ただしかっただろうに」
ちょっとびっくり。いかにもなシチュエーションではあるから押さえときた
いのは分かるが、実行する奴がいるとは。ちなみに、誰?と聞くのはルール違
反。
「そうなの。ずっと駆け足で。移動の方にたくさん時間取られたわよ」
普通なら不満につながるはずなのに、喋る三井さんはとても楽しそう。由良
の奴、遊園地にも連れていってあげてないのかねえ?
「あと残ってるのは、映画くらいね」
「映画なら当然、婚約者とも行ったことあるんやろ? そんなのつまらへん。
それに映画だと二時間前後、浪費してまうし、ろくにお喋りできへんしなあ。
ちゅうわけで……ここ」
ちょうど信号待ちになり、立ち止まると同時に、僕は斜め上の看板を指差し
た。
お笑いライブの常打ち会場だ。主に関西出身の芸人を起用し、若手が多いが、
取りの一つ手前はベテランやトップが飾るのがスタンダードスタイルとされて
いる。
「ほんまは一時間じゃちょっと厳しいんやけど、思いきりわろうて、疲れを吹
っ飛ばしてもらいましょというわけで」
「わあ、いかにも岡本君らしい」
信号が青に替わる。他の大勢の歩行者と共に、横断歩道を渡り出すと、何故
か必要以上にせかせかした感じに。この周りだけ空気が大阪になったかのよう
な。実際、横断歩道を渡った人達の半分以上が、お笑いライブ会場の方へ向か
うほどだったから、関西の笑いが好きな人種が揃っていたのかも。
「被らんようにしよ思たら、これが真っ先に浮かんだ。あとはたこ焼きアンド
お好み焼きグルメツアーってのも考えたけれど。僕がこっち来てから見つけた、
たこ焼きやお好み焼きの美味しい店を巡る」
「そっちもいいなあ」
笑いながら答える三井さん。感じいいぞ。
会場に近付くにつれ、混雑して来た。出演者の細かい確認はしてなかったの
だけれど、もしかすると人気のあるメジャーな若手が出るのだろうか。ふと気
付くと、カメラや携帯電話を構えた女子中高生がやたらと目に着く。
「手、いい?」
ほんの少し後ろから、三井さんの声。何のことかと振り返ろうとした矢先、
三井さんの手が僕の手を掴まえた。
一瞬、どっきり。
でもすぐに理解した。人混みの中、はぐれないようにするため。僕の方から
気付くべきだった。ただ、気付いていても、手をつなごうと促す勇気を持てた
かどうか。やれたとしても、黙って掴んでいただろうな。
何はともあれ、ラッキーにも手をつなぐことに成功し、そのまま会場の正面
玄関の行列に着く。割とスムーズな流れなので、十七時十五分から開演に間に
合うだろう。
缶飲料を買って席に着く。三井さんは珍しそうに場内を見渡していた。
「こういうの、初めて?」
「もちろん。お芝居やコンサートは何度かあるけれど、それとはまた違って、
独特よね、雰囲気が」
芝居もコンサートも観に行ったことのない僕に、その比較は難しい。いや、
正確には昔、学校の行事というか課外授業で浄瑠璃だか狂言だかを観たことは
あるけれど、残念ながら肌に合わなかった。
「僕には、何よりもまず、堅苦しくないのが一番。こうして大っぴらに話せる
し」
急に標準語っぽくなったのは、この場で関西弁を使うのが気恥ずかしく思え
たため。お笑いライブの会場で関西弁て……関西でなら全然問題ないけど、こ
こでやるとわざとらしい。
と、余分な神経を使うのはもったいない。三井さんとデートしてるんだぞ、
集中しろ。彼女の心変わりのきっかけを作りたいっていうのももちろんあるけ
ど、それと同時に、僕自身もこの幸運を楽しまずに、無為に過ごせるほど、年
を取ってはいないからね。
――続く